クリントン・V・ブラック、増田義郎訳 『カリブ海の海賊たち』 新潮社 1990

海賊旗(Jolly Roger)を身につけることもある、らぶナベです。

さて、『カリブ海の海賊たち』クリントン・V・ブラック著、増田義郎訳(新潮選書)1990年初版。

カリブ海(西インド諸島)での海賊行為がピークに達した1710-20年代に活躍した、
ヘンリ・モーガンやエドワード・ティーチ(黒ひげ)、女海賊などの
代表的な海賊船船長12人を取り上げている歴史書。

読んでみると、もってまわった書き方やまわりくどい表現に読みづらさを感じた。
(古い史料からの引用が多いためか、それとも英国風の文章のためか・・・)
ただ、それを差し引いても大国間のパワーバランスの中で、
度胸と機転を武器にちょこまかと暴れ回る海賊たちの生々しい姿が伝わってくる。
思うに巨人たちががっつり四つに組み合って身動きが取れない間に、
小さな規模で活躍する海賊的な存在はいつの時代もいるのかもしれない。

そんな僕もこの本を読み終えた日に博士課程合格を確認。
“Pirates of MAROMIAN”としての活動はまだ続きそうだ(^_-)

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2005 2/22
歴史、海賊もの
まろまろヒット率3

早川洋行 『流言の社会学―形式社会学からの接近』 青弓社 2002

民話や都市伝説の裏読みをするのが好きな、らぶナベ@妄想銀行社会部です。

さて、『流言の社会学―形式社会学からの接近』早川洋行著(青弓社ライブラリー)2002年初版。

各分野で研究されてきた流言を横断的に検証して、そのメカニズムの解明を試みる本。
流言や噂は情報化社会で重要になるキーワードだと感じることが多く、
前々からまとまったものを読んでみたいと思っていたので手に取った一冊。

読んでみると先行研究の参照も丁寧で手堅い概要書と言った感じだけど、
所々に著者の見解やキャラが垣間見れて楽しかったりもする。
構成の面でも各章の最後にまとめを入れる点や、この本の「種明かし」として
自分の方法論(主にジンメル社会学)を述べている点なども読みやすさを助けてくれた。
内容でも構成でも良書といえる一冊。

以下はチェックした箇所(一部要約)・・・

○流言は人びとの生活世界の範囲を顕在化させる指標

☆流言の定義=コミュニケーションの連鎖のなかで短期間に発生した、ほぼ同一内容の言説
→噂との違いはその波及規模(噂の氾濫が流言)

☆解決流言=当為命題含む、解釈流言=当為命題含まず
・自我包絡性&信用性&顕在性&真偽の確認可能性→解決流言>解釈流言
・発生しやすさ→解決流言<解釈流言

○流言=情報の流れにかかわる、流行=影響の流れにかかわる

○信言&違言&偽言=科学知、戯言=物語知
→流通の点で違言は流言になりにくい

☆流言の聞き手は「状況の真理性」(伝達内容)、「態度の誠実性」(発話者)、
「権威の正当性」(発話者&内容上の発話者)から真実を検証

☆流言の流通理由=「ニュース性」、「検証」、「同意欲求」、
         「自己解放」、「娯楽性」、「関係維持」、「作為」
→虚言は娯楽性&作為、正言or虚言は検証&自己解放&関係維持から生まれる

☆不安=対自的、飽き=即自的
→主体に緊張を強いるという点では同じ=流言の発生原因となる

☆「カタルシス原理」=民衆がみずから対自的に虚構の苦難を作り出すことでおこなう感情の浄化
→流言とは観客が同時に演者になることで感情浄化を果たす現象

☆流言の発生が、田舎<都市、大人<10代、に広まりやす理由
=「不安と飽きの心理」、「権威の弱体化」、「客観的世界の拡大」
→流言はさまよう心にとりつく

○他者否定型の解釈流言は話手と聞手の間でイン・グループを確認し相互の紐帯を強める

○情報化社会の流言は、収斂的に終息するより拡散的に終息する

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2005 2/21
流言・うわさ研究、情報・メディア、社会学
まろまろヒット率4

