松戸にある松戸二郎こと、ラーメン二郎松戸駅前店で、ぶた入りラーメン・ニンニク&野菜増し増しオーダーでいただく。
この松戸二郎は、平打ちのストレート麺かつスープがラーメン二郎の中では比較的食べやすい味になっている。
こちらの大将は池二郎で修行したこともあるとのことで、確かに池二郎を思い出すマイルドさ。
ただ、野菜増し増しの盛りの豪快さは修業先以上で、これからの独自進化が期待を持てるお店でもある。
まろまろと今日ももぐもぐ。
千葉県松戸市の松戸二郎こと、「ラーメン二郎」松戸駅前店にて。
柏にある国立がん研究センター東病院の食堂で、柏の葉定食をいただく。
お刺身と豚の角煮の二つのメインに小鉢三種が付いた定食で、このエリアの愛称である「柏の葉」が名前に使われている。
月見とろろの小鉢をご飯にかけて、お刺身で使った醤油を少し垂らして食べてみるとけっこう美味しい。
ごくオーソドックスな施設の食堂ではあるけれど、近くにある千葉県立柏の葉公園や東京大学柏キャンパスなどを眺められる展望が魅力の食堂。
まろまろと今日ももぐもぐ。
千葉県柏市の国立がん研究センター東病院9階食堂(ポールライト柏店)にて。
柏にあるボンベイで、ボンベイカレーをいただく。
こちらのお店は、湯島にある上野デリーの流れを汲む千葉を代表するカレー店。
そのお店を長年切り盛りしていたご主人がお亡くなって閉店していたところ、奥さんと元バイトさんたちが集結して再開したものが現在のお店。
店名にもなったボンベイカレーは、キャベツやトマトを中心とした野菜がルーの真ん中にうずたかく盛られた独特のカレー。
ご飯にかけて食べてみると、シャキッとした食感の野菜と、上野デリーを思い出させる複雑なスパイスの味がするルートが合わさって、味も独特。
ホットなスパイスと柏の人情で、身も心も暖かくなる一品。
まろまろと今日ももぐもぐ。
千葉県柏市の「カレーの店 ボンベイ」(柏ボンベイ)にて。
柏にある東京大学柏キャンパスの食堂(学食)で、グラムデリをいただく。
グラムデリとは、その名の通り、デリ(Delicatessen)をバイキング形式でワンプレートに盛りつけてグラム単位で購入するスタイルのこと。
健康オタクなので、野菜を中心に盛り合わせたのがこの写真。
カリフラワーのオーロラソースサラダ、ブロッコリーのシーフードあんかけが美味しく感じられた。
野菜のバランスを考えたい僕にとってはありがたいスタイルの学食。
まろまろと今日ももぐもぐ。
千葉県柏市の東京大学柏キャンパス生協食堂(プラザ・憩い)にて。
柏にある相鉄フレッサイン千葉柏で、朝食バイキングをいただく。
ご飯とパンの両方が用意されていて、今回のメニューでは特に手作りハンバーグに美味しさを感じた。
ただ、急速に展開しているホテル・チェーンの一角を担う朝食でもあるだけに、もう少し種類の豊富さがあると嬉しいところ。
まろまろと今日ももぐもぐ。
千葉県柏市の「相鉄フレッサイン千葉柏」にて。
大阪の福島にあるBar Porciniで、タラの白子グラタンをいただく。
こちらのお店は、ミナミにあるPIENO(「アンティパスト三種盛り」、「生ウニのリゾット」)並んでお気に入りのイタリアン・バール。
定番のプレーン・ピッツァも美味しいけれど、今回は本日のオススメ(限定メニュー)のタラの白子グラタンを注文。
食べてみると、これが美味しい。
温められた程度に火が通ったタラとホワイトソース、下地に敷かれたトマトソースとの絡まった味わいは絶妙で、これまで食べたことのある白子料理の中でも1,2を争う美味しさ。
さすがと思わせる名店の一品。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・福島の「Bar Porcini(バール・ポルチーニ)」にて。
渡邊義弘@東北行脚の時に漁業再開をお手伝いしたホタテ貝を素材に相可高校の生徒さんがグラタンを作っていただきました。
