柳沼重剛 『ギリシア・ローマ名言集』 岩波文庫 2003

突発的にジャージ・ゲリラ・オフ(JGO)を開催した、らぶナベ@冬物ジャージも魅了的でした(^_-)

さて、ギリシア・ローマ名言集』柳沼重剛編(岩波書店)2003。

ギリシア・ローマ時代の著作やことわざのの中から編者が選んだ名言集。
その言葉の文脈や原文も、ごく簡単だけど載っている。
ある程度の発音がわかるラテン語の原文で読むと、どの名言も韻を踏んでいるものが多いことに気づく。
やっぱりその言葉が流通したり残るためには、語呂はかなり大切だということをあらためて感じたりした。

読んでいた時はちょうど立ち退き交渉が大詰めで、世知辛い空気を吸っていたところなので・・・
「人生とは舞台で芝居だ。大まじめなことは脇へおいて演じることを学ぶがよい。
それがいやなら、苦痛に耐えねばならぬ」(『ギリシア詩歌集』パラダスの詩)
・・・というのは笑いながらも同感してしまった。
また、「財産は、賢者にあっては奴隷の地位にあたるが、愚者にあっては支配者の地位にある」
(divitiae enim apud sapientem virum in servitute sunt, stultum in imperio)(セネカ『幸福な生活について』)
・・・というのも目にとまった。

そんな生々しい日常生活をおくる上での名言だけでなく・・・
「努めて簡潔さを求めると、曖昧になる。洗練を狙うと、力強さと気迫が失われる。荘重さを表に掲げると、誇張におちいる」
(ホラティウス『詩論』)という言葉も目にとまった。
何かを書こうとする時に誰もがぶつかってしまう壁を端的に言い表していて印象深い。

以下はその他でチェックした箇所・・・

○絵は言葉を使わぬ詩、詩は言葉でかく絵である。
プルタルコス『アテナイ人の名声について』

○友は第二の自己である。
アリストテレス『ニコマコス倫理学』

○何物も無からは生じない。
(ex nihilo nihil fit.)
ルクレティウス『事物の本性について』

○人の数だけ意見あり。
(quot homines, tot sententiae.)
テレンティウス『ポルミオ』

○もしトロイアが幸福であったなら、誰がヘクトルのことを知っただろう?
公の不幸を通して徳の道は作られる。
(Hectora quis nosset, si felix Troia fuisset?
Publica virtuti per mala facta via est.)
オウィディウス『悲しみの歌』

○分別の心に、わずかな愚かしさを交ぜよ。
(misce stultitiam consiliis brevem)
ホラティウス『詩集』

○恋は涙のように、目から発して胸に落ちる。
(amor, ut lacryma, oculo oritur, in pectus cadit.)
ププリリウス・シュルス『金言集』

○ゆっくり急げ。
(Festina lente.)
スエトニウス『ローマ皇帝伝』

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2005 11/16
名言集
まろまろヒット率3

新店サモサの「チキンカレー」

弊社近くでオープンしたお店に入ってみる。ランチはナンが食べ放題なのが嬉しいけど隣で同僚が食べてたグリーンカレーの方がおいしかった。。。
本郷(東京都文京区本郷4-37-10)の「無国籍料理 サモサ」本郷三丁目駅店にて。

人情味の「まかないチャーハン」(二代目帝都軒)

立ち退き交渉が基本合意に達したので引越準備な日々。そんなこんなで11時過ぎに大塚飲みに行くと既に一次会は終わっていたのでみんなで銭湯「千代田湯」に入る。風呂上がりに一次会のお店をのぞいたら火を落としたとこなのにまかないのチャーハンを作ってもらう。交渉続きでせちがらさを感じる日々だったので人情の味がした(゜-゜)
大塚の「二代目帝都軒」にて。

塩野七生 『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』 新潮社 上中下巻 2005

マンション開発による立ち退き交渉が基本合意に達したので17日に引越することになった、
らぶナベ@さらば初代まろまろハウスです(T_T)

さて、『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』塩野七生著(新潮文庫)上中下巻2005。

ネロ帝の暗殺によって断絶したユリウス・クラウディウス朝後の混乱期と、
ヴェスパシアヌス帝によって始まりドミティアヌス帝の暗殺とネルヴァ帝の即位で終わった
「フラヴィウス朝」時代をえがいたシリーズ第8段。