陳舜臣 『旋風に告げよ』 講談社 上下巻 1982

まろまろコラム『WEBと海』に補足を追加した、らぶナベ@ウィナーさん話入れました。

さて、『旋風に告げよ』(上下巻)陳舜臣著(講談社文庫1982年初版)。
明末から清初にかけての時代に、中国人の父と日本人の母を持ち(7歳まで日本育ち)、
明朝復興を目指して戦い、最後はオランダ支配の台湾を奪取した
鄭成功(国姓爺)の人生をえがいた歴史小説。
前から日本と台湾の両方で英雄とされている鄭成功の本を読んでみたいと思っていたのと、
海を舞台にした物語を読んでみたかったので(鄭家は半分海賊)手に取った一冊。

読んでみると、鄭成功が一番活躍するはずの
台湾からオランダを追い出す後半部分は駆け足すぎだし、
最後も不自然なほどあっけない終わり方をして不十分な気がした。
(フィクションとして出てきた登場人物も不自然さしか感じなかった)
ちなみに主役の鄭成功よりも、事実上明を滅ぼして満州族による中国支配を確立させた
清の摂政王ドルゴンのドライな合理主義者ぶりの方が魅力的に感じた。
登場回数は少なくても迫力と魅力が自然と感じられる、
歴史の主役と脇役との差がこんなところにもあるような気がしてしまった。

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2005 2/16
小説&文学、歴史
まろまろヒット率2

スティーブン・ジョンソン、山形浩生訳 『創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク』 ソフトバンクパブリッシング 2004

どんな場面でも関西弁で押し通す友人に日本の中の反グローバリゼーションを見る、らぶナベです。

さて、『創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク』
スティーブン・ジョンソン著、山形浩生訳(ソフトバンクパブリッシング)2004年初版。

個々が部分的に相互作用を繰り返すことによって、自然に全体的な秩序が生まれ、
その秩序が個々に影響を及ぼす「創発(Emergence)」について書かれた本。
去年のソーシャルネットワーキングをめぐる話題でもよく出てきたキーワードだったので
興味を持っていたら研究室で発見して読んだ一冊。

読んでみると創発現象を支える「フィードバック」についての書かれている4章が一番面白かった。
「荒らし」や「ROM」が横行するインターネットの現状を
フィードバック回路で説明しているのも面白かったし、
個別の結果を非難するよりも自分の価値観を奨励するフィードバック回路を
生み出す仕組を考えることを提唱しているのも興味深かった。

ただ、訳注で訳者が突っ込みを入れているようにちょっと強引すぎて「?」と思うところもあったり、
事例の紹介だけでなくもっと仕組を知りたいと思うところもあった。

そんな本だけど、1章でシムシティなどの事例にあげながら
「創発行動はもはや、研究対象にとどまらない。自分で作れるものだ」
と述べているのが一番印象深かった。
創発は自分で生み出せる。
この「まろまろ」もEmergenceしているんだ(^^)

以下はチェックした箇所(要約含む)・・・

☆地面レベルから学習するよう設計されたシステムの5原則
1:多いことは違うことだ
2:無知は役に立つ
3:ランダムな出会いを奨励しよう
4:記号の中のパターンを探せ
5:ご近所に注意を払え
<第2章 街路レベル>

○時間がたつ中で全体が維持されることが複雑系を定義づける特徴の一つ
<第2章 街路レベル>

☆都市生活は、個人の行動を変える、見知らぬ者同士の偶然の相互作用に依存している
→歩道生活における情報ネットワークは(高速道路と違って)十分に肌理の細かいもので、
 高次学習が創発することを可能にする
<第2章 街路レベル>

