マックス・ウェーバー、尾高邦雄訳 『職業としての学問』 岩波書店 1980

第一次世界大戦終結直後(1919)の学生に語った講演会。
「自分の目の前の仕事をしよう。予言者、指導者を求めちゃダメ」
・・・ということを言っている。
「学問と政策とは違う」、「盲目的であれ」というところには疑問を感じる。

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1995 10/3
学問一般
まろまろヒット率3

末川博 『法学入門』 有斐閣 1995(第4版)

「法学基礎1」のテキスト。
そもそも履修していないので読む必要は無かったが
何となく法学はいまのうちに一度は触れておこうと思い、
テスト終了後に友達から借りて読んだ初の法学書。
かなり広範囲を網羅しているので、何回か読む価値はあるだろう。

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1995 9/18
法学一般
まろまろヒット率3
法務 キャリア

・・・っと「法学ってだいたいこんなものか」と勝手に納得したこれ以降、
1999年11月4日に『基礎法学』榎原猛編(法律文化社)を読むまで
4年以上法学には一切触れることは無かった。
歴史好き、物語好きの僕には法学は何となく形式ばり過ぎて
どうも合わないと感じていたからだ。
4年後から急にあんなテンションで法学と接することになり、
そしてまさかこんな進路になろうとは神さまはイタズラ好きだ。

第1回政策・情報系大学交流会

第一回政策・情報学生交流会
(立命館大学政策科学部、慶応大学総合政策学部・環境情報学部、
中央大学総合政策学部、関西学院大学総合政策学部、関西大学総合情報学部参加)

初日:5時おきで京都駅でみんなと待ち合わせをして青春18切符で長い時間電車にゆられ
激しい飲み会して2時半まで慶応高校の話や総合政策の壁(数学の必要性)などを慶応大学
SFCの人から聞いた。
慶応大学総合政策学部の人の「何でも食べてみる」との言葉。すっごく勉強になった。
二日目:前の日3時間睡眠(^^;でSFCを見学に行く。
生協にあった就職ガイドを買い(橋本に売った)マック部屋、UNIX部屋、メディアセンターなどを
見学した。
なんと24時間パソコンを使える!昼御飯(550円のバイキング)の後、グループワークをする。
2班合同で議論したが脈絡無いことを言ってしまった、反省。
この2班に為田、安藤(慶応SFC)、大坂、西村(関学KSC)など
後々僕との関係で重要になってくる人がいた。
ユースホテルまでの帰りのバスでは立命のみんなが下ネタでむちゃくちゃ盛り上がった。
晩御飯とお風呂の後、スーパー懇親会。慶応SFCの「すこやかさん」という
サークルが盛り上がり様々な宴会芸を披露。
立命も「グレーター立命」、「校歌」、「バナナズ」で対抗。
関学KSCも校歌を歌っていたが中大と関大は引いていた。
関学KSCはつぶれた人が多かった。
(こんな雰囲気で飲んだことがなかったためらしい)
立命では一人の女性だけがつぶれて
男便で喚きながら吐いていた(笑)
また、ふとしたことからSFC裏情報を聞く。
その後、部屋に帰り大坂、西村と僕の考える政策のイメージ=
「政策」とはサッカー=コラボレーションにおけるミッドフィルダーでは?
=を語った。結局4時半に寝る。
三日目:SFCに行ってパネルディスカッションを見た後
(これはつまらないものだった)、途中休憩で学食で昼食をとった。
合宿解散後マック部屋が使えなかったので少しSFCで遊んだ後に
一緒に来た立命のみんなで達と東京に遊びに行く。
原宿ラフォーレとコンドマニアに行き、その近くのメキシコ料理を食べた。
その後、西千葉にある友達の家に泊めてもらいに行く。
そこで合宿の話をして、合宿を通してみて立命の個性が分かった。
朝の5時くらいまでさわぐ。
四日目:11時くらいにしげの家を出て行きと同じように
青春18切符で帰る。
夜11時くらいに芦原橋に到着、長い旅だった。

