梅本ゆうこ 『マンガ飯』 リトル・モア 2012

渡邊義弘@読書日記にはマンガ本カテゴリも設けています。

さて、梅本ゆうこ 『マンガ飯』 リトル・モア 2012。

マンガに出てくる料理の再現レシピを紹介する料理本。
題材となる漫画は少年向け、少女向け、青年向けと幅広いジャンルが参照されている上に、
料理のジャンルも再現が難しそうなもの(「これぞマンガ飯」)から、
日常でも再現できそうなもの(「日々のこだわり」)までに渡り、読んでいて飽きない。

個々の料理よりも印象的だったのは、著者が「漫画と同じものを作って、食べるだけで、日々の家事や食事がエンターテイメントになった気がした」と述べているところだ。
日常から連続した手軽な非日常という点で、遠足型消費と通じるものを感じた。
また、「コスプレ、フィギュア、聖地探訪などと同じく、マンガ飯もフィクションの世界を現実で追体験したいもの」という位置づけも納得。
料理本としてだけでなく、マンガ文化論としても読める一冊。

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2014 6/2
料理本、マンガ
まろまろヒット率3

飯島奈美 『シネマ食堂』 朝日新聞出版 2009

渡邊義弘@もろもろ鑑賞映画タグがあります。

さて、飯島奈美 『シネマ食堂』 朝日新聞出版 2009。

『かもめ食堂』などに携わったフードスタイリストが、自身が手がけた映画の料理と、名作映画の再現レシピを紹介する料理本。

中でも『ハンサム★スーツ』のナポリエッグ、『クレイマー、クレイマー』のフレンチトースト、『マーサの幸せレシピ』のバジリコスパゲティ、などは作ってみたくなった。

また、お気に入りのことばとシーンを紹介する巻末では、『タッチ・オブ・スパイス』に出てくる「料理の味を決めるスパイスのように、大切なものは目に見えない」というセリフを紹介していたのも印象に残った一冊。

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2014 6/1
料理本、映画
まろまろヒット率3

中沢明子・古市憲寿 『遠足型消費の時代 なぜ妻はコストコに行きたがるのか?』 朝日新聞出版 2011

渡邊義弘@去年8月末にCostcoが徒歩圏にオープンして以来、ウォーキング途中によく立ち寄っています。

さて、中沢明子・古市憲寿 『遠足型消費の時代 なぜ妻はコストコに行きたがるのか?』 朝日新聞出版 2011。

Costco(コストコ)やIKEA(イケア)には、何時間もかけて人が集まってくる。
なぜ時間と交通費を使ってまでスーパーや家具店に人が集まるのか。
そこには手軽なキラキラ感をもたらす「遠足型消費」があると提示する一冊。

読んでみると、「遠足型消費」について・・・

○遠足型消費=日常の延長として消費やレジャーを体験型で楽しむスタイル
→行く前の日はちょっと楽しみで、日常と少しだけ離れたキラキラした空間で、キラキラしたものを買い、キラキラした時間を過ごすこと
(キラキラ=非日常)
<はじめに>

○コストコのキラキラ・マジック→大切なのは「安心感」がありつつの、適度な「非日常感」
<第1章 「モノが売れない時代」に「女こども」が買っているモノ>

○遠足型消費=あくまでも日常とは地続きなのだけれども、ちょっとだけワクワクする感覚
<第2章 「海外旅行型消費」から「遠足型消費」の時代へ>

・・・と、その特徴をまとめている。
また・・・

○人が絶え間なく「差違」を求めてモノを買い求めるとするならば、「どこにでもあるもの」、「新しくないもの」に価値は無い
→時間的に「ここにしかない」(新しい)、空間的に「ここにしかない」(珍しい)時に、モノは輝く
<第5章 「新しさ」に惹かれる私たち>