☆学習=変化するパターンを認識して反応すること
<第3章 パターンマッチング>

○自己組織システムはフィードバックを使って自分をもっと秩序立った構造へと引き上げるが、
WEBのフィードバックを容認しない単方向リンクではネットワークが学習しつつ成長する手段がない
→だからこそ検索エンジンがあてにされる
<第3章 パターンマッチング>

☆負のフィードバック=予測のつかない変動する外的条件の中で均衡点に達する手段
 正のフィードバック=他のシステムを一層推進することになる手段
<第4章 フィードバックを聴く>

☆グループでの会話は一種の回路基盤
=主要な入力は公式な発言者から、二次的な入力は観客や他の発言者の反応から来る
(主要な入力は、自分の信号をグループフィードバックからの二次的な入力に基づいて調整する)
→イカレポンチ(ネット上の荒らし)の横行は、
 情報フローが単方向で観客がいるのに見えないシステムから来る
<第4章 フィードバックを聴く>

○フィードバックの利用自体を非難してもしょうがない
→手元のシステムの個別規則を調べて、フィードバックルーチンが自分の奨励したい価値観を
 奨励するようにするにはどうしたらいいかを考えること
<第4章 フィードバックを聴く>

☆ゲームの面白さはルールが定義づける可能性の空間を探求するときに起こる
→創発システムもまた低次のルールから生まれたルールが律している
<第5章 コントロールのアーティスト>

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2005 2/13
創発、科学書、情報・メディア
まろまろヒット率3

公文俊平 『情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる』 NTT出版 2004

「まろまろ」で商標登録が取れた、らぶナベ@商標登録第4827132号だす。

さて、『情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる』公文俊平著(NTT出版)2004年初版。
情報化による社会の変化を文明史的にとらえて、
著者が提唱する「情報社会・学」へつなげようとしている一冊。
「智民」、「智業」、「智場」などの著者独自の概念も盛り込まれていて、
これまでの著者の本のダイジェスト版とも言える。
『新ネットワーク思考』(バラバシ)と『スマートモブス』(ラインゴールド)に影響されたと
あとがきで書いているように、情報社会に関する基礎的な本のレビューとしてもまとまっている。

ただ、最後で付記されていた「情報社会の運営原則」がすごく面白いのに、
単なる箇条書きで深めてくれていなかったのは残念だった。

以下はチェックした箇所(一部要約)・・・

○三つの文化の構成要素(文化子)
・宗教文化=1:正統主義、2:目的主義、3:戒律主義
・近代文化=1:進歩主義、2:手段主義、3:自由主義
・智識文化=1:反進歩主義(存続志向)、2:反手段主義(目的重視)、3:反自由主義(規制重視)
<第二章 社会変化を捉える眼>

○情報化の駆動因=
1:エージェント化→個々の核主体が自分の頭脳の代りに演算力や判断力を持つ
エージェントを使って交流や共働の効率化を達成
2:共識化→各人が生み出す智識や情報を通識として通有したり、
不特定多数にも公開することが最初から予定し効率化をさらに達成する
<第二章 社会変化を捉える眼>

○公でも私でもない、共の原理に必要なもの=
1:協力の技術(評判、監視、制裁)の開発と活用を通じて共のシステムの円滑な運用
2:参加者相互間とシステムに対する信頼を確保する
<第四章 共の原理と領域>

○新しい時代の科学の曙といえる理論
60年代のCybernetics
70年代のCatastroph
80年代のChaos
90年代のComplexity
・・・は”C”で始まる
<第五章 情報社会の新しい秩序>

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2005 1/26
情報社会・学、情報・メディア、社会学
まろまろヒット率3

赤瀬川原平 『超芸術トマソン』 筑摩書房 1987

今年(2005年)は4月に読書日記10周年を迎える、
らぶナベ@これを期にWEBネームも「まろまろ堂」に統一しようかな?

