泉質:カルシウム・ナトリウム-塩化物泉
岡山県倉敷市にある天然温泉付きのビジネスホテル。
「亀島温泉 新川の湯 ドーミーイン東京八丁堀」や「堂島川温泉 天神の湯 ドーミーイン梅田東」などの他の系列ホテルと同じように、宿泊客のみが利用可能な温泉。
小ぶりながら露天風呂もある上に、水風呂が源泉風呂になっている点が気に入った。
また、朝食バイキングには岡山名物の祭り寿司がついてくるなどの点も好感度が高い。
2009 1/8
ぷかぷかお風呂日記
まろまろヒット率4
泉質:カルシウム・ナトリウム-塩化物泉
岡山県倉敷市にある天然温泉付きのビジネスホテル。
「亀島温泉 新川の湯 ドーミーイン東京八丁堀」や「堂島川温泉 天神の湯 ドーミーイン梅田東」などの他の系列ホテルと同じように、宿泊客のみが利用可能な温泉。
小ぶりながら露天風呂もある上に、水風呂が源泉風呂になっている点が気に入った。
また、朝食バイキングには岡山名物の祭り寿司がついてくるなどの点も好感度が高い。
2009 1/8
ぷかぷかお風呂日記
まろまろヒット率4
倉敷にある洋食と喫茶のかっぱでカツカレーをいただく。
デミカツ丼が知られているように、岡山はとんかつを出すお店が多い。
このかっぱそんな岡山らしいお店として紹介されておとずれたお店。
カツカレーは、ライスの上にのせられているだけでなく、ルーの中にもうまっていて実にボリューミー。
食べてみるとルーもデミグラスソース風で甘口なのはやはり岡山らしいところ。
ちなみにハヤシライスのトンカツのせも普通に美味しい。
まろまろと今日ももぐもぐ。
岡山県倉敷市の「名代とんかつ かっぱ(河童、カッパ)」にて。
倉敷にある美観地区は天領だった江戸時代の町並みを今も残すエリア。
そんな倉敷美観地区の町家を再利用したカフェ、三宅商店をおとずれる。
こちらのカフェは江戸後期に建てられた雑貨商店を改装している。単なる町家カフェと違うのは、屋号をそのまま受け継いでいる点。
看板には「日用雑貨 荒物 卸小売 三宅商店」という風情のあるものをそのまま使っている。
内装も土間とちゃぶ台が中心になっていて、できるだけ手を加えずに町家をそのまま利用しようとしている点が伝わって来て好感が持てるお店。
写真は本日のケーキだった、レモンとバニラのチーズケーキ。
素朴なチーズケーキの中にはっきりとしたレモンとバニラの風味が感じられて、見た目以上にインパクトのある味わい。
ちなみにこの日は寒くて注文しなかったけれど、パフェも名物とか。
まろまろと今日ももぐもぐ。
岡山県倉敷市、美観地区の「町家喫茶 三宅商店(みやけしょうてん)」にて。
姫路駅で名物のえきそばをいただく。
このえきそば(駅そば)は、うどんのお出汁にかん水を使ったラーメンに近い麺を入れた姫路独自の麺類。
食べてみるとかん水を使っているとは言え、優しい食感の麺なのでうどん出汁とよく合う。
予想以上に統一感のある味わい。
ちなみにこのえきそばが誕生したのは今からちょうど50年前の1949年(昭和24年)。
当時はまだ物資が少なく、冷蔵庫も普及していなかったために、麺の保存性を高めるためにかん水を入れた黄そばを使ったことが発祥となっている。
姫路駅は関西地方と中国地方を結ぶ重要なターミナル駅。その姫路駅を利用した人々の息吹を今に伝える一杯。
まろまろと今日ももぐもぐ。
姫路駅ホームの「立ち食いそば・うどん店 えきそば まねき食品」にて。
新町にあるバール、volareでコーヒーパフェをいただく。
コーヒーゼリーはよくあるけれど、コーヒーパフェは意外とおいている店が少ない。
こちらのコーヒーパフェはフレーク、クラッシュされたコーヒーゼリー、ヴァニラアイス、生クリーム、そして上からコーヒーパウダーをかけている。パフェなのにほとんど甘くないので好きな味。
ちなみにこちらはバールだけど、マンガも置いているなどカフェに近い。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・新町(西大橋)の「volare(ボラーレ)」にて。
まろみあんの人に手渡すものがあったので、BUTTERFLY CAFEをおとずれる。
こちらでは姉妹店であるà la campagne(アラカンパーニュ)のケーキをいただけるということで、à la campagneの定番ケーキ、TARTE MERI-MERO(タルト・メリメロ)をいただく。
タルト・メリメロ(TARTE MERI-MERO)とは、季節の果物がのったフルーツタルトのこと。
果物の甘酸っぱさとタルトのサクサク感がマッチして素直に美味しさを感じられる一品。
ただ、個人的にはカスタードクリームも好きなのでキルフェボンのタルトの方が好みだったりする。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・難波(なんば、ミナミ)、マルイ内の「BUTTERFLY CAFE(バタフライ・カフェ)」にて
モンスーンカフェでタピオカとココナッツミルクのチェーをいただく。
チェー(Chè)とは、ベトナムのぜんざいのこと。
本来は豆類や芋類、穀類などをトロトロに煮込んだものだけど、こちらのチェーはカジュアルなもの。ココナッツぜんざいですな。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・茶屋町(梅田)の「モンスーン・カフェ」にて。
中崎町にある和食居酒屋、KATURAをでくわいの唐揚をいただく。
オモダカ科のくわい(クワイ、慈姑、学名”Sagittaria trifolia”)は田草、燕尾草、クワエとも呼ばれる、お正月の定番。
このくわいをから揚げにするという斬新さまず驚いた。
いただいてみると、スナックのような食感の後にくわいの風味が口の中に広がる。
「芽が出る」ことにかけた正月らしいくわいをおつまみにする着眼点に、ご一緒した人たちと一同感心した一品。
ちなみにキタの中崎町はミナミの新町と共にここ数年で急速に発展している町。
そんな中崎町にあってこちらのお店は女性のオーナーシェフと女性スタッフで切り盛りしているという暖かいお店でもある。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・中崎町(梅田)の「和彩厨房 KATURA(katsura、わさいちゅうぼう・かつら)」にて。
まろまろ@2009年も明けましたね!
