小室直樹・日下公人 『太平洋戦争、こうすれば勝てた』 講談社 1995

途中までの話はかなり飛躍していたのであまり面白くなかったが、
第3章「果て遠き国際国家への道」に大日本帝国が持っていた本質的な
欠陥(「官僚」のセクショナリズムの弊害)が現代にも
通じることをかなりわかりやすく説明してくれている。
対話形式なのでとても読みやすかった。

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1996 4/29
歴史、戦略論、対談
まろまろヒット率3

鳥居秦彦 『はじめての統計学』 日本経済新聞社 1994

とても面白かった!わかりやすくて数学がダメな人間でも
統計学的思考の必要性を感じさせてくれる。
特に第3章(確率と確率分布)、第8章(仮説検定)、第9章(相関分析)、
第10章(回帰分析)は重要だろうと思う。
これはすぐに役に立つ式
      二項分布の確率密度関数(Bernoulli Trial)
      f(x)=nCxPのx乗(1ーP)のnーx乗
例:コインを5回投げて1回も表が出ない確率は?
      P=0.5 n=5 x=0
f(0)=5C0×0.5の0乗×0.5の5乗
=0.03125
つまりパーセントなら(×100)=3.125%
再読に値する本!数学恐怖症を変えてくれた!

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1996 3/27
統計学
まろまろヒット率4

宮川公男 『政策科学入門』 東洋経済新報社 1995

「入門」と書いているくせに専門用語の羅列でかなり難解。
まあ、何度も読むことになるだろうが、またしばらくしてから読み返そう。
オペレーションズ・リサーチ、システムズ・アナリシスやゲームモデル、
アリソンの記述に興味を持った。

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1996 3/6
政策学
まろまろヒット率3

プルタルコス、村川堅太郎訳 『プルタルコス英雄伝』 筑摩書房 上巻 1996

いわゆるプルタルコス『対比列伝』のこと。
上巻はテセウス、リュクルゴス、ソロン、テミストクレス、
アリステイデス、ペリクレス、アクキビアス、デモステネスが紹介されている。
古い訳本なので中巻、下巻は絶版か。かなり読みづらくはあった。

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1996 3/5
歴史
まろまろヒット率2

トム・クランシー、田村源二訳 『日米開戦』 新潮社 上下巻 1995

これでも情報・戦略パートの一人(え、他の人は・・・って?)の
らぶらぶナベ@最近始まった『新世紀エヴァンゲリオン』で
神学、哲学に興味を感じているっす。

さて、『日米開戦』トム・クランシー著(新潮文庫)を読んだっす。
『日米開戦』って言っても昔のお話じゃなくて今の現時点での
日米間の軍事衝突を想定したお話です。
原題は”DEBT OF HONER”っすけど邦訳の『日米開戦』のほうが
ゾクゾクしてきて良いですよね?(笑)
実際「ウッキーっ!」と楽しんで読めましたよ。

このトム・クランシーって人はアメリカでは結構有名な人で
『レッドオクトーバーを追え』
『レッドストーム作戦発動』(個人的にこれが一番好きっす、
あんまり売れてないらしいけど)
『愛国者(パトリオット)ゲーム』
『いま、そこにある危機』
・・・などの現代の国際紛争、国家間の危機的状況を想定した
シュミレーション小説を書いてる人っす。
国家間紛争などで対応と解決に奔走していく人々を
いきいきと書く手法は見事で
「危機的状況の下での政策とはどういったものだろう?
政策決定者とはどう危機に対処していかなくてはいけないのか?」
という風なことを楽しみながら考えさせられるので結構好きだったりします。

