新今宮にある立ち飲みの岩田屋酒店でホルモン煮込みをいただく。
このホルモン煮込みは岩田屋酒店の一番人気メニュー。
普通のもつ煮と違って、ころころしたホルモンが煮込まれている。
あっさりした味つけなのも好感が持てる一品。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・新今宮(動物園前)の「岩田屋酒店(いわたやさけてん)」にて。
新今宮にある立ち飲みの岩田屋酒店でホルモン煮込みをいただく。
このホルモン煮込みは岩田屋酒店の一番人気メニュー。
普通のもつ煮と違って、ころころしたホルモンが煮込まれている。
あっさりした味つけなのも好感が持てる一品。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・新今宮(動物園前)の「岩田屋酒店(いわたやさけてん)」にて。
新世界にある串かつの越源で牛スネ肉の串かつをいただく。
ホロホロとした牛スネ肉とサクサクの衣があいまって、実に美味しいい一本。
ちなみにすっかり観光地化が進んで安全な街になった新世界にあって、こちらのお店は屋台風のディープな雰囲気を残しているのもいいですな。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・新世界(新今宮、動物園前)の「串カツ専門 越源(えちげん、こしげんでは無い)」にて。
新型インフルエンザの感染拡大の流れで今週一週間お休みになったので、まろまろ茶話会2009の準備をしはじめている、
まろまろ@一両日中にもこのまろまろメルマガで告知します(*^_^*)
さて、『神は妄想である』リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳(早川書房)2007。
『利己的な遺伝子』や『盲目の時計職人』で知られる進化生物学者、リチャード・ドーキンスが神の存在と宗教の価値を否定する本。
原題もずばり“The God Delusion”。
この本がすごいのは、科学的手法を使って神の存在を否定するだけでなく、神に救いを求めること自体を否定しているところだ。
たとえば、よく耳にする宗教心が道徳の指針になるという主張や、超自然的な存在に救いを求める人間の心理に対しても、
進化心理学の研究結果や実際の聖典の読解を通じて、道徳の指針としても心の寄り処としても宗教は不適格だと言い切っている。
科学的な証拠を積み重ねながらも、軽快な口調で論理展開していく手法は、まさにリチャード・ドーキンスらしいところ。
さらにこれまでの著書での知見を駆使しているので、この本はリチャード・ドーキンスの集大成とも言える。
それだけに、啓蒙書として書かれていることもあって、押し付けがましく感じる面もある。
たとえば、人間にはもともと隣人愛や道徳心が進化的に獲得されてるのに、あえて宗教に惹かれる原因を、
「飛んで火に入る夏の虫」と同じく進化的に獲得されたプログラムの誤作動だと言い切っているところ。
さらに超自然的なものに救いを求めることは、「くるぶしを挫いた瞬間に、誰か告訴できる相手がいないかと見まわす人間の幼児性と同じである」
と最終章で結論づけているところなどには、”You have so much smart than us, Prof. Dawkins.”と思わず突っ込みそうになった(w
ただ、イギリスの、しかも神学が発祥のオックスフォード大学の教授でありながらここまで言い切るのは勇気がいること。
それは、子供に対する宗教教育は精神虐待であることについて一章をさいているように、
宗教がもたらす流血や紛争の悲劇に対して、科学者の立場から真実を語ろうとしているからだというのは理解できる。
(日本の場合は”神”を”霊”に置き換えると分かりやすいかも)
現にドーキンスがこの本を書いたのは、9.11同時多発テロがきっかけになっている。
「科学は一般に、工学技術とはちがって、常識を侵害するものである」と言っているように、
常識と真実がぶつかった時は真実を取るというその姿勢には素直に感銘を受ける。
(確かに一般常識や社会常識を振りかざす人は、無知蒙昧で可能性の少ない人が多い)
そうした科学者としての迫力も含めて、まろまろヒット率5。
以下はチェックした箇所・・・
○もし< 神>という言葉によって、宇宙を支配する一連の物理法則を意味するのであれば、そのような神は明らかに存在する。
この神は情緒的な満足感を与えてくれるものではない。・・・重力の法則に祈ってもあまり意味がない(カール・セーガン)
<第1章 すこぶる宗教的な不信心者>
○私は要らぬ侮辱をするつもりはないが、宗教を扱うのに、ほかの事柄よりも手控えた扱いをして甘やかすつもりはない
<第1章 すこぶる宗教的な不信心者>
○ありえなさという問題に対する答として自然淘汰が有効であり、偶然と設計がはなから不適格であるのはなぜだろう?