この時代に生きた歴史家タキトゥスが『同時代史 (Historiae) 』の中で、
口を極めて混乱と無秩序、ローマの危機を唱えているように混乱期だった。
ただ著者は、この次に登場する五賢帝が偉かったからローマは最盛期を迎えたのであって、
それ以前は皇帝も含めてダメだったとするとするタキトゥスの史観に疑問を投げかけている。
これまでのローマ史の中でも危機と克服の繰り返しがいくつもあり、
この時代も危機を克服して新しい時代の道を開いていったとする視点で書かれている。

読んでいて特に印象深かったのはローマ生まれでもなく元老院階級でもないのに、
混乱期をおさめて皇帝になったヴェスパシアヌスの数奇な運命だ。
傑出した才能もなかったとされるのに、様々な運命の巡り合わせやムキアヌスに代表される協力者に恵まれて、
ローマ皇帝になった経緯をかいま見ると、人間どこでどうなるかわからないというのをあらためて感じてしまった。

また、巻末の「付記」ではこの時代を代表する文人として
『エピグランマ (Epigramma) 』で有名なマルティアリスの一生を紹介している。
皮肉で思わずぷっと笑わせる数々のエピグラムを生み出したその生涯がわかっておもしろかった。
同時代に『エロクェンティア (eloquentia, 弁論術大全)』をまとめたクィンティリアヌスと共に、
この二人は今でも引用句でよく出てくる二人なので、その背景がわかって興味深かった。

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2005 11/12
歴史、政治
まろまろヒット率3

追記:全巻へのリンク(☆は特に印象深い巻)・・・

『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』

『ローマ人の物語3,4,5 ハンニバル戦記』

『ローマ人の物語6,7 勝者の混迷』

『ローマ人の物語8,9,10 ユリウス・カエサル~ルビコン以前~』

『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』

『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』

『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』

『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』

『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』

『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』

『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』

『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』

『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』

『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』

『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』

ばるぼら 『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』 翔泳社 2005

最近ご近所さんと東京都文京区のシビックランドによくいく、らぶナベ@ナニゲに銭湯好きです。

さて、『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』ばるぼら著(翔泳社)2005。

ホームページ、ウェブ日記、テキストサイト、ブログ、呼び方はいろいろあるけれど、
インターネット文化を支えてきた、そして今も支えている個人サイトの歴史書。
年表、説明、註釈も含めてすごいテキスト量で、通読には時間がかかるし読んでいて眼が痛くなることが何度もあった(^^;

第1章は1992年から始まっていて、それ以前の歴史は普通に教科書に載ってる歴史として「序章」で取り扱っている。
また、「もうひとつの序章」としてパソコン通信の歴史についてもかなりの量が使われている。
(裏表紙には”Encyclopedia of Japanese Internet Culture 1984-2004″と書かれてある)

日本のネット文化を支えてきた個人サイトやネット上の出来事はアーカイブが残りにくくて、
たった数年前のことなのに後から確認しようと思ってもできないことが多いことはよく指摘されている。
だからこの本はルポタージュというより、本文にも出てきたように「ネット考古学」という言葉の方が近い。
本当によく調べたなぁっと読んでいて何度も関心してしまった。
通読した後にはある種の大全を読んだ気分になってしまったほどだ。
タイトルには「教科書には載らない」と銘打っているけど、
ネット文化に興味がある人の間では必読書の一つとして引用されていくと思う。

・・・っという歴史的な一冊として見たときには、
重要なサイトや出来事が抜けている点や著者の主観があまりに強すぎるところが気になった。
すごくよく調べられてある一冊だけに、今後の改訂版やこの本を参照した別の本に期待。
名著とされる歴史書はたいてい数巻にわたるものだから(^_^)v

ちなみにコラム「ネット文体を一晩中考えよう」の中で、
「ネット独自の特徴は、”未完成感”が漂う文章ほど愛されること。
単体で完成された文章は、驚かれるが簡単に消費され終わってしまう。
コミュニケーションを生まないからだ」と述べているのは説得力があった上に共感もできた。

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2005 11/7
メディア史
まろまろヒット率3

大感動の八巻の「ちぎも」

一口食べただけで「これが肝!?」と思う味!僕が今まで食べた肝の中でぶっちぎりに1番の美味しさ!
こんな素敵な焼き鳥屋さんに連れていってくれたご近所さんに感謝(^^ゞ
白山(東京都文京区向丘1-9-18 )の「焼鳥 八巻(やまき、ヤマキ)」にて。

塩野七生 『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』 新潮社 全四巻 2005

MovableType3.2の再構築エラー(カテゴリでの500エラー)でmaromaro.comの更新がまだとまっている、
らぶナベ@復旧までの間はこのメルマガで新規情報を更新しますです。

