佐藤弘夫 『日蓮―われ日本の柱とならむ』 ミネルヴァ書房 2003

宿坊に泊まってきた、まろまろ@17時に夕食で18時にはすでに布団がしかれていました・・・

さて、『日蓮―われ日本の柱とならむ』佐藤弘夫著(ミネルヴァ書房)2003。

日蓮宗(法華宗)の開祖・日蓮の伝記。
友達から誘われた宿坊が身延山久遠寺にあったので、久遠寺を開いた日蓮の伝記を読もうと手に取った一冊。

日蓮は鎌倉仏教の始祖たちの中でもとりわけ評価が難しい人物だ。
強烈な個性の持ち主で、戦後の新宗教などに見られるように現代にもその影響は強く残っていている。
そんな日蓮の生涯をえがいた本となるとなかなか難しいけれど、この本はこれまでの日蓮研究の先行研究を踏まえて、
できるかぎり事実に即して日蓮の足跡を再現しようとしている信頼性の高い研究書ということで読んでみた。

読んでみると、確かに多くの先行研究を比較しつつ持論を述べる姿勢は冷静さを感じると共に説得力があった。
中でも一番興味を持ったのは、「鎌倉での辻説法を裏付ける資料は皆無」としているところだ。
日蓮と言えば強烈な辻説法のイメージがあるけれど、「不特定多数の人々にやみくもに法を説いたというよりは、
知己のルートをたぐって一対一の対話を重ねながら着実に理解者を増やしていったというのが、この時期の布教活動の実態」、
「日蓮教団の教線は、これ以降も血脈と人脈に沿ってひろがっていく」としているのには興味を持った(第二章:立正安国の思想)。

もちろん、「比叡山での疎外感と孤独感が、日蓮を妥協のない一途な真理追究の道へと押しやったのである」(第一章:立教開宗への道)という部分や、
「共通点の多い天台と日蓮を隔てるものは、数々の体験に裏打ちされた、法華経を正しく読み切った人間は自分一人であるという強烈な自負」(第四章:佐渡の開眼)などのように、
日蓮の人生には終始その強烈な個性と主張が感じられるけれど、信者への細やかな手紙に見られるように、不特定多数ではなく、
自分の手の届く範囲の関係から広げていった姿は、これまでの日蓮のイメージとは違っていたので興味深かった。
(ソーシャルネットワーキング的と言ってもいいかもしれない)

ちなみにこの本は宿坊に行く前に読み始め、ちょうど行く途中の高速バスの中で読み終えた。
読書の直後に訪れた久遠寺では、年始の準備でくじ引きの看板が用意されていて、「二等:任天堂DS」という張り紙があった。
ちょっと安心するとともに時代の流れの残酷さも同時に感じたw

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2006 12/29
歴史、宗教、仏教
まろまろヒット率3
スピリチュアル

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