寛容のメモリ~決別のmemoryと和解の目盛~

最近、当事者として和解を求められることが何度かあった。
同時に、他の人から和解について相談をされる機会も増えてきている。

そこで、和解についての考えをまとめてみようと草稿を続けて来たものの、
清書して公開することはこの数年来ずっとためらってきた。
和解について書くこと、特に和解の指針について書くことは、
何度書きなおしてみても「何様デスカ?」というものになるし、
どんなに気を使ってもネガティヴな内容を盛り込まずにはいられないからだ。

でも、傲慢さや暗さを取り除いて、綺麗な言葉だけで和解について書いてもそれは内容の無いものになってしまうし、
ごはん日記お風呂日記のような口当たりが良くて軽いものだけでなく、
このコラムのようにまとまったものを書く時には、自分の内面と向き合って、書きにくいものに取り組むべきだと考えている※1。
さらに、2009年は何かと自分の足元を見つめる機会にめぐまれた※2。
「寛容とは何でも許すことでは無く、自分の中に許す基準を持っていること」だする
僕の姿勢を明確化する時期に来ていると感じるため、ここにコラム化します。

では、ここから本文・・・

僕は温和な人間だと思われることが多い。
でも、決して優しい人間でも無いし、心が広い人間でも無い。
怒りを感じることもある。

それでは、これまでどんなことに対して怒りを感じて来たかを、その行為に注目してリスト化してみると・・・

・自分の情報は出さずに、相手のことを根掘り葉掘り聞いてアラ探しをする
 →覗き見趣味

・公開されている情報なのに自分で調べようともしないで、教えてくれないと逆ギレ
 →依存の押し売り

・自分からは歩み寄らないで、コンタクトが来ない相手を非難する
 →わがままの責任転嫁 (教育的立場や上の立場にいて勘違いしてしまった人に多い)

・自分は信頼される努力はしていないのに、相手が本音を話さないことを責める
 →馴れ合いの強制 (mixiなどの手軽なコミュニケーション・サイトのヘビーユーザーに多い)

・事前に指摘できる立場にありながら、結果が出てからしたり顔で指摘
 →後出しジャンケンで勝ち誇る

・メッセージを送ることができる状態にありながら一言も無く、事が済んでから友達風を吹かせる
 →ニセ友情気分の押しつけ

・・・などだ。
総じて見てみると、自分は時間とエネルギーをかけないのに見え透いた欺瞞や偽善を振りかざす行為、に怒りを感じることが多い。
「己を賭けることもなく、責任を取る気もなく、100%正しいことを言うだけで、人の役に立とうとするのは虫がよすぎる」という言葉があるけれど※2、
そうした虫のよい話を一方的に押しつけられたと感じた時に怒りを覚えてきた。

ただし、こうした行為に怒りを感じることはあっても、それがいつも決定的な決別になるとは限らない。
こうした行為をする人は、自分を振り返ることの少ない、自省的で無い人の場合が多い。
自分を見つめることができないのは弱いからで、
弱い人は、責任ある立場にいない限りは、大目に見てあげた方がいいと考えているからだ。

では、行為に怒りを感じるだけでなく、その人と決別するのはどういう場合か。
これまで僕が決別に踏み切ったのはどういう人かを、今度はタイプに注目してリスト化にしてみると・・・

・自分は安全な場所にいながら、相手には危険を求める
 →小役人タイプ

・自分の責任転換のために、相手のアラ探しをする
 →ハラスメント・タイプ

・自分の感情を解消するために、相手の生き方や人格を否定する
 →虐待タイプ

・・・という傾向がある。
上に挙げた怒りを感じる行為と連続性はあるけれど、決定的に違うことがある。
それは、こういう人たちとは関係を続けていてもプラスにはならないし、何を言っても無駄だと僕が諦めを感じる点だ。
もちろん、僕は正義の味方では無いから、こういう人たちとも表面的な付き合いでお茶を濁すこともある。
でも、こういう人たちと決定的に衝突した時には、怒りを感じるだけでなくきっぱりと決別することがある。

ただし、できるだけ人とは決別しないように、つまり諦めないように気を付けている。
それは僕が心が広いからでは無く、僕のある特質を僕自身が恐れているからだ。
その特質とは、僕が上のような理由で決別した人は、必ず悲惨な出来事に合うというものだ。
本人でない場合はその人の近しい人が悲惨な出来事に合ってしまっている。
そなぜそうなるのか、その過程は実証的に検証できないことで、憶測の域を出ない。
科学的で無いネガティヴな内容で憶測はすべきではないと考えているので、ここでは書かない。
ただ、僕が諦めて相手にしなくなった人やその近しい人には常に悲惨なことが起こっている事実と、
そういう自分の特質に僕は恐れている事実、の二つの事実だけを書くにとどめる。

