Archive for the ‘出来事メモ’







第1回松阪市情報管理担当者研修会の講師をつとめる07.15.11


松阪市情報政策担当官として、第1回松阪市情報管理担当者研修会の講師をつとめる(※)。
松阪市情報管理担当者は、各課から1名ずつ選出され、内部の情報流通と市民への情報発信の基点となる役職。
今後の松阪市の情報政策の中でも重要な要素として位置づけられる新設の体制なので、
立ち上げ式を兼ねた第1回研修会は山中光茂市長と小林益久副市長も出席しての開催となった。

僕が担当した第1回の内容は、情報の性質(1章)、情報化社会の現状(2章)、情報と信頼の関係性(3章)、をそれぞれ解説して、
情報がなぜ大切なのかを意識付け、情報が信頼に直結することを共通認識を持っていただくことを目的におこなった。
特に、生活に密着した行政情報は市民にとっては安全と安心の支えとなるもので、
市民と行政との信頼関係の構築には情報発信と情報流通が不可欠なことを具体的な事例を通して説明した。
これは今後の情報管理担当者研修会と各課ヒアリングでも前提となるもので、共通認識化したいと考えてのことだ。
このように意識付けと共通認識化を目的としたものなので、時間と資料もメリハリと簡潔さを意識したものにした。
(ex.この研修会と各課ヒアリングを松阪市の情報政策の中で位置付けたワークフロー図を要約レジュメの裏面に付けるなど)

また、今回の研修内容は以前おこなった市民講座の「”まろまろ流” 市民による情報発信のすすめ」「てくてく松阪のすすめ」などと連動するものでもある。
市民からの情報発信と行政からの情報発信は、それぞれが流通し、好循環が生まれてこそ価値がある。
市民と行政のそれぞれの情報発信をコーディネートして、好循環を生み出すための仕組み作り=「情報のかけ橋」を作ることが、
進展する情報化社会の中では重要になってくるし、それが自分に与えられた役割だと考えている。

今回の研修会は行政側からの情報発信の基礎となるもので、重要な一歩だという認識のもとでおこなった。
研修会の中で「文章とはテレパシーである」というスティーヴン・キングの言葉を紹介する機会があった。
その中で「自分なりに修正すれば”情報とは誤解が多いテレパシー”」と知見を述べた。
誤解が多いテレパシーが少しでも届いていくように、これからも進んでいきたい。

2011 7/15
出来事メモ

※2011年7月16日 『中日新聞』朝刊・第20面「情報発信 信頼に不可欠 松阪市 管理担当者に研修会」

追記:2011年12月19日(午前/午後)、12月20日(午前/午後)、12月26日(午前/午後)、2012年1月12日(午前/午後)に開催した第4回松阪市情報管理担当者研修会の講師も担当。

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松阪市情報のかけ橋委員会がはじまる05.09.11


第1回松阪市情報のかけ橋委員会が開催され、松阪市情報のかけ橋委員会がはじまる(※1、※2)。

この松阪市情報のかけ橋委員会は、市民と行政との間に情報のかけ橋を架けることを目的とした委員会。
前年度に委員長として取りまとめた松阪市ホームページ検討委員会答申の中に盛り込んだ構想を実現化したもの。
松阪市にはこれまで市民と行政とが情報について話し合う恒常的な場自体が無かったので、
この松阪市情報のかけ橋委員会の存在自体も大きなかけ橋となる。

直近は松阪市ホームページの根本的なリニューアルを目指した仕様書の作成、業者選定の方法を審議し、
リニューアル後は情報発信のチェックと松阪モデルである市民素材、市民枠の運営を担う。
そのため、メンバーも委員長の小林益久副市長を中心に、三重大学地域情報化リサーチセンター長の山守一徳教授、アナウンサーの里中綾子さん、三重中京大学文化会委員長の小室良太さんなどの専門性の高い布陣となった。
そして、制度設計をした僕自身も専門性を求められて松阪市情報政策担当官として委員に加わることとなった。

事務局も含めたこの素晴らしいみなさんと共に、松阪のかけ橋となりたい。

2011 5/9
出来事メモ

※1:2011年5月9日 『中日新聞』朝刊・第16面「松阪市HP刷新へ」
※2:2011年5月9日 『伊勢新聞』朝刊・第8面「より見やすいHPに 松阪市情報のかけ橋委 業者決定方法など討議」
※3:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「第1回情報のかけ橋委員会」

