松阪市情報政策担当官に就任する

山中光茂・松阪市長からの委嘱を受けて、松阪市情報政策担当官に就任する(※1、※2)。

これによって今年度から松阪市と市民の間に情報のかけ橋を架ける仕事に携わることとなった。
今回の就任には、これまで松阪で関わらせていただいた・・・
三重中京大学でのご縁 (「情報化社会の非対称性」講義「地域コンテンツによる情報発信とコミュニティ創造」研修)
松阪市ホームページ検討委員会でのご縁 (就任答申)
松阪市市民講座でのご縁 (「まろまろ流情報発信」講座「てくてく松阪」講座)
・・・などのご縁が大きく影響している。

様々なご縁が折り重なって一つの流れとなったけれど、その流れは決して直線的なものではなかった。
前年度中は松阪市ホームページ検討委員会委員長を担っていたことから、最初にオファーをいただいた時はお断りしたこともある。
また、交通費や残業代はもちろん、一切の手当もボーナスも退職金も無く、国民年金という非正規雇用(非常勤)であることや、
松阪市に行くこと自体に対しては周囲の理解を求める必要もあった。

でも、最後は自分にも今すぐできることの中に自分にしか今しかできないことがある、という自分の気持ちに従った。
もともと阪神大震災を経験したことが文京区友の会などの情報発信を通した地域コミュニティ活動のきっかけとなっている。
今回も3月11日に発生した東日本大震災に東京でめぐり合い、情報のかけ橋を構築することの必要性を強く感じた。
(東日本大震災のお悔やみと近況報告)
人は死んだ時には得たものではなく与えたものが残る、ということを思い返して、就任の数日前にサインをさせていただいた。
直線ではなく曲線ではあるけれど、自分が世の中に貢献できること仕事をいただいたことに強い喜びと使命感を持って委嘱式にのぞんだ。
今回の件を含めて、松阪のご縁をいただいた方々、支えていただいた方々、励ましていただいた方々には本当に感謝している。
いただいたご縁とご厚意を無駄にしないため、「結果的に良かった」と思ってもらえるよう松阪に貢献したい。

振り返ってみれば自分の人生は曲線ばかりだ。
たとえば、政策科学修士号を取った後に学際情報学修士号を取ったことについて、まわり道のように思った時期もあった。
それが今回、政策学と情報学の二つの修士号を持っていることが情報政策担当官としてつながった。
また、ずっと非営利で社会に貢献する仕事がしたいと思っていた。
社会活動への挑戦はちょうど4年前に失敗したけれど、その気持ちはより明確な役割を持った仕事としてつながった。
自分はピコピコしい人間だから、失敗することは嫌だし、迷うことは恥ずかしいと思う。
でも、曲線であってもつなげていくことの気持ちを持ち続けて、自分の役割を果たしていきたい。

転んだら泣けばいい、迷ったら凹めばいい、新しい道を自分の道にすればいい
そう感じた松阪市情報政策担当官就任。

2011 4/1
出来事メモ、進路関係

※1:2011年4月2日 『中日新聞』朝刊・第18面「情報政策担当官、渡邊さんに委嘱」
※2:2011年4月2日 『夕刊三重』・第7面「市、情報政策担当官に渡邊さんを任命」

追記:2013年3月31日をもって任期満了につき退任

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