『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』 塩野七生著 新潮社 上中下巻 2009





Posted in 政治学, 歴史, 読書日記 ,  on 10月 22, 2009

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さて、『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』塩野七生著(新潮社)上中下巻2009。

前作の『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』から続いた「三世紀の危機」を終わらせたディオクレティアヌスと、
その後の内戦を勝ち抜いたコンスタンティヌスを中心に、ローマ帝国後期の混乱と再構築をえがくシリーズ第13段。

内容は「コンスタンティヌスによってローマは終わった」とする歴史学者がいるほどローマ世界が大きく変化した、
元首政(Principatus)から専制君主制(Dominatus)への移行と、キリスト教公認の過程を丁寧に追っている。

読んでいて、ニケーアの公会議でアタナシウス派の三位一体説を採用したことについて、
同じく思想家であり刑死したソクラテスとイエスを対比させているところに特に興味を持った。
「ソクラテスの考えを伝えるプラトンの『対話篇』も新約聖書もベストセラーであることでは同じだが、
この二千年の間に売れた部数ならば比較にならないであろう。
その差が、真実への道を説く考えと、救済への希望を与える考えの、一般の善男善女にとっての需要度の差を示しているのである。
それゆえに、アリウスの説よりも「三位一体」説のほうを選択した四世紀当時のキリスト教会の判断は、
事実か事実でないかよりも信じるか信じないかに基盤を置く宗教組織としては、まことに適切であったと考えるしかない」(下巻)。
・・・と述べているところは、思想と宗教との違い、科学と信仰との違いを表現した文章として印象深かった。

その三位一体説を採用したアタナシウス派を、リーダーは人では無く神が決めるという
支配の道具(Instrumentum Regni)として保護したコンスタンティヌスを「最初の中世人」とする著者の考え方も興味深かった。

ローマ世界を守るために、ローマらしさをなくしていくディオクレティアヌスに対して、
「大変ですね、あなたの立場も、などと独り言をつぶやきながら」書いたという著者の心情が伝わる一冊。

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2009 10/22
歴史、政治
まろまろヒット率3


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