道場をはしご

土曜日に洗心館で5:30まで練習した後、先輩の事務所に集まってから正泉寺に行った。
9:30まで稽古したが嶋本師範が技の説明の中で「同」と「和」について 語ったのが興味深く、
また終わってから梅田で飲んだときに 先輩からそのことについて「宮大工」の話しでフォローしていた。

1996 5/25
出来事メモ

熊谷組の人との飲み会

道場でとてもお世話になっている宮島さんの紹介で
立命衣笠作業所所長川内学さん、太田さん、吉川さん(震災プロジェクト特別研究員)と
大学近くの寿司屋で飲むことになった。
とても快く受け入れてくれて好意的であってくれたのでうれしかった。
普段は知ることがない現場のことを様々語ってくれた。
いままで知らなかったことも多かったのでかなり印象深い。

1996 5/21
出来事メモ

関西圏政策系大学交流会(3回目の参加)

5/18
前日の深夜にクマから電話がかかってきて相談に乗ったので寝ていなかった。
直接関学KSCに行く。
キャンパスにつくとちょうど昼食時であっちゃん(嶋田:関学KSC2回)、ミユキ(福田)、遠藤くんがいる10班がテラスでご飯を食べていた。
ユカ(岩室)、クマ(日隈)、西村(関学KSC2回)、服部(関学KSC2回)、カイ(清水:関学KSC1回)、内藤の1班なども外で食べていた。
その後各大学紹介が行われた。終わってからユカ、クマ、サエが「大学紹介聞いたけど立命でよかった」(笑)と言っていた。
ミユキと代わってもらって10班に入る。教室に乗り込み各大学のカリキュラムなどの特徴を確かめ合う。今回は新入生が主体とのことで(あっちゃん、俺以外は新入生)様々な驚き、意外性に新鮮に感じる政策系の学生を珍しく(^^)見れた。
そこでボス(山崎由昌くん高等部出身で関学KSCのやっさんがS.Aしている長峰ゼミ一回生)、政策一回の吉本(昌代)と知り合った。
「フィールドワーク」という建て前の下(^^)ワシントン村に行こうとのことであっちゃんがミユキ班(6班)を呼びに行くことになったので俺が代わりに先導することになった。関学KSCの学生でも行くことはめったにないらしいが4月30日に探検したので立命の俺の方が良く知っていた。
池の前であっちゃんを待っている間にマックを立ちあげてマックの特徴を見せる。
6班(サエがいる班)と合流した後はうだうだとワシントン村を探索した後、先刈セミナーハウス行きのバスを待つ。
そこで関学KSC2回の倉辺、中大の南さんと初めて話す。(戦略について)セミナーに着いて夕食を9班、10班合同テーブルで食べる。相変わらず関学KSCの飲みはパクリ(慶応SFCのすこやかさん)だった。
ユカがハイになってしまったが「大好き、尊敬してます」と言ってくれたのでうれしかった。とくとくと倉辺と入浴しに行った帰りによっしー(吉崎:関学KSC2回)と泉(関学KSC2回)が必死にセーラームーンを見ていたのでマックを立ちあげてエヴァ話で盛り上がる。
大本営(運営本部名称)に行ったり和室で話したりユカの様子を見に行ったりした後にレクリエーション会場に行く、レク用の班があったが表に自分の名前がなかったのでクマの班に勝手に入り銀行ゲームをした。後の講評でうちの班は発展途上国の設定らしい。
それが終われば第3位くらいになったのでシンガポールくらいには発展しただろう。
レクの後その場で次の日のワークショップの抽選会をすることになった。そこでくぼっち(久保田洋子、関学KSC1回)と会う。あっちゃんも含めて話しをすると、とても興味を持ったらしく「続き、続き」と言ってきた。彼女は自治会設立について森さんとはなしがあるらしく途中で抜けざるおえなかった。
それであっちゃんと飲み会が予定されている和室に行って柔道と合気道の技の違いを披露し合った。小柴(関学KSC2回)さんも合気道を始めたらしく興味を持って入ってきた。そうして飲み会していくうちにボス、くぼっちが来たので立命と関学KSCの違い、社会変動の現状、政策が求められるわけなどなどかなり多くのことを話した。途中くぼっちが眠たそうにしていたので「寝たら?」と言っても「話が聞きたい」と起きていた。
その後、政策に懐疑的な平松くん(関学KSC1回生)が入ってきて大いに盛り上がる。
かなりつっこんだ話しが出来た。それから寝る体制にみんなで入ったので抜け出して2階でカイややっさん(大坂:関学KSC2回)やあっちゃんと話しをして下に降りて寝る。