とても楽しかったし、実り多い合宿だった。
この合宿で違う大学の政策系の人たちと知り合いになれ、
立命の政策科学部がどういうものかわかった。
一番良かったのは違う大学の人たちと率直に語り合い
(平均睡眠時間3時間)
同じような将来への不安、希望、政策にたいする考えなどが
共通しているとわかりあえたこと。
そしてメールアドレスを交換しあい、
合宿が終わってからもメールでやりとりできたことだ。
11月か12月に今度は立命であるようだ、ぜひ今度も参加したい。
(これをデジタル化している1996年7月7日現在から見ると
この交流会は僕の大学生活上非常に重要になってくることになる。)

1995 9/7~10
出来事メモ、交流会

大塚久雄 『社会科学の方法』 岩波書店 1966

僕がこの本を読もうと思ったのは・・・
1:複数の学部の人達(政策・法・国関)からすすめられた

2:「ヴェーバー」と「マルクス」の入門書として使える
3:新書なので手軽に読める
・・・という3点からでしたがこれが大当りでした。
内容は社会現象を対象としてはたして「科学」が成り立つのか?
という疑問にヴェーバーとマルクスが出した答えを
比較しながら展開していきます。
もともと講演を収録したものですから語り口調ですっごく読みやすく、
難しい話になってもわかりやすいたとえで説明してくれてます。
僕が特に印象に残ったのはヴェーバーの考えを説明する時に
「人は両目でものを見るから奥行きや立体感がわかる。
社会現象も当事者達の置かれた経済や政治的な『利害状況』と
当事者達の宗教・思想などの『理念』の二つの目でみるべきだ。」
ということを語り、政治や経済の点から社会現象を研究する時にも
文化への理解の重要性を唱えたヴェーバーの考えを
紹介したところです。
また、第三章の『ヴェーバーの「儒教とピュウリタニズム」を
めぐって』ではなぜアジアではなくヨーロッパで「産業革命」
が発生したのか?という疑問についてそれには
アジア人の「儒教」的な考えとヨーロッパ人の「キリスト教」的
な考えの違いが大きく影響したと言うヴェーバーの研究が
紹介されていますが、それにヨーロッパ人から見た
「儒教思想」が表われていて僕達の様なアジア人にとっては
何か納得したり、「そうなのかなぁ」と疑問と疑問を感じたりと
またなかなかおもしろいです。
この本は広い意味での社会科学(政治や法や経済などを含む)を
扱った本なので学問的なことに接する入門書として
とても良いと思います。73ページの終わりから面白くなる!

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1995 8/20
社会学、学問一般
まろまろヒット率5

社会科学のミッドフィルダーに

政策の学生は大学で政治も法律も経済も人文科学も
コンピューターも勉強するが、法律では法学部の人に劣るし、
経済では経済学部の人の負けてしまうという事実が存在している。
それぞれの専門分野ではそれだけを勉強をしてさえいれば
専門家として通じるのでこれは当然の結果だ。
 しかし現在人類が直面している様々な問題は一分野の専門家だけでは解決で
きないのは明白だ。もし僕が欧米のことしか勉強しない専門家ならば
地域の文化風習は一生知ることはなかったかもしれないし、
関心さえ払わなかったかもしれない。そうした状態で将来僕が
こうした地域で仕事をすると仮定すれば本当にゾッとする。
その地域への無理解が多くの問題を引き起こしただろうし、
一番怖いのは僕が現地の文化風習へ偏見を持ち、
そのことにさえ気ずかず現地の人達を差別するという仮定だ。
こうした僕自信の仮定は残念なことに他の人々によって現実化しているという。
まず現地に行き、そこの文化風習につねに関心を払う人間でありたい、
そしてつねに自分の知らない地域のことを
読書やテレビをとうして注目してく人間でありたい。
 かなり話が飛躍したと思われるかもしれないが、こうしたことが初めに言っ
た政策科学生としての話につながると思う。経済だけを勉強してきた人にとっ
て政治学はバングラディシュの文化のようになじみのないものかもしれない。
専門家とはそれぞれ孤立して調査、研究するものだからなおさらだ。その状況
下で様々な専門家同士が一つの問題を解決しようと協力するのは困難だと
思う。まさに僕がついさっき仮定した嫌な将来像と同じような
過ちをおかすかもしれない。
もし先進国の開発においては一流の専門家だけがバリの文化風習に
関心を払わなずにバリ開発を担当したらどうなるだろう?
JICAなどがおこなってきた日本の開発援助に対する批判は
そうしたことの現われの一つではないだろうか。
ほとんどその地域に関しての知識がない人達が発展途上国の開発で
初歩的な失敗をおかすのは当然の結果だと思う。
 国際開発だけでなく、おおくの分野でこうしたお互いや、
対象となるものへの不理解からくる失敗を
できるかぎり防ぐのが政策科学の仕事だと思う。

