社会科学のミッドフィルダーに

政策の学生は大学で政治も法律も経済も人文科学も
コンピューターも勉強するが、法律では法学部の人に劣るし、
経済では経済学部の人の負けてしまうという事実が存在している。
それぞれの専門分野ではそれだけを勉強をしてさえいれば
専門家として通じるのでこれは当然の結果だ。
 しかし現在人類が直面している様々な問題は一分野の専門家だけでは解決で
きないのは明白だ。もし僕が欧米のことしか勉強しない専門家ならば
地域の文化風習は一生知ることはなかったかもしれないし、
関心さえ払わなかったかもしれない。そうした状態で将来僕が
こうした地域で仕事をすると仮定すれば本当にゾッとする。
その地域への無理解が多くの問題を引き起こしただろうし、
一番怖いのは僕が現地の文化風習へ偏見を持ち、
そのことにさえ気ずかず現地の人達を差別するという仮定だ。
こうした僕自信の仮定は残念なことに他の人々によって現実化しているという。
まず現地に行き、そこの文化風習につねに関心を払う人間でありたい、
そしてつねに自分の知らない地域のことを
読書やテレビをとうして注目してく人間でありたい。
 かなり話が飛躍したと思われるかもしれないが、こうしたことが初めに言っ
た政策科学生としての話につながると思う。経済だけを勉強してきた人にとっ
て政治学はバングラディシュの文化のようになじみのないものかもしれない。
専門家とはそれぞれ孤立して調査、研究するものだからなおさらだ。その状況
下で様々な専門家同士が一つの問題を解決しようと協力するのは困難だと
思う。まさに僕がついさっき仮定した嫌な将来像と同じような
過ちをおかすかもしれない。
もし先進国の開発においては一流の専門家だけがバリの文化風習に
関心を払わなずにバリ開発を担当したらどうなるだろう?
JICAなどがおこなってきた日本の開発援助に対する批判は
そうしたことの現われの一つではないだろうか。
ほとんどその地域に関しての知識がない人達が発展途上国の開発で
初歩的な失敗をおかすのは当然の結果だと思う。
 国際開発だけでなく、おおくの分野でこうしたお互いや、
対象となるものへの不理解からくる失敗を
できるかぎり防ぐのが政策科学の仕事だと思う。

 このことをサッカーにたとえると面白いのでやってみよう、
政策科学部生だけに限らず広く政治や経済などを学んだ人は
サッカーで言えばミッドフィルダーだと思う。
シュートを打たせればフォワードにまけるし、
守らせればディフェンダーにまける。
でもフォワードとディフェンダーとキーパー、
つまり専門家だけではゲームが成り立たない、
普通専門家同士はつながりが薄いから
(自分の専門分野だけしてればそれでいいから)
連係プレーがスムーズにできない。そこでその間に入ってボールのつなぎ役が必要だ。
状況を他の誰より理解して専門家同士の橋渡し役になる人間、それがミッドフィルダーだ。 
 これが実社会で僕たち政策科学部生が力を発揮できる方法の一つだと思う。
バリ島の開発をするなら、開発の専門家とバリ島の文化研究の専門家、
地域住民との間に入ってそれぞれの話し合いがスムーズにできるような場
(スペース)を創ることができるのはある程度の知識を広く持った人間が適任だ。
サッカーのことわざで「スペースを活かせる人間は一流、
スペースを創りだせる人間は超一流」という言葉がある。
多くの人達(専門家も含めて)が力を発揮できる場を創り出すことは
重要だけどなかなか出来ていないものだ。かつてジーコという選手がいた、
彼はもう年をとってスピードもパワーもなく、すぐケガなどで退場する選手だった。
しかし彼がいる時といない時ではそのティームは全然違っていた。
彼が出場した試合ではそのティームの他の選手達が見違えるようにイキイキとプレーできた。
決して派手ではなくほとんどが地味な仕事をするだけの選手だったが、
すばらしい状況判断を持ち、非常に存在感をかもしだした、神とまで言われた人だった。
このことは僕たちにとって心強い事実だと思う。
 こうした仕事をするためには大学の中の友達などだけで固まらずに多くのも
のを読み、多くの人達と話し、多くの場所に行き色々なことを感じなくてはい
けないと思う。所詮一人で部屋にこもって勉強だけしてもそれぞれの分野では
中途半端で終わり、結局何の役にもたたない人間になるだけだ。もちろん本を
使った勉強も重要だ(基本だからね)。が、それよりも自分の足で色々な
タイプの人たちと会い、どうしたらうまく付き合えるかを考えたほうがはるかに
政策科学部生として有意義で、自分というものを社会に活かせると思う。
専門家は(結果的に偏った研究をしてしまうから)社会的に欠陥したひとも
多いので、代わりに僕たちが実社会を経験し状況判断力を高め、
専門家の社会的欠陥を補っていく方法を学ぶことが重要だと思う。
 「人とのつながりを広げて大切にしよう、多くの人達の能力を活かせる場を
創れる人間になろう」これがぼくの将来像であり、
このために大学生活をすごそうと思う。