そんな自分の特質を恐れる僕でも、上に挙げた傾向にある人とは諦めて決別することがある。
決別する時ははっきりとしていて、これまでの経緯がどうであろうと、たとえ思い出がどんなに美化されていようと諦める。
過去にとらわれて諦めた人と接し続けることは、お互いにマイナスにしかならないと考えるからだ。

それでは、そこまではっきりと諦めて決別した人と、和解をすることがあるのかどうかと問われれば、実はある。
諦めてしまった人であっても、丁寧な手書きの謝罪文をもらったり、涙ながらに土下座までされれば心が動く。
ただ、感情のおもむくまま許してもそれは一時の気分だけで長続きはしない。
何を持って許すのか、和解には指針(目盛)が重要だと考えている。

僕の和解の指針としては、以下の四つの指針がある・・・

・謝罪して来る上に、反省しているのが伝わってくる
 →忘れないけれど、許す

・謝罪して来ないけれど、反省しているのが伝わってくる
 →忘れないし許さないけど、片目をつぶって接することがある

・謝罪して来るけれど、反省しているのが伝わってこない
 →忘れないし許さないけど、両目を開けて注視しながら形式的に受け流すことがある

・謝罪して来ないし、反省しているのが伝わってこない
 →忘れず許さず、相手にしない

・・・というものだ。
決して忘れないということと、許すためには実際の謝罪を求めるという二点が、僕が優しくも無く、心が広くもないと自覚するところだ。
忘れないことについては、「水に流す」や「無かったことにする」というのはある意味でファンタジーの世界の話で、幻想からはじまる関係は長続きしないからだ。
また、謝罪を求めることについては、自主的に謝ることができない人は、自分の言動に責任を持てない人なので関係を修復してもうまくいかないからだ。
それだけに謝罪はまず書面などのかたちで受け取ることが多い。

こうして書いてみると、誤解を受ける可能性のある内容もあるし、実際に優しくは無く、心が広くも無いことが自分でもよく分かる。
僕は問題が多い人間で、偉そうなことを言える人格も立場も実績もないことは理解している。
もしかしたら上に挙げたような人たちと僕も大して変わらないと考える人もいるかもしれない。

でも、上に挙げたような人たちと僕が一点だけ違うと言い切れることがある。
それは自分が重要だと思う意見や主張は、必ず記録に残して公開し、公の場でも主張する点だ。
僕が諦めて決別した人たちに共通するのは、自分の意見や主張が記録に残ることや公開されることを極端に嫌うところだ。
つまり、自分の発言と行動に責任を持つことが無い、陰口タイプという点が共通している。
記録に残し公開する覚悟の無い人の意見や主張は、自分自身の気持ちや生き方ついても本気では無いので、
たとえどんなに立派に聞こえたとしても、飲み屋の愚痴と変わらず、何も進めることはできない。
会議で目上の人に意見できない人に限って、陰で下の人をコソコソたたくものだし、
二人きりの時は偉そうな人に限って、その主張を記録に残して公開するとなった途端に右往左往するものだ。

僕が1996年からメーリングリストで、2001年からはインターネット上で、恥ずかしいメモを公開し続けているのは※4、
上に挙げたような人たちとは違って、自分の気持ちや人生には本気でありたいと思うからだ。
だから、本当に主張したいことがある時には、記録に残して公開し、公の場でも発言し、時には町に出て主張もしてきた。

僕はピコピコしい人間なので、こうした自分の和解の指針を公開することは勇気がいる。
でも、人を許すというのはとても勇気のいることだ。
そして人が持つことのできる勇気の中で、許す勇気が一番価値のある勇気の一つだと僕は確信している。
だからこそ、優しくも無く、心が広く無い自分の和解の指針を記録して、これからも公開し続ける。

こんな僕だけど、仲良くしてあげてくださいね(^_-)

※1:まろみあんの人たちとの対話や、直前に読んだ『今日の芸術』に考えさせられたことも大きい

※2:まろまろ茶話会2009を開催、文京区友の会の自律的な発展教え子が結果を残してくれる特別講義を担当する、新しい特命係長プレイをはじめるなど

※3:『こころの処方箋』

※4:まろまろコラム:『メモのメモ』

2010 1/8
まろまろコラム

追記:このコラムにはoriginal versionとして実名と実際の出来事を詳細に記したものがあります。これは裁判所に提出することが可能なほどの事実性と正当性に基づいていますが、今回の目的は自分の和解の指針とその姿勢を明らかにすることなので、publish versionでの固有名詞は伏せています。

