Archive for the ‘出来事メモ’







第4回松阪市情報管理担当者研修会の講師をつとめる01.12.12

情報政策担当官として、第4回松阪市情報管理担当者研修会の講師をつとめる。

講師としては、情報管理担当者制度の立ち上げ式を兼ねた第1回:「”情報”はなぜ大切なのだろう?」に続いての登場になる。
(第2回:「パブリシティ」、第3回:「広報誌」)
内容は、「インターネット・リテラシーとグループワーク」と題して、前半は講義形式、後半はグループワークの2部構成にした。

前半の講義は、インターネットの仕組とその特徴を把握して、リテラシーを向上することを目指しておこなった。
今回は7月28日から10月4日までかけて実施した情報管理担当者の全員に対しのヒアリング調査の後なので、
その分析を基にして、情報管理担当者の理解度や関心事と調和できるように意識した内容にした。

また、グループワークでは、ヒアリング調査を集計したヒアリング調査シートを題材に、
各課の共通する課題と解決案について話し合い発表し合っていただいた。
これはヒアリング時に、これまで情報に関して自分の課の状況を体系的に振り返る機会が少なかったことや、
他の課の人と話し合う機会が少なかったということをよく耳にしたので、
お互いが教え合うことで情報共有し、”気づき”を通して問題意識を共有していくことを目指した。

このような目的を持った研修だったので、少人数単位の研修を複数回実施する編成にした。
具体的には、前半後半合わせて1回2時間の研修を、最大定員15人までにして・・・
12月19日の午前と午後
12月20日の午前と午後
12月26日の午前と午後
・・・さらに、欠席者のためのフォローアップとして2011年から2012年に年をまたいで・・・
1月12日の午前と午後
・・・の合計8回の研修をおこなうことにした。
これだけ短期間に同じ内容のものを8回おこなうのは、これまでの講師経験上初めてのことでもあり、
施設や全体との調整の中で乗り越えなくてはいけない課題もいくつかあった。
ただ、市民と行政との間に「情報のかけ橋」をかけるためには、
職員研修は最重要課題の一つという位置付けの下で実現することができた。

今回の研修では、講義とグループワークの両方でヒアリング調査の結果を盛り込んだ内容になったが、
そのヒアリング調査を題材にしたグループワークの結果もまたデジタル化して、
情報管理担当者のみなさんにお渡しすることになった。
その過程を通して、こうしたサイクルの環を充実させながら広げていくことが、
「情報のかけ橋」の構築では欠かせないとをあらためて実感することとなった。

さらに、フォローアップ研修については定員に余裕があったので、
情報管理担当者以外の職員の中で興味のある方にも参加していただき、
サイクルの環が少しずつ広がっていくことが確認できた。

市民と行政との間に「情報のかけ橋」をかけるために、このサイクルの環を大切に育てていきたい。

2012 1/12
出来事メモ

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東北行脚記~人生初のみちのく旅~11.14.11

11月10日から14日までの4泊5日間、東北地方を行脚する。

振り返れば、19歳の時に大阪で阪神大震災を経験したことが、文京区友の会などの地域コミュニティ作りや、
てくてく活動のような地域資料作りに関わるきっかけとなっている。
また、松阪市ホームページ検討委員会委員長や松阪市情報政策担当官として公的な役割を果たすことになったのも、
阪神大震災の経験が原体験として残っていることが大きな要因となっている。

そして、今年発生した東日本大震災は、東京滞在中に経験することなった。
震災発生直後、まだ混乱する東京に友人たちを残して自分だけ移動することには大きな葛藤があったものの、
自分にもできることの中にある自分にしかできないことを考えて、松阪に来ることを決断した。
(「東日本大震災のお悔やみと近況報告」)

自分にもできることの中にある自分にしかできないことの一つが、
被災地から遠く離れた場所にいるからこそできる情報発信だ。
特に防災意識向上や風評被害対策には、情報発信が貢献できる分野なので、
これまでも防災オフ会復興支援オフ会などを開催してきた。

今回の東日本大震災でも、情報発信分野での貢献をしたいと思っていた。
ただ、具体的に自分に何ができるのか、何をどう取り上げればいいのか、
暗中模索する日々が続いていた。
そんな折に、芹澤高斉・三重中京大学准教授が東北地方に視察に行くとお聞きして、
完全ボランティアで同行させていただくこととなった。

人生で初めて訪れた東北は、まだ復旧作業が続いている中だけれど、復興に向けた足音が聞こえるものだった。
石巻市雄勝町で再開されたホタテ貝の養殖をお手伝いさせていただいたことや、
陸前高田市で一本松の保全活動をされている方のお話をお聞きしたこと、
石巻市で松阪市の知人から依頼された消息確認を古い知人と一緒におこなったこと(※1)などを通じて、
様々な立場の現地の方々と実際にお話しさせていただいたことは、自分にとって大きな経験となった。

現地で異句同音に耳にしたのは「どんな動機でもいいから実際に来てほしい」、「忘れないでほしい」という言葉だった。
これは情報発信分野で貢献したいと思う自分にとっては勇気づけられるものだったし、
被災地から遠く離れた場所から来た自分の気まずさを救ってくれた。
その一方で、言葉にできない経験や気持ちを抱えている方々とお話ししながら、
自分がどう接していいのか、どう関わっていけばいいのか、分からなくなることもあった。

自分に何ができるのか。
その応えは今でも暗中模索の状態にある。
でも、今回東北行脚の中で出会ったみなさん、再会したみなさんが、光を灯してくれた。
少しずつこの灯をつなげていきたい。

以下、東北行脚の主な行程とまろまろ記コンテンツのまとめ。

○11月10日:中部国際空港→仙台空港→仙台市のゲストハウス梅鉢に宿泊

 ・北辰鮨 仙台駅3階店の「どんこの肝のせにぎり寿司」

○11月11日:仙台市→石巻市雄勝町でのホタテの養殖お手伝い・大須中学校訪問・雄勝硯の高橋さんと再会→一関市の東横インに宿泊

 ・雄勝湾の「ホタテ貝」

 ・海音の「お刺身の盛り合わせ」

○11月12日:一関市→陸前高田市での一本松保全活動ヒアリング・松阪市からのボランティアと合流→平泉町の志羅山 旅館に宿泊

 ・復興レストラン;マイウスの「醤油ラーメン」

○11月13日:平泉町→仙台市で単独行動開始・蒸留所見学→東松島市で箕輪さんと合流し消息確認開始→石巻市で消息確認→仙台市のドーミーンに宿泊

 ・志羅山 旅館の「朝食」

 ・ニッカウヰスキー宮城峡蒸留所の「シングルカスク宮城峡25年」

 ・かき松島こうは 松島海岸駅前店の「松島バーガー」

 ・路地とうやの「仙台牛のあぶり寿司」

○11月14日:仙台市のせんだいメディアテークへのヒアリング・国分町でのヒアリング→東京都

 ・ブラザー軒の「あんかけ炒飯」

 ・東北新幹線の「炭火焼風牛タン弁当 塩釜藻塩付」

2011 11/10~14
出来事メモ

※1:2012年1月12日 『夕刊三重』・第1面「40年ぶり文通相手と”再会” 浅沼さん(観光協会職員)、被災の高橋さん(石巻市)と 視察の渡邊さん(市情報政策担当官)捜し当てる」

石巻市雄勝町でのホタテ貝の養殖再開陸前高田市の一本松

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松阪市におけるソーシャルメディア利活用宣言とソーシャルメディア・ガイドライン策定10.26.11

山中光茂・松阪市長の定例記者会見にて、松阪市がソーシャルメディアの利活用を業務の一環として位置付ける宣言と、
ソーシャルメディア・ガイドラインの策定が発表される(※1、※2、※3)。
これによって、松阪市では職員が勤務時間中でもtwitterfacebookなどの
ソーシャルメディアを利活用して、情報発信ができるようになった。

行政によるソーシャルメディアの利活用は、情報化社会の進展の中では必然の流れではあるけれど、
新しい領域ということに加えて、ICT分野に特徴的な”私”の部分と”公”の部分が交差する領域でもあるので、
完全拒否でも完全承認でもなく、その位置づけを明確化させた方針が必要となる。

そこで松阪市では今回、ソーシャルメディア・ガイドラインを策定してその位置づけを明確化させ、
利活用を宣言するという情報政策を施行した。
このことは実際に利活用する職員の情報リテラシーがより重要となってくるので、
今年7月から設立・実施している各課1名ずつ選出の情報管理担当者への研修でも重点を置いている。

もともとソーシャルメディアは、草の根的に発展してきたものだけど、
今回のソーシャルメディア・ガイドライン策定も草の根的な経緯がある。
まず、今年の4月から1年間松阪市に赴任している石垣市交流職員の西銘基恭さんから、
石垣島の方へ松阪の情報を発信したいという相談が寄せられた。
ちょうど僕も今年4月から松阪市情報政策担当官に就任したというご縁があり、「情報のかけ橋」をテーマとしているので、
松阪と石垣島の「情報のかけ橋」作りとしてご協力させていただくこととなった。
結果的にtwitterを利用しようということになり、実際の操作指導に加えて、
利用のための石垣市のソーシャルメディア・ガイドライン作成もお手伝いさせていただいた。
現在は、石垣市の公式HPに「松阪と石垣島のかけ橋枠」として、西銘さんのtwitter発言を表示する場所がある(※4)。

そうした経緯があるので、今回の松阪市のソーシャルメディア・ガイドラインは、
石垣市で施行されたソーシャルメディア・ガイドラインを基本に松阪市の現状に合わせた修正をおこない、
これまでのフィードバックも加えてさらなる改良を加えたものを施行することができた。
具体的には、総務省と千葉市のガイドラインを参考にさせてもらいながら、松阪市情報政策担当官としての修正をした。
ICT分野の中でも特にこのソーシャルメディア領域は新しい部分なので、この「まろまろ記」を2001年から運営してきたことや、
日本を代表するソーシャルメディアの一つであるmixiで「文京区友の会」を2006年から運営してきたことなどの経験知も活用した。
松阪と石垣島との間のかけ橋という経緯に加えて、形式知と経験知との間のかけ橋という手法を使っているのが特徴でもある。

ご縁、知識と経験、これからのを活用しながら、これからも「情報のかけ橋」を構築していきたい。

※1:2011年10月28日 『中日新聞』朝刊・第16面「ソーシャルメディア 市政情報発信に活用 松阪市長 公務中の使用認める」

※2:2011年10月27日 『読売新聞』朝刊・第29面「松阪市 ソーシャルメディア まちPRに活用へ 職員自ら情報発信 運用指針作成」

※3:2011年10月26日 『夕刊三重』・第1面「ソーシャルネット活用 松阪市が業務の一環に 情報発信を推進」

※4:2011年6月9日 『夕刊三重』・第7面「石垣市から松阪を発信 市観光交流課に出向の西銘さん 自身のツイッターとリンク」

2011 10/26
出来事メモ

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市川市と三鷹市への視察10.25.11

市川市(千葉県)と三鷹市(東京都)に視察をおこなう。
市川市への視察は情報化先進自治体への視察として、
僕が松阪市情報政策担当官の就任する前から予定されていたもの。
就任してからは、予定されている日程の中で三鷹市への視察を調整した。

これは人口規模、職員数などから松阪市と比較することが可能なことに加えて、
それぞれの取り組みに独自性があるので、参考になると判断したからだ。
特に、情報化推進計画については、市川市はそもそも策定はおこなわない一方で、
三鷹市は12ヵ年にわたる長期計画を策定する、というような明確な方向性の違いがある。

当日は、両市のみなさんのご協力もあって、しっかりとした視察をおこなうことができた。
特に現在進行中のものについてはヒアリングだからこそお聞きできる内容のものもあったので、
日進月歩のICT分野では実際に会ってお話しすることの有効性を感じた。

当初予定された日程の中で倍の視察をおこなうことになったので多忙さはあったけれど、
充実した視察をおこなうことができたのは本当に感謝の念を持った。

お世話になった市川市と三鷹市のみなさん、送り出してくれた松阪市のみなさんのために、
この視察を「情報のかけ橋」作りに活用したい。

2011 10/24~25
出来事メモ

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松阪市民講座;「平成23年度 地域の魅力を発見発信講座-街歩き『てくてく松阪』を通した地域資料作りのすすめ-」の講師をつとめる10.20.11

松阪市民講座、「平成23年度 地域の魅力を発見発信講座-街歩き『てくてく松阪』を通した地域資料作りのすすめ-」の講師を・・・

10月18日 19時~21時 松阪市市民活動センター
10月19日 19時~21時 松阪市飯南産業文化センター
10月19日 19時~21時 松阪市中川コミュニティセンター

・・・の三日連続でつとめる。
これは前年度の「てくてく講座」を基本にして、より厚みと広がりを持たせたもの。

厚みとしては、前年度の講座の前に作成した『旧市街地編』に加えて、
『飯高編』、『蛸路編』、さらに派生版の『松阪学生デートマップ』の合計四冊(四歩)を教材に使うことができたので、
前年度よりも松阪の地域により深く根差した講座が可能となった。
教材の充実だけでなく、1日目には実際に『松阪学生デートマップ』を作った三重中京大学文化会のみなさんが、
どのような経緯で取り組んだのかについて発表していただく時間を設けることもできた。
三重中京大学文化会のみなさんとは松阪星座占い松阪学生マップインストラクターを務めたご縁があるので、
当日は教え子の発表を見守る気持ちになり、自分が講義する時よりも緊張してしまった(w

また、広がりとしては、前回から今回の講座までの間に新聞などのメディアに取り上げられたこと(※)や、
開催場所が松阪の旧市街地から広がったことで、より幅広い方にご参加いただけることとなった。
中でも実際に街歩き活動をされている方、公民館勤務の方や図書館司書の方、
石垣市交流職員の西銘基恭さんなどにも参加していただけたことによって、
前回よりも多角的な質疑と議論ができるようになった。
結果的に『てくてく松阪』が松阪市図書館に加えて三重県立図書館でも地域資料として置いていただけることとになり、成果としての広がりも生まれた。

振り返れば、この「てくてく講座」は前年度に委員長をつとめた松阪市ホームページ検討委員会の中で、
市民側の情報発信力向上について発言したことがきっかけとなっている。
今年度は松阪市情報政策担当官に就任してからの講座ということで、
「情報のかけ橋」作りの一環としての位置付けがよりはっきりとしたものになった。

ちょうど前年度の「てくてく講座」の記事を書いた時は、スティーヴ・ジョブズの「点を線に・・・」という言葉を引用したけれど、
今年度の「てくてく講座」は、スティーブ・ジョブズがお亡くなりになった翌月だったことはある種の感慨があった。
今年度の講座には「いろいろなことを考えて何もできなくなってしまう・・・」と話された参加者の方もいらっしゃった。
スティーヴ・ジョブズが小さな点を線につなげていくことの大切さを訴えたように、
僕も小さくても一歩ずつ踏み出していくことの価値を伝えていきたい。

※新聞報道履歴

2011年4月25日 『夕刊三重』・第1面「てくてく友の会 歩いてわが町を紹介 松阪市特別職渡邊さんら 冊子に編集し図書館で活用」 てくてく友の会の活動が掲載

2011年4月29日 『中日新聞』朝刊・第20面「松阪の魅力 歩いて発見 住民有志が情報誌作成 史跡や飲食店を満載」 てくてく友の会の活動が掲載

2011年9月27日 『夕刊三重』・第1面「三重中京大学生ら デートスポット 地図に 未来の閉学控え軌跡残したい 松阪港やプラネタリウム」 松阪学生デートスポットマップへの協力が掲載

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ハンドルネームを「まろまろ」から本名の「渡邊義弘」に変更する08.26.11

ハンドルネーム(NH)として使っていた「まろまろ」を、本名の「渡邊義弘」に変更する。

・・・本名に変更する、というのはおかしな表現で、名実共に自分自身に戻す、というのがより正確なのかもしれない。
1995年4月からインターネットを始めてからというもの、インターネットの愛称であるハンドルネームを使うのはごく自然なことだった。
当時はオンラインとオフラインは別ものなので線引きをしたいという気持ちが強かったし、
アクティヴな引きこもりとしての内向性を持つ自分にとっては、本名を名乗るのは気恥ずかしかった。

ただ、2001年7月から開設したこのまろまろ記(当時はまろまろ読書日記)が広く知られるようになり、
社会的な役割を果たす機会も増えていく中で、本名での情報発信の方がより自然になっていった。
また、自分自身に対して信頼を持たなくては情報発信は続けられないと感じるようにもなってきた。
ハンドルネームを使わずに本名で情報発信する方がリスクは高くなるけれど、
その分、情報を発信し、時には意見を表明する自分自身への信頼は高まる。
責任と信頼は決して分離できないものだからだ。

今回、本名に変更しても「らぶナベ」から「まろまろ」に変更した時に検討したように、
結局はこれからもブランドネームの「まろまろさん」と呼ばれ続けるかもしれない。
そして、未だに本名で情報発信することには恥ずかしさもある。

それでも、情報発信を続けるためには、まず自分が自分を信頼しなくてはいけない。
まろまろ記10周年の今年を一つの機会にして、本名を使うことにする。

まろみあんのみなさん、これからも渡邊義弘としてよろしくお願いします☆

2011 8/26
出来事メモ、サイト運営

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まろまろ記10周年07.19.11

2001年7月19日から始まったこのまろまろ記(旧まろまろ読書日記)が10周年を迎える。

まず、2010年7月19日の9周年から10周年までのこの1年を振り返ってみれば、
これまでの情報発信の経験と知見を公共のために活用する機会が増えたことが大きい。
松阪市ホームページ検討委員会委員長に就任答申をまとめ
松阪市市民講座での「まろまろ流情報発信」講座「てくてく松阪」講座の講師をつとめるなど、
行政側と市民側の両方に対して情報発信の方法とその意味付けについて貢献するご縁をいただいた。

4月からは松阪市情報政策担当官に就任し、松阪市情報のかけ橋委員会の立ち上げや、
担当する松阪市ホームページ改修事業について議会答弁、松阪市情報管理担当者研修会の講師など、
公務として役割を果たす日々の中で今回のまろまろ記10周年を迎えることとなった。
公務にたずさわることになったのは、様々なご縁をいただいたことに加えて3月11日に東京で東日本大震災を経験したこともきっかけになっている。
自分の無力さを感じながらも、その中で自分の果たせる役割を見つめる機会が大きく影響した。
(東日本大震災のお悔やみと近況報告)

また、公共の役割を果たすことは自分自身の足もとを振り返る機会ともなり、このまろまろ記の改善にもつながった。
具体的には、サイドバーにはカテゴリとアーカイヴのプルダウンメニューを追加し、
ナビゲーションバーのまろまろメルマガを出来事メモと入れ替えるなど、ユーザビリティ向上にもつとめた。
加えて、アクセス数の増加に合わせて表示速度を向上させるために、サイト開設以来6度目となるサーバ引越をおこなった。
(ジオシティーズ→ファーストサーバ→ロリポップ→さくらインターネット→XREA+→CORE SERVER CORE-A→CORESERVER CORE-B)

このように10周年を迎えるこの1年は、10年間で1番多忙な1年となった。
10年周年は、1年が10回過ぎただけの一つの通過点でしかない。
でも、進まなければ通過はしないし、続けなければ進まない。
単なる通過点でも大切にしていきたいと感じながら、また次の10年を迎えたい。

2011 7/19
出来事メモ、サイト運営

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第1回松阪市情報管理担当者研修会の講師をつとめる07.15.11

松阪市情報政策担当官として、第1回松阪市情報管理担当者研修会の講師をつとめる(※)。
松阪市情報管理担当者は、各課から1名ずつ選出され、内部の情報流通と市民への情報発信の基点となる役職。
今後の松阪市の情報政策の中でも重要な要素として位置づけられる新設の体制なので、
立ち上げ式を兼ねた第1回研修会は山中光茂市長と小林益久副市長も出席しての開催となった。

僕が担当した第1回の内容は、情報の性質(1章)、情報化社会の現状(2章)、情報と信頼の関係性(3章)、をそれぞれ解説して、
情報がなぜ大切なのかを意識付け、情報が信頼に直結することを共通認識を持っていただくことを目的におこなった。
特に、生活に密着した行政情報は市民にとっては安全と安心の支えとなるもので、
市民と行政との信頼関係の構築には情報発信と情報流通が不可欠なことを具体的な事例を通して説明した。
これは今後の情報管理担当者研修会と各課ヒアリングでも前提となるもので、共通認識化したいと考えてのことだ。
このように意識付けと共通認識化を目的としたものなので、時間と資料もメリハリと簡潔さを意識したものにした。
(ex.この研修会と各課ヒアリングを松阪市の情報政策の中で位置付けたワークフロー図を要約レジュメの裏面に付けるなど)

また、今回の研修内容は以前おこなった市民講座の「”まろまろ流” 市民による情報発信のすすめ」「てくてく松阪のすすめ」などと連動するものでもある。
市民からの情報発信と行政からの情報発信は、それぞれが流通し、好循環が生まれてこそ価値がある。
市民と行政のそれぞれの情報発信をコーディネートして、好循環を生み出すための仕組み作り=「情報のかけ橋」を作ることが、
進展する情報化社会の中では重要になってくるし、それが自分に与えられた役割だと考えている。

今回の研修会は行政側からの情報発信の基礎となるもので、重要な一歩だという認識のもとでおこなった。
研修会の中で「文章とはテレパシーである」というスティーヴン・キングの言葉を紹介する機会があった。
その中で「自分なりに修正すれば”情報とは誤解が多いテレパシー”」と知見を述べた。
誤解が多いテレパシーが少しでも届いていくように、これからも進んでいきたい。

2011 7/15
出来事メモ

※2011年7月16日 『中日新聞』朝刊・第20面「情報発信 信頼に不可欠 松阪市 管理担当者に研修会」

追記:2011年12月19日(午前/午後)、12月20日(午前/午後)、12月26日(午前/午後)、2012年1月12日(午前/午後)に開催した第4回松阪市情報管理担当者研修会の講師も担当。

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松阪市情報のかけ橋委員会がはじまる05.09.11

第1回松阪市情報のかけ橋委員会が開催され、松阪市情報のかけ橋委員会がはじまる(※1、※2)。

この松阪市情報のかけ橋委員会は、市民と行政との間に情報のかけ橋を架けることを目的とした委員会。
前年度に委員長として取りまとめた松阪市ホームページ検討委員会答申の中に盛り込んだ構想を実現化したもの。
松阪市にはこれまで市民と行政とが情報について話し合う恒常的な場自体が無かったので、
この松阪市情報のかけ橋委員会の存在自体も大きなかけ橋となる。

直近は松阪市ホームページの根本的なリニューアルを目指した仕様書の作成、業者選定の方法を審議し、
リニューアル後は情報発信のチェックと松阪モデルである市民素材、市民枠の運営を担う。
そのため、メンバーも委員長の小林益久副市長を中心に、三重大学地域情報化リサーチセンター長の山守一徳教授、アナウンサーの里中綾子さん、三重中京大学文化会委員長の小室良太さんなどの専門性の高い布陣となった。
そして、制度設計をした僕自身も専門性を求められて松阪市情報政策担当官として委員に加わることとなった。

事務局も含めたこの素晴らしいみなさんと共に、松阪のかけ橋となりたい。

2011 5/9
出来事メモ

※1:2011年5月9日 『中日新聞』朝刊・第16面「松阪市HP刷新へ」
※2:2011年5月9日 『伊勢新聞』朝刊・第8面「より見やすいHPに 松阪市情報のかけ橋委 業者決定方法など討議」
※3:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「第1回情報のかけ橋委員会」

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松阪市情報政策担当官に就任04.01.11

山中光茂・松阪市長からの委嘱を受けて、松阪市情報政策担当官に就任する(※1、※2)。

これによって今年度から松阪市と市民の間に情報のかけ橋を架ける仕事に携わることとなった。
今回の就任には、これまで松阪で関わらせていただいた・・・
三重中京大学でのご縁 (「情報化社会の非対称性」講義「地域コンテンツによる情報発信とコミュニティ創造」研修)
松阪市ホームページ検討委員会でのご縁 (就任答申)
松阪市市民講座でのご縁 (「まろまろ流情報発信」講座「てくてく松阪」講座)
・・・などのご縁が大きく影響している。

様々なご縁が折り重なって一つの流れとなったけれど、その流れは決して直線的なものではなかった。
前年度中は松阪市ホームページ検討委員会委員長を担っていたことから、最初にオファーをいただいた時はお断りしたこともある。
また、交通費や残業代はもちろん、一切の手当もボーナスも退職金も無く、国民年金という非正規雇用(非常勤)であることや、
松阪市に行くこと自体に対しては周囲の理解を求める必要もあった。

でも、最後は自分にも今すぐできることの中に自分にしか今しかできないことがある、という自分の気持ちに従った。
もともと阪神大震災を経験したことが文京区友の会などの情報発信を通した地域コミュニティ活動のきっかけとなっている。
今回も3月11日に発生した東日本大震災に東京でめぐり合い、情報のかけ橋を構築することの必要性を強く感じた。
(東日本大震災のお悔やみと近況報告)
人は死んだ時には得たものではなく与えたものが残る、ということを思い返して、就任の数日前にサインをさせていただいた。
直線ではなく曲線ではあるけれど、自分が世の中に貢献できること仕事をいただいたことに強い喜びと使命感を持って委嘱式にのぞんだ。
今回の件を含めて、松阪のご縁をいただいた方々、支えていただいた方々、励ましていただいた方々には本当に感謝している。
いただいたご縁とご厚意を無駄にしないため、「結果的に良かった」と思ってもらえるよう松阪に貢献したい。

振り返ってみれば自分の人生は曲線ばかりだ。
たとえば、政策科学修士号を取った後に学際情報学修士号を取ったことについて、まわり道のように思った時期もあった。
それが今回、政策学と情報学の二つの修士号を持っていることが情報政策担当官としてつながった。
また、ずっと非営利で社会に貢献する仕事がしたいと思っていた。
社会活動への挑戦はちょうど4年前に失敗したけれど、その気持ちはより明確な役割を持った仕事としてつながった。
自分はピコピコしい人間だから、失敗することは嫌だし、迷うことは恥ずかしいと思う。
でも、曲線であってもつなげていくことの気持ちを持ち続けて、自分の役割を果たしていきたい。

転んだら泣けばいい、迷ったら凹めばいい、新しい道を自分の道にすればいい
そう感じた松阪市情報政策担当官就任。

2011 4/1
出来事メモ、進路関係

※1:2011年4月2日 『中日新聞』朝刊・第18面「情報政策担当官、渡邊さんに委嘱」
※2:2011年4月2日 『夕刊三重』・第7面「市、情報政策担当官に渡邊さんを任命」

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