ねこまんま地位向上委員会 『おとなのねこまんま あったかごはんを極うまに食べる136』 泰文堂 2009

まろまろ@丼、お茶漬け、雑炊などのご飯ものが好きだったりします☆

さて、『おとなのねこまんま あったかごはんを極うまに食べる136』ねこまんま地位向上委員会編さん(泰文堂)2009。

「火を使わず、2工程で、1食30円くらいのもの」をコンセプトに、ねこまんまのレシピを136種類紹介するレシピ集。

実際に試してみると、バターと醤油を使った「しょうゆバターまんま」(p30)や、
マヨネーズとのりたまをふりかける「のりたまマヨまんま」(p91)などは美味しかった。
また、ご飯に揚玉を乗せてうどんの汁をかける「たぬきごはんまんま」(p64)は汁ごはん好きな僕にはぴったりだった。
さらに、残りもののカレー鍋にご飯を入れて、こそげ取りながら混ぜ合わせる「ドライカレー風ねこまんま」(p118)は洗い物にもなってもいい。

ただし、わかめスープをかけて、さらに焼き餃子をのせる「餃子とわかめスープのねこまんま」(p82)、
前の日に残った大根と卵を乗せて、おでん汁をかける「おでんまんま」(p122)や、
カップヌードルの残りのスープをかける「カップヌードルまんま」(P136)はやりすぎな気もした。
(底に残った具を美しく盛り付けるのが食欲をそそるコツってw)

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2009 7/4
料理本
まろまろヒット率3

酒見賢一 『ピュタゴラスの旅』 集英社 2001

実は最近ピュタゴラスにご縁がある、まろまろです。

さて、『ピュタゴラスの旅』酒見賢一著(集英社)2001。

「ピュタゴラスは旅人であった」

・・・ピュタゴラス教団の教主、ピュタゴラスは突発的な旅に出る。
教団はピュタゴラスの旅に後継者と期待される英才の少年、テゥウモスを同行させる。
輪廻転生を信じ、無知な人々の期待に応えようとするピュタゴラスの態度に、少年テゥウモスは疑問を感じてゆく・・・

表題の『ピュタゴラスの旅』を含む五編の短編集。
何と言っても表題の『ピュタゴラスの旅』が印象深い。

伝説に包まれた哲学者、ピュタゴラス(ピタゴラス,Pythagoras)を主役にした歴史小説というだけでも珍しいけれど、
宗教的な救いに応えるピュタゴラスと、科学の探究を求める弟子テゥウモスとの対立の中に、
宗教と科学と哲学が、まだ渾然一体だった時代の思想性がえがかれている。
「旅」の意味が、実際の旅と、精神の探求の意味の両方が重ねあわせられている短編。

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2009 7/2
歴史小説、哲学
まろまろヒット率3

ドアラ 『ドアラのひみつ かくさしゃかいにまけないよ』 PHP研究所 2008

「まろまろ茶話会2009」の詳細が決定した、まろまろ@まろみあんのみなさんどうぞよろしくお願いします☆

さて、『ドアラのひみつ かくさしゃかいにまけないよ』ドアラ著(PHP研究所)2008。

プロ野球球団、中日ドラゴンズのマスコット・キャラクター、ドアラの本。
内容は、ドアラの日常や気持ちをドアラ自身が語るスタイルのフォトブックになっている。

読んでみると、ドアラの持つどこか虚脱感とカラまわりする存在感が本としてもちゃんと表現されている。
愛読書のフォトブック『どこへいくカッパくん』にもスタイルは雰囲気は通じるけれど、

アランジ・アランゾ 『どこへいくカッパくん』 ベネッセコーポレーション 1997


副題が「格差社会に負けない」となっているように、こちらの方がより世知辛い。

新しいマスコット(シャオロンとパオロン)の登場によってリストラの危機を経験したり、
毎回バク転をする重労働なのに報われることが少ないなど、ドアラの立ち位置が格差社会を思い起こさせる。
また、「人生(コアラ生)はお金じゃないですよ」と言いながらも、自動販売機のおつり受けをあさる姿などは、
ドアラが世相を反映した(時代の流れに乗った)キャラクターだということがよく理解できる一冊になっている。
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2009 7/1
絵本
まろまろヒット率3

