「10年前に戻れたらこうしたい」という人は10年後も同じことを言っているだろうし、「生まれ変わったらこうなりたい」という人は生まれ変わっても同じことを言うだろう。現在を受け止め、未来に向けて行動を始めている人だけが、過去の仮定を語る資格がある

「10年前に戻れたらこうしたい」という人は10年後も同じことを言っているだろうし、「生まれ変わったらこうなりたい」という人は生まれ変わっても同じことを言うだろう。
現在を受け止め、未来に向けて行動を始めている人だけが、過去の仮定を語る資格がある。

常滑市情報政策担当員就任の日に>

2013 4/1
はしり書き

傍観者を当事者に変えていく可能性が、表現の社会的意義

傍観者を当事者に変えていく可能性が、表現の社会的意義だ。
傍観者の無責任さと醜さを批判するだけでは何も変わらない。
「気づき」を与えて当事者に変えていく力こそが、表現(情報発信)の持つ可能性だ。

松阪市情報政策担当官退任の日に>

2013 3/31
はしり書き

心に響くかどうかの必須条件は、本気さの裏付けが感じられるかどうか

心に響くかどうかの必須条件は、本気さの裏付けが感じられるかどうかだ。
手軽な手段を使うならなおさら、「よくここまで」と思わせる迫力が最低でも必要になる。
その裏に本気さが感じられない人や言葉、物が誰かの心を響かせることはない。

<ソーシャルメディア関連の講師や情報発信の相談を受ける中で>

2012 11/16
はしり書き

転んだら泣けばいい、迷ったら凹めばいい、新しい道を自分の道にすればいい

転んだら泣けばいい、迷ったら凹めばいい、新しい道を自分の道にすればいい。
失敗することは嫌だし、迷うことは恥ずかしい。
でも、曲線であってもつなげていくことで自分の道となる。

松阪市情報政策担当官就任の日に>

2011 4/1
はしり書き

手軽にやりとりできたとしても、信頼まで手軽に得られると勘違いしてはいけない

手軽にやりとりできたとしても、信頼まで手軽に得られると勘違いしてはいけない。

情報通信技術が発展してコミュニケーションのコストが下がっても、時間も労力もお金も使わず、座ったままで信頼を得られると勘違いしてはいけない。
会いたいならば自分から足を使って会いに行く、それさえせずに興味があるとラブコールを送ったり、信頼されたいと願うのはみすぼらしい甘えでしかない。
信頼は手間暇をかけて培っていくものだ。

助言者になりたがる人や、伝統社会で地位がある人、先生と呼ばれる立場の人などにそういう人が多くても、決して影響されてはいけない。

<まろまろ記9周年記念企画、「まろまろ茶話会2010」の会場で阿闍梨餅を受け取って>

2010 7/19
はしり書き