その答は、自然淘汰が累積的な過程であり、これが、ありえなさという問題を小さな断片に分割するから、である
<第4章 ほとんど確実に神が存在しない理由>
○設計者仮説はただちに、その設計者を誰が設計したのかというさらに大きな問題を提起する
<第4章 ほとんど確実に神が存在しない理由>
○信仰者のほうが懐疑論者よりも幸福であるという事実は、酔っぱらいのほうが素面の人間よりも幸せだという以上の意味はない(ジョージ・バーナード・ショー)
<第5章 宗教の起源>
○生まれつきの二元論と生まれつきの目的論があいまって、適切な条件が与えられれば、私たちはたやすく宗教へ走ってしまう。
ちょうど、先の光コンパス反応がガをうっかりした「自殺」に追いやったように
<第5章 宗教の起源>
○ほかの誰か(子供の場合は両親、大人の場合は神)が、あなたの人生に意味と理由を与える責任があるという仮定には、どこか幼児的なものがある。
くるぶしを挫いた瞬間に、誰か告訴できる相手がいないかと見まわす人間の幼児性とまったく同じである
<第10章 大いに必要とされる断絶?>
☆科学は一般に、工学技術とはちがって、常識を侵害するものである
<第10章 大いに必要とされる断絶?>
2009 5/18
宗教、科学、進化論、学問一般
まろまろヒット率5
お好み焼きチェーンの、ゆかりで特選ミックス焼をいただく。
この特選ミックス焼は豚、イカ、エビが入っている定番メニュー。
食べてみると、実にオーソドックスな生地と味つけで家庭の味に近い。
ちなみにこの日は、ゆかり半額デー。
ゆかりの半額デーは、年2回だけ。しかも事前告知は一切せずに、当日店頭だけで告知するというレアな存在だったりする。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・難波(なんば、ミナミ)、千日前の「お好み焼 ゆかり」にて。
cafe & diningのOhatsuで、本日のパスタのサーモンと白髪ネギのあっさりペペロンチーノをいただく。
このサーモンと白髪ネギのあっさりペペロンチーノは、、本日のパスタ。
名前の通り、とてもさっぱりとした味つけで安心できる味。
ただし、個人的には白髪ネギのしゃっきり感がもう少しほしかった。
ちなみにこのOhatsuは、似顔絵プレートを入れたお誕生日ケーキなども対応してもらえるのでパーティ利用もしやすいお店。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・心斎橋、アメリカ村(アメ村、ミナミ)の「dining bar & cafe Ohatsu (ダイニング・バー&カフェ オハツ、お初)」にて。
STANDARD BOOKSTORE CAFEをおとずれる。
このSTANDARD BOOKSTORE CAFEは、その名の通り、書店のSTANDARD BOOKSTOREに併設されているカフェ。
特徴的なのは、書店に並べられている購入前の本も自由に席に持ち込んで読める点。
立ち読みでは無く座り読み、しかもカフェに持ち込めるというのは本好きにとってはとても嬉しいところ。
注文したキャラメルチーズケーキは、小ぶりにカットされたケーキが向かい合わせにのっていて、その上から生クリームがかけられてある。
見た目も可愛いけれど、味の方も自然なチーズの濃くとキャラメルの風味を感じられる。
本屋さんのカフェなのに本格的な手作りなのがうれしい。
すっかり気に入ったお店。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・心斎橋、アメリカ村(アメ村、ミナミ)の「STANDARD BOOKSTORE CAFE(スタンダード・ブック・ストア・カフェ)」
すなおやで山芋と魚介のお好み焼をいただく。
このすなおやは、漁師風の店構えが印象的な海鮮居酒屋。
その海鮮居酒屋での一番人気がこの山芋と魚介のお好み焼とのこと。
お好み焼きが一番人気というのは大阪らしいところだと思って食べてみると、山芋が使われているだけあって生地がとろりとしている。
お好み焼きというよりも、とろりとした食感の方が強いので、魚介類とも相性の良い一枚。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・西中島南方の「魚居酒屋 すなおや(素直屋)」にて。
居酒屋の晴屋でつばすのお刺身をいただく。
つばす(ツバス)とは、鰤の幼名のこと。
出世魚と知られている鰤(ぶり、ブリ)は成長段階で様々な名前があるけれど、このつばすは、その最初の名前。
鰤の特徴である脂は少なくて、確かに青々とした感じがする。縁起の良さを感じながらいただいた一品。
ちなみにこちらのお店は1階は立ち飲みだけど、上の階はぐっと落ち着いた和風居酒屋になっている。
まろまろと今日ももぐもぐ。
大阪・梅田、お初天神通りの「うまいもん酒房 晴屋(ハレルヤ、晴家では無い)」にて。