カミュ、宮崎嶺雄訳 『ペスト』 新潮社 1969

最近、特命係長プレイの一つでJKと話す機会が増えたので、ナウなヤングの情報に詳しくなりつつある、まろまろです。

さて、『ペスト』カミュ著、宮崎嶺雄訳(新潮社)1969。

オラン市に住む医師のリウーは、血を吐いて死ぬ鼠を発見する。
それはペスト大流行の始まりだった。
閉鎖された街の中で、天災に襲われた人々の混乱と闘いが「語り手」によって語られていく・・・

20世紀フランス文学を代表する作家、アルベール・カミュの代表作。
原題は”La Peste” (1947)。

危機的状況を描く、と言ってもハリウッドのパニック映画のようなスピード感は無いけれど、
ペストに襲われた街の人々の心理描写が丁寧にえがかれている。

著者のカミュは、第二次世界大戦中にパルチザンに参加していたことがあるので、
この本のペストとはナチスを寓話化したものだという解釈がされることが多い作品でもある。

でも、僕は単純に、感染症という天災にみまわれた人々の心理をえがいた作品だと読み取った。
天災とは、突発的で、不条理で、非人間的なのものだけど、それと出会った人々は戸惑い、簡単には受け入れられない。
阪神大震災を経験したこともある僕には、天災と出会った人々が、現実を受け入れ、天災と向き合っていく過程を描いたものとして読めた。

グローバル化が進んだ21世紀の現代は感染症が拡大しやすい時代でもある。
最近よくいる大阪でも新型インフルエンザ騒動があった。
21世紀の今も示唆を与えてくれる作品。

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2009 6/22
小説
まろまろヒット率4

宮崎駿 『風の谷のナウシカ』 徳間書店 上下巻 1996

まろまろ茶話会2009を準備中のまろまろです。

さて、『風の谷のナウシカ』宮崎駿著(徳間書店)上下巻1996。

最終戦争によって文明社会が崩壊してから1000年後の世界。
地表には腐海と呼ばれる有毒ガスと蟲が充満する森が広がり、人口が激減した人類はいくつかの国に分かれて争っていた。
風の谷の姫、ナウシカは、大国との戦争に巻き込まれながら、世界の謎の解明と腐海との共生の道を目指していく・・・

現代を代表するアニメ映画監督の宮崎駿の、さらに代表作『風の谷のナウシカ』(1984年公開)の原作。
もともとは、雑誌『アニメージュ』にて1982年~1994年まで連載された全7巻を、愛蔵版として上下巻にまとめたもの。
(内容は同じだけど、伝説を描いた重厚な装丁になっている)

映画『風の谷のナウシカ』は小さな頃に母親に連れられて観に行ったことがあり、さらにテレビ放映や学校の文化鑑賞などで何度も観たことがあった。
ただ、ナウシカを熱く語る人に苦手な感じな人が多かったということもあり、原作の方は読まずにいた。

それが最近になって、ナウシカの登場人物、クロトワに共感する機会があり、
またナウシカを熱く語る人たちにも優しい目で見れるようになったので(w、今回初めて手に取ってみた。

読んでみると、戦争、宗教、差別、自然との共生など、人類普遍のテーマを盛り込んだ壮大な大河物語になっている。
環境問題についてのテーマ性に注目されることが多いけれど、僕は・・・
「世界を清浄と汚濁に分けてしまっては何も見えない」(下巻, p440)
「清浄と汚濁こそ生命だ」(下巻, p510)
・・・というナウシカのセリフに代表される、
清濁合わせ持つ生命とその一つである人間の尊厳を謳った物語だという印象を受けた。

意味深さはもちろん、読み物としても、展開の早さ、迫力、感動を合わせ持った名作。
宮崎駿監督作品として完全版アニメ映画をつくってほしいと願う作品でもある。

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2009 6/21
マンガ本
まろまろヒット率5

村上春樹 『風の歌を聴け』 講談社 1982

今日が誕生日のまろまろ@Happy Birthday to me!