コスプレとバランス~特命係長プレイ~

近頃は特命係長プレイについて質問されることが多いので、今回はコスプレとバランスについて考えていることをコラムにて・・・

現在、もろもろの事情から、本業からの一時離脱を余儀なくされている。
不遇の時期と言われることもあるけれど、これを一つの機会ととらえて、合間合間に本格的な社会的コスプレをしている。
具体的に言うと、経歴詐称には当たらない範囲で可能な限り身元や経歴を伏せて働いている。
(日本ではワーキングネームも認められている)

仕事内容を耳にした知人や友人からは「なぜまろまろさんがそんな仕事をするんです!」と驚かれることもある。
中にはありがたいことに(?)積極的に別の仕事を紹介しようとしてくれる人もいたりする。
確かにこれまでの自分のタイプやキャラに合わないことかもしれないけれど、今では次の業務を待ち遠しく思えるほど楽しみに感じている。
そこにはもう一人の違う自分がいて、こうしてコラムを書いている自分と対比できるようになるからだ。

特命係長、必殺仕事人、遠山の金さん、水戸黄門、忠臣蔵などなど・・・
思えば自分は昔から昼と夜との顔が違う設定にあこがれを持っていた。
昼と夜との顔が違う人たちへの憧れは、自分が過度の照れ屋だということに起因している。
照れとは社会的なギャップに対するコンプレックス※1のことで、とっさにバランスを取ろうとする心の衝動であるらしい。

身元や経歴、もちろんこのWebサイトを伏せて社会と関わる時、誰も自分のことを天才やカリスマと呼ぶ人はいない。
「何とかと天才は紙一重」という言葉があるくらいだから、天才と呼ばれることはまだ許容できる。
でも、カリスマと呼ばれることは受け入れられず、これまでそう言われる度に右往左往していた。

もちろん、自分はピコピコしい小さい人間だから、自分のやったことや残したものを賞賛されるのは大好きだ。
でも、自分の表現したものに対する賞賛が自分自身に向けられた途端、耐えられないほどのプレッシャーを感じた。
自分に敬意を寄せてくれる人の前では積極的にダメな人間を演じて、無理やりにでも幻想を壊すこともよくやってきた。
(本来の姿を見せているだけということもあるかもw)

人は蔑まれれば蔑まれるほどそれに反発する気持ちが高まるのと同じように、逆に賞賛されればされるほど反発したい気持ちが高まるものだ。
物理現象のように心も作用と反作用の関係があるものだけど、照れ屋はそうした反作用の力が強い人間のことを言うのだと思う。

そうした照れ屋の自分にとって、かつてはネット(Web)が別の顔を持てる場所だった。
だからミステリアスで危険な男を目指して、リアルな部分とのリンクはできるだけ絶ってきた。
でも、時代の要請もあって次第にその差は縮まっていき、今ではネットとリアルな自分とはほぼ完全にリンクしている。
徐々に、そして確実に、ネットは別の顔を持つ場所ではなくなっていった。
それと同時に自分はバランス感覚を欠いていった面があったのではないだろうかと考えている。
(去年、不調だったのは原因の一つはバランス感覚の欠如もあったのではないかとも感じている※2)

また、「自分を客観視する」とか「自分を突き放して見てみる」とかという言葉がある。
でも、自分を突き放して見ることのできる人がいるのだろうか。
現に他人に「自分を見つめろ」としたり顔で言う人に限って自分を見失っている場合が多い。

あえていえば、自分の一部を自分の外に出して多くの人の目の前に晒してみることが一つの方法かもしれない※3。
そして自分を突き放して見てみるもう一つの方法が、まったく違う社会的な関係を持つことだろう。
人間とはその半分、または半分以上を社会的関係によってつくられるものだから、別の社会関係の中では自然と別の自分を生み出すことができる。
別の環境での自分自身を鏡にすれば、見たくなくても目についてしまう点がいくらでも出てくる。

振り返ってみれば自分は高校生の頃から、さまざまな世代の人が集まる場所、あまり十代の人間が関わりそうにない場所に通っていた。
また、今でも本業とは別の副業や別の世界を持っている人との相性が良い。
そうした人たちに共通して感じるのは、自分を客観視する視点とバランス感覚だ。
自分に関してみても、京都の大学で産学協同事業の代表をしながら東京の内定先企業で働いていた時には、
上司から「京都の仕事のストレス解消のために東京に仕事しに来てるだろ(w」とよく上司から揶揄されたものだ。

思うに、心や体のバランスを崩す人はバランスを取るための場所や機会が無い人なのではないだろうか。
社会的コスプレはある意味で心理療法に近いものがあるように感じている。
Webサイトを創っていくことは自分にとっては広場で箱庭療法をするようなものだけれど※4、身元を隠して働くのは演劇療法をするようなものだ。

社会的コスプレは、心のバランスを取りながら、自分を客観視する視点を得られる。
これからどのような立場になっても、違う立場でいられる機会を生活の中に組み入れていきたい。

