頭が悪いのに小賢しい人と、頭が良いのに不器用な人、の評価を間違えてはいけない • 05.31.09
頭が悪いのに小賢しい人と、頭が良いのに不器用な人、は表面的には逆の印象を受けるけど、評価を間違えてはいけない。
人を見る目が無い人は、この二者の評価を間違えてしまっていることが多い。
<人選ミスをする人の共通点を感じて>
頭が悪いのに小賢しい人と、頭が良いのに不器用な人、は表面的には逆の印象を受けるけど、評価を間違えてはいけない。
人を見る目が無い人は、この二者の評価を間違えてしまっていることが多い。
<人選ミスをする人の共通点を感じて>
もし「自分の宝」だと思えるものがあるなら、それを輝かせなくてはいけない。
宝だと思えるものが充実し、輝けば、それ自体が自分の喜びになるからだ。
そして輝く宝は、自分の道に迷った時に足元を照らす電灯となってくれる。
<大学院に合格したまろみあんの人とごはん日記(LA BETTOLA、仏蘭西屋)を開拓した日に>
評価と結果は長い目で見れば同じものだけど、中短期ではぶつかることもある。
でも、人は死んだ時に得たものではなく、与えたものが残るのだから、やはり評価よりも結果を重視しなくていけない。
<教え子が希望する進路に進んで祝杯をあげた日に>
割り切れないものを抱えなくては、自分に対して不誠実に生きることになる。
でも、割り切れないものを複数抱えることは自分を含めて全てに対して不誠実に生きることになる。
割り切れるものは全て割り切り、残ったものだけが抱えていける。
割り切れないものを抱えたいなら、割り切れるものはすべて割り切らなくてはいけない。
<株式投資10周年の日に>
義務がある場合は別として、「なぜ相談しないんだ?(しなかったんだ?)」と怒るような人に大事なことを相談してはいけない。
もし相談されたいならば、相手から相談したいと思われる人間になるべきだ。もしくは自分からコンタクトを取る必要がある。
相談されなかったことで相手を責める人は、自意識が高い割には努力が足りないので、何かあると相手に責任転換をする傾向にある。
相談しなかったことを怒るような人に相談してはいけない。
一月二本の 記事を書き
フォントは特に こだわらず
荒らしが来たなら 微笑んで
削除を一回 こなすだけ
個人情報 見せないで
読者に愚痴を きかせずに
作者の嘆きは 匿名で
他のサイトに 置いて行く
目立たぬように
はしゃがぬように
カリスマと言われても 無理をせず
B級の心を 持ちつづける
時代おくれの ブログになりたい
まとめてないけど 投げ出さず
アクセスだけに こだわらず
上手に空気を 読みながら
一年一度 オフをする
痛いことにも めげないで
おいしいネタと 意気込んで
あれこれ仕事も あるくせに
今日も遅くまで 記事を書く
ねたまぬように
あせらぬように
既存のメディアに 流されず
B級の心を 持ちつづける
時代おくれの ブログになりたい
目立たぬように
はしゃがぬように
カリスマと呼ばれても 無理をせず
好きなサイトを 創りつづける
時代おくれの ブログになりたい
<まろまろ記7周年の日に>
気持ち悪いと言われても、つまらないと思われても、それが何かを表現しようとしているならかまわない。
何かを表現しようとする(express)ことは、何を受けとめる(impress)かは受け手が決めるという現実を認めることだ。
確かに本当に気持ち悪くてどうしようもなくつまらないこともあるけれど、それでも何も表現もしていないのに単に気持ち悪くてつまらないだけの人間よりは遥かにマシだ。
<あることを発信することを足踏みしている人に>
自分の創ったものが一番自分に教えてくれる。
それはどんなものでもあっても、一度自分の外に出たものに人は教えられる。
だから、こなしているだけでは成長しない。創ることは成長することだ。
<ある写真家との対話の中で>
真実に生きたいなら、誰と誰か、どれだけの範囲の人か、ということを具体化せずに「みんな」を判断基準に使ってはいけない。
自分の矮小な視野を絶対化する「みんな」という言葉ほど人生を堕落させる言葉はないからだ。