第2回5大学交流会 in Rits

(前回のSFCの時と参加大学同じ)
初日:グループリーダーとしてB班「政策学概論~政策発、日常へ~」に参加。
メンバーはタメ(為田)・トミー(富永)以上慶応SFC、
森さん(チューター)・若さん(若林)・はっちー(八馬)・内藤以上立命、
木村・やっさん(大坂)・生島・小橋以上関学KSC、 ともみちゃん(吉岡)中大。
グループワークの進行ははじめ森さんが運営していたが 本部のほうの仕事があるため抜けた。
また若さん、はっちーもバイトで抜けたが三人とも後で帰ってくる。
教室で少し堅い政策についての話をした。
俺は「今、なぜ政策か」と 「学際的コラボレーションにおける
サッカーのミッドフィルダーのたとえ」を発言した。
それから休憩として仁和寺と金閣寺、西園寺記念館 (当時国際関係学部キャンパス)
にメンバーのみんなを連れていく。
金閣寺近くのホテル「ラサール」をみんなに紹介して 非常にインパクトを与える。
その日はプレゼンで劇をすることに決めた。
「政策マインドを持たない男が二股をかけるとどうなるか」という主旨で話を進めた。
その後解散して宴会した後、衣セミ(衣笠セミナーハウス)で
「政策立案ゲーム」をしてみんなで燃えに燃えた。 このゲームのグループはその時に再編成、
グループワークのメンバーではやっさんとだけ同じになった。
コンビネーションの良さが特に評価されたが、トミーの熱演に負け2位!
二日目:劇の進行を考えて話を進めた。 トミーの才能を活かしててスキットの主役になってもらうことに。
小橋さんが9日に帰ってしまったのでふたまたかけられる
二人の女性の一方はヤナ(一柳)にやってもらう。
俺は監督役で最初にちょっとだけ出演することになり、プレゼンをおこなう部屋でリハをした。
時間がなかったのでローソンで昼御飯を買って 他の班のプレゼンを聞きながら食べた。
ラッキーなことにB班のプレゼンは一番最後だった。
プレゼンの様子は西村(関学KSC)が撮っていたが1996年6月に関学KSCに遊びに行ったときに
あっちゃん(嶋田)からダビングさせてもらい、手元にある。
やっていて本当に楽しく、最高だった!!「これがコラボレーションか!」と感動した!?
グループワークはもう最高だった!!このB班のグループリーダーになれたのは本当に幸運だった。
「違うスタンスの人が集まっても 共同作業が出来る」と証明され、自信もついたたぐいまれな機会となった。
やっさんとは3カ月ぶりに会ったが、メールでやりとりしていたので
ひさしぶりという感じはなかった。 非常に得るものが多かったと思う。
慶応SFCでの前回以上に今後政策をやる上でのヒントが多かったと思う。
とにかく楽しかった!!?? またB班はこの後もKKK
(関西(くわんさい)慶応館大学総合政策科学部 多摩キャンパス)として
かなり長い間もメーリングリストとして発展する。
以後ともみちゃんが大阪に来たりタメが来たりとさかんに交流がある。

1995 12/9~10
出来事メモ、政策・情報学生交流会

シュミット前西ドイツ首相とアフト前オランダ首相による講演会参加

アフトさんは洒落のわかるおっちゃんだった。シュミットさんも年の割にはハキハキしていて好感が持てた。
内容は平和についてのものだったがそれほど充実していたとは思えない。
この後少しだけ別の講演会に行った。(インドネシア大使)

1995 10/30
出来事メモ、講演会

政策科学部園遊会に参加

例のごとくおサルの格好をして参加。
いろいろな教授と話が出来た。
宮本太郎教授:楽しく興味深い話が出来た。
三上達也教授:おサルの格好をしてはじめて声をかけてくれた。
シスアドのことなどを答えてくれた。
宮本憲一教授:経済学の勉強の仕方を教えてもらった。
経済学はサミュエルソン以来つまらなくなったので
古典が小説のように面白く思えるとのこと。
古典的名著と言われている本は推理小説のように一気に読むのが一番。
『経済学事典』所有を薦められた。
佐藤満教授:意外にもおサルを怒らず、政治の本をいろいろ紹介してくれた。
山口定(当時学部長)教授:意外と話が分かる人物。
「総合政策」と「政策科学」について熱心に語ってくれた。
「学際(interdisciplinary)」から
「超学際(transdisciplinary)」へとの理念を語ってくれた。
山下健次教授:彼ともかなり好意的に話が出来た。
今年定年なのに記憶力が抜群。
2次会はカセム教授、三上教授、渡教授と
飲みに行って様々な情報を得る。
     
政策の教授はやはり誰も「話しやすく」て個性に「寛大」だった。
おサルの格好をしていてもきちんと話をしてくれるのでかなり感動した!!
良い学部だ!?