5/19
19日のワークショップには服部の「ヴェンチャービジネスとエコビジネス」と
R.Tグリーン(MITの人工知能の専門家)の「リーダーシップの方法:ミーティングの運営法」に参加。
まず服部の「ヴェンチャービジネスとエコビジネス」では服部と僕の二人だけが2回生で後は一回生という、抽選の割には偏った(^^)メンバーだった。
最初服部が抜けてコピーしにいったので僕が進行を代理してメモをとった、それは以下のようなもの・・・

早乙女くん(立命):やりたいようにやれるから、鶏口となるも牛後となるなかれ。
有名になりたい。官僚タイプにはれなれい。
前川さん(関大):会社造りたいから。女の子は社会に出ても活躍できないだろうだし、
人の下で働きたくない。
福井くん(立命):既存の組織にやりたいことができるのがないかもしれないし、
それに入れるかどうかわからない
近藤くん(立命):金かせぎたい。会社つくるのが一番早い。最終的には学校つくりたい。
学生でヴェンチャー団体(情報交換の場)をつくりかけている。責任の所在が不確かなところがいや。
久保田さん(関学KSC):企業つとめにピンと来ない。草の根的な団体に興味ある。
3日くらいからヴェンチャーを最近知り。じぶんの思ってきたものが「ヴェンチャービジネス」のようだと思った。
根木(関学KSC):今のサラリーマンをみていると
自分がそうだと悲しくなるだろうなあと感じていた。いずれ一般企業に勤めてもヴェンチャーの知識はいかせるのではないだろうか?
「定年」がイヤ。
清水(関学KSC):普通の企業に就職したくないと思っている。
二つのコップを並べたときにすきまができるがそれをうめるのがヴェンチャーではないだろうか。
大きな組織を作り必要はない、自分の能力だけで勝負できるだろうから。
西川(関学KSC):エコビジネスに興味あり。
ビジネスをとおして環境とかかわっていけるものがあると新聞で読んだので。
自分の思うようになりたいと思っているから。
らぶらぶナベ(立命2回):政策の応用ができやすそう。現代企業論に興味を持ち。
服部(関学KSC2回):独立がキーワードとしてある。
自分のしていることを社会に還元できるのではないだろうか。

自己責任と他者依存の相反する言葉がキーワード
自己管理能力
ストック型ができないのは18歳人口が減ったから。
論理的能力を高めるための能力だと思っている。
・・・などがキーワードだった。
前夜に続きまた独走してしまった、反省(笑)
終わってからR.Tグリーンの「リーダーシップの方法:ミーティングの運営法」に参加しようと移動すると、一回目に参加した遠藤くんが「グリーン先生最高ですよ!もう、交流会参加した費用のもととった!」と言っていたので期待していく。
講義にはヤナ(一柳)とよっしーがいた。
R.Tグリーンがわかりやすい英語と片言日本語で講義して奥さんが日本語に訳するというかたちで進められた。
もう、すばらしく感動した!!「眼から鱗」とはこのことか!!
終わってから関学KSCのやっさんや西村にも言ったがぜひこのMeeting運営法を関学KSCの売りにして欲しい。
昼食の時に大東流合気柔術初段のRitsの若さんクラスの一回生さよ(岡田)と知り合いになる。住吉大社の道場で稽古しているらしい。
その後、ヴェンチャービジネスの講演会が開かれた。
途中まで聞いていたが眠たくなったので2階に移った大本営に遊びに行く。
そこで関学KSCの主要メンバーと南さんがいた。
泉、よっしーはもちろん他の関学KSCの面々ともアニメ、声優、アイドルネタで盛り上がる。
それでせっかくなので僕が総司令(主催)でメーリングリスト「psおたっきーず」を結成した。
講演会が終わってからカニくん(関学KSC1回)に声をかけられたりしながら帰宅準備をした。
バスに乗って窓際でみんなとなごりを惜しんで三田駅に向かう。バスの中で内藤君や他の人とと話しているうちに手帳をセミナーハウスに置いたままだということに気づき三田駅に着いた後あわててセミナーハウスに電話を入れる。
そこで帰る予定だったが急遽交流会スタッフ打ち上げに参加することにして迎えを待つ。
そうしているとバスの第二段が到着してそこに乗っていた泉と一緒に待つ。
いつまで待っても来ないのでガスト三田店に向かい、そこで車組と合流しビックボーイに行く。
店内で性懲りもなくマックに関学KSCの面々が歌やセリフを入れて楽しむ。
二次会にも誘われたが泉と一緒に帰ることにした。
帰る途中にまたまた濃い話し(^^)をしながら帰った。
    ↑
前々回(慶応SFC)と前回(Rits)と比べて(Ritsの後、中大でもあったがオリターの仕事のため不参加)交流会そのものの内容的にはそれほど良かったとは言えないが関学KSCの新入生、濃い(^^)やつらと知り合いに慣れたのがとてもプラスになった。
無理してでも参加したかいは十分にあったと言える。