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松阪市情報政策担当官に就任04.01.11


山中光茂・松阪市長からの委嘱を受けて、松阪市情報政策担当官に就任する(※1、※2)。

これによって今年度から松阪市と市民の間に情報のかけ橋を架ける仕事に携わることとなった。
今回の就任には、これまで松阪で関わらせていただいた・・・
三重中京大学でのご縁 (「情報化社会の非対称性」講義「地域コンテンツによる情報発信とコミュニティ創造」研修)
松阪市ホームページ検討委員会でのご縁 (就任答申)
松阪市市民講座でのご縁 (「まろまろ流情報発信」講座「てくてく松阪」講座)
・・・などのご縁が大きく影響している。

様々なご縁が折り重なって一つの流れとなったけれど、その流れは決して直線的なものではなかった。
前年度中は松阪市ホームページ検討委員会委員長を担っていたことから、最初にオファーをいただいた時はお断りしたこともある。
また、交通費や残業代はもちろん、一切の手当もボーナスも退職金も無く、国民年金という非正規雇用(非常勤)であることや、
松阪市に行くこと自体に対しては周囲の理解を求める必要もあった。

でも、最後は自分にも今すぐできることの中に自分にしか今しかできないことがある、という自分の気持ちに従った。
もともと阪神大震災を経験したことが文京区友の会などの情報発信を通した地域コミュニティ活動のきっかけとなっている。
今回も3月11日に発生した東日本大震災に東京でめぐり合い、情報のかけ橋を構築することの必要性を強く感じた。
(東日本大震災のお悔やみと近況報告)
人は死んだ時には得たものではなく与えたものが残る、ということを思い返して、就任の数日前にサインをさせていただいた。
直線ではなく曲線ではあるけれど、自分が世の中に貢献できること仕事をいただいたことに強い喜びと使命感を持って委嘱式にのぞんだ。
今回の件を含めて、松阪のご縁をいただいた方々、支えていただいた方々、励ましていただいた方々には本当に感謝している。
いただいたご縁とご厚意を無駄にしないため、「結果的に良かった」と思ってもらえるよう松阪に貢献したい。

振り返ってみれば自分の人生は曲線ばかりだ。
たとえば、政策科学修士号を取った後に学際情報学修士号を取ったことについて、まわり道のように思った時期もあった。
それが今回、政策学と情報学の二つの修士号を持っていることが情報政策担当官としてつながった。
また、ずっと非営利で社会に貢献する仕事がしたいと思っていた。
社会活動への挑戦はちょうど4年前に失敗したけれど、その気持ちはより明確な役割を持った仕事としてつながった。
自分はピコピコしい人間だから、失敗することは嫌だし、迷うことは恥ずかしいと思う。
でも、曲線であってもつなげていくことの気持ちを持ち続けて、自分の役割を果たしていきたい。

転んだら泣けばいい、迷ったら凹めばいい、新しい道を自分の道にすればいい
そう感じた松阪市情報政策担当官就任。

2011 4/1
出来事メモ、進路関係

※1:2011年4月2日 『中日新聞』朝刊・第18面「情報政策担当官、渡邊さんに委嘱」
※2:2011年4月2日 『夕刊三重』・第7面「市、情報政策担当官に渡邊さんを任命」

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松阪市民講座;「地域の魅力を発見発信講座-街歩き『てくてく松阪』を通した地域資料作りのすすめ-」の講師をつとめる01.19.11


松阪市市民活動センターで開催された松阪市民講座、「地域の魅力を発見発信講座-街歩き『てくてく松阪』を通した地域資料作りのすすめ-」の講師をつとめる。

これは、文京区で実施した街歩きの記録を資料化して図書館に寄贈して閲覧可能にするプロジェクト、
「てくてく文京」の紹介と松阪への応用について解説する市民講座(※1)。
この講座は単なる「てくてく文京」の解説だけでなく、松阪への応用も目指したものなので、事前の1月8日に実験的に「プレてくてく松阪」を実施。
前日の1月18日に完成品を松阪市図書館に寄贈し、閲覧できる状態にしてから講座にのぞむこととなった。

これは「自分が答えになれ」といつも自分に言い聞かせているので、「てくてく松阪」がどのようなものになるのかについても、まずは自分が実施して可能性を示す必要があると感じたからだ。
「てくてく松阪」がどのようなものになるのかについては、自ら実施して可能性を示す必要があると感じたからだ。
実際に「プレてくてく松阪」をおこなう中では、地域資料の担当の司書の方がいないことや、地域マップのリストが作成されていない点など、
松阪市図書館や松阪市観光センターの現状や街の課題も明らかとなった。
ただ、問題点を明らかにするだけでなく、前者は図書館館長とお話させていただき対応をお願いする、
後者は「プレてくてく松阪」の最後のページに手に入れたマップのリストを作る、など出来る範囲での改善もおこなった。
こうした自分にできる範囲のものから取りかかる、歩ける歩幅でで進む、ということの必要性を当日の講座では強調させていただいた。