さて、そんな2005年最初に読んだ『超芸術トマソン』赤瀬川原平著(ちくま文庫)1987年初版。

芸術家で作家(ペンネームは尾辻克彦)の赤瀬川原平による超芸術(活動)トマソンの本。
かつてプロ野球巨人軍にトマソンという名前の使えない助っ人外国人選手がいたことにひっかっけて、
街中にある何の役に立つの分からないような物件や構造物を発見していく活動をまとめた一冊。
(たとえばトマソン第1号は入り口がない階段で、「純粋階段」と名付けられている)

僕がこの著者とトマソンの存在を知ったのは、去年受けた表象文化論(田中純助教授)の講義で
取り上げられて興味を持ったのがきっかけだった。
まわりの知り合いに尋ねてみると「何で知らないだ!」、「まろまろと近いじゃないか!」と、
異口同音にぷちギレされちゃったので、自分なりに調べはじめたという経緯がある。

この本を読んでみると、確かにノリでやっちゃうB級感が漂いながら、
思想的な背景が見え隠れするっていうのが実に魅力的。
(僕の大好きな「一流のB級」ですな)
ただ、著者が後半で何度も書いているように、
少しおなかいっぱいにはなってしまうのが気になったりもする(^^;

以下、チェックした箇所(一部要約)・・・

○芸術とは芸術家が芸術だと思って作るものですが、この超芸術というものは、
 超芸術家が、超芸術だとも何とも知らずに無意識に作るもの。
→だから超芸術にはアシスタントはいても作者はいない、ただそこに超芸術を発見する者だけがいる。
<町の超芸術を探せ!>

○(超芸術は)単なるゴミ、単なる装飾、単なる芸術、そういった単なる当然世界に属するはずのところを、
 ほんのわずかのところでいずれにも属さず、きわどいところで存在している。
<空飛ぶ御婦人>

○トマソンとは人工空間に発生する歪みのようなものであり、都市の不動産の活断層に沿ってあらわれる、
 したがってトマソンは都市の中でこそ発見されるもの。
<トマソン、大自然に沈む>

○トマソンといっても、都市の中の一瞬のズレを見ていたのであった。
→ズレた光はつぎの一瞬にはもう都市の各部に沈み込む。
 都市はその内側に積み重なるズレたトマソンを含みながら、
 いずれはその全体が大自然の中に、ずぶずぶと沈み込んでいく。
 都市という物件は、大自然に発生した人類による一時的な現象であり、
 いずれは崩壊してまた大自然の中に埋もれていくのであった。
<もう何が何だかわからない>

○面から点を見たものをまた後方の面のひろがりに向かって報告するのが発見。
→点の住民はつねに発見という出来事の外側におかれる。
→この原理をもって世の中での発見をめぐる面と点との関係は、
 その互いの位置を動揺させながら、位置の転換を引き起こしてもいる。
<ベンチの背後霊>

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2005 1/15
超芸術
まろまろヒット率3

『あるある式レシピ』 関西テレビ放送 扶桑社 2003

別に変な意味じゃなく及川奈央が好きな、らぶナベです。

さて、『あるある式レシピ』関西テレビ放送(扶桑社)2003年初版。
CX系列のTV番組「発掘!あるある大事典」で紹介された健康レシピを集めた料理本。
レシピには効能が一目でわかるように表記されている上に、調理過程も見やすくなっている。
また、健康レシピなのに手に入りやすい素材(缶詰など)で
手軽に料理できるものばかりというのも嬉しい。

たとえば「カテキンパスタ・免疫キノコソース」は麺を緑茶で茹でるというアイデア健康料理だし、
「イライラ解消・アンチョビチャーハン」や「イワシの血液サラサラ・ペペロンチーノ」も
健康に良い効能だけでなく手軽で美味しかった。

見やすさ、内容を含めて、今まで読んだ料理本の中では1,2を争うほどのヒットじゃないだろうか。
健康に気をつかっている人は持ってて損がない一冊。

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2004 12/25
料理本、健康
まろまろヒット率4

ハワード・ラインゴールド、公文俊平・会津泉訳 『スマートモブス―“群がる”モバイル族の挑戦』 NTT出版 2003

かつて携帯電話でメールができるようになった時にそのインパクトをめぐって
携帯メールなんて面倒くさくて流行るわけないと言う否定的な人と企画会議で喧嘩したことがある、
らぶナベ@若気の至りと年寄りの至りですな(^^;

さて、『スマートモブス―“群がる”モバイル族の挑戦』
ハワード・ラインゴールド著、公文俊平&会津泉監訳(NTT出版)2003年初版。

携帯電話や無線LANなどのモバイル(ユビキタス)コミュニケーションがもたらしている
思想、文化、政治、経済への影響と、これからの未来像をえがこうとする一冊。

多くの人が携帯を持ち、モバイルコミュニケーションすることはどういう意味を持つんだろう?
たとえばフィリピンのエストラダ大統領を退陣に追い込んだ”People Power2″(2001)を支えたのが、
携帯電話のショートメッセージによるモバイルコミュニケーションだったし、
韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の誕生(2002)には携帯メールによる支援運動が重要な役割を果たした。
こんな巨大な力を生み出すこともあるモバイルコミュニケーションの光と影を丹念に紹介、考察している。
(タイトルの”MOBS”には”MOB”と”MOBILE”の両方の意味が込められている)

ちなみに著者は日本通ということもあって、この本の第一章は
渋谷のハチ公前で携帯メールする若者たちに注目することからスタートする。
「携帯電話が日本の世代間の力関係を変えるきっかけになった」という研究も紹介されていたが、
確かに各家庭に一台しか固定電話が無かった頃の十代の恋愛と、
各人に一台の携帯電話を持った後の十代の恋愛とではだいぶん違うのは実感できる。

この本は単なる現状の紹介だけでなく、その意味を探求しようとしているのが面白かった。
そういう姿勢もあるから副題は原題”The Next Social Revolution”の方が良かったと思う。
この邦題では単なるモバイル好きの人たちの話みたいなイメージで、もったいなく感じた。

以下はチェックした箇所(一部要約)・・・

○携帯電話が日本での世代間のパワーシフトの引きがねを引いた(Mizuko Ito, 2001)
→携帯電話は若者たちに詮索好きな家族と固定電話を共有することから解放し、
プライベートなコミュニケーションのための空間と社会的な行動の可能性を変える媒体を創出
<第一章 渋谷ハチ公前での啓示>

☆電話の第一の利点は、若者たちに社会的ネットワークにおける
帰属とステータスの誇示を可能にすることにある(Alex&Haper, 2001)
<第一章 渋谷ハチ公前での啓示>

○(その場の会話を中断した)電話しているときに見せる表情が
電話がかかってくる直前までにとっていた表情と違うという変貌行為は、
表情は人前では意識的に取り繕われるものだという事実をまず浮かび上がらせ、
それに続いて後で見せた表情は(場合によっては最初の表情も含めて)
虚偽のものではないかという気持ちを起こさせる
(Palen&Salzman&Youngs, 2001)
<第一章 渋谷ハチ公前での啓示>

☆「共通にプールされる資源」(CRP:Common Pool Resources)の管理にとって重要なもの=監視と制裁
→監視と制裁は単に罰するための手段としてだけではなく、
 他人も務めを果たしていることを保証してくれる手段として重要
→多くの人は他のほとんどの人が協力する限りは自分も協力しようと思う条件付きの協力者(Smith, 2001)
<第二章 協力の技術>

○メカトーフの法則が支配するところでは、相互行為が中心になる
GFNの法則が支配するところでは、共同して構築された価値(共同応答やゴシップ)が中心になる(Reed, 1999)
<第二章 協力の技術>

○放送は全国的な課題に関する論点を取り上げ、中核となる価値を定義する
→ブロガー(blogger)たちは異なる市民のためにそうした論点を再構築し、
すべての人の意見が聞かれる機会を確保しようとする(Vance, 2001)
<第五章 評判の進化>

☆評判システムが機能するための要件(Resnick, 2000)・・・
1:将来の取引を生み出すために、ペンネームであっても買い手と売り手のアイデンティティの永続
2:取引についてのフィードバックと解釈が、他の人が将来検討するために入手可能
3:人々は自分の決定の基礎を評判格付けに置くがゆえに、それに十分な注意を払う
<第五章 評判の進化>

○ネットワークは、ノードとリンクを含み、任意のあるリンクから他のリンクに情報を配信するために
可能な多数の経路を利用し、ガバナンスのフラットな階層構造と権力の分散を通じて自己規制されている
→ネットワークは部族、階層制、市場の次にくる最新の主要な社会組織形態(Arquilla&Ronfeldt, 2001)
<第七章 スマートモブス-モバイルな多人数のパワー>

☆社会的ネットワークが意味するのはスマートモブスの中のあらゆる個人が「ノード」であって、
他の個人に社会的な「リンク」(コミュニケーションチャンネルと社会的な絆)を持っているということ
(社会的ネットワーク分析の専門用語での単語を使用)
<第七章 スマートモブス-モバイルな多人数のパワー>

○個人間での協力の閾値に多様性があることが、
群衆の間に協力の突発的蔓延を引き起こす原因となりうる(Dana, 2000)
<第七章 スマートモブス-モバイルな多人数のパワー>

☆ゴフマンのいう「相互行為秩序」(複雑な言語的および非言語的なコミュニケーションが
個人の間でリアルタイムに交換される社会領域)とは、
まさしく個人の行為が群衆の行為の閾値に影響を与えうる領域
<第七章 スマートモブス-モバイルな多人数のパワー>

○グループ全員が誰が貢献し、ただ乗りし、あるいは制裁を受けているかを知ることが
評判システムと多対多コミュニケーションのメディアとが授けてくれる、
グループによる協力が持つ力を引き出すカギ
<第七章 スマートモブス-モバイルな多人数のパワー>

☆(ネットワークによる)場における存在/不存在のあいまいな次元は、
帰属意識の四つ(家族、国家、人種、場所)のひとつである、ある場所への再構築を意味する
→場所への帰属は自分のコミュニケーション・ネットワークへの帰属意識へと変容してしまった(Fortunati, 2000)
<第八章 常時作動の一望監視装置か、はたまた協力増幅機械か>

☆技法の主要な特徴=合理性、人工性、技術選択の自動性、自己増幅、一元論、普遍主義、自律性(Ellul, 1964)
→コンピュータ化された評判システムを通じて協力するコミュニティはこれらの基準に合致する
<第八章 常時作動の一望監視装置か、はたまた協力増幅機械か>

○新しい情報技術全般が、きわめてしばしば権力を分散した(しかし権力者は権力の分散に好意的でない)
→それゆえ現代のそれも含む歴史の動乱がある程度までもたらされるのだ(Wright, 1999)
<第八章 常時作動の一望監視装置か、はたまた協力増幅機械か>

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2004 11/23
情報・メディア、情報社会学、コミュニティ論
まろまろヒット率4

塩野七生 『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』 新潮社 上中下巻 2004

まろまろフラッグ放浪記がついに東北の仙台まで達した
らぶナベ@フラッグをお持ちの方やお見かけの方は随時報告を待っています(^^)

さて、『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』上中下巻
塩野七生著(新潮文庫)2004年初版。

内戦終了後にローマの平和(パクス・ロマーナ)と帝政への移行に取り組んだ
34歳から77歳までのアウグストゥス(オクタヴィアヌス)をえがくシリーズ第6段。

病弱で派手さは一切ないけど、慎重でしつこいほど周到な上に野心もある・・・
一つ間違うとだいぶん嫌なやつだけど、誰もが認める真摯で寛容な姿勢で
巧妙に平和と帝政への布石を打っていくというアウグストゥスの静かな魅力が溢れる巻。
(「感動より感心を与える人物」という評がぴったり)