1996 5/18~19
出来事メモ、交流会

関学KSC体験記

4月30日は立命は休みだが関学は授業があったので
関西学院大学KSC(神戸三田キャンパス)総合政策学部に遊びに行く。
JR新三田駅で降りてバスに乗る。途中、「ウッディータウン」、
「ワシントン村」などうさんくさい地名(笑)が多数。
まだ建設中、建設予定地の住宅街が目についた。
小さいキャンパス(この時まだ2回生までしか存在しない)のためか
みんな知り合いみたいでちょっとバスの中でさみしかった。
大学に到着して、まず10時35分からのチャペルアワーに遅れて出席した、
八馬(はっちー)が先に来ていて聖書を読んでいた。
国際金融論の久保田哲夫教授の説教がやっていた、
初めてお祈りをしてと賛美歌を歌った。
その後、大坂くん(やっさん)や生島くんとラウンジで
戦争本を広げて戦争話をした。
それから生協に行って(ちっちゃかった)関学アメを買った。
食堂のそとのテラスで昼御飯(デイリーランチ450円)を食べた。
食堂はがらがらだったのにあれでも人が多いらしい。
新入生を何人か紹介されてだべった後に食後キャンパスの裏敷地に行った、
本当に何も無かった。(^^;
アーチェリー練習場でキャッチボールを俺、はっちー、やっさん、
生島くんとする。
それから3限目の英語の授業(AIDSについて)に出て、
何故か立命からゲストが来ていますと紹介された。
何故かレポートも提出した、名前、所属も当然記入。
授業後嶋本くん(あっちゃん)の紹介で教授に挨拶に行った。
どうも気に入られたらしく後で「彼らは来週も来るのか?」と
あっちゃんに聞いていたらしい。(んな無茶な!)
4限目の柴田愛子の「経済政策論」(公共財について)にも出席した。
ここでもレポートを提出した。
授業後、「旦那さんにはいつもお世話になっています」と挨拶に行った。
西村、やっさんと俺、はっちーでやっさん、生島くん家にちょっと行った。
すっごく大きい家でマハラジャのような建物だった。
ちかくの住宅地もとても格好良かったが5時に生協がしまり、
7時に近くに唯一ある「オアシス」(本当にあそこではオアシス)もしまり
唯一の食料入手可能な場所は大学内の自動販売機だけという
かなしい状況になる。
図書館一階のパソコン置き場でテルネットからアトソン接続を試みるが
うまくいかなかった。
やっさんたちが手続きをしてくれて大学に残留することができた。
インターナショナルルームで一晩いろんな話ができた。
特にそこに置いてあったマック(LC630)を思いっきり
カスタマイズしてみた。俺のマックを持っていったので
そこからいろいろ警告音を入れてみて楽しいんだ。
大うけだったので今後どうなっていくか期待だ。
警備員に見つからないように脱走して自動販売機の大判焼を食べたりした。
7時くらいにはっちーと連れだってバスで新三田駅まで帰った。
帰りの途中、二人で宝塚で降りてうろちょろして朝御飯を食べた。