1995 10/17
出来事メモ

第1回政策・情報系大学交流会

第一回政策・情報学生交流会
(立命館大学政策科学部、慶応大学総合政策学部・環境情報学部、
中央大学総合政策学部、関西学院大学総合政策学部、関西大学総合情報学部参加)

初日:5時おきで京都駅でみんなと待ち合わせをして青春18切符で長い時間電車にゆられ
激しい飲み会して2時半まで慶応高校の話や総合政策の壁(数学の必要性)などを慶応大学
SFCの人から聞いた。
慶応大学総合政策学部の人の「何でも食べてみる」との言葉。すっごく勉強になった。
二日目:前の日3時間睡眠(^^;でSFCを見学に行く。
生協にあった就職ガイドを買い(橋本に売った)マック部屋、UNIX部屋、メディアセンターなどを
見学した。
なんと24時間パソコンを使える!昼御飯(550円のバイキング)の後、グループワークをする。
2班合同で議論したが脈絡無いことを言ってしまった、反省。
この2班に為田、安藤(慶応SFC)、大坂、西村(関学KSC)など
後々僕との関係で重要になってくる人がいた。
ユースホテルまでの帰りのバスでは立命のみんなが下ネタでむちゃくちゃ盛り上がった。
晩御飯とお風呂の後、スーパー懇親会。慶応SFCの「すこやかさん」という
サークルが盛り上がり様々な宴会芸を披露。
立命も「グレーター立命」、「校歌」、「バナナズ」で対抗。
関学KSCも校歌を歌っていたが中大と関大は引いていた。
関学KSCはつぶれた人が多かった。
(こんな雰囲気で飲んだことがなかったためらしい)
立命では一人の女性だけがつぶれて
男便で喚きながら吐いていた(笑)
また、ふとしたことからSFC裏情報を聞く。
その後、部屋に帰り大坂、西村と僕の考える政策のイメージ=
「政策」とはサッカー=コラボレーションにおけるミッドフィルダーでは?
=を語った。結局4時半に寝る。
三日目:SFCに行ってパネルディスカッションを見た後
(これはつまらないものだった)、途中休憩で学食で昼食をとった。
合宿解散後マック部屋が使えなかったので少しSFCで遊んだ後に
一緒に来た立命のみんなで達と東京に遊びに行く。
原宿ラフォーレとコンドマニアに行き、その近くのメキシコ料理を食べた。
その後、西千葉にある友達の家に泊めてもらいに行く。
そこで合宿の話をして、合宿を通してみて立命の個性が分かった。
朝の5時くらいまでさわぐ。
四日目:11時くらいにしげの家を出て行きと同じように
青春18切符で帰る。
夜11時くらいに芦原橋に到着、長い旅だった。

とても楽しかったし、実り多い合宿だった。
この合宿で違う大学の政策系の人たちと知り合いになれ、
立命の政策科学部がどういうものかわかった。
一番良かったのは違う大学の人たちと率直に語り合い
(平均睡眠時間3時間)
同じような将来への不安、希望、政策にたいする考えなどが
共通しているとわかりあえたこと。
そしてメールアドレスを交換しあい、
合宿が終わってからもメールでやりとりできたことだ。
11月か12月に今度は立命であるようだ、ぜひ今度も参加したい。
(これをデジタル化している1996年7月7日現在から見ると
この交流会は僕の大学生活上非常に重要になってくることになる。)

1995 9/7~10
出来事メモ、交流会

学内ディベート大会参加

初戦敗退してとても悔しい!! 以降、リベンジを誓う。
見学した決勝戦では審査員の講評として「ただ攻めるだけではダメ。
守る人、ワナを張り巡らす人がディベートでも必要」と言っていたのが印象深かった。
(この時対戦したチームにいた何人かはその後マレーシアプロジェクトで同僚になる)

1995 6/28
出来事メモ