さて、『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』塩野七生著(新潮文庫)全四巻2005。

元首制を完成させたアウグストゥスに続く、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロの4人の皇帝、
いわゆる「ユリウス・クラウディウス朝」の時代をえがいたシリーズ第7段。

タイトルにあるようにこの4人の皇帝はとても評判が悪い。
ネロはキリスト教徒を最初に弾圧したローマ皇帝として暴君の代名詞にされているし(例:暴君ハバネロ)、
ティベリウスとカリグラは、その変態伝説が一人歩きしている。
僕も10代前半の頃に読んだカミュの戯曲『カリギュラ』や、
ドキドキしながら借りた映画『カリギュラ』からこの二人は変態皇帝のイメージが強かった。

こうした悪評は後の時代の誇張が入っているし、ティベリウスにいたっては根拠の無いものだ。
カプリ島で繰り広げられたとされる変態プレイは、後に伝説化して色々な物語にも出てくるけど、
単に根拠が無いだけでなく、ティベリウスのプライドの高さや潔癖すぎるほどの性格からは対極にある。
たとえばティベリウスは元老院から何度も提案された自分の神殿の建設を、
「このわたしを後世はどのように裁くであろうか(中略)
もし評価されるのならば、それこそがわたしにとっての神殿である」と言って断っている。
(変態プレイについては当時のローマ人の憧れが噂話として流通したのだろうと著者は書いている)

ティベリウスを含めた4人の皇帝たちは、後の時代につながる功績をいくつも残しているし、
大きな失策もほとんど無いので、後世に言われるほどの悪帝ではないというのが著者の主張だ。
では、彼らはなぜそんなに後世の悪名が高いのか。
それについてはローマの歴史家が彼らを悪く書いた理由について、
「なぜ、自らもローマ人であるタキトゥスやスヴェトニウスは、ローマ皇帝たちを悪く書いたのか」
という付記で著者が種明かしをしているので内容は読んでのお楽しみ。

ただ、この4人は元からして前回のアウグストゥスや前々回のユリウス・カエサルに比べると評価の難しいリーダーたちなので、
支持を得られなかった複合的な理由について、ところどころに著者が自分の見解を示しているのが面白い。
たとえば「民主制は政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム」だから、
リーダーは「政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得する高等な技が必要」なのに、
この4人の皇帝はシロウトに対してアピールすることが下手だったり、端から意欲が無かった。
また、「賢帝と悪帝の境目は、公人と私人のバランスをいかにうまくとるかにかかっていた」のに、
このバランスを崩した(特にティベリウスを除く3人)。

そしてこの本の中で一番印象深かったのは著者が、
「歴史に親しむ日々を送っていて痛感するのは、勝者と敗者を決めるのはその人自体の資質の優劣ではなく、
もっている資質をその人がいかに活用したかにかかってくるという一事である」と述べているところだ。
確かにこの4人を見ているとすごく説得力のあるものだと感じるし、自分自身も振り返る機会になった。

他にも『寛容について(De Clementia)』でセネカが述べた、
「同情とは、眼の前にある結果に対しての精神的対応であって、その結果を産んだ要因にまでは心が向かない(略)
寛容は、それを産んだ要因にまで心を向けての精神的対応であるところから、知性とも完璧に共存できる」なども目にとまった。
評価が分かれる人物たちを取り上げているだけに、印象深い記述が多いシリーズ第7段だった。

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2005 11/3
歴史、政治
まろまろヒット率3

追記:全巻へのリンク(☆は特に印象深い巻)・・・

『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』

『ローマ人の物語3,4,5 ハンニバル戦記』

『ローマ人の物語6,7 勝者の混迷』

『ローマ人の物語8,9,10 ユリウス・カエサル~ルビコン以前~』

『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』

『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』

『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』

『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』

『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』

『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』

『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』

『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』

『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』

『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』

『塩野七生「ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック』

『歓喜の歌』(観劇)

作・演出:是枝正彦
劇場:銀座博品館劇場

ご近所さんの舞台女優さんが出るというので他のご近所さんと銀座博品館劇場での公演を見に行く。
6組の家族模様をえがきながら最後は「歓喜(よろこび)の歌」を歌うというストーリーだった。
それぞれの家族のえがき方がおもしろく、特にガンの告知をひかえるソバ屋さん家族のどたばた劇が笑えた。
ただ、個々の盛り上がりにくらべてラストが少しあっさりしすぎているような気もした。

2005 11/2
もろもろ鑑賞、観劇
まろまろヒット率3