○ささやかだけど、楽しく生きていくのに十分な幸せをもたらしてくれる「遠足型消費」
→もはや右肩上がりの経済成長を望めない社会で生き抜く知恵
<おわりに>

・・・と、この「遠足型消費」は現代社会の必然だとしている。

このことは決して新しい知見ではないけれど、「遠足型消費」という言葉でまとめたことと、CostcoIKEAを事例に使ったことで格段に分かりやすくなっている。
イメージしやすい概念と事例が大切だということも感じさせられた本でもある。

以下は、その他にチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○(ショッピングモールがグローバル資本主義による地域破壊だという批判に対して)
ショッピングモールが一方的に、均質な消費者を世界中に作りだしたのではなく、
世界中に均質な欲望を持つ消費者が増えたから、ショッピングモールが受けている
<第2章 「海外旅行型消費」から「遠足型消費」の時代へ>

○終わりなき日常に折り合いをつけて、キラキラとした消費を楽しんでいる場所=埼玉県
→モノがない訳でもないし、ありすぎもしない&誰かを押しのけてまでトップを目指したくはないけれど、惰眠を貪る訳でもない

○「共感の共同体」は、論理ではなく感情をベースにしているので、長続きしない
<第6章 キラキラ消費の未来>

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2014 5/10
マーケティング、消費者行動、社会学
まろまろヒット率3

ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰翻訳 『昨日までの世界―文明の源流と人類の未来』 日本経済新聞出版社 2013

渡邊義弘@常滑警察署で開催されたソーシャルメディア講座の講師をつとめました。
(2014年4月26日 『中日新聞』朝刊・第23面 「情報発信の仕方 常滑署員が学ぶ」)

さて、ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰翻訳 『昨日までの世界―文明の源流と人類の未来』 日本経済新聞出版社 2013。

600万年の人類史の中で、農耕社会が始まったのは1万1000年前、文字や国家が生まれたのは5400年前。
人類史の視点に立てば、現代社会の習慣や制度は「今日」起こったことにすぎない。
では、その前の「昨日」までの社会はどのようなものだったのか。
パプア・ニューギニアやアフリカに残った伝統社会と現代社会を対比させながら、それぞれの特徴を明らかにして、人類が取り組む課題に対して考察する。
『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』に続いて人類史を一本の道筋で描こうとする第3弾。
原題は、“The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?”

読んでみると、よくある現代社会への批判のために伝統社会を取り上げる論調ではなく、
弱者切り捨てなどの伝統社会の様相が克明に記載されているので、現代社会のありがたさを痛感することも多かった。
また、外部との関係、心理的な緊張については日本は伝統社会が持つ要素を色濃く残しているのが分かる。
(著者の結婚相手は日系人)

人類の歴史に真っ向から取り組む点では、『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』の方が迫力があるけれど、人類史を通して自分の生活を振り返る参考になる一冊。

以下は、チェックした箇所(一部要約含む)・・・

○伝統的社会(小規模社会)=人口が疎密で、数十人から数千人の小集団で構成される、狩猟採集や農耕や牧畜を生業とする古今の社会で、
なおかつ西洋化された大規模な工業化社会との接触による変化が限定的にしか現れていない社会
<プロローグ 空港にて>

☆伝統社会では取引を「創出」し、それを集団間に介在させることで、社会的・政治的な目標を実現する手助けになると考えられている
→伝統的社会にとって最も重要な目標は同盟関係の絆の強化
<第1章 友人、敵、見知らぬ他人、そして商人>

☆ニューギニアの伝統的な賠償方法は以前の関係の回復に主眼を置く
→損なわれた人間関係を回復する上で、ニューギニア人にとって何より重要な要素は、
相手側に経緯を払い、相手側が精神的および感情的な被害をこうむった事実を認めること
<第2章 子どもの死に対する賠償>

☆国家社会と小規模社会の間にみられる、戦争の悪循環が繰り返される社会であるのか、
繰り返されない社会であるのかの違いこそが、仮にも国家が存在するにいたった主たる理由
<第4章 多くの戦争についての長い話>

○小規模社会では、子どもの養育に、親以外の人々が関与し、子育ての責任を社会で広く分担している
<第5章 子育て>

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2014 5/1
歴史、自然科学、人類学
まろまろヒット率3