本の内容の方はしょせん作り話なのであんまり言うと
おもしろくないので控えますが24時間の間に
1:「意図されたある方法」でニューヨーク市場が大混乱におちいり、
ドルの信用が急落する
2:副大統領にたいするレイプ疑惑が明らかになる
3:インド機動艦隊(空母のある艦隊のことっす)による
アメリカ機動艦隊への牽制の強化
4:日米演習中に海上自衛隊による攻撃でアメリカ空母2艦が
攻撃不能になり原潜2艦が撃沈される
5:自衛隊によるサイパン、グァム島占領
6:日本の大陸弾道弾配備
・・・などがほぼ同時に起こり、アメリカは危機に立たされます。
日本、インドの真の目的とは何か?
太平洋に空母が展開できない上、日本に核武装され
本格的軍事行動に出れない状況下で安全保障問題担当大統領補佐官の
ジャック・ライアンはこの危機にどう立ち向かっていくのか?
後は読んでのお楽しみっす。
為替市場での日米間の攻防の記述が特に面白くて為になると思います。

さてさて前置きは良いとして、ここから本題ですが
では今、日本が軍事的にアメリカとまともにやりあえるようになるために
最低限必要な条件を少しあげてみましょう(おお、政策っぽい!)
1:憲法第9条改正と自衛隊の軍への昇格、徴兵制の復活
2:シーレーン独力防衛のためにV/STOL空母ではなく
正規空母の保有及び攻撃型原子力潜水艦の配備
3:必然的に核武装(大陸弾道弾配備含む)
4:長期資源確保のため東南アジアもしくは東シベリアへ
(もしくは両方へ)の軍事進行
5:ついでに情報・戦略パート代表案としてハワイ島の占領、
長期維持をあげときましょう
・・・以上のようなことが最低でも必要と考えられます。
(よかったぁH学部の人がこの会議室見てなくて(^^;)
これらどれ一つとっても「ばかげたこと」ですよね?
だから実際の日米開戦とは「ばかげたこと」なのです。
ここで重要なのはその「ばかげたこと」を半世紀前に止めれなかった
日本社会の問題点とは何なのか?という点に気づかなくては
いけないということです。
そこに戦略学の限界が見えてくると思います。
その限界を補ってくれるものが「政策学」ではないかと
僕は最近思っています。
とにかくアメリカとは殴り合いの喧嘩は絶対に避けて
外交戦略で勝負していかなくてはいけないということと
「政策学」への期待に胸が膨らむなぁというお話でした。
     この次もサービス、サービスっ
          ↑
最近言わへんなぁ葛木三佐、国際公務員ってお仕事大変やから?

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1996 2/18
小説
まろまろヒット率3

マックス・ヴェーバー、大塚久雄訳 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 岩波書店 1989(改訳)

DIE PROTESTANTISCHE ETHIK UND DER GEIST DES KAPITALISMUS
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(政治・行政)
政治・行政パート春休み課題一番乗り!の、らぶらぶナベっす。
ついに読みましたよ!
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(以下「ぷろりん」)』
岩波書店
マックス・ヴェーバー著、大塚久雄訳

僕がこの本を春休みの課題に選んだ理由・・・
1:何はなくとも社会科学をする上での必読書
2:一回生のうちにヴェーバーを読んでいれば後々それが糧となるだろう
3:文庫本一冊だけなので読みやすそう(実際は結構ひるみましたけど)
・・・以上の理由からですが『社会科学の方法』(大塚久雄著)
『職業としての政治』、『職業としての学問』(以上ヴェーバー著)を
今まで読んできたのもこの本を読むための準備みたいなもんです。
この本に関しては前々から読みたい読みたいと強く思っていたので
あんまり客観的な動機づけは導き出せません。(笑)
読む時に気をつけたポイントとして
1:とりあえず初読では大きな流れをつかもう
2:1の理由から脚注がやたら多いけど神学上の多様な解釈、
この本の批判に対する反駁、引用書(特に神学書)の紹介などは
ざっと目を通すにとどめておこう
・・・という2点にそった政策でのぞんでみました。
実際、そうして読んでみると思っていたよりスムースに読めました。
予想どうり中だるみはしましたが、それでも342ページ目から
急速に面白くなります。