2001年現在の今にして読み返せば実に恥ずかしいことを書いているが
実はこれが自分の考えを文章にした最初であったし、
これが大学以降の学生生活の僕のポリシーだったので消さずに残すことにする。

大橋武夫 『定本 名将の演出―号令・命令・訓令をどう使い分けるか』 マネイジメント社 上巻 1977

第一次大戦までの戦術を解説した本。
特にタンネンベルクの戦いに多くの箇所をさいている。
しかし第二次大戦以降の近代戦についてはまったく記述がない、
これは著者が元日本軍将校だからか?ちょっと片手オチな感じがする。

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1995 6/29
戦略論、歴史
まろまろヒット率2

学内ディベート大会参加

初戦敗退してとても悔しい!! 以降、リベンジを誓う。
見学した決勝戦では審査員の講評として「ただ攻めるだけではダメ。
守る人、ワナを張り巡らす人がディベートでも必要」と言っていたのが印象深かった。
(この時対戦したチームにいた何人かはその後マレーシアプロジェクトで同僚になる)

1995 6/28
出来事メモ

向坂逸郎 『資本論入門』 岩波書店 1967

「現代の政治・経済・経営」で宮本憲一教授が
「大学生のうちに『諸国民の富』(アダム・スミス)と『資本論』(マルクス)と
『雇用、利子および貨幣の一般理論』(ケインズ)の三つくらいは
読んでおくべき・・・」と言っていたのが気になっていたので
家においてあったこの本を読んだ。
資本論の時代的背景、骨格はだいたいわかったが少し階級闘争的な
感情論があったので本自体の質を落としている。

1995 6/19
経済学
まろまろヒット率2

『環境と開発』 宮本憲一著 岩波書店 1992

カリキュラム「現代の政治・経済・経営」のテキストなので買って読んだ本。
多くの人から名著という評価を受けていたので一度読んでみたが、
たしかに評判どおり日本の環境学を語る上では無視できない一冊だけでなく
読んでいてかなり面白い。

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1995 5/31
環境学、政策学
まろまろヒット率4

ダニエル・キイス、堀内静子訳 『24人のビリー・ミリガン』 早川書房 上下巻 1992

非常におもしろかった本、ドキュメンタリー小説なので以前読んだ
フィクションの『アルジャーノンに花束を』よりもはるかに興味深かった。
以後、この本は心理学的な話になるとネタに使うことになる。

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1995 5/3
小説、ドキュメンタリー、心理学、教育学
まろまろヒット率4

トルストイ、原久一郎訳 『光あるうち光の中を歩め』 新潮社 1952

題名にひかれて読んだ本、ローマ時代の裕福な人間がキリスト教に
改宗していくさまを描いた小説。題名がすごく印象深かったので読んだが
題名ほどおもしろくはなかった。
大学入学最初に読んだ本。

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1995 4/8
小説、文学
まろまろヒット率2