ジュリア・カールスン・ローゼンブラット&フレドリック・H. ソネンシュミット、粕谷宏紀&野呂有子訳 『シャーロック・ホームズとお食事を―ベイカー街クックブック』 東京堂出版 2006

渡邊義弘@時々妄想銀行になることもあるけれど、推理することが多いので「シャーロック・ホームズみたい」と言われることがあります。

さて、ジュリア・カールスン・ローゼンブラット&フレドリック・H. ソネンシュミット、粕谷宏紀&野呂有子訳 『シャーロック・ホームズとお食事を―ベイカー街クックブック』 東京堂出版 2006。

コナンドイルのシャーロック・ホームズ・シリーズに出てくる料理の再現を目指した料理本。
原題は、“Dining With Sherlock Holmes: A Baker Street Cookbook” (1990)

原典を解釈しながら、物語の舞台となるヴィクトリア朝時代のイギリスの料理を200種類以上、紹介している。
当時は珍しかったというキュウリを使ったサンドイッチや、冷製肉(本書ではローストビーフと解釈)のサンドイッチなど、試してみようと思えるレシピがいくつか紹介されている。
ただ、シャーロック・ホームズの文学研究としては良いけれど、料理の写真も絵もないのでイメージしずらいのが難点。

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2014 4/10
料理本、食文化
まろまろヒット率2

宮台真司 『14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に』 世界文化社 2008

渡邊義弘@下呂温泉に行ってきました。

さて、宮台真司 『14歳からの社会学 ―これからの社会を生きる君に』 世界文化社 2008。

前に読んだ『きみがモテれば、社会は変わる。 宮台教授の<内発性>白熱教室』に感じるものがあったので、
同じ著者による同じ系統の本として手に取った一冊。

特に印象に残ったのは、仕事に関して・・・

○仕事をする人に「生きがい」を与えるために、仕事があるんじゃない
→社会が必要とするから―仕事をしてもらわないと困る人々がいるから―仕事がある
<4 <理想>と<現実>>

☆自己実現できる仕事があるという考えを捨てろ
→どんな仕事をするのでも「自分流」にこだわることだけ考えろ
<4 <理想>と<現実>>

・・・と述べているところだ。
2011年から東海地方に引越してきた自分の中の指針の一つ、『置かれた場所で咲きなさい』に通じるものを感じて印象に残った。

また・・・

○社会が完全じゃないから、人間は生きていけるし、社会も回っていく(略)
ぼくたちは、永久に不完全な存在だからこそ、永久に完全さを求めて前に進むことができる存在
<あとがき>

・・・と最後に述べているところは、社会学者としての著者の意思が伝わってきた。
(シンポジウムのパネリストでご一緒した時を思い出した)

以下は、その他にチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○社会学が想定する公的(みんな)が成立するための条件=
1:何がみんなか、誰がみんなかについて、関係する人たちの「合意」
2:生きていくためにはこれが必要なんだという「コミットメント」(熱心な関わり)
<1 <自分>と<他人>>

○固有名詞の同一性は<世界>の単一性と同じ
=記号ではなく固有名詞を持つ入れかえ不可能な存在
<3 <こころ>と<からだ>>

○「承認」を求めてアタフタするのをやめて、女の子を「理解」するための「試行錯誤」に乗り出そう
→女の子を「理解」してあげられるようになったら、初めて君は女の子に「承認」される
<3 <こころ>と<からだ>>

○「競争動機」や「理解動機」で先に進んでも、砂粒のような知識の断片が集まりがち
→「感染動機」だけが知識を本当に血肉化できる
<5 <本物>と<ニセ物>>

○もし<死>の不安がずっと続くなら、必ず<生>に問題ががある
=<死>を「不安」から「生きるエネルギー」へと変えることができない<生>に問題がある
→一番辛いのは<世界>に触れることもできず<社会>の中で「承認」もされない<生>
<6 <生>と<死>>