 このことをサッカーにたとえると面白いのでやってみよう、
政策科学部生だけに限らず広く政治や経済などを学んだ人は
サッカーで言えばミッドフィルダーだと思う。
シュートを打たせればフォワードにまけるし、
守らせればディフェンダーにまける。
でもフォワードとディフェンダーとキーパー、
つまり専門家だけではゲームが成り立たない、
普通専門家同士はつながりが薄いから
(自分の専門分野だけしてればそれでいいから)
連係プレーがスムーズにできない。そこでその間に入ってボールのつなぎ役が必要だ。
状況を他の誰より理解して専門家同士の橋渡し役になる人間、それがミッドフィルダーだ。 
 これが実社会で僕たち政策科学部生が力を発揮できる方法の一つだと思う。
バリ島の開発をするなら、開発の専門家とバリ島の文化研究の専門家、
地域住民との間に入ってそれぞれの話し合いがスムーズにできるような場
(スペース)を創ることができるのはある程度の知識を広く持った人間が適任だ。
サッカーのことわざで「スペースを活かせる人間は一流、
スペースを創りだせる人間は超一流」という言葉がある。
多くの人達(専門家も含めて)が力を発揮できる場を創り出すことは
重要だけどなかなか出来ていないものだ。かつてジーコという選手がいた、
彼はもう年をとってスピードもパワーもなく、すぐケガなどで退場する選手だった。
しかし彼がいる時といない時ではそのティームは全然違っていた。
彼が出場した試合ではそのティームの他の選手達が見違えるようにイキイキとプレーできた。
決して派手ではなくほとんどが地味な仕事をするだけの選手だったが、
すばらしい状況判断を持ち、非常に存在感をかもしだした、神とまで言われた人だった。
このことは僕たちにとって心強い事実だと思う。
 こうした仕事をするためには大学の中の友達などだけで固まらずに多くのも
のを読み、多くの人達と話し、多くの場所に行き色々なことを感じなくてはい
けないと思う。所詮一人で部屋にこもって勉強だけしてもそれぞれの分野では
中途半端で終わり、結局何の役にもたたない人間になるだけだ。もちろん本を
使った勉強も重要だ(基本だからね)。が、それよりも自分の足で色々な
タイプの人たちと会い、どうしたらうまく付き合えるかを考えたほうがはるかに
政策科学部生として有意義で、自分というものを社会に活かせると思う。
専門家は(結果的に偏った研究をしてしまうから)社会的に欠陥したひとも
多いので、代わりに僕たちが実社会を経験し状況判断力を高め、
専門家の社会的欠陥を補っていく方法を学ぶことが重要だと思う。
 「人とのつながりを広げて大切にしよう、多くの人達の能力を活かせる場を
創れる人間になろう」これがぼくの将来像であり、
このために大学生活をすごそうと思う。


2001年現在の今にして読み返せば実に恥ずかしいことを書いているが
実はこれが自分の考えを文章にした最初であったし、
これが大学以降の学生生活の僕のポリシーだったので消さずに残すことにする。