さて肝心の内容ですが禁欲を重視するプロテスタント(新教)の人たちが
西欧で資本主義発達の担い手になったことは歴史でやりましたよね?
ネーデルラントのゴイセン、フランスのユグノー、
イングランドのピューリタンなどなどプロテスタントが中産階級として
資本主義社会の中心、時には独立・革命の主役となったわけです。
語弊を恐れず簡単言ってしまえば
「金もうけ(「営利追求」)はあかん!っていうてる宗教の人が
何で世界一の金もうけ(「資本主義社会形成」)をしたんや?」
というごく単純なナゾを解きあかそうというところから話は始まります。
答えはプロテスタンティズム、特にカルヴィニズム(カルヴァン派)の教義が
持っていたある特徴が資本主義的活動を合法化し、
後押したからだと言います。
「そのある特徴とは?」・・・
そこまで言ったら読む楽しみがなくなるので実際に読む時の
楽しみにしてください。キーワードは「◯◯◯的禁欲」と
それから発展した「◯◯的◯◯主義」です。
(抜けてるとこに当てはめてねっ)
その神学上の説明にこの本の大部分をさいています、
好みの問題かも知れませんがそこがちょっと中だるみするとこです。

ここで忘れてはいけないのがプロテスタンティズムが持っている
「ある特徴」に対しての説明がこの本の中心となっていますが
(題名からしてそうですよね)
この本は決して「単なる神学書ではない!」ということです。
人の宗教意識、現代では単に「意識」とひとまとめに言っても良いでしょうが
その意識がいかに社会に影響していくのか社会形成の上で
重要なアクターとなるのかを科学的に証明した本であるという事です。
だからこそヴェーバーは社会学の祖とまで言われていると思います。
訳者の大塚久雄も解説で「マルクスの一元論」、
「ヴェーバーの多元論」と面白いことを言っていましたが
ヴェーバーは宗教面だけから社会を見ようとしたのではないのです。
なるほどそうするとこの本はヴェーバーが生涯をかけた研究の単なる
「始まり」でしかなかったということも読み終えてみてわかってきます。

最後に結論としてこの『ぷろりん』は単に大筋を追って読むなら
噂ほど難解ではないし噂道理、確かに社会科学の重要な「何か」に
かすかに触れられそうな気がする本です。
そして噂以上に必読に値するものなのではないでしょうか。
「これは一度は読んでみるべきやで。意外と面白いし絶対タメになるって!」
(強い推薦)
と断言できる書物、それが読み終えての感想です。

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1996 2/13
社会学、学問一般
まろまろヒット率5