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2014 4/2
社会学、倫理
まろまろヒット率3

西村博之 『ソーシャルメディア絶対安全マニュアル トラブルにまきこまれないFacebook、Twitter、LINEの使い方』 インプレスジャパン 2013

渡邊義弘@白川郷・五箇山の合掌造り集落(世界遺産)に行ってきました。

さて、西村博之 『ソーシャルメディア絶対安全マニュアル トラブルにまきこまれないFacebook、Twitter、LINEの使い方』 インプレスジャパン 2013。

インターネット掲示板「2ちゃんねる」の元管理人である著者(ひろゆき)によるソーシャルメディアの安全マニュアル。

本文では「安全なネットサービスはない」と断言しておきながら題名に「絶対安全」付けているギャップや、根拠が不確かな記述などが目立つなど、
情報セキュリティの本としては疑問がある。

ただ・・・

○飲んだから書くな&ネット上に愚痴は一切書かない
→不満があったとしても、それをネットに書いたところで状況は変わらない上にずっと残る
<スペシャル対談 ひろゆき×はまちゃ2「ハッカーはここまで暴ける!」>

○子供にはどんなサービスもまず親が使ってみて判断した後に子供に発信させないことを約束させて許可する
→子供は結局はやるけれど、悪いことしてるっていう自覚が少しでもあれば注意しながらやるから、そんなに大きな問題にならないことが多い
<ひろゆきが語る「ソーシャルメディアのここが危ない!」Part2>

・・・というところは、著者の情報リテラシーが垣間見ることができた。

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2014 3/5
情報セキュリティ、情報リテラシー、ソーシャルメディア
まろまろヒット率2

谷岡一郎 『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』 文藝春秋 2000

渡邊義弘@藤沢の凍結した歩道橋で足を挫いてしまい、2箇所の剥離骨折を被ってこまっちんぐです。

さて、谷岡一郎 『「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ』 文藝春秋 2000。

社会調査の多くはゴミであり、なぜゴミなのか、ゴミを見破るにはどうすれば良いのかについて社会調査の基礎から解説する一冊。
以前読んだ『データはウソをつく―科学的な社会調査の方法』よりも前に刊行された本ということもあって、「突っ込み」がより具体的になっている。

中でも・・・

☆社会調査方法論=いかにすればバイアス(bias=偏向)のズレを最小にできるかを追求するための方法論
→完璧な調査などありえないという視点からスタートする
<第4章 さまざまな「バイアス(偏向)」>

☆ゴミをすぐに捨てることができる人は、そうでない人より、かなり有利なポジションを占める
→この能力がリサーチ・リテラシー
→今後は情報を得る能力よりも捨てる能力の方が、はるかに重要な要素となってくる
<第5章 リサーチ・リテラシーのすすめ>

・・・などは、著者の一番主張したいところだと読み取った。
特に「捨てることができるのがリテラシー」というのは強く共感した。

以下は、チェックした箇所(一部要約含む)・・・

○客観的=その定義に従って計算すれば、誰がやっても同じ結果になること
<序章 豊かさの指標はなぜ失敗したか>

○妥当性=その指標 or 指数は計りたいことを計れているか
<序章 豊かさの指標はなぜ失敗したか>

○調査論の世界では、数よりも有効回答率を重視
<第1章 「社会調査」はゴミがいっぱい>

○サイレントマジョリティ(silent majority:あえて意見を表明しない多数派)の意見が無視されるサンプリングは、まず基本的にゴミ
<第4章 さまざまな「バイアス(偏向)」>

☆検証に耐えうるサンプリングの4条件:
1:十分な数がある
2:母集団が(一般的に)定義されている
3:回収率が高い→60%以下になるとかなりのバイアスが存在する
4:確率標本=(a)初期条件において、母集団のどの一人も同じ確率で選ばれる抽出方法 or
 (b)初期条件において、母集団のどの一人も最終結果に対し同じ影響を与えることが担保されている抽出方法
<第4章 さまざまな「バイアス(偏向)」>

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2014 2/26
社会調査法、統計的社会調査、リサーチ・リテラシー
まろまろヒット率3

