吉田健正 『大学生と大学院生のためのレポート・論文の書き方』 ナカニシヤ出版 1997

いつの間にかYahooに「情報学」と「メディア論」のキーワードでも登録されていてた、
らぶナベ@院入学半年の活動がこういうキーワードでも登録されるようになった原因だけど、
本人の手を離れて独りでに進化していくようなところがネットでの活動の楽しさですな(^^)

さて、『大学生と大学院生のためのレポート・論文の書き方』
吉田健正著(ナカニシヤ出版)1997年初版。
同じ研究室の聖ちゃん(男)が貸してくれた本。
いまさら感もあるし、こういう本は総じて面白くはないけれど、
気づかずに付いた癖や思い込みを発見できるので通して読んでみた。

案の定、デジタルメディア(特にネット上の情報)を引用や注で使うときには、
“…; accessed 26 May 2003.”というようにアクセスした日時も記載するとういうのは
ころっと抜けていたところだったのでこれから参考にしたい(^^;
(8章:注・注記・引用・文献一覧)

また、どうでもいいところかもしれないけど「起承転結」はレポートにはあまり適さないし、
能や浄瑠璃で基本の「序破急」も不適切だと書いていたのには笑ってしまった。
(3章:レポート・論文の構成)

以下はその他にチェックした箇所・・・

○英文なら”A Manual for Writers of Term Papers, Theses, and Dissertations”か、
“MLA Handbook for Writers of Research Papers”が参考になる
<1章 レポートとは>

○「モデル」の意味(Alfred Tarski)=
1:theory formation, 2:sinplification, 3:reduction, 4:extension, 5:adequation,
6:explanation, 7:concretization, 8:globalisation, 9:action, 10:experimentation
<4章 卒業論文と修士論文>

○「科学的」の定義(ベレルソン&スタイナー)=
1:手続公開、2:定義の正確性、3:データ収集法の客観性、4:事実の再現可能性、
5:組織的・集積的なアプローチ、6:説明・理解・予測のための研究
<4章 卒業論文と修士論文>

○レポートと感想文との違い=objective&detached

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2003 9/30
作文指南、学問一般
まろまろヒット率2

まろプチフラッグ完成

まろまろフラッグは屋外や広い場所ではすごく効果的だけど、
長距離移動や室内での利用がしにくいことがこの10ヶ月で判明した。
今後予想される学会や国際会議などでも気軽に利用できる旗がほしいと思い、
まろまろフラッグの卓上旗ヴァージョン(まろプチフラッグ)を作ってみた。
実際にはedo-valleyに呼ばれたときに知り合ったミイレーの高根さんが調べてくれて、
クリップ版と吸盤版の二つのタイプが完成した。
(こういう活動に理解ある人が協力してくれたこともあってかなりの完成度)
オフラインでも機動力を得たことは、今後大きな意味を持ってくるのだろう。
実戦投入時の写真はここ。

2003 9/30
出来事メモ、サイト運営

竹内郁郎・児島和人・橋元良明 『メディア・コミュニケーション論』 北樹出版 2000(第3版)

TBS系列で再放送していた『愛なんていらねえよ、夏』にちょっと感動した、らぶナベです。

さて、『メディア・コミュニケーション論』竹内郁郎・児島和人・橋元良明編著
(北樹出版)2000年第3版。
コミュニケーション論の本を探していたらメディア論との関連で構成されている
この本を見つけたので読んでみることになった。

一章ごとに執筆者が違っていて全部で序章+15章とけっこうな分量だったけど、
内容は「薄いやん」っと思うような章もところどころあった。
おかげでメモを残した章がかなり偏っている(^^;
第7章の「マス・コミュニケーションと社会をめぐる理論の成果と展開」が
この本の一応の中心にはなるんだろう。

また、この本で扱うメディアは新聞、ラジオ、テレビなどの
既存のマスメディアが中心になっていて、ネットや携帯電話などの
新しいメディアへの記述が少なくてちょっと残念だった。

ただ、各章末にそれぞれ3冊ずつ、そのテーマに関係する参考図書を
執筆者のコメントつきで紹介してくれているのはテキストとして役立った。

以下はチェックした箇所(一部要約)・・・

☆メディア・コミュニケーション研究の対象=人間・メディア・社会の相関の磁場、
入れ子状の関係のもとでの社会的相互作用としてのコミュニケーション
<序章 メディア・コミュニケーション論の生成>

○メディア変容で注目する点→
1:メディアにおける身体の根源性と基本性
2:新たな個別メディアの登場とメディア総体の自己変容
3:道具・機械メディアの独自の系
<序章 メディア・コミュニケーション論の生成>