さて、『海洋国家日本の構想』高坂正堯著(中央公論新社)2008。
国際政治学者である著者による「現実主義者の平和論」と「海洋国家日本の構想」の二つの論文を中心にした論文集。
著者の本は、これまでも代表作である『文明が衰亡するとき』をはじめとして、『国際政治―恐怖と希望』、
『世界史の中から考える』、『世界地図の中で考える』、『世界史を創る人びと』などを読んできたけれど、
その理想と現実とのバランス感覚にいつも感銘を受けて来た。
この論文集でも・・・
☆手段と目的との間の生き生きとした会話の欠如こそ、理想主義者の最大の欠陥
→問題の解決は、まず目的を定め、次にその手段を見出すという思考法によってではなく、
目的と手段との間の生き生きとした会話を通じて設定された政策によってのみ得られる
<現実主義者の平和論>
・・・として、理想と現実、目的と手段の生き生きとした対話の必要性を述べている。
その上で・・・
☆文明と文明との間の交渉こそ歴史を規定する最大の要因
→その交渉を支えるコミュニケーションの構造こそ、ある文明やある国家の国際政治的位置を決定するもの
<海洋国家日本の構想>
☆偉大さを引き出しうるのは、慎重さと冒険、「非英雄主義」と「英雄主義」をつなぐことができる政治の技術であり、さらに慎重さを単なる慎重さに終わらせない視野の広さ
→その水平線こそ日本の未来がある
<海洋国家日本の構想>
・・・として、慎重さと冒険との間をつなぐ政治の技術(現実的に言えば「権力」)を軸に海洋国家日本のあるべき姿を提案している。
この本の原著は1965年初版だけど、この論述の流れはまったく色あせていない。
加えて・・・
☆真実に見るとはそれを行動につなぐ意欲を持ち、したがって共感と責任を持っていなくてはならない=水平線
<海洋国家日本の構想>
・・・という風に著者が定義する「水平線」の言葉の重みも感じた。
今も変わらず海洋国家日本のあり方を強く訴えかける一冊。
以下は、その他でチェックした箇所(一部要約含む)・・・
○重要なことは、未来のいつか意見が分かれるということではなくて、現在なすべき共通の仕事があるということ
<現実主義者の平和論>
○第2党とは明日にでも実現できることを語る政党であり、異端とは、いつ実現できるか判らない理想を語る人々
<外交政策の不在と外交議論の不毛>
○政策と世論をつなぐという政党の基本的役割を、陳情=利益の環流というパイプ一本に頼っている自民党のアキレス腱は外交問題にある
→自民党が外交と世論をつなぐ働きをしていないために、政府はその昨日をマスコミに頼っている
<外交政策の不在と外交議論の不毛>
○人間が完全に善人でもなく、また完全に悪人でもないところに政治の必要とその可能性が生まれる
<核の挑戦と日本>
○日本史における二つの大きな悲劇、鎖国と満州事件は、ともに、日本の外に開いた部分と内を向いた部分が接触を失い、均衡を失ったときに起った
→とくに、日本の内にいるエリートたちが、外に開いた部分に対する共感を失ったとき、悲劇が訪れた
<海洋国家日本の構想>
○われわれは東洋と隣り合っているが東洋ではなく、「飛び離れた西」ではあるが西洋ではない
→それは悩みであると同時に、日本が世界政治で活躍する可能性でもある
<海洋国家日本の構想>
○「勘」は「読み」という合理的な計算を通じてしか生かされえない
<あとがき>
2012 11/18
国際政治、外交政策
まろまろヒット率5
心に響くかどうかの必須条件は、本気さの裏付けが感じられるかどうかだ。
手軽な手段を使うならなおさら、「よくここまで」と思わせる迫力が最低でも必要になる。
その裏に本気さが感じられない人や言葉、物が誰かの心を響かせることはない。
<ソーシャルメディア関連の講師や情報発信の相談を受ける中で>
2012 11/16
はしり書き