俺の1995

1995年は戦後50年だ。新聞やテレビでは飽きるほど
「戦後50周年記念」という見出しが誇らしげに打ち出されている。
それほど50年というのは価値のあるものだろうかとふと思う。
「本質的に戦中から日本はあまり変化していない」と良く聞く。
 たしかにそうだと思う、戦後日本は社会を再生させなくてはいけなかった。
そのためにはまず産業を活性化させなくてはいけない。
経済復興のふれこみの下、日本は大量生産型の社会構造を構築した。
情報を効率よく管理するための一極集中、一部エリートによる政策審議・決定組織、
集団性と指示されたことの遂行を強調した学校教育、
安定した人材を確保するための年功序列と終身雇用による会社への帰属の要求や
大量の新規採用の後の社内教育。すべてが大量生産のために構築された。
特に私が印象に残っているのは管理教育だ。
統一された制服、髪型、カリキュラム、ことこまかな規範、
それらを生徒に遂行させるように構築された学校の構造。
日本が戦前から培ってきた個性より集団を重視し与えられた仕事を確実にこなす能力、
自分が所属する組織への忠誠などを過剰に美化するという意識は
戦後の大量生産社会において非常に有効だった。
個々の個人が「政策」を持つ必要はなく、一部のエリート集団が
その他多くの個性への仕事配分を命令した。
それらはまさに明治維新から日本人がたたき込まれてきた特性だ。
そういった意味で戦中も戦後も社会構造的に大した変化はない。
そうした社会構造であったからこそ日本はこれほどまでの急成長を達成できた。
それに対しての反抗もあったが所詮は構造的変革なしの
一時の激情だけでは変革は不可能だと実証したにすぎない。
また、こうした日本の体質は否定されるようなものではない、
日本が誇るものの一つだろう。ただ、状況が変わりつつある。
 そう今、大量生産型の社会構造は限界を見せている。
社会がある程度成熟するに従って対応できなくなる少量多種型生産、
工場のオートマ化、海外移転は大量生産に必要とされてきた与えられた仕事を
確実に遂行できる個性の重要性を低くしている、
運輸・情報伝達技術の発達が推進している国際化、もはやあらゆるレベルで
多様化に対応しきれなくなっている既存の組織。
 具体的に例を挙げてみれば小中学校は未だに大量な生徒を大量に教育する
管理教育のままだ。だが小中学児童数は明らかに減少している。
また情報伝達の発達によって児童は明らかに以前より「大人」になっている。
以前のように簡単に「洗脳」できにくい。
いわば自我に目覚めた児童が多くなっている。そう児童が変化しているのに
個性の多様化に対応することを想定していない学校が変化していなければ
教育者のよく言う「脱落者」が出てくるのは当然だ。
登校拒否児が戦後最高の値に達し、なお増え続けているのはどうしようもない。
個性を軽視した学校に息苦しさを覚える児童は萎縮し、
不満を内へ内へ持っていこうとする、いじめがより陰湿になっていっても
今の学校では対応できないし、現に多くの犠牲者を出している。
小中学の文部省の中央指導、大量生産的性質では現在の学校問題はもはや対応しきれない。
そうした混乱が今日本のあらゆる場面、場面で表面化してきているのではないだろうか、
個人的にも今までのように指示や情報をもらえて当然のものと思っていては
もはや対応できないのではないだろうか。
その変化は私たちの親の世代がやろうとした感情的なアジテーションによって
推進されるものではなく足下から変わるようなもの、
「地殻変動的」な変化であって思想や信条に関係のない
構造的変化なのではないだろうか。

・・・っていうふうに見てみると最近のニュースが
理解できるような気がするんです。
ここからは私もちゃんとまとめられていないことろだが、
今後は上部や中央からの指示だけでは対処しきれない多様化する問題に対応するためには
ある程度個々のアクターの権限を増やしていく必要があるのではないか。
そうなると個々のアクターがいままで一部のエリートだけが握っていた情報を
管理する必要があるだろうし、最近の情報伝達技術の発達はそのことを
可能だと予想できるまでになっている。一部のエリート集団が行ってきた
政策立案・実行は個々のアクターに分化されていくのではないか。
今までは政策立案・実行する集団が小さく少ないのにも関わらず
その対象が大きすぎたのだろう、ある程度は分ける必要があるだろう。
先の学校の例で言えば文部省の指導だけではなく個々の学校独自の対応を迫られてくるだろう。
また、会社におけるプロジェクトチームの強化などの独自の政策決定・実行組織の増大や
規制緩和に伴って小売業者、消費者はうまく売る、買うために
商品や流通に関しての知識を身につけるなどの必要が増大するだろう。
大きな意味での規制緩和、地方分権化だ。
 これからは個人でもある程度は個々に情報を収集し状況判断をおこない、
自らの責任で計画を立て実行する機会が増えてくるのではないだろうか。
いうなれば「政策的」思考(政策mind)を持つ政策personが様々な場面で
必要とされるのではないだろうか。社会状況は私たち「政策」に
関わる者の登場を待ち望んでいるのではないだろうか。
・・・とんだ勘違いかもしれませんが、
こう思えるのはおれが大学生活8カ月での収穫だと思います。
1995年はおれにとっても考え深げな年だったので記念にまとめてみました。
そのままじゃさみしいのでアップさせてください。
「ではどうしていけばいいのか?」とう疑問があるっすね。
それはまだおれにはよくわからないです、
今関わっている「政策」がその答えを見いだす媒体になるような気がしますが
まだ確信できないでいます。
ただ、あと3年と少しくらいでこれからの社会を
うまく乗り越えていけるようなものを何か一つでも得られるようにしたいです。
 それが出来ればたぶんおれの大学生活は成功だっんでしょう。
1995 12/31

