佐倉統 『進化論という考えかた』 講談社 2002

ありあわせで作ったオイルサーディンとキャベツのパスタは何気に美味しかった、
らぶナベ@健康にもめちゃイイ!・・・はず(^^;

さて、『進化論という考えかた』佐倉統著(講談社現代新書)2002年初版。
進化論の視点から「人間」と「情報」を捉えようとした一冊。
前から僕は『数学の秘かな愉しみ』(K・C・コール)などの
異分野の視点から光を当てる(自然科学→人文科学など)本に興味を持っていた。
愛読書の『坂の上の雲』(司馬遼太郎)も秋山真之が村上水軍の戦法にヒントを得て
日本海海戦の基本戦術を組み上げるところに見所のひとつを感じているくらいだ。
そんな僕だからこの本もワクワクして読みはじめると、
実際には進化論を中心とした研究者たちがいかに「人間」と「情報」を
捉えようとしたかについての科学史の再編的な色合いが強かった。
そういう点では以前読んだ『化学入門』(原光雄)に近い印象を受けた。

この本の中で一番興味深かったのは専門家と非専門家
(異分野の人々)の間をつなぐものは「物語」だとしている点だ。
僕も前々から一口に日本語といってもマクドでの中学生の会話、法廷での会話、
メーカーの研究部門での会話、IT企業でのシステム開発の会話
・・・同じ言語を使っていても通じないことが多いということを感じていた。
そういう場面に出会うたびに「もったいない」という気持ちを強く感じていたので
ときどき自分が異分野をつなげるメディアになっていることに喜びを感じたