高熱は下がったけど肝臓障害が見られるので、高たんぱく&高カロリーの食べ物を求めて知り合いと焼き肉に行く。なぜかこの店は石臼ざるそばがあった。可もなく不可もなくという味だけど、このメニューだけは不思議なり。もちろん頼みました。
神田駅前の「蛮」にて。
中島尚正・原島博・佐倉統編 『総合情報学』 放送大学教育振興会 2002
いまさらだけど鈴木杏の演技はうまいと思う、らぶナベです。
さて、『総合情報学』中島尚正・原島博・佐倉統編(放送大学教育振興会)2002年初版。
まがいなりにも学際情報学という専攻分野に籍を置いている身としては、
1冊くらいは概要書を読まなきゃという気がしていたので
指導教官に尋ねてみたら研究室として大量購入してくれることになった本。
放送大学大学院の講義「総合情報学」の記録をまとめた教科書。
この講義は複数の担当者が各回ごとにリレー講義をしてするもので、
代表編者として名前が挙がっている編者以外にも、
主な執筆者は濱田純一、北側高嗣、西部忠、植田一博、山内祐平、
加えてゲストスピーカーは廣瀬通孝、河口洋一郎、谷淳、水越伸、会津泉、
金子郁容、小長谷明彦、西垣通など、この分野を担うの主な研究者が参加している。
内容も学際(総合)情報学で話題になるトピックスを網羅してくれているし、
各章読み切り型の構成でとっつきやすく、概要書としては最適な感じがする。
ただ、まだこの分野が過渡期にあるため&複数の執筆者がいるからとはいえ、
「確立した知識を提供することよりも現象の見方や理解の仕方に力点を置く」(第1章)
という姿勢が目立ちすぎて単なるダイジェスト版的な感じがした。
概要書だからダイジェスト版でもいいんだけど、
定義や射程などについてはもうちょっと突っ込んでやってほしかった。
(概要書に求めすぎ?)
以下は、チェックした箇所(一部要約)・・・
○総合情報学の目的=
1:高度に発達した情報環境と情報を理解し、そのあり方を考究する
2:情報環境や情報が人間・社会の活動における知の営みに及ぼす影響を考究する
3:情報環境や情報を手がかりにして人間・社会や生命を考究する
<第1章:総合情報学の視座>
☆「情報」=「知るということの実体化」(高橋秀俊,1971)+「区別」(渡辺茂,1968)
→前者は情報の基本的な意味、後者は情報の基本的な価値
<第1章:総合情報学の視座>
☆総合情報学の精神的支柱=(環境との相互作用を含む)情報の状況依存性、文脈依存性
<第2章:情報技術の発展(1)ーメディアの進化>
☆市場とインターネットに共通した特徴=自立分散型ネットワーク
→貨幣=あらゆる商品の経済的価値を一元的に表現することで、
市場というネットワークを作り出す独立の情報媒体
→インターネットで見られた、独立媒体性に基づくモジュール化と階層化は、
まさに市場において貨幣が可能にするもの
<第5章:情報と経済>
○コピーレフトの保証書=”GPL”=”General Public License”(公共使用許諾書)
→適応されたプログラムを改変した場合、
改変後もGPLをつけなくてはいけないと再帰的に規定するライセンス
<第5章:情報と経済>
○進化主義は、構築主義や操作主義に見られる理性万能主義を拒否するが、
制度設計という考え方自体を気否定するものではない
→むしろ媒体の制度設計を重要な政策的課題として認識する立場にある
<第5章:情報と経済>
○自己をなす構造とは系の力学系構造(開放力学系)に相当し、
非連続な自己意識の経験はその力学系構造の時間発展から得られる
コーヒレント相と非コーヒレント相の間での間欠的遷移の繰り返しから説明され得る
<第8章:脳と身体性 ロボットが「自己」を意識するとき>
○表象主義(計算主義)=人は心のなかに表象をもち、
その表象構造を操作(計算)することで思考を進めているという考え方
<第9章:情報装置としての人間>
☆メディア論の基本的な視座=メディアは技術に支えられているが、
社会的要因から技術のあり方もデザインされる、という循環的なとらえ方で
情報技術、メディア、社会と人間の関係性を見ていく姿勢
<第10章:情報化時代とメディア>
○歴史社会的な文脈のなかでメディアを位置づけることは、
私たちがメディアを人々から切り離されて成り立つ閉じたシステム、
「系」としてとらえるのではなく、人間との関わりに向けて開かれた
「系」としてとらえていくパースペクティブを条件としている
<第10章:情報化時代とメディア>
○ネットワーク社会の特徴=cheap,fast,out of control
<第12章:ネットワーク・コミュニティの組織論>
☆ネットによって情報の入手コストは下がるが逆に情報の信用コストはあがる
→信用コストを下げる方法としてセキュリティ技術の向上やコミュニティ形成が注目される
<第10章:情報化時代とメディア>
☆進化=あるシステムが累積的に変化していくこと(特に環境に適応していく過程)
<第14章:情報と生命論>
○普遍選択理論(universal selection theory)、普遍的ダーウィン主義(universal Darwinism)
=情報が自己複製するシステムであって一定の条件を満たしていれば、
生物体でなくてもダーウィンの進化理論は適応可能であるという考え方
<第14章:情報と生命論>
☆メディオロジーの特徴=一対多、非平等・非対称形、通時的
(従来のコミュニケーション論は一対一、平等・対称形、共時的)
→内容面より伝達面の重視、技術と制度両面に注目、歴史主義的、文化の生態学
<第14章:情報と生命論>
2003 8/29
情報・メディア、総合情報学
まろまろヒット率4
松崎冷菓の「うみのバニラ」(塩アイス)
ここ数日平均39度6分の高熱。普段は平熱も低いのでこの生涯最高熱はつらい!そこで熱と言えばアイスクリーム。室戸の海洋深層水を使ってなおかつ少し塩味がする「うみのバニラ」を食べる。味は微妙だけど身体には良さげ。ダウン中も食べることとメディア活動は忘れないこんな僕は長生きしそう?
小石川のまろまろハウスにて。
京極夏彦 『陰摩羅鬼の瑕』 講談社 2003
らぶナベ@40度近い高熱からようやく解放されつつあるっす。
さて、『陰摩羅鬼の瑕』京極夏彦著(講談社ノベルス)2003年初版。
京極堂シリーズ最新作のミステリー小説。
この京極堂シリーズは去年読んで以来、ハマッてしまって何度も読み直している。
特に第1作目の『姑獲鳥の夏』を読んだときはかなりの衝撃を受けて、
いまの学校に通うことになるきっかけのひとつになったくらいだ。
(人生のボタンかけまちがえた?(^^;)
そんな京極作品は今回5年ぶりの新刊ということで、
発売日(8/8)当日に意気込んで買って読んでみた。
感想は・・・ちょっと生ぬるい(^^;
このシリーズはたとえ犯人がわかっていても、
その動機やトリックが衝撃的で毎回驚かされるものなのに
今回は犯人も動機もトリックもすぐにわかってしまってぜんぜん驚きがなかった。
前作の『塗仏の宴』(支度&始末)を読んだときも感じたが、大丈夫だろうか京極夏彦。
とはいえ、今回のテーマはハイデガーによる存在と時間の認識論と、
儒教の死生観を絡めながら生と死の概念について扱っている。
ちょうど遺書を書いたときだったのでテーマ的にはすごく興味深かった。
生と死の認識の「瑕」が語られる最後のシーンでは、
展開も結末もわかっていても「きゅん」っとなってしまった。
まだまだやれるぞ、がんばれ京極夏彦!
2003 8/21
小説
まろまろヒット率3
駒形どぜうで「どじょうの柳川鍋」
チリコンカンのふんわりオムライス
ストビジでお馴染のHIROくんの名古屋の家にお泊まり。ブランチはチリコンカンのふんわりオムライスを手作りしてくれました。さすが元フードビジネスで鳴らした腕前!
名古屋の服部邸にて。
生涯最高のパステルの「プリン」
さかなやまのシメの「釜飯」
CAZAN(カザン)のおしゃまな「モーニングセット」
旅行とは別の友達の家に1泊して愛知に滞留中。美味しいと噂の喫茶店のモーニングを頼んでみる。たまごサラダがナニゲにおしゃま。
名古屋の喫茶店「CAZAN(カザン)」にて。
西行法師プレイ「三州足助を歩く」篇
毎年夏になると旅に誘ってくる知り合いから「三州足助に行く」
というメールをもらったので今年の夏は三州足助へ。
・・・ってどこ? そもそも何て読むの?
自力で調べてみたものの、三州足”取”だと間違えて、
「みすあしとり」とまったく別の読み方で調べてしまった。
当然、調べれば調べるほど混乱は助長する一方(>_< )
誘ってきた知り合いとの連絡もほとんどつかずに右往左往していたら、
直前になって三州足”助”で「さんしゅうあすけ」と呼ぶということがようやく判明。
そんな混乱の中で迎えた当日はAM8:30に名古屋駅集合ということだったので、
僕ともう一人の東京組は早起きをして新幹線に乗車。
名古屋駅で大阪組と合流して名鉄線に乗り換えようとすると・・・
「ああ~!」、大阪組が車内に乗ったまま電車の扉が閉まってしまった!
合流して数分、ろくに話もしないまま再び東京組・大阪組が分離してしまった。
まさに離合集散。
(電車の中から見る駅に取り残された僕の表情はアイフルの子犬のようだったらしい(^^;)
途中の駅で合流してようやく東岡崎駅へ。
そこからバスで1時間10分(!)かけて着いたのが愛知県足助町、別名:三州足助。
もともと交通の要衝で内陸部まで塩を運んだ塩の道が通ることで有名な土地らしい。
秋には香嵐渓の紅葉が名所で、お盆のこの時期は通りに面した各家の軒先に
「たんころりん」という行灯が出ているので知り合いはこの地を選んだようだ。
歩いてみると去年の郡上八幡もそうだったけどコンパクトな町だなぁっという気がした。
十分に歩いてまわれる広さで、30年くらい前から時間がとまっているような街角。
こういう町は何が良いっていうわけじゃないけれどなんとなく好きになれる。
宿の方も築150年以上たっている宿場に泊まることになったが、
繁盛期のはずなのに僕たち以外にはもう一組しか泊まっていなかった。
こういうさびれた感じも国内旅行の醍醐味ですな。
食後にたんころりんを見に町に出ると、道端が行灯でぼんやり照らされていて
昼間よりもぐっと風情のある町並みになっていた。
ただ、(おそらく風で)倒れて転がっているたんころりんを見つけたときは、
実に無残な姿でちょっと哀しくなってしまった。
何ということもないけど何となく心に残る町。
そんな三州足助、ここで一句・・・
2003 8/16~17
出来事メモ、西行法師プレイ
後日談。
三州足助の帰りに別の知り合いの家に泊まって数日ほど名古屋に滞留したときのこと。
名古屋駅前のツインタワーのスタバフェで友達がコンサルしている仕事
(新メニュー開発)の相談に乗っていると、ひょんなことからある人と知り合いになった。
名古屋は良く知らなくて飲み屋を探していると言うとその人が働いているお店を紹介された。
・・・これはやばいのでは?っと思いながらも予約していくと、めちゃうまかった。
(隠しコンテンツ「ごはん日記」で写真は公開)
こういうひょんな出会いが旅の良さですな。