今年もどうぞよろしくお願いします(^_-)
さて、『小説作法』スティーヴン・キング著、池央耿訳(アーティストハウス)2001。
『ショーシャンクの空に』、『グリーン・マイル』、『スタンド・バイ・ミー』などで知られる
現代アメリカを代表する作家、スティーヴン・キングが自らの半生と創作について書いた一冊。
原題は”On Writing: A Memoir of the Craft” (2000)。
内容は自伝、エッセイ、作文指南の三つの要素が入っているので、
単なるhow toにとどまらず、スティーヴン・キングらしい表現が散りばめられている。
たとえば文章とは何か?という問いに対しては、「もちろん、テレパシーである」と断言しているし、
修飾語を多用することの弊害を・・・
「飼い猫や犬にイヴニングドレスを着せるようなもので、当のペットも迷惑だし、計算ずくの可愛らしさを押しつけた飼い主は、それ以上にみっともない」(道具箱)
・・・などと書いているのは著者らしいユーモアを感じた。
そんな中でも特に印象に残ったのは・・・
「世界を丸ごと作品に書き込むことはできない。しかし、自分が最も大切にしている世界は書ける。それこそが作品である」(小説作法)
・・・という一節だ。
これは小説のみならず、すべての表現に通じることではないだろうかと強く心に残った。
また・・・
「私が何よりも重きを置くのは残響である」(小説作法)
・・・というのはというのはスティーヴン・キングの作品に共通しているものなので説得力があった。
さらに・・・
「描写は作者の想像に発して読者の印象に帰結すべきものである」(小説作法)
「優れた小説は必ず、物語にはじまって主題に辿り着く」(小説作法)
「文章の極意は、不安と気取りを捨てることである」(道具箱)
・・・などは覚えていこうと思った。
ちなみにスティーヴン・キングの小説を読んでいると、面白いところではあるけれど、
時々描写や表現が長ったらしく感じることも多々ある。
でも、そんなスティーヴン・キングでさえ、削ることを強く意識しているのは興味深かった。
(「プロの作家といえども初稿はおそまつなもの」と言っている点も納得)
以下は、チェックした箇所・・・
○ドアを閉じて書け。ドアを開けて書き直せ。
すなわち、文章の出発点は自分だが、書かれた文章は人の目にさらされるということである。
<生い立ち>
☆文章とは何か?
もちろん、テレパシーである。
<文章とは何か>
☆文章を書く上で心して避けなくてならないのは、語彙の乏しさを恥じて、やたらに言葉を飾ることである。
これは飼い猫や犬にイヴニングドレスを着せるようなもので、当のペットも迷惑だし、計算ずくの可愛らしさを押しつけた飼い主は、それ以上にみっともない。
<道具箱>
○要は平明、簡素を心懸けることである。語彙に関しては、適切で生きがいいと思える限り、真っ先に浮かんだ言葉を使うという鉄則を忘れてはいけない。
<道具箱>
○消極的な愛人が受け身の態度を好むと同様、臆病な作者が受け身に逃げる。
<道具箱>
☆文章の極意は、不安と気取りを捨てることである。
名文と悪文を区別せずにはいられないことにはじまって、気どりそれ自体が小心者のふるまいだ。
<道具箱>
○私の場合、短編であれ、長編であれ、小説の要素は三つである。
話をA地点からB地点、そして、大団円のZ地点へ運ぶ叙述。
読者に実感を与える描写。
登場人物を血の通った存在にする会話。
この三つで小説は成り立っている。
<小説作法>
○構想を練ることと、作品の流れを自然に任せることはとうてい両立しない。
ここはよくよく念を押しておきたい。
作品は自律的に成長するというのが私の基本的な考えである。
作家の仕事は作品に成長の場を与え、その過程を文字に写し取ることだ。
<小説作法>
☆描写は作者の想像に発して読者の印象に帰結すべきものである。
<小説作法>
☆優れた小説は必ず、物語にはじまって主題に辿り着く。
主題にはじまって物語に行き着くことはほとんどない。
<小説作法>
☆私が何よりも重きを置くのは残響である。
固定的な読者が巻を閉じた後、その頭と心に余韻が尾を曳いたら本望だ。
<小説作法>
○初稿を人に見せることについて・・・
野球なら、同店はランナーに有利、小説では作者の得である。
誰かが結末を絶賛し、別の誰かがぼろくそに言った場合も事情は同じ。
評価は互角で、作者は大威張りである。
<小説作法>
☆世界を丸ごと作品に書き込むことはできない。しかし、自分が最も大切にしている世界は書ける。
それこそが作品である。
<小説作法>
○作者がひたすらただ一人を思って書く、その相手を今からは理想の読者(Ideal Reader)、略してIRと呼ぶことにしよう。
<小説作法>
○書くことが人生ではないが、場合によっては、人生の本道に立ち返るよすがである。
<小説作法>
2009 1/1
エッセイ、作文指南
まろまろヒット率4