1996 4/30~31
出来事メモ

第2回5大学交流会 in Rits

(前回のSFCの時と参加大学同じ)
初日:グループリーダーとしてB班「政策学概論~政策発、日常へ~」に参加。
メンバーはタメ(為田)・トミー(富永)以上慶応SFC、
森さん(チューター)・若さん(若林)・はっちー(八馬)・内藤以上立命、
木村・やっさん(大坂)・生島・小橋以上関学KSC、 ともみちゃん(吉岡)中大。
グループワークの進行ははじめ森さんが運営していたが 本部のほうの仕事があるため抜けた。
また若さん、はっちーもバイトで抜けたが三人とも後で帰ってくる。
教室で少し堅い政策についての話をした。
俺は「今、なぜ政策か」と 「学際的コラボレーションにおける
サッカーのミッドフィルダーのたとえ」を発言した。
それから休憩として仁和寺と金閣寺、西園寺記念館 (当時国際関係学部キャンパス)
にメンバーのみんなを連れていく。
金閣寺近くのホテル「ラサール」をみんなに紹介して 非常にインパクトを与える。
その日はプレゼンで劇をすることに決めた。
「政策マインドを持たない男が二股をかけるとどうなるか」という主旨で話を進めた。
その後解散して宴会した後、衣セミ(衣笠セミナーハウス)で
「政策立案ゲーム」をしてみんなで燃えに燃えた。 このゲームのグループはその時に再編成、
グループワークのメンバーではやっさんとだけ同じになった。
コンビネーションの良さが特に評価されたが、トミーの熱演に負け2位!
二日目:劇の進行を考えて話を進めた。 トミーの才能を活かしててスキットの主役になってもらうことに。
小橋さんが9日に帰ってしまったのでふたまたかけられる
二人の女性の一方はヤナ(一柳)にやってもらう。
俺は監督役で最初にちょっとだけ出演することになり、プレゼンをおこなう部屋でリハをした。
時間がなかったのでローソンで昼御飯を買って 他の班のプレゼンを聞きながら食べた。
ラッキーなことにB班のプレゼンは一番最後だった。
プレゼンの様子は西村(関学KSC)が撮っていたが1996年6月に関学KSCに遊びに行ったときに
あっちゃん(嶋田)からダビングさせてもらい、手元にある。
やっていて本当に楽しく、最高だった!!「これがコラボレーションか!」と感動した!?
グループワークはもう最高だった!!このB班のグループリーダーになれたのは本当に幸運だった。
「違うスタンスの人が集まっても 共同作業が出来る」と証明され、自信もついたたぐいまれな機会となった。
やっさんとは3カ月ぶりに会ったが、メールでやりとりしていたので
ひさしぶりという感じはなかった。 非常に得るものが多かったと思う。
慶応SFCでの前回以上に今後政策をやる上でのヒントが多かったと思う。
とにかく楽しかった!!?? またB班はこの後もKKK
(関西(くわんさい)慶応館大学総合政策科学部 多摩キャンパス)として
かなり長い間もメーリングリストとして発展する。
以後ともみちゃんが大阪に来たりタメが来たりとさかんに交流がある。

1995 12/9~10
出来事メモ、政策・情報学生交流会

シュミット前西ドイツ首相とアフト前オランダ首相による講演会参加

アフトさんは洒落のわかるおっちゃんだった。シュミットさんも年の割にはハキハキしていて好感が持てた。
内容は平和についてのものだったがそれほど充実していたとは思えない。
この後少しだけ別の講演会に行った。(インドネシア大使)

1995 10/30
出来事メモ、講演会

政策科学部園遊会に参加

例のごとくおサルの格好をして参加。
いろいろな教授と話が出来た。
宮本太郎教授:楽しく興味深い話が出来た。
三上達也教授:おサルの格好をしてはじめて声をかけてくれた。
シスアドのことなどを答えてくれた。
宮本憲一教授:経済学の勉強の仕方を教えてもらった。
経済学はサミュエルソン以来つまらなくなったので
古典が小説のように面白く思えるとのこと。
古典的名著と言われている本は推理小説のように一気に読むのが一番。
『経済学事典』所有を薦められた。
佐藤満教授:意外にもおサルを怒らず、政治の本をいろいろ紹介してくれた。
山口定(当時学部長)教授:意外と話が分かる人物。
「総合政策」と「政策科学」について熱心に語ってくれた。
「学際(interdisciplinary)」から
「超学際(transdisciplinary)」へとの理念を語ってくれた。
山下健次教授:彼ともかなり好意的に話が出来た。
今年定年なのに記憶力が抜群。
2次会はカセム教授、三上教授、渡教授と
飲みに行って様々な情報を得る。
     