さて、『風の歌を聴け』村上春樹著(講談社)1982。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

作家・村上春樹はこの文章からはじまった。
原著1979年初版のデビュー作。

29歳の「僕」は、21歳の時の8月8日から8月26日までの19日間を書き出す。
その時の「僕」は、海辺の地元に帰省していて、友人と退屈な日々をおくっていた。
女の子との出会いとこれまでの「僕」の人生の思い出が錯綜しながら物語は進んでいく・・・

断片的な物語から構成されている青春小説。
一つ一つの章が短い上に、「☆」でさらに区切られているので、これまで読んだ村上春樹の小説の中で一番読みやすかった。
内容の方も、村上春樹らしいつかみどころのなさと、青春小説らしい切なさが入り交じって、
これまたこれまで読んだ村上春樹の作品の中では一番印象深い読後感があった。

ちなみに僕(まろまろの方)は、村上春樹の小説を常に誰かに薦められて読んでいる。
この『風の歌を聴け』も、朝オフ会でスタバのシュガードーナツを食べている時に、
「まろまろさんって『風の歌を聴け』の主人公に似てますよね」と言われたのが手にしたきっかけになっている。

ただ、似ていると言われても村上春樹の小説の主人公は、感情移入がしにくい。
これまでの作品の表現を引用すれば、「カジュアルな関係」や「カラフルな体験」など、
突発的に女性と関係を持つような、不自然なモテモテぶりに違和感をおぼえるからだ。
(こんな大学生活おくってない・・・)

いや、別にうらやましいと思っているわけではない。












・・・ホントだよ(T_T)

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2009 5/26
小説
まろまろヒット率4

リチャード・ドーキンス、垂水雄二訳 『神は妄想である』 早川書房 2007

新型インフルエンザの感染拡大の流れで今週一週間お休みになったので、まろまろ茶話会2009の準備をしはじめている、
まろまろ@一両日中にもこのまろまろメルマガで告知します(*^_^*)

さて、『神は妄想である』リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳(早川書房)2007。

『利己的な遺伝子』や『盲目の時計職人』で知られる進化生物学者、リチャード・ドーキンスが神の存在と宗教の価値を否定する本。
原題もずばり“The God Delusion”。

この本がすごいのは、科学的手法を使って神の存在を否定するだけでなく、神に救いを求めること自体を否定しているところだ。
たとえば、よく耳にする宗教心が道徳の指針になるという主張や、超自然的な存在に救いを求める人間の心理に対しても、
進化心理学の研究結果や実際の聖典の読解を通じて、道徳の指針としても心の寄り処としても宗教は不適格だと言い切っている。

科学的な証拠を積み重ねながらも、軽快な口調で論理展開していく手法は、まさにリチャード・ドーキンスらしいところ。
さらにこれまでの著書での知見を駆使しているので、この本はリチャード・ドーキンスの集大成とも言える。

それだけに、啓蒙書として書かれていることもあって、押し付けがましく感じる面もある。
たとえば、人間にはもともと隣人愛や道徳心が進化的に獲得されてるのに、あえて宗教に惹かれる原因を、
「飛んで火に入る夏の虫」と同じく進化的に獲得されたプログラムの誤作動だと言い切っているところ。
さらに超自然的なものに救いを求めることは、「くるぶしを挫いた瞬間に、誰か告訴できる相手がいないかと見まわす人間の幼児性と同じである」
と最終章で結論づけているところなどには、”You have so much smart than us, Prof. Dawkins.”と思わず突っ込みそうになった(w

ただ、イギリスの、しかも神学が発祥のオックスフォード大学の教授でありながらここまで言い切るのは勇気がいること。
それは、子供に対する宗教教育は精神虐待であることについて一章をさいているように、
宗教がもたらす流血や紛争の悲劇に対して、科学者の立場から真実を語ろうとしているからだというのは理解できる。
(日本の場合は”神”を”霊”に置き換えると分かりやすいかも)
現にドーキンスがこの本を書いたのは、9.11同時多発テロがきっかけになっている。