○第一次集団(家族や企業組織など)ほど個別間の結合が強固ではなく、
大衆ほどには離散的でもない中間的結合体系=「集合体」(collectivity)
<序章 メディア・コミュニケーション論の生成>

☆メディアはそのメディア内容を離れてメディアそれ自体の独自の次元でも
リアリティ形成の力を一定の社会的文脈の中で発揮する
→メディア独自のリアリティ形成力=「メディウム性」
<序章 メディア・コミュニケーション論の生成>

○社会的格差の中にあるリテラシーを動員した実践が、
コミュニケーションという相互作用によって他者と共有するリアリティを
構成することを通じて、新たな自己、新たな他者との関係形成の一歩を築く
<序章 メディア・コミュニケーション論の生成>

○群集の特徴(Tarde,J.G.)=情動や集団的感情の模倣を通じての集団的一体感(コミュニオン)
<第1章 メディアとしての身体からグーテンベルクへ>

○文字の特性(Platon)=
1:書かれたものは客観的なモノと化して人工物となる、
2:書くことは記憶能力を衰退させる、
3:書かれたものは読み手に応答することはなく自らを弁護することもない
<第1章 メディアとしての身体からグーテンベルクへ>

○従来のメディアと電子メディアの相違点=
1:遠隔地間の情報伝達を瞬時に行える
2:同時に広範囲の人々に対する情報伝達ができる
3:電気信号によって多様な情報を蓄積、伝達することが可能
<第3章 メディアの今日的生成と諸形態>

○通信機器の普及の特徴=相手も同じ機器を持つ必要があるので
普及が十分ではない時期にはなかなか広まらないが、
普及がある一定数(クリティカル・マス)を超えると
逆にその機器を持っていないことに対して社会的圧力がかかる(吉井,1997)
<第6章 パーソナル・メディアとコミュニケーション行動>

☆ある年齢層の行動・意識を調査・分析する際の注意点=
1:「年齢層効果」(特定の年齢層であることの影響)、
2:「時代効果」(調査した時代の影響)、
3:「コーホート効果」(同時代に生まれた集団=コーホートが持つ特性の影響)
<第6章 パーソナル・メディアとコミュニケーション行動>

○メディアの公共性の基準(McQuail,1994)
=自由、平等、多様性、情報の質(客観性、均衡など)、社会的秩序と連携、分化的秩序
<第7章 マス・コミュニケーションと社会をめぐる理論の成果と展開>

○マス・コミュニケーションの社会的機能(ラザーフェルド&マートン,1960)
=1:地位付与の機能、2:社会規範の強化、麻薬的逆機能(潜在的機能)
<第7章 マス・コミュニケーションと社会をめぐる理論の成果と展開>

☆マス・コミュニケーションの社会的機能(ラスウェル,1960)
=1:環境の監視、2:環境への反応にあたっての社会の諸部分の調整、3:社会的遺産の世代的伝達
(国家単位で当てはめれば1:外交官、2:ジャーナリスト、3:教育者)
→ライト(Wright,C.R.,1960)はこれに4:娯楽の提供を追加
<第7章 マス・コミュニケーションと社会をめぐる理論の成果と展開>

○カルチュラル・スタディーズは第一段階では記号論や精神分析のアプローチを導入、
第二段階では社会的な主体としてのオーディエンスに焦点を合わせることで
その構造的な規定性を脱構築するという二重のパースペクティヴを有する
→メディアの基本的契機であるテクスト、テクノロジー、オーディエンスを
 それぞれ独立した変数とみなして議論を進めることは無い
<第9章 カルチュラル・スタディーズのメディア・コミュニケーション研究>

☆カルチュラル・スタディーズにとって重要なのは、
自由なテクスト解釈の主体としてのオーディエンスではなく(略)
様々な差別の文化政治学が葛藤と矛盾、せめぎあいを含みながら作動していく
政治の現場としてのオーディエンスの社会的身体である
<第9章 カルチュラル・スタディーズのメディア・コミュニケーション研究>

○メディアと日常生活を分離させてそれぞれの分野の科学性を追及するのではなく、
日常生活や郊外や都市、グローバルな空間システムの作用についての分析と
コミュニケーションについての分析を統合させる
→家庭には、想像される家庭(home)、社会関係の場の家族(family)、
 モラル・エコノミーの場の世帯(household)の三つの次元がある(Silverstone,1994)
<第9章 カルチュラル・スタディーズのメディア・コミュニケーション研究>

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2003 9/20
メディア論、コミュニケーション論、社会学、社会心理学
まろまろヒット率3

『愛なんていらねえよ、夏』(TV番組)

