司馬遼太郎・ドナルド・キーン 『日本人と日本文化』 中央公論新社 1984

“まろじぇくとX”の参加者からの声が掲示板にアップされた(ここ)、
らぶナベ@二人きりでも楽しんでもらったようでちょっと嬉しいっす(^^)

さて、『日本人と日本文化』司馬遼太郎&ドナルド・キーン談(中央公論新社)1984年初版。
司馬遼太郎(小説家)とドナルド・キーン(日本文化研究家)との日本文化談義の本。
出身地の影響もあってか(司馬=大阪、キーン=ニューヨーク)、
どちらも教養を明るさや洒落っ気で包む人なので、、
日本文化を語るときについてまわりがちな陰険さがなく
楽しそうな対談の様子が文章に落とし込んでも現れている。
「それは言い過ぎやろ」と突っ込んでしまうところもあるけれど、
キーン氏が”あとがき”で書いていたように
面白いおっちゃんの会話を横で立ち聞きするような気分にさせてくれた。

特に「第5章:日本人のモラル」、「第7章:続日本人のモラル」では
日本がどれだけ儒教の影響を受けたのかということについて、
二人の相違点が明確に出てきてその対立が面白かった。
また、最後には「日本的なものとしてがんばりすぎると、
変なものになってしまう(もっと自然でいこう)」
・・・っと同意して終わるのも二人の対談らしくて思わず笑ってしまった。
手軽だけど侮れない本。

ちなみにWEBサイト英語化プロジェクト(まろぷろ)で何かとお世話になっている、
ニューヨーク在住の市川文緒さんはキーン氏のお弟子さん。
そんな遠い人とお話できるなんてネットってすごい(いまさら(^^;)。

以下は、チェックした箇所(気になった順)・・・

・人間というのは、矛盾があればあるほどおもしろいですね。
 矛盾があれば、その人間が何かを考えているということがわかります(キーン)

・徳川時代は鎖国だったから、当時の日本人がみんないっしょに
 秘密を言い合って楽しんでいたというような気がします(略)
 江戸文学には普遍性がなかったと言えます(キーン)
→2ちゃんねるで盛り上がるスレッドもそんな感じだ(ナベ感想)

・日本の歴史を眺めておりますと、あらゆる面に外国文化に対する愛と憎、
 受容と抵抗の関係があるように思われます(キーン)

・日本人は原理というものには鈍感(司馬)

・もしも日本的な趣味を一つだけに絞ろうと思ったら、
 私は東山時代の文化じゃないかと思います(キーン)←司馬も同意

・南宋の文化は、日本にいちばん影響を与えたと思います。
 そのあたりの詩歌は、日本人の趣味にぴったり合っていた。
 感情的であって、あまり雄大なテーマはとり上げない(キーン)

・古い伝統を作るには、十年くらいかかる(略)
 逆に言えば、十年ぐらいかけると伝統を創りだすことができる(キーン)

・日本人はいつも何が日本的であるかということについて心配する(略)
 意識して特徴を出そうと思ったら、むしろ本居宣長のような、
 なにか不自然なものになるんじゃないか(キーン)
→大賛成です(略)あまり日本的なものとしてがんばりすぎると、
 いやらしいものになる(司馬)

・恥ずかしいことはできないということだけで社会の安寧秩序が保てる。
 その程度のことだけで保てる社会というのは、不思議な国で、
 ぼくがいつも日本を不思議だと思うのは、この点なんです(司馬)

・日本はひじょうに不思議な国になります。英雄のいない国です(キーン)

・政治というものはひじょうに男性的なものですけれども、
 ぼくら日本人というのは、
 政治を男性的にとらえにくい感覚をもっているのじゃないか(司馬)

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2003 1/10
文化論、対談
まろまろヒット率4

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