講座の後半では、「プレてくてく松阪」に参加された方からコメントをいただきながら当日の行程を振り返った。
これも、単にレクチャーするだけでなく、実際に参加された方の生の声を通して実際に自分たちの手で取り組むことの価値を伝えたかったからだ。
結果的に座談会のような雰囲気になり、参加者の方同士の交流もできたことは講師としても嬉しく思えた。

ちなみに、この市民講座は前回の「”まろまろ流” 市民による情報発信のすすめ」と同じく、
松阪市ホームページ検討委員会で知り合った委員の方からご紹介をいただいたもの。
答申に盛り込んだ「市民枠」を議論した時(第4回)では、「松阪らしさは行政や企業ではなく市民自身が決めていくもの」という主張をさせていただいた。
その流れで、市民による情報発信の事例として文京区友の会「てくてく文京」を紹介させていただくことがあり、
今回、松阪への応用についての講座のご依頼を受けることになった。

そうした経緯から、「街の文化は市民自身が発見して、発信する」という意識を持っていただくことを講座のテーマとしてお話させていただいた。
振り返れば、今回このような機会をいただけたのも自分にできる範囲で取り組みを続けていたからこそ。
「点が繋がって、線になる」とは、スティーブ・ジョブズの有名なスピーチの中にあるセリフだけど、点を線につなげる可能性をいただいたことに感謝したい。

※1:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「てくてく松阪 受講者募集!」

2011 1/19
出来事メモ

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松阪市ホームページ検討委員会答申をおこなう12.20.10


委員長をつとめる松阪市ホームページ検討委員会の答申をおこなう(※1、※2、※3)。

答申の正式名称は、「松阪市ホームページの改善並びに完全リニューアルに向けての指針について」というもので、
現行ホームページの問題と課題から見た改善点、市民が必要とする情報を把握するための仕組みづくり、
特徴あるホームページとするために、完全リニューアルのための仕様書案、資料、参考、という構成をしている。
また、行政の方でも一目で問題とその対策が分かるように、「各問題点に対する対策について」という対応表も盛り込んでいる。

内容面では、「情報のかけ橋」というコンセプトの下で、部局を越えた「CIO(最高情報責任者)」の設置と、公式ホームページへの「市民枠」の導入を提言していることが最大の特徴となっている。

特に「市民枠」の導入については、オリジナリティの部分として、しっかりと議論させていただいた。
この松阪市ホームページ検討委員会では、委員長という立場から自分の意見を述べるよりも議事運営に力を入れることが多かったけれど、
「市民枠」導入の議論だけは、一人の委員として自分の意見を発言させていただいた(第4回)。
それは、松阪らしいホームページは、行政や企業が決めるのではなく、市民自身が考えて創っていかなくてはいけないと考えたからだ。
このように、単なる表面的なホームページのリニューアルだけでなく、市民と行政が一緒に情報発信をしていく仕組みにも踏み込んだ答申となっている。

また、答申のコンセプトである「かけ橋」というのは、これまでの自分の社会活動を通じたコンセプトでもあった。
それだけに、答申には個人的にも感慨がこみ上げるものとなった。
(当日着ていたジャケットは文京区での社会活動をした時に着ていたのと同じもの)
そして、今回、松阪市ホームページ検討委員会委員長として役割を果たす機会を得たことは、自分の表現活動と社会活動とのかけ橋ともなった。
プライベートな側面が強い表現活動と、パブリックな側面が強い社会活動との間に、どうかけ橋を架けていくのかというのがこれまでの自分の課題だった。
その点で、この松阪市ホームページ検討委員会委員長として役割を果たすことは、
まろまろ記での表現活動を通じて得た知識や経験、文京区友の会のような地域コミュニティを通じて得た知識や経験が、自然と社会貢献につながる機会となった。
このプライベートとパブリックの間にかけ橋をかける機会を得られたことは、自分にとって大きな意味を持つ。

自分は、いつも人から何を言われたのか、されたのかではなく、人に何を言ったのか、したのかが残ると考えている。
そんな自分に役割を果たす機会を与えていただいた、松阪のみなさんに感謝したい。