再放送で第5話からふと見る。マジでおもしろい!
テンポがいいのに人間描写にどきっとさせられる。
脇の配役も坂口良子、西山繭子、藤原竜也と実力派ぞろい。
(主演の広末涼子はこのころパンパン(^^;)
突っ込みどころは満載だけど緊張感があって気にならない。
最終話(第10話)でOPの意味がようやくわかるようになっている。
そんな作りこみが垣間見れるのも良い。
こんな良いドラマまのに本放送中は低視聴率だったらしい。
視聴率なんて信じねえよ、夏。

2003 9/17
もろもろ鑑賞、TV番組
まろまろヒット率5

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好きと危険~結婚するなら何番目?~

「結婚するなら二番目に好きな人としろ」という人生訓があるらしい。
一番好きな相手には色々な意味でいっぱいいっぱいになって余裕がなくなり、
うまくいかなくなることが多いからだからだそうだ。
至極もっともなことだと思う。
このことは対人関係だけでなく、すべての物事についても言えるのだろう。
思い入れが強すぎると往々にしてうまくいかないことが多いし、
何よりも失敗したときのダメージが大きい。
「趣味を仕事にしてはいけない」という教訓もそのひとつだろう。

その一方で、たとえ二番目に好きな相手でもうまくいかないこともあるし、
駄目だったときはどうせ傷つくんだから、
時間とエネルギーを一番好きな相手や物事に注入すべきだという意見もある。

どちらが正しいかはその人の中での優先順位や対象ごとに
その時々で変わってくるものだろうけど、
その相手や物事を選ぶか選ばないかということ以前に、
いっぱいいっぱいになるくらい好きになってしまうほど、
駄目になったときダメージを恐れるほどの相手や物事と出会えるということは
実はかなり幸せなことなんじゃないだろうか。

その相手や物事に没頭することが良いことかどうかはその時々によって違う。
でも、もし選んだなら駄目だったときのダメージのことも受け入れる、
たとえ選ばなくてもそれほどまでに思えるものはどこかで大事にし続ける。
そういう気持ちをどこかで持ち続けることが大切なのかもしれない。

そしていま、それほどまでに没頭できる相手や物事がなくても、
いつ現れるのか期待して&ビクビクして待つ。
好きと危険だけで人生はお腹いっぱいになれる。
好きと危険は人生というごはんのメインディッシュのようだ(^^)

2003 9/14
まろまろコラム

池上嘉彦 『記号論への招待』 岩波書店 1984

ニュース23の特集「Coccoが再び歌う」を観て感動した、らぶナベです。

さて、『記号論への招待』池上嘉彦著(岩波新書)2003年第37版。
記号論についてのコンパクトにまとまっている本を探していたら、
西垣通教授が講義(学際情報学概論)中でソシュールとパースの両方を
押さえているということでこの本を紹介していたので買って読んでみた。

読んでみると、断片的に耳にしていたこの分野のキーワードが
全体の流れの中でつながっていくのはパズルが完成するようで楽しかった。
また、もともと著者は言語学者なので、言語学で小耳に挟んだ理論が
記号論でどういう風に応用されているのかということも垣間見ることができた。

ただ、記号論の歴史的な経緯や発展についての説明がもっと欲しかったし、
内容面でも個々の概念的なことは納得できるけれど「そっから先が知りたいんや~」
っと感じることも多くて少しまどろっこしかったのが残念。
さらに記述のまわりくどさが読みづらさを助長させていたが、
こういうのは記号論自体の特徴だろうか?

以下はチェックした箇所(一部要約を含む)・・・

○人間の「意味づけ」する営みの仕組みと意義
ーその営みが人間の文化をいかに生み出し、維持し、そして組み変えていくか
ー現代の記号論はこういうことに関心をもっている
<1 ことば再発見>

○ことば(あるいは、一般に記号)による意味づけという営みを通じて、
人間は自らにとって未知のもの、関わりのなかったものを自らとの関連で捉え、
自らの文化の世界の中に組み込み、自らの世界をふくらませ続ける
<1 ことば再発見>

○直感すること、それはすなわち、表現することである(クローチェ『美学』1907)
<1 ことば再発見>

○言語は精神であり、精神は言語である
(フンボルト『人間言語の多様性と人間の精神的発達に対して及ぼすその影響について』1836)
<1 ことば再発見>

☆コミュニケーションとは(略)自分の頭に抱えている
< 抽象的>な広義の思考内容のコピーを相手の頭の中にも創り出す行為
<2 伝えるコミュニケーションと読みとるコミュニケーション>

