ロラン・バルト、花輪光訳 『文学の記号学―コレージュ・ド・フランス開講講義』 みすず書房 1998

ちょっとした試験に通ったので特命係長プレイとして4月から倫理も担当することになった、
まろまろ@人類の哲学・思想・宗教の流れを知ることは、自分が悩んだり迷ったりした時に大きな参考になると思ったからです☆

さて、『文学の記号学―コレージュ・ド・フランス開講講義』ロラン・バルト著、花輪光訳(みすず書房)1998。

副題にあるように、ロラン・バルトがおこなったコレージュ・ド・フランス(Collège de France, CdF)の講義をまとめた一冊。
原題は”Leçon: Leçon inaugurale de la chaire de sémiologie littéraire du Collège de France” (1978)。

読んでみると、まずロラン・バルトが文学の定義を・・・
「私が文学という語によって意味するのは、一群または一連の作品のことではなく、それにまた、商売や教育上の一部門のことでもない。
ある実践、各という実践が残す痕跡からなる複合的な書き物(グラフ)のことである」
・・・と広がりを持って捉えているところが注目された。

また・・・
「たとえ権力の外にある場所から語ったとしても、およそ言説には、権力(支配欲 libido dominandi)がひそんでいる」
・・・と指摘しているのは、インターネットで情報を発信する自分自身のことを振り返ることになり、
またmixi日記などで無自覚に支配欲を発揮する人たちのことも重ね合わせて考えさせられるものがあった。

そして論旨を展開しながら・・・
「科学は粗雑であり、人生は微妙である。そしてこの両者の距離を埋めるからこそ、文学はわれわれにとって重要なのである」
・・・と言い切っているところも印象深い。

講義の最後で・・・
「一生のうちには、自分の知っていることを教える時期がある。しかしつぎには、自分の知らないことを教える別の時期がやって来る。それが研究と呼ばれる」
・・・と述べているのは、すごく良い表現だと感じた。

とはいえ、ロラン・バルトの言っていることはコロコロと変わっている(「転位」)し、使っている用語もかなり曖昧なもので、何だかよく分からないところも多い。

そんな分かりにくい講義内容でも、この本の半分にもなる訳者の解説が付いているので、通読すれば理解しやすいように工夫されている。
訳者が解説の中で・・・
「彼の本質的寄与は(中略)彼の言表の内容にあるのではなく、言表の仕方にあるのだ」
・・・というロラン・バルトの評価を紹介しているように、
エクリチュール(écriture、言説)の快楽に注目したロラン・バルトのあやしい魅力があふれる講義録。

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2010 2/4
文学論、記号論、思想
まろまろヒット率3

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