※1:2010年12月21日 『中日新聞』朝刊・第14面「最高情報責任者設置を 松阪市長にHP検討委が答申書」
※2:2010年12月21日 『夕刊三重』・第6面「委員会の設置や市民参加を提言 市ホームページ委」
※3:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「松阪市ホームページ検討委員会が答申」

2010 12/20
出来事メモ

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松阪市民講座;「"まろまろ流" 市民による情報発信のすすめ」講師をつとめる12.17.10


松阪市市民活動センターで開催された松阪市民講座、「”まろまろ流” 市民による情報発信のすすめ」の講師をつとめる。

この講座は、まろまろ記の事例を通して市民による情報発信の特徴を解説し、参加される市民の方が情報発信をおこなう際の参考にしていただくことを目的とした市民講座(※1)。
そうした目的を持った市民講座なので、前半は講義形式、休み時間に参加者の方からの質問を集めて、後半は質疑応答、という2部構成にさせていただいた。
前半講義、後半質疑応答というのは、自分のいつものスタイルではあるけれど、今回は打ち合わせの段階から特にお願いさせていただいた。
市民講座という性質から、多様なバックボーンを持った参加者が想定され、情報発信の個別具体性が高いと考えたからだ。

実際の講座は、事前に想定した以上に多彩な方々が参加される講座となった。
正直なところ12月後半の金曜夜に僕の話を聞きに来る人なんて、そんなにいないだろうとも思っていたけれど(ピコピコしい心理)、
当日は定員を超える人数の方々が集まっていただいたのは驚きだった。
多様な方々にご参加いただいたこともあり、特に後半の質疑応答ではにぎやかなものとなった。
参加された一人一人が、この講座を通して自分の情報発信の価値を考える機会としていただければ嬉しい。

ちなみに、この市民講座は松阪市ホームページ検討委員会で知り合った委員の方からご紹介をいただいたもの。
委員長という立場から、松阪市ホームページ検討委員会では、自分の意見を述べるよりも議事運営に力を入れている。
ただ、答申に盛り込んだ「市民枠」の必要性を議論した時(第4回)だけは、委員長ではなく委員の一人としての意見を述べさせていただいた。
その議論の中で「松阪らしさは行政や企業ではなく市民自身が決めていくもの」、
「市民による情報発信の枠組を設けることが松阪のオリジナリティになる」と主張したことを、
その場で聞いていた委員の方(松阪市市民活動センターの指定管理者であるNPO法人Mブリッジ理事)からのご依頼で、今回このような機会をいただくことになった。

言葉は、長さはなく、響くかどうかに価値がある。
そう思う機会が多かっただけに、このようなご依頼をいただけることは嬉しかった。
松阪で響くご縁に感謝したい。

※1:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「情報発信のすすめ 受講者募集!」

2010 12/17
出来事メモ

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松阪市ホームページ検討委員会委員長に就任08.27.10


山中光茂・松阪市長からの委嘱を受けて、松阪市ホームページ検討委員会の委員長に就任する(※1)。
これは現在の松阪市のホームページの問題点を抽出し、その対策と今後の方向性を定める目的を持った松阪市の委員会。

委員会への参加については、三重中京大学で開催されたシンポジウムで「地域情報発信のケーススタディを通じた松阪市への提言」というタイトルの発表をする機会があり、
山中光茂・松阪市長と意見交換したことをきっかけに要請を受けた経緯がある(※2、※3)。
この提言はまろまろ記での情報発信と、文京区友の会に代表される地域コミュニティ創りを松阪市に当てはめて導き出したものだったので、
まろみあん文京区友の会会員のみなさんとの対話が大きな参考になっている。

これまでの情報発信とコミュニティ創りの蓄積を基にして、公共セクターに貢献する機会を得たことは、それ自体が大きな喜びだ。
また、「人は得たものではなく与えたものが残る」と思っているだけに、自分のできる最大限の役割を果たしたい。

思い返せば、こうした機会をいただいたのは・・・
三重中京大学の地域社会研究所で研究員をさせていただく
→ゲストスピーカーとして三重中京大学で講義させていただく
→三重中京大学文化会のプロジェクトに情報発信の講習をさせていただく
→シンポジウムで発表させていただく
・・・という風に、松阪市での活動が進展していった流れがある。
三重中京大学のみなさん、東海ごはんで知り合った松阪市のみなさん、まろみあんのみなさんのご縁があったからこそ(※4)。
このご恩は、松阪のみなさんのお役に立てるホームページをつくることでお返ししていきたい。