宮台真司 『きみがモテれば、社会は変わる。 宮台教授の<内発性>白熱教室』 イースト・プレス 2012

渡邊義弘@常滑市で「ええね!三陸」を開催してみました☆

さて、宮台真司 『きみがモテれば、社会は変わる。 宮代教授の<内発性>白熱教室』 イースト・プレス 2012。

社会学者である著者が、現代社会の特徴と、その中で幸せに生きるための倫理を展開する一冊。
内容は・・・

○日本社会=任せてブーたれる→参加の放棄と自覚のない過度の依存
<2時間め 悪い心の共同体>

○「いい人」になること=それ自体が思考停止であり、<悪い共同体>の同調圧力による<悪い心の習慣>を温存する
→「いい人」であり続けることは、クソ社会をそのままに生きることであり、君たちを100%不幸にする
<3時間め 「うまく」生きればモテるのか>

☆<内発性>がある、「内から湧き上がる力」を持っている人間にならなくてはいけない
<4時間め <内発性>白熱教室>

☆社会で幸せになろうとするただ一つの方法=他人を幸せにすること
→その時代の社会的枠組み(政治や経済、文化など)を問うことが、「幸せ」について考えることになる
<3時間め 「うまく」生きればモテるのか>

☆<包摂>によって人を幸せにする人間、社会貢献的で、利他的である人間だけが、自らもまた幸せになれる
=人が幸福に生きられる社会には必ず<包摂>がある
<4時間め <内発性>白熱教室>

・・・という展開をしていて、著者のこれまでの研究成果を根拠としながら、その思想を簡潔にまとめたものになっている。
他者による承認を同調圧力(空気を読む)ことではなく、他者を幸せにすることによって求めることは、読んでいて心からの底から共感できた。

ちなみに、著者とはシンポジウムのパネリストとしてご一緒したことがある。
著者らしい言葉使いやリズムも伝わってくる本でもある。

以下は、その他のチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○社会と社会学:
・社会=ひとりひとりの思惑を越えた不透明な全体性
・社会学=ひとりひとりの思惑を越えた不透明な全体性が秩序を持つ(ように見える)のはどうしてなのかを探求すること
<2時間め 悪い心の共同体>

○ヨーロッパ=<近接性>を重視するコミュニティ主義、アメリカ=自由で対等な人間関係とそのネットワークを重視するアソシエーション主義
→両者とも国家をあくまで中間集団を補完するものとして位置づける
→日本には中間集団と、市場・国家の両立の可能性を問う枠組み自体がなかった
<4時間め <内発性>白熱教室>

○共同体の位置づけ:
<悪い共同体>=参加主義でなく権威主義、知識主義でなく空気主義、<自立>的でなく<依存>的
<良い共同体>=権威主義を退けて自ら参加し引き受け、空気主義を退けて知識や科学を基盤とする、<依存>という思考停止を退ける
→<良い共同体>における自治を通じた<自立>は参加者に強度=濃密さを与えてくれる
<4時間め <内発性>白熱教室>

○政治の<最終目標>=「内から湧き上がる力」によって、共同体自治を「引き受け」ようとする徳のある人が一人でも多く増えること
<4時間め <内発性>白熱教室>

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2014 2/20
社会学、倫理
まろまろヒット率4

永山久夫 『戦国の食術: 勝つための食の極意』 学研 2011

渡邊義弘@最近は生きる基本に立ち返るという意味で食文化分野の本をよく手に取るようになって来ています。

さて、永山久夫 『戦国の食術: 勝つための食の極意』 学研 2011。

戦国時代の武将たちや足軽たちはどんなものを食べていたのか。
様々なエピソードと再現料理と交えて紹介する一冊。

内容は・・・
軍記物からの引用が多く、根拠の信頼性が低いこと。
再現料理は代替物で済ますことも多いこと。
紹介する戦国武将の性格や成功の原因を食に求めているけけど、その論調に強引さが目立つこと。
・・・などが気になった。

興味深いテーマなので、より深い第2弾を期待したい。

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2014 2/19
歴史、食文化
まろまろヒット率2