政策の教授はやはり誰も「話しやすく」て個性に「寛大」だった。
おサルの格好をしていてもきちんと話をしてくれるのでかなり感動した!!
良い学部だ!?

1995 10/17
出来事メモ

第1回政策・情報系大学交流会

第一回政策・情報学生交流会
(立命館大学政策科学部、慶応大学総合政策学部・環境情報学部、
中央大学総合政策学部、関西学院大学総合政策学部、関西大学総合情報学部参加)

初日:5時おきで京都駅でみんなと待ち合わせをして青春18切符で長い時間電車にゆられ
激しい飲み会して2時半まで慶応高校の話や総合政策の壁(数学の必要性)などを慶応大学
SFCの人から聞いた。
慶応大学総合政策学部の人の「何でも食べてみる」との言葉。すっごく勉強になった。
二日目:前の日3時間睡眠(^^;でSFCを見学に行く。
生協にあった就職ガイドを買い(橋本に売った)マック部屋、UNIX部屋、メディアセンターなどを
見学した。
なんと24時間パソコンを使える!昼御飯(550円のバイキング)の後、グループワークをする。
2班合同で議論したが脈絡無いことを言ってしまった、反省。
この2班に為田、安藤(慶応SFC)、大坂、西村(関学KSC)など
後々僕との関係で重要になってくる人がいた。
ユースホテルまでの帰りのバスでは立命のみんなが下ネタでむちゃくちゃ盛り上がった。
晩御飯とお風呂の後、スーパー懇親会。慶応SFCの「すこやかさん」という
サークルが盛り上がり様々な宴会芸を披露。
立命も「グレーター立命」、「校歌」、「バナナズ」で対抗。
関学KSCも校歌を歌っていたが中大と関大は引いていた。
関学KSCはつぶれた人が多かった。
(こんな雰囲気で飲んだことがなかったためらしい)
立命では一人の女性だけがつぶれて
男便で喚きながら吐いていた(笑)
また、ふとしたことからSFC裏情報を聞く。
その後、部屋に帰り大坂、西村と僕の考える政策のイメージ=
「政策」とはサッカー=コラボレーションにおけるミッドフィルダーでは?
=を語った。結局4時半に寝る。
三日目:SFCに行ってパネルディスカッションを見た後
(これはつまらないものだった)、途中休憩で学食で昼食をとった。
合宿解散後マック部屋が使えなかったので少しSFCで遊んだ後に
一緒に来た立命のみんなで達と東京に遊びに行く。
原宿ラフォーレとコンドマニアに行き、その近くのメキシコ料理を食べた。
その後、西千葉にある友達の家に泊めてもらいに行く。
そこで合宿の話をして、合宿を通してみて立命の個性が分かった。
朝の5時くらいまでさわぐ。
四日目:11時くらいにしげの家を出て行きと同じように
青春18切符で帰る。
夜11時くらいに芦原橋に到着、長い旅だった。

とても楽しかったし、実り多い合宿だった。
この合宿で違う大学の政策系の人たちと知り合いになれ、
立命の政策科学部がどういうものかわかった。
一番良かったのは違う大学の人たちと率直に語り合い
(平均睡眠時間3時間)
同じような将来への不安、希望、政策にたいする考えなどが
共通しているとわかりあえたこと。
そしてメールアドレスを交換しあい、
合宿が終わってからもメールでやりとりできたことだ。
11月か12月に今度は立命であるようだ、ぜひ今度も参加したい。
(これをデジタル化している1996年7月7日現在から見ると
この交流会は僕の大学生活上非常に重要になってくることになる。)

1995 9/7~10
出来事メモ、交流会