※1:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「第1回松阪市ホームページ検討委員会を開催」
※2:2010年7月2日 『夕刊三重』・第1面 「『松阪学生占い』作るー文化会クラブの学生が企画 学校消えても残る物を」
※3:2010年7月3日 『中日新聞』朝刊・第20面 「ネット活用法探るー三重中京大 松阪市長と意見交換」
※4:松阪市行政情報番組アイウェーブまつさか 「三重中京大学文化会 松阪星座占いHP完成」

2010 8/27
出来事メモ

追記:2010年12月20日に無事答申

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まろまろ記9周年07.19.10


2001年7月19日に開設した「まろまろ記」(旧まろまろ読書日記)が9周年をむかえる。

この1年を振り返ると、まろまろコラム「寛容のメモリ~決別のmemoryと和解の目盛~」を発表したことが大きい。
自分の内面と向き合い、数年来取り組んでいたものを表現したことは一つの区切りともなった。

また、三重中京大学文化会での講習や、ミニシンポジウムでの松阪市への提言(夕刊三重2010.7.2、中日新聞2010.7.3)など、
サイト活動を続けてきた経験や知識を社会に貢献することができる機会も得られた。
こうした貢献をすることは、ひるがえって自分のサイトを別の視点で見つめなおすこととなり、
検索ボックスを最上位に移動(Google)、関連記事表示(Post-Plugin Library, Similar Posts)、高速化(WP Super Cashe)、
サイトマップ構築(Google XML Sitemaps)などの、ウェブ・ユーザビリティの向上も実現するきっかけともなった。

そして、前回の「まろまろ茶話会2009」に続いて、9周年特別企画として「まろまろ茶話会2010」を開催したことも大きい。
まろみあんの方々との対話する機会は、試行錯誤をしながらもサイトを続ける意味を強く考えさせられた。

次の1年もコンテンツを創造しながら、社会に貢献していきたい。
(絞ることができないのは幼稚、絞った後で広げられないのは老化、その間で試行錯誤できるのが青春)

2010 7/19
出来事メモ、サイト運営

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まろまろ茶話会2010を開催07.19.10


まろまろ記9周年記念の特別企画として、「まろまろ茶話会2010」を開催する。

これは、まろまろ記が9周年をむかえる2010年7月19日の当日に、
これまでのまろまろ記の軌跡をまろみあんの方々と振り返り、
これから方向性について意見交換しようという試み。

昨年開催したまろまろ記8周年記念企画、「まろまろ茶話会2009」のフィードバックを参考にして・・・
第1部:「まろまろのこしかたゆくたて」&「まろまろ質問状へのご返答」
第2部:「本の交換会」
・・・という2部構成にして企画した。
最大の変更点は、第2部に本の交換会を組み入れたことだ。
それにともなって、「まろまろ茶話会2009」では第1部と第2部に分けていたまろまろ記の軌跡と質問回答を第1部に統合、
時間も2時間から3時間に拡張することになった。

第2部に本の交換会を組み入れたように、今回は参加されるまろみあんの方々に当事者意識を持っていただくことを重視して企画した。
(本の交換会を企画するのはまろじぇくとX以来、実に8年ぶりのこと)
単なる受動的参加ではオフラインでお会いする意味合いが薄く、また、のぞき見趣味は誰も幸せにしないからだ。
そこで、今回は会場の選定からまろまろ茶話会2010イベントトピックス (mixiまろみあんコミュニティ) にてご意見を募集。
結果的に多くの情報が寄せられて、まるでカフェのデータベースのような様相になった。
寄せられた情報からは、地域コミュニティである文京区友の会のオフ会の会場として実際に活用されたものもあった。
また、最終的に会場に決定したみのりCafeのオーナーさんもコメントしていただいて、
参加者の方、主催者、会場の方の三者が集う選定会となった。

そんな準備を経たまろまろ茶話会2010の当日は、有志のまろみあんの方々とプレまろまろ茶話会としてランチ(根津とうふ工房・須田)とお茶(Pain de Mie)をご一緒してから会場入り。
すると、会場に参加することができなかったまろみあんの方から阿闍梨餅が届いていたのにまず驚いた。
信頼は培っていくのだということを教えられたような気分になり、おかげで暖かい気持ちになって第1部を開始することができた。
第1部で印象深いのは、やはり事前にいただいたまろまろ質問状に対してお応えしたことだ。
鋭い質問や思わぬ方向からの質問の数々にぶっちゃけトークを含めてお応えすることは、角度を変えてこの9年間を見つめなおす機会となった。