「科学は一般に、工学技術とはちがって、常識を侵害するものである」と言っているように、
常識と真実がぶつかった時は真実を取るというその姿勢には素直に感銘を受ける。
(確かに一般常識や社会常識を振りかざす人は、無知蒙昧で可能性の少ない人が多い)

そうした科学者としての迫力も含めて、まろまろヒット率5。

以下はチェックした箇所・・・

○もし< 神>という言葉によって、宇宙を支配する一連の物理法則を意味するのであれば、そのような神は明らかに存在する。
この神は情緒的な満足感を与えてくれるものではない。・・・重力の法則に祈ってもあまり意味がない(カール・セーガン)
<第1章 すこぶる宗教的な不信心者>

○私は要らぬ侮辱をするつもりはないが、宗教を扱うのに、ほかの事柄よりも手控えた扱いをして甘やかすつもりはない
<第1章 すこぶる宗教的な不信心者>

○ありえなさという問題に対する答として自然淘汰が有効であり、偶然と設計がはなから不適格であるのはなぜだろう?
その答は、自然淘汰が累積的な過程であり、これが、ありえなさという問題を小さな断片に分割するから、である
<第4章 ほとんど確実に神が存在しない理由>

○設計者仮説はただちに、その設計者を誰が設計したのかというさらに大きな問題を提起する
<第4章 ほとんど確実に神が存在しない理由>

○信仰者のほうが懐疑論者よりも幸福であるという事実は、酔っぱらいのほうが素面の人間よりも幸せだという以上の意味はない(ジョージ・バーナード・ショー)
<第5章 宗教の起源>

○生まれつきの二元論と生まれつきの目的論があいまって、適切な条件が与えられれば、私たちはたやすく宗教へ走ってしまう。
ちょうど、先の光コンパス反応がガをうっかりした「自殺」に追いやったように
<第5章 宗教の起源>

○ほかの誰か(子供の場合は両親、大人の場合は神)が、あなたの人生に意味と理由を与える責任があるという仮定には、どこか幼児的なものがある。
くるぶしを挫いた瞬間に、誰か告訴できる相手がいないかと見まわす人間の幼児性とまったく同じである
<第10章 大いに必要とされる断絶?>

☆科学は一般に、工学技術とはちがって、常識を侵害するものである
<第10章 大いに必要とされる断絶?>

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2009 5/18
宗教、科学、進化論、学問一般
まろまろヒット率5

塩野七生 『男の肖像』 文藝春秋 1992

今年はまろみあん茶話会(オフ会)を開催してみようかとも思っている、まろまろです。

さて、『男の肖像』塩野七生著(文藝春秋)1992。

『ローマ人の物語』、『海の都の物語』、『マキアヴェッリ語録』などで知られる作家、
塩野七生が歴史上の人物に対して人物批評するエッセイ。

雑誌連載だったということもあって、一人一回の読み切り形式になっているので読みやすい。
著者自身も書いているけれど、あまりよく調べていないで想像だけで語っている部分も多く、
これまで読んだ著者の作品の中では、分量的にも内容的も一番軽い本。

ただ、軽く書かれているだけあって、著者の主観がそこかしこに散りばめられている。
特に「惚れる」というところに注目して人物批評をしているのがおもしろいと感じた。
たとえば、西郷隆盛について批評している回では・・・
「この人の許で死ねるならば、死さえも甘く変わるとなればどうだろう。
私がもしもあの時代に生まれていたならば、坂本竜馬あたりは他の女たちにまかせておいて、西郷隆盛に惚れたであろう。
そして、田原坂あたりで、銃弾うけちゃったりして・・・」
・・・と語っているのには思わず笑ったしまった。

また、ウィンストン・チャーチルの批評の回では、「不名誉なことをしながら高潔さを失わなかった」という点で、
ウィンストン・チャーチルを「最後のヨーロッパ人」と批評しているのも印象深い。