☆コード=発信者がメッセージを作成し、受信者がメッセージを解読する際に参照すべき決まり
(コードとして重要なのは拘束する力)
→コードを超えようとする使用者と、使用者を拘束しようとするコード
→この対立する両者の間の緊張した関係が破綻に至らぬようとりもっているのがコンテクスト
<2 伝えるコミュニケーションと読みとるコミュニケーション>

○「コード依存型コミュニケーション」→解読がその特徴(発信者中心)
 「コンテクスト依存型コミュニケーション」→解釈がその特徴(受信者中心)
<2 伝えるコミュニケーションと読みとるコミュニケーション>

○仮説的推論の説明・・・
・「演繹」=from 事例 with 規則 to 帰結
・「帰納」=from 事例&帰結 to 規則
・「仮説的推論」=from 帰結 with 規則 to 事例
<2 伝えるコミュニケーションと読みとるコミュニケーション>

☆一般化した捉え方を定着させるのが記号(略)
指示物でなく意味を通例その記号内容とすることによって、
問題となる対象なり事例は特定の空間、時間の制約から解き放たれる
<3 創る意味と創られる意味>

○記号の分類・・・
・有契的で類似性に基づく記号→「イコン」(類像)
・有契的で近似性に基づく記号→「インデックス」(指標)
・無契的な記号→「シンボル」(象徴)
<3 創る意味と創られる意味>

☆記号内容の規定において、その記号と他の別な記号の記号内容の共通性ではなく、
差異を規定するものとして機能している特徴=「示差的特徴」
→共通性を踏まえての差異という「対立」の構造は、意味作用を生み出す母体
<3 創る意味と創られる意味>

○知識体系の表記・・・
・「フレーム」=問題となる事柄について、
関係する人々が平均的に有していると思われる知識を総覧的に示したもの
→スロット(その事柄についての特徴的な項目)+フィラー(項目に与えられる具体的な値)
・「スキーマ」=時間的ないし因果的な関係に基づいて継起する出来事から成るまとまり
<3 創る意味と創られる意味>

☆二つの特徴が共生する両義的な存在の役割=創造という価値
→「物語」では一方の世界から他方の世界への越境という出来事こそが重要
<4 記号論の拡がり>

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2003 9/9
記号論、言語学、コミュニケーション論
まろまろヒット率3

アクティヴな引きこもり

  らぶナベは基本的に読書好きで内向的な性格だが、たまに活動的だと誤解されることがある。

  また、経験も豊富だと思われがちだが、単に妄想銀行で培った妄想経験(利息)だったりする。

  そうしたギャップから生まれたのがこの分裂的なにおいのする言葉である。

  「妄想は会議室でおこっているんじゃない!現場でおこっているんだ!」

  というのも逆ギレ風の異口同音として使われることがある。  
  
  おうち大好き&すみっこ大好きで、背中を押されたり誘われないと動き出さないことも多いので
  
  何かあれば気軽にお声をかえてちゃぶだい。  

  類似例:「顔の広い人見知り」、「明るいネクラ」、「社交的な一匹狼」、「ワーカホリック気味なニート」、”active homebird”など
  (GREEのコミュニティやMIXIのコミュニティで目下討議中)

ピュアピュアさん

  普段、クールを気取りたがったり、ダークを売りにする知り合いの、

  妙に純粋な一面や可愛い仕草を垣間見たときに呼びかけてあげる呼称。

  「ピュアピュア」と連語で、かつ「さん」付という点が、

  呼びかけた本人はもちろん、呼びかけられた相手にも恥ずかしさを与えてくれる。

  主に会話での呼びかけに使われるために記録には残りにくいものの、  
  
  まろまろ用語集を代表する用語の一つである。  

  用例:「小マシな飲み屋でいつもマリブミルクを頼むなんてピュアピュアさんだね」など

不思議ちゃん担当大臣

  らぶナベはツンドラーのリストの事務総長を務めている。

  しかし、なぜか不思議ちゃんにだけは気に入られることが多い。

  何かの集まりがあると必ずと言っていいほど不思議ちゃんの話し相手になり、

  不思議ちゃんをもてあまし気味のまわりからは、

  不思議ちゃん担当大臣と呼ばれてありがたがられている。  
  
  ただし、本人は決して不思議ちゃんが好きなわけではない。
  
  往々にして個人の趣向と特性・能力とは一致しないものである。

  また、こうした経験を積むことによって天然もののリアル不思議ちゃんと、

  養殖もののイミテイティヴ不思議ちゃんとの見分けもつくようになった。

  往々にして人は意図しないアビリティを進化的に身につけてゆくものである。
  

  用例:企画会議で「小倉優子は養殖ちゃんだよ」と無意味な看破をするなど