そして、小休止を挟んで第2部を開始。
当日参加されたまろみあんのみなさんは個性豊かな方ばかりなので、お持ちいただいた本はどれも多種多様。
どの本も紹介していただく方の思いが表現されているもので、「すべて読んでみたい!」と思うものばかりだった。
ちなみに、僕が持って行ったのは『城崎にて』(滋賀直哉)。
去年の課題であった「他のコンテンツとのリンク」(今回は読書日記ぷかぷかお風呂日記とのリンク)に取り組んで読んだ本ということと、
また、この本の特徴である簡潔な文章でも余韻を残す、という点をまろまろ記の記事を書く時にいつも意識していると紹介させていただいた。

あみだクジ(Special Thanks to しろりんごさん)による本の交換が完了した後は、文字通りの茶話会。
僕もいち参加者として、コーヒーゼリーをいただきながらえほんうるふさん寄贈の『あな』を読ませていただく。
その場ですぐに読むことができる絵本だと、感想もその場で共有できることに感銘。
茶話会での盛り上がりの中で、まろまろ茶話会2010を終了。
前回同様、希望者の方はポストまろまろ茶話会(駅馬車)に流れた。

終わってからまろまろ茶話会2010イベントトピックスに寄せられたコメントを読むと、第2部の本の交換会についての感想が多く寄せられているのが分かる。
これは当事者意識を持っていただくという企画側の目的が達成されたことが確認できるものとして嬉しい一方、
第1部の感想を書いていただいた方は少数というのがご愛敬。
『こころの処方箋』(河合隼雄)にある「二つ良いことさて無いものよ」を思わずつぶやいてしまった(w

振り返ってみると前回のまろまろ記8周年記念「まろまろ茶話会2009」では、自分にも今すぐできることの中に、自分にしか今しかできないことがあると感じたことを思い出した。
今回も、文京区友の会などの地域コミュニティでは無く、自分の個人サイトのオフ会を開くことはチヤホヤを求めているようで、気持ちの部分で葛藤を感じた部分もあった。
より正確には、カリスマ・ブロガーとしてチヤホヤされて喜んでしまう自分がイヤだから、そんな自分を避けたいという気持ちとのせめぎ合いだ。
でも、今回まろみあんの方々との対話を通して、そうしたピコピコしい部分が自分の中にあることを認め、
そこからスタートして成長していくことの必要性を前回よりも強く感じることとなった。

そして、十代の頃からの読者を続けていただいてる方や、まろまろコラムを切り抜いて参考にしていただいている方、
人生の岐路でははしり書きを必ず読み返していただいているという方々は、僕にとってかけがえのない宝。
宝があるなら輝かせなくてはいけない

絞ることができないのは幼稚、絞った後で広げられないのは老化、その間で試行錯誤できるのが青春だと感じたまろまろ茶話会2010。

2010 7/19
出来事メモ、サイト運営

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三重中京大学文化会の研修会で「地域コンテンツによる情報発信とコミュニティ創造」を担当する04.21.10


三重中京大学文化会の研修会にて「地域コンテンツによる情報発信とコミュニティ創造」という題目のレクチャーを担当する。

三重中京大学文化会の人たちが地域コンテンツ創りに取り組みたいということだったので、
文京区友の会の実例を中心に地域コンテンツが地域のかけ橋の役割を果たしていることを解説することとなった。

この三重中京大学では以前にも通常講義の中で「情報化社会の非対称性」を担当させてもらったけれど、
今回は二日間に渡っての技術講習も含めたオープンな会だったので、松阪市役所の担当の方も聴講していただくこととなった。
実際に地域コミュニティの再生に取り組んでいる人たちだったので、
講義の中で解説した、地域コンテンツである文京ごはん文京区占いが地域コミュニティの文京区友の会の基礎となっていることや、
そうした信頼を基にして運営する朝オフ会などの活動については関心が高く、情報交換と議論にも真剣なものになった。
また、一般聴講者もこれから地域コンテンツ創りに取り組んでいく人たちだったので、熱心に耳を傾けていただいたのが伝わって来た。

聴講者の熱心さに加えて、僕自身も文京区友の会で続けている地域活動が、
葛飾区の京成高砂駅周辺や、この三重県での地域コンテンツ創りにも活用してもらえるところに大きなやりがいを感じた。
まさに『サブジェクトからプロジェクトへ』

2010 4/20~21
出来事メモ、まろまろ研究

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