著者の他の作品同様、優しい眼で読めばけっこうおもしろい一冊。

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2009 5/6
歴史、エッセイ
まろまろヒット率3

塩野七生 『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』 新潮社 上中下巻 2008

読書日記にも出てくる友人の結婚式で友人代表としてスピーチをした、まろまろです。

さて、『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』塩野七生著(新潮社)上中下巻2008。

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』に続いて、「危機の3世紀」をむかえたローマ帝国の内外の動揺をえがく、シリーズ第12段。
ゲルマン人やササン朝ペルシアなどの周辺勢力の台頭と侵入、ガリア帝国やパルミラ王国などの内部分裂に代表される、
200年近く続いたパクス・ロマーナ(Pax Romana、ローマの平和)が大きく崩れていく様子を中心にして、
元老院と軍隊の分離、ローマ市民権の価値の低下、短命な数々の軍人皇帝など、ローマ社会の変容が生々しくえがかれている。

特に興味を持ったのが、アレクサンデル・セヴェルス帝の失敗にいて著者が述べているところだ。
「歴史は、現象としてはくり返さない。だが、この現象に際して露わになる人間心理ならばくり返す。
それゆえ、人間の心理への深く鋭い洞察と、自分の体験していないことでも理解するのに欠かせない想像力と感受性、
このうち一つでも欠ければ、かつては成功した例も、失敗例になりうる」
・・・というのは、経験至上主義&前例至上主義な人たちに欠けているものを、洞察力と想像力、感受性の三つに絞っていて興味深かった。
(確かに納得)

また、危機と動揺の世紀を迎えた人々の間に、一神教のキリスト教が浸透していく姿が不気味にえがかれている。
多様性ある多神教は、危機に弱いということなのだろうか。
毎回、続きの巻が読みたくなる終わり方は心憎い(w

以下は、その他でチェックした箇所・・・

○人間は、自らの本質に基づいた行為をしたとき、成功の確率は最も高くなる

○歴史に接するに際して最も心すべき態度は、安易に拒絶反応を起こさないこと

○変わるといってもたいした喧嘩はないでないか、と思わせること
→このことくらい、善男善女を動かすのに有効な戦術もない

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2009 4/28
歴史、政治
まろまろヒット率3

追記:全巻へのリンク(☆は特に印象深い巻)・・・

『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』 ☆

『ローマ人の物語3,4,5 ハンニバル戦記』 ☆

『ローマ人の物語6,7 勝者の混迷』

『ローマ人の物語8,9,10 ユリウス・カエサル~ルビコン以前~』 ☆

『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』 ☆

『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』 ☆

『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』 ☆

『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』

『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』

『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』

『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』

『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』

『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』

『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』

『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』

落合務 『ラ・ベットラの定番スパゲティ』 幻冬舎 2001

まろうさクッキーをいただいて感動した、まろまろです。

さて、『ラ・ベットラの定番スパゲティ』落合務著(幻冬舎)2001。

日本一予約が取れないお店として知られる、イタリアンレストラン・ラベットラの落合務シェフによる料理本。
もともと『イタリア食堂「ラ・ベットラ」のシークレットレシピ』は愛読書の一つだけど、こちらはパスタ、特にスパゲッティに特化したレシピ集になっている。

最近、念願叶ってラベットラに訪問して味を確認。
ゴールに自信が持てるようになったので(w、さっそく手に取った一冊。
(実は店内にも置いてあったので、この本に載っているパスタを選択した)

読んでみると、どれも簡単に手に入る食材で、シンプルな工程なのが落合務シェフらしい。
特に印象に残ったのは・・・

・不仲の例えにあるように、水と油は混ざりにくいものだけど、フライパンを細かく揺すりながら乳化させて一体化させることの大切さを強調している点

・「焦げを恐れるな」と言って積極的に焦げ目をつけることを推奨している点
(実際に赤ほお肉の赤ワインソースは焦げた苦みがアクセントになっていた)

・・・などだ。

また、食材を選ぶ眼を養うことが大切で、料理の方は「普通に料理ができてりゃあいいさ」と言いきっているのも落合務シェフらしいところだと感じた。

『イタリア食堂「ラ・ベットラ」のシークレットレシピ』と同じく使いやすいレシピ集。

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2009 4/14
料理本
まろまろヒット率3