ちなみに著書はアウグストゥスが持っていた強烈なプレッシャーの中で生き抜く資質を・・・
1:自らの能力の限界を知ることもふくめて、見たいと欲しない現実までも見すえる「冷徹な認識力」
2:一日一日の労苦のつみ重ねこそ成功の最大要因と信じて、その労をいとわない「持続力」
3:適度の「楽観性」
4:いかなることでも極端にとらえない「バランス感覚」
・・・という風に挙げているのは興味深かった。(第三部 統治後期)

また、「平衡感覚とは(略)中間点に腰をすえることでないと思う。
両極の間の行き来をくり返しつつ、しばしば一方の極に接近する場合もありつつ、
問題の解決により適した一点を探し求めるという、永遠の移動行為ではなかろうか」
・・・と述べているのも考えさせられた。(第二部 統治後期)

アウグストゥスによってこの巻からいよいよ帝政がスタートするけど、
「帝政」と言っても古代ローマの帝政は専制君主制とはだいぶ違う。
著者は共和制時代=自由、帝政時代=圧政、という先入観に縛られすぎるのは良くないと主張する。
そういう警鐘も説得力を感じるのはアウグストゥスの人生を見た後だからだろう。

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2004 11/9
歴史、政治
まろまろヒット率4

追記:全巻へのリンク(☆は特に印象深い巻)・・・

『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』

『ローマ人の物語3,4,5 ハンニバル戦記』

『ローマ人の物語6,7 勝者の混迷』

『ローマ人の物語8,9,10 ユリウス・カエサル~ルビコン以前~』

『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』

『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』

『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』

『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』

『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』

『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』

『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』

『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』

『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』

『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』

『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』

塩野七生 『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』 新潮社 上中下巻 2004

ひょんなことから秋葉原関係の仕事を振られた、らぶナベ@駅前によく出没しています。

さて、『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』上中下巻
塩野七生著(新潮文庫)2004年初版。

『ルビコン以前』に続く「ローマ人の物語」シリーズ第5段。
カエサルがルビコン川を渡ってからの元老院派との内戦、
オリエント諸国との戦い、数々の改革、そして暗殺で倒れるまでと、
その後の後継者争いでオクタヴィアヌス(アクグストゥス)が勝利するまでをえがいている。

意外だったのはカエサルはポンペイウスとの決戦「ファルサルスの戦い」で
倍以上の兵力差の相手に対して1/4を予備兵力で残して戦って勝ち、
さらに追撃戦までやったということには少し不思議な気がした。
訓度の違いはあるけど、ほとんど同じローマ兵で編成も同じだったのに
そんなことが実現可能だったんだろうかと少し首をかしげてしまった。
ここらへんが同時代のハンニバルや大スキピオのようには
戦略戦術論の教科書にはならなかったカエサルの戦いの特徴っぽくて面白かった。

また、著者が「こうも戦闘ばかり書いているとわかったような気がするが」
という前置き付きで「戦術とは要するに、まわりこんで敵を包囲することを、
どのやり方で実現するか、につきるのではないか」と述べているのには思わず納得。
戦史上、重要な戦いを見てみると確かに「この包囲戦法のみが、
敵の主戦力の早期の非戦力化につながるからである」という気がしてくる。

そんな風に引っかかりもありながら読み終えてみると、
ローマ史上もっとも重要な期間の一つが終わったことに少し寂しさを感じてしまった。
「寛容」を掲げて頑なに対立勢力の排斥をしなかったカエサルの姿勢が
結果的に暗殺を招いたこともカエサルらしい最後のような気がした。
もちろん、もっと生きてほしかったという残念さは少し残るけど。

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2004 10/15
歴史、戦略論、政治
まろまろヒット率4

追記:全巻へのリンク(☆は特に印象深い巻)・・・

『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』

『ローマ人の物語3,4,5 ハンニバル戦記』

『ローマ人の物語6,7 勝者の混迷』

『ローマ人の物語8,9,10 ユリウス・カエサル~ルビコン以前~』

『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』

『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』

『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』

『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』

『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』

『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』

『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』

『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』

『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』

『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』

『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』