・・・・っというわけで、まろみあんの人が社会的コスプレをしている僕を見かけても、声かけはこっそりとお願いします(w

※1:『コンプレックス』 (河合隼雄)

※2:当時は「バランス感覚とは足踏みの別名だから、前に踏み出す時には邪魔になる」と考えていた。
今でもバランス感覚に優れている、と言われるのは、創造性の無い後ろ向きな人間、と言われているように感じる面もある。
バランス力と前進力との関係についてはまたあらためて考えてゆきたい。

※3:まろまろコラム『メモのメモ』

※4:まろまろコラム『広場の箱庭師』

2008 10/10
まろまろコラム

時代おくれのブログになりたい

原曲:「時代おくれ」
編詩:金色麿生

一月二本の 記事を書き

フォントは特に こだわらず

荒らしが来たなら 微笑んで

削除を一回 こなすだけ

個人情報 見せないで

読者に愚痴を きかせずに

作者の嘆きは 匿名で

他のサイトに 置いて行く

 目立たぬように

 はしゃがぬように

 カリスマと言われても 無理をせず

 B級の心を 持ちつづける
 
 時代おくれの ブログになりたい

まとめてないけど 投げ出さず

アクセスだけに こだわらず

上手に空気を 読みながら

一年一度 オフをする

痛いことにも めげないで

おいしいネタと 意気込んで

あれこれ仕事も あるくせに

今日も遅くまで 記事を書く

 ねたまぬように

 あせらぬように

 既存のメディアに 流されず

 B級の心を 持ちつづける

 時代おくれの ブログになりたい

 目立たぬように

 はしゃがぬように

 カリスマと呼ばれても 無理をせず

 好きなサイトを 創りつづける
 
 時代おくれの ブログになりたい

まろまろ記7周年の日に>

ノリシ論~ツナガリとノリシロ~

今日でサイト開設5周年な、まろまろ@これもまろみあんの方々のご愛好のたまものです(^_^)v

振り返ると2001年7月19日のまろまろ記(当時はまろまろ読書日記)の開設当初から、
人的なネットワークやネットワーキングについての意見を求められることが増えました。
こういう話は生々しさや上から目線な感じが目立ってしまうことがあるので、
これまで自分から積極的に意見を表明することは避けてきました。
ただ、特にソーシャルネットワーキング・サーヴィス(SNS)やblogが台頭した
2004年くらいからは頻繁に意見を求められる機会が増えたので、
今回は5周年記念ということでネットワーキングについての考えをコラム化してみます。

では、ここから・・・

最初に好みの話をすると、そもそも僕は「人脈」や「ネットワーク」という言葉は好きじゃない。
そういう言葉をよく口に出している人たちとも、あまり仲良くなれないことがある。
こういう好みを言うと、「ネットワーキング名手のまろまろさんがなぜそんな風に思うんですか!?」と驚かれることが多い。
確かに「人生いつでも出会い系」(by西行法師プレイ)を標榜しているだけに、こういう趣向は不思議に思われても仕方ないかもしれない。
一見、矛盾しているように見えるこの好みの話は、実は僕のネットワークに対する考えから来ている。

ネットワークとは、日本語で平たく言えば「ツナガリ」だと思う。ネットワーキングは、「ツナガルコト」ですな。
ツナガルためには、まず第一に接着するためのノリシロが必要になる。
そのためのノリシロとは何かといえば、それは自分の中にあるものを外に出したものだ。
自分の中にある気持ち、経験、知識などを外部化させたもの、それがその人のノリシロになる。
自分のノリシロとは、別の言い方をすれば、自分の内にあるものを情報発信したものであり、
自分メディアということが言えるかもしれない。
(興味ある人は※)

だから「ネットワークづくりのために何をすればいいですか?」と聞かれれば、
僕はいつも「自分のノリシロを外に出すこと」だと応えている。
ノリシロのないツナガリはありえないから。
そして自分のノリシロを外に出していれば、自然とネットワークは広がっていく。

・・・っと言ってもノリシロを外に出すことは、もちろんリスクがある。
ノリシロを外に出していたら、変なものがくっついてしまうリスクはあるし、
自分の底の浅さを笑われて恥をかくこともあるかもしれない。
(かく言う僕もよく恥をかく(^^;)
ノリシロを外に出すことは、時間もエネルギーもかかるし、
何よりも勇気が要るということは僕もよく実感していることだ。

でも、ノリシロを外に出しながら、変なものがくっつかないように模索することは、
自分の内にあるものと外の状況との関係を見つめる機会になる。
恥をかくことも、自分を見つめて成長する上で欠かせない要素だ。
思えばノリシロを出すことのリスクは、出会いには避けて通れないものだし、
自分の内と外との両方を見つめることに時間とエネルギーをかけている証拠にもなる。

最初に書いた好みの話はここにツナガル。
ノリシロを出さずに、つまりリスクを背負わず安全な場所に身を置きながら、
「ネットワークづくりが好き」や「人と人をツナゲルのが得意」と言っている人を見かけるとちょっと不信を感じてしまう。
(大人げなくてごめんちゃい(>_< )) だから僕はネットワークについて助言を求められると「良いツナガリを求めるなら、まず良いノリシロをつくろう」といつも応えている。 そしてその後には決まってこう続ける、「“可愛い子には恥をかかせろ”ですよ(^_-)」(byはしり書き)と。

参考
「ソーシャルネットワーキングのコミュニケーションの多様性」(シンポジウム議事録)

『1人1メディア』(まろまろコラム)

※例えばこれまでのネットコミュニティやWebコミュニケーションと比較して、
SNSとblogがここまで注目される理由はこのツナガリとノリシロの関係にあると思う。
SNS上ではそれぞれがそれぞれのエリアで自分のノリシロを公開する。
そこに誰かがひっかかり、新しいツナガリに発展していくことで大きなツナガリがうねりとして生まれる。
(ツナガリのうねり=コミュニティ)
blogもこれまでのものと比べて、各記事ごとのコメントやトラックバック、RSSのおかげで、
ノリシロとツナガリの相乗効果が大きいシステムだと言える。

2006 7/19
まろまろコラム

時間と仲良くする方法

さて、大晦日ですね。
今年1年もまろまろしたメモにおつきあいいただいてありがとうございます。
例年単なるメモでしかないものなのに、まろみあんの皆さんから意見をいただけて、
参考にさせてもらったり新しい発見を得られたりして感謝感謝です。

2005年は時間の接し方について考えさせられる機会が多かったので、
今年最後は時間に対して僕が考えていることのコラムをば・・・

いろんな人が集まる場に呼ばれていくと、妙に相手の年齢を聞き出そうとしてくる人と出会うことがある。
面白いなと思うのは、人の年齢を気にする人ほど自分の年齢にコンプレックスを持っているということだ。
観察してみると、そういう人はこれまで過ぎた時間に自信が持てず、これから過ぎる時間に不安を感じてしまっている。
一言で言えば、時間に対して劣等感を持っている、ということなんだろう。

確かに時間が過ぎていくことが、劣化して目減りしていくことだけとしか思えないなら、
時間がたてばたつほど、自分がジリ貧になっていくと感じても仕方ない。

でも、時間と喧嘩してもどうせ勝てないし、時間に劣等感を持っても始まらない。
時間は絶対で変わらないものだから、自分の方から時間と仲良くするしかない。
年齢や時間に劣等感を感じている人は、結局は時間と仲良くできていないのだと思う。

では、どうすれば時間と仲良くできるのか。
仲良くするにはその相手のキャラを認めてあげることからはじまる。
時間は途切れず「続いていく」というキャラを持っている。
だからこちらも「続けていく」ことが大切になってくる。

たとえば、進み続けるなら時間がたてばたつほど前進できるし、残し続けるなら時間がたてばたつほど増えていくことになる。
少なくとも目減りしないしジリ貧にはならないので、時間に対して劣等感を持つことは無くなる。
そして続ける内容、進むことや残すものは、たとえそれが未満や未完のものでもかまわない。
自分は0.01しか進まなくても、時間の方が100進んでくれれば”1″になるし、
0.01しか残せなくても、時間が100たてば自然と”1″になってくる。

ほんのちょっとづつでも進み、残していくこと。
それが時間と仲良くする方法だ。
自分が続けてさえいれば、時間はいつも味方になってくれる。

今年は読書日記をはじめて10周年をむかえる年になった。
この10年間、時間は僕にとって味方だった。
もしこれを続けるなら、次の10年も時間は僕の味方になってくれるだろう。
そんな読書日記10年の年最後のコラムでした(^_-)

2005 12/31
まろまろコラム

関連したエントリ:できる人の「特殊性」を強調して、「普通」の殻に閉じこもるのは成長できない人の特徴(はしり書き)

WEBと海

いきなりだけど僕はディズニーランドが苦手だ。
理由はいくつかあるけど、とにかく気が引けてしまう。

そんな僕でも最近なぜか楽しいと思えるアトラクションがある。
ディズニーシー(支店)の“シンドバッド”とディズニーランド(本店)の“カリブの海賊”だ。

二つとも“センターオブジアース”(支店)や“ビッグサンダーマウンテン”(本店)のように
別にスピード感があるものでもないし、
“プーさんのハニーハント”のようにキャラクターの吸引力があるわけでもない。
でも不思議なことにこの二つのアトラクションに乗ると妙にワクワクしてしまうし、
自他ともに認めるディズニー苦手の僕でも楽しいと感じてしまう(不覚なり)。

どうしてなんだろうと思って記(メモ)を振り返ってみると、
この二つのアトラクションを面白いと思い始めた時期と
このWEBサイト(HP)を立ち上げた頃がちょうど重なっていることに気づいた。

そういえばこの二つのアトラクションの舞台となる昔の海のイメージと言えば、
「嵐や難破などの危険が多くて海上で生活することなんて無理」(陸の代わりにはらなない)、
「魔物が住むとまことしやかに信じられるほど怖い存在」、
その上「やっと陸についても言葉が通じないことが多々」
・・・という危険で暗いマイナスイメージなものだった。

でもその一方で、
「違う世界と接することができる」、
「新しいコミュニケーションが生まれる」、
そして「ごく少数者は大成功を収める」
・・・という明るいプラスイメージもあった。

不思議なことにこれはいまのWEB(ネット)に対するイメージとすごく近い。
陸をオフラインに、海をオンラインに置き換えてみればまるで同じだ。

そしてそんな海にこぎ出していった船乗りたちといえば
「羅針盤を使いこなして海図を読む技術力」がまず要求される。
そして船長には「潮流を読んで舵を切る判断力」が必要になる。

船をWEBサイトに置き換えてみればこれまたピタリと当てはまる。
WEB上で活動するにはまずある程度の技術力が必要になる。
そしてWEBサイトを運営するのはそれこそ「荒らし」もある流れを読みながら、
時には思いきって舵を切らなくてはいけない。
舵の重さはそれぞれの船で違うように、その判断の重みはそのWEBサイト独自のものだ。

“シンドバット”と”カリブの海賊”を楽しいと思えるようになったのは、
安全な定期航路や豪華客船が確立する前の、
魔物が住むような海に技術力と判断力を持って飛び出していった
海の男たちの伝説と自分が共鳴したからなんだろう。

今のWEBもまるで魔物がいるかのように恐ろしいことも多いし、
急変する天候のように不確定要素が高い。
今後はもっと安全に安心してWEBで活動できる時代が来るかもしれない。
でも、新しい世界と新しいコミュニケーションの可能性に賭けて、
不透明な今のWEBに積極的にこぎ出していくネットワーカーたちが
次の時代には伝説として語られることになるんだろう。

・・・こんな風に書くとずいぶんな飛躍があるし楽観的すぎるな自分でも思う。
でも、いまも語り継がれる船乗り伝説はどれも飛躍と楽観が共通している。
昔の海や今のWEBのようにマイナス面とプラス面が鋭く混在している舞台は、
きっとそんな伝説が生まれやすい土壌にあるんだろう。

このコラムを読んでいる貴方も200年後くらいのテーマパークのアトラクション
“パイレーツ・オブ・マロミアン”に登場したりするかもしれませんね(^_-)

2004 10/28
まろまろコラム

コラム補足(ちょい情報学話)
「サイバースペース」の語源になった「サイバネティックス(Cybernetics)」は、
奇遇なことにもともと「舵取り」という意味から来ていたりすることを発見。
(byウィナーさん)
情報と海って仲良しさんかもしれないですね。

1人1メディア~情報公開のありがたさ~

『広場の箱庭師』を書いてから手作りすることの箱庭的な話だけでなく、
それを公開する広場的な意味をどう捉えているのかという質問をもらうことが多くなった。
情報を公開するということをどう捉えているのかを公開するのは生々しい話になりがちで、
これまではあまり積極的にはしようとしてこなかった。
でも、今回はまろまろHP開設3周年として自分なりに整理をする意味でも、
自分が情報発信としての側面でHP(WEBサイト)のありがたさを感じているとのコラムをば・・・

まず、HPをやっていると自分の関心に合った情報が自然に集めやすくなることはありがたい。
自分から情報を発信しないで情報を集めようとするのはすごく難しいからだ。
特に大量の情報の中から自分の求めているものを絞り込んで得ようとする場合には、
そもそも自分はどういう人間で、どうしてそれが知りたくて、どういう理解ができるのか・・・
っというようなことを自分の外に出していかないと、満足できる情報は集められない。

HPをやっていると、そういう自分の情報収集のアンテナや基準が自然とできてくる。
これをしないで情報を集めるとなると、時間とエネルギーがすごく必要になる。
国や企業では専門の情報機関が設置されていたりするけれど、
ちょうど自分にとってHPは情報発信のメディアでありながら、
同時に情報収集機関の役割を果たしてくれている。

