傍観者を当事者に変えていく可能性が、表現の社会的意義

傍観者を当事者に変えていく可能性が、表現の社会的意義だ。
傍観者の無責任さと醜さを批判するだけでは何も変わらない。
「気づき」を与えて当事者に変えていく力こそが、表現(情報発信)の持つ可能性だ。

松阪市情報政策担当官退任の日に>

2013 3/31
はしり書き

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