    ↑
やっぱり恥ずかしいこと書いているけどこれも僕のポリシーだったので消さずに残す。

第2回5大学交流会 in Rits

(前回のSFCの時と参加大学同じ)
初日:グループリーダーとしてB班「政策学概論~政策発、日常へ~」に参加。
メンバーはタメ(為田)・トミー(富永)以上慶応SFC、
森さん(チューター)・若さん(若林)・はっちー(八馬)・内藤以上立命、
木村・やっさん(大坂)・生島・小橋以上関学KSC、 ともみちゃん(吉岡)中大。
グループワークの進行ははじめ森さんが運営していたが 本部のほうの仕事があるため抜けた。
また若さん、はっちーもバイトで抜けたが三人とも後で帰ってくる。
教室で少し堅い政策についての話をした。
俺は「今、なぜ政策か」と 「学際的コラボレーションにおける
サッカーのミッドフィルダーのたとえ」を発言した。
それから休憩として仁和寺と金閣寺、西園寺記念館 (当時国際関係学部キャンパス)
にメンバーのみんなを連れていく。
金閣寺近くのホテル「ラサール」をみんなに紹介して 非常にインパクトを与える。
その日はプレゼンで劇をすることに決めた。
「政策マインドを持たない男が二股をかけるとどうなるか」という主旨で話を進めた。
その後解散して宴会した後、衣セミ(衣笠セミナーハウス)で
「政策立案ゲーム」をしてみんなで燃えに燃えた。 このゲームのグループはその時に再編成、
グループワークのメンバーではやっさんとだけ同じになった。
コンビネーションの良さが特に評価されたが、トミーの熱演に負け2位!
二日目:劇の進行を考えて話を進めた。 トミーの才能を活かしててスキットの主役になってもらうことに。
小橋さんが9日に帰ってしまったのでふたまたかけられる
二人の女性の一方はヤナ(一柳)にやってもらう。
俺は監督役で最初にちょっとだけ出演することになり、プレゼンをおこなう部屋でリハをした。
時間がなかったのでローソンで昼御飯を買って 他の班のプレゼンを聞きながら食べた。
ラッキーなことにB班のプレゼンは一番最後だった。
プレゼンの様子は西村(関学KSC)が撮っていたが1996年6月に関学KSCに遊びに行ったときに
あっちゃん(嶋田)からダビングさせてもらい、手元にある。
やっていて本当に楽しく、最高だった!!「これがコラボレーションか!」と感動した!?
グループワークはもう最高だった!!このB班のグループリーダーになれたのは本当に幸運だった。
「違うスタンスの人が集まっても 共同作業が出来る」と証明され、自信もついたたぐいまれな機会となった。
やっさんとは3カ月ぶりに会ったが、メールでやりとりしていたので
ひさしぶりという感じはなかった。 非常に得るものが多かったと思う。
慶応SFCでの前回以上に今後政策をやる上でのヒントが多かったと思う。
とにかく楽しかった!!?? またB班はこの後もKKK
(関西(くわんさい)慶応館大学総合政策科学部 多摩キャンパス)として
かなり長い間もメーリングリストとして発展する。
以後ともみちゃんが大阪に来たりタメが来たりとさかんに交流がある。

1995 12/9~10
出来事メモ、政策・情報学生交流会