そして、一番のありがたさを感じていることは、組織やコミュニティに依存しないで
自分に合ったオーディエンスに直接情報を発信できるようになったことだ。

かつて自分はかなり大きな組織に所属していたことがある。
ピュアピュアさんなので「組織に潰されたらどうしよう」とビクビクすることもあった。
虚勢の張り合いや立ち回り、陰口の応酬などにバカバカしさを感じながらも、
潰されるんじゃないかという強迫観念から思わず巻き込まれそうになったことが何度かあった。
法律を学ぶきっかけもそんな防衛本能が刺激されたからだ。
(興味がある人は下の補足)

でも、HPの運営を開始してからは、そんな強迫観念は少なくなった。
自分のメディアを持っていれば所属する組織に潰されることはまずないからだ。
その組織を通してしか情報を発信できなかったり、
人とのつながりができなければ組織に潰されることはある。
これはかっちりした組織だけでなく、良い響きのあるコミュニティにも言えることで、
人の集まる集団に所属しているときの最大の恐怖はつながりを絶たれることだ。

自分で直接情報発信ができて、
自分に合ったオーディエンスとつながりを持てるなら、
不毛な強迫観念に足を引っ張られることは少なくなる。
これは情報発信の機能としてすごくありがたいことだ。
これがあるから広場にいる価値があると思っている。

もちろん普段、日常生活の接点だけではその人がどういう人なのか、
どういう趣味趣向を持っているのかはわかりにくい。
だからその人がどこに所属しているかというのはすごく重要なことは確かだろう。
でも、それがときにすごくもったいないことになる場合も多い。
(西行法師プレイ~出会い系サイトを歩く~)

1人につき1つ情報発信のメディアを持っていれば、
学校や会社など既存の所属に依存しすぎないで
つながり合いがもてるようになるんじゃないかと妄想している。

「1人1メディア」、そんな標語をうっかり口にしたくなる3周年。

掲示板での話題は→こちら

2004 7/19
まろまろコラム

コラム補足(ちょい法学話)
表現の自由(憲法第21条)が保護される理由は、
「自己統治」と「自己実現」に必要不可欠だからだとされている。
僕はこれを学んだときに自己統治の方は民主主義を支えるという意味でよくわかるけど、
なぜ自己実現で表現の自由が必要なのかいまいちピンとこなかった。
でも自分がメディアを作って情報発信してみて、
「表現の自由を規制することは自己実現を規制することに直結する」
という意味が実感としてわかるようになった。
バランス調整の基準を示してくれる法律ってありがたいですな(^_-)

広場の箱庭師~HPのたのしさ~

「HP(WEBサイト)を運営することをどう捉えているんですか?」と聞かれることがあるので、
今回は自分がHP活動について感じていることのコラムをば。

カウンセリングのひとつに箱庭療法というのがあるらしい(『箱庭療法入門』『トポスの知』)。
箱庭の中にある人形や家の配置や置き換えを通して、心療をするのだそうだ。
そういえば自分の小さい頃はレゴブロックを作るのが好きだった。
もう少し大きくなってからはジオラマを作ることが好きになったし、
思春期には戦略シミュレーションゲームにハマった。
いまではサッカーなどのスポーツのポジショニングやフォーメーションを考えるのが好きだ。

どれも自分の手の届く範囲で小さな世界を作る箱庭なのだろう。
振り返ってみるとすべて自分の手で組み上げることのできるものばかりだ。
落ち着きがなく、不安定な子供時代だったはずなのに、
箱庭を作っている間は気持ちが安定していたのを今でも覚えている。

最近ある友人から「戦略フェチのお前がシミュレーションゲームをしなくなったのは
HPをはじめたからだな」と指摘されたことがあった。
HTMLを接着剤にしてレゴのように情報をつなぎ合せてみる、中身を組みかえる・・・
HPの構築は確かにそういうセラピー的な要素があるのだろう。
そしてそれ以上にHPの最大の特徴は、ブロックや戦略ゲームと違って
箱庭を作る過程自体がそのままメディア活動になる点だと思う。

手作業でつくっている自分の箱庭をWEB(広場)にアップロードすることで、
訪れる人がその人なりの気持ちを感じたり知識を得て通り過ぎてゆく。
百人いれば百通りの感想、それはもう僕の手が届かないものだ。
その手の届かなくなったものが何かの拍子にまた自分の箱庭に帰ってくることもある。
まるで手の届くところにある手の届かないもののような、
コンパクト感とダイナミック感を両方感じられるんだから、
もうおもちゃやゲームなんかでは満足できなくなってしまう。

この箱庭と広場を行き来するような楽しみがメディアを作る楽しさなんだろう。
そう、このコラムを読んでいる貴方もまた、
僕が手作りした広場の箱庭に通りかかった一人なんです。
いらっしゃい、まろまろしていってね(^_-)

2003 10/25
まろまろコラム

好きと危険~結婚するなら何番目?~

「結婚するなら二番目に好きな人としろ」という人生訓があるらしい。
一番好きな相手には色々な意味でいっぱいいっぱいになって余裕がなくなり、
うまくいかなくなることが多いからだからだそうだ。
至極もっともなことだと思う。
このことは対人関係だけでなく、すべての物事についても言えるのだろう。
思い入れが強すぎると往々にしてうまくいかないことが多いし、
何よりも失敗したときのダメージが大きい。
「趣味を仕事にしてはいけない」という教訓もそのひとつだろう。

その一方で、たとえ二番目に好きな相手でもうまくいかないこともあるし、
駄目だったときはどうせ傷つくんだから、
時間とエネルギーを一番好きな相手や物事に注入すべきだという意見もある。

どちらが正しいかはその人の中での優先順位や対象ごとに
その時々で変わってくるものだろうけど、
その相手や物事を選ぶか選ばないかということ以前に、
いっぱいいっぱいになるくらい好きになってしまうほど、
駄目になったときダメージを恐れるほどの相手や物事と出会えるということは
実はかなり幸せなことなんじゃないだろうか。

その相手や物事に没頭することが良いことかどうかはその時々によって違う。
でも、もし選んだなら駄目だったときのダメージのことも受け入れる、
たとえ選ばなくてもそれほどまでに思えるものはどこかで大事にし続ける。
そういう気持ちをどこかで持ち続けることが大切なのかもしれない。

そしていま、それほどまでに没頭できる相手や物事がなくても、
いつ現れるのか期待して&ビクビクして待つ。
好きと危険だけで人生はお腹いっぱいになれる。
好きと危険は人生というごはんのメインディッシュのようだ(^^)

2003 9/14
まろまろコラム

読書日記の日記~メモのメモ~

『メモのメモ』を読んだ人から「読書日記はどう考えてるの?」という質問が寄せられたので
今回はメモの中でも特に読書日記に焦点を当てたコラム。

最初に自分が読書日記を残すことになったきっかけから書くと、
メモを残さないと「もったいない」と感じたからだ。
(かなり不純な動機だす)

本を読んでいると、読書という行為=文字から音や映像を再現するというのは、
音楽を聴いたり映像を観るよりもエネルギーと時間が必要なんだなぁと感じることがある。
特に自分は集中力が散漫な方なので、一冊の本を読みきるまでに手間と隙がかかってしまう。

そうやって苦労して読んだ本なのに、読んだ次の週くらいからもう、
「あの台詞はどの本にあったっけ?」とか「この本は読み終えたんだっけ?」などと
本棚をひっくり返す経験を何度も繰り返していた。
さらに、本は物(ハードウェア)なので、無くしたり、人に貸したり、引越したり、
様々な理由から物理的に手元から消えてしまうことがある。

そんなときでもタイトルと著者と出版社、読み終えた日時(引用するなら出版年もあるとグゥ)、
そして読んだ時の心のひっかかりさえ残しておけば、
たとえ忘れたり、本を無くしたりしても、それほど右往左往しなくてもよくなる。
メモとしての読書日記を読み返せば内容は思い出すし、手元にない本でも引用できる。
特に人は頭の構造からして「記憶しよう」、「忘れないようにしよう」と思っても
すっかり忘れてしまう(いやん)ということがよく起こるので、
思い出すきっかけになるこの読書日記の効果は絶大なものだ。
読書日記を書き残す労力はたいへんだろうと思われることもあるけれど、
読書日記をつけると安心して忘れられるので、逆に読書に集中できるようになった。
(この「まろまろ読書日記」で一番得をしている読者は自分自身だったりする)

そして、読書日記を残すようになって気づいたことがある。
読書で一番大切なもの、それは物としての本ではなく
その本を読んで感じた自分の気持ちだということだ。
その本に書かれてある文字ではなく、その文字を通して感じた自分独自の気持ち、
それこそが本当の意味での「コンテンツ」だと思う。
本に書かれた文字は印刷物なのでたとえ手元から無くしたとしてもいくらでも手に入るけど、
読んだとき、そのときの自分の気持ちは一度無くすともう手に入らない。
もちろん意識の底に残ったり何らかのかたちで影響を残すものだけど、
まったくゼロから思い出した気持ちの記憶は、
それ自体がかなり変わっている可能性が高かったりする。

読書日記はその本を読み終えたときの自分の気持ちを再現できる。
時にはそれがすごく恥ずかしいことだけど(メモのメモ)、
自分の気持ちを再現できるのは自分で残したメモしかない。

そんなこんなで今日も読書日記出来事メモを書き残している。
名前は残ってないけど文字を作った人たちは偉大だ。

☆掲示板での話題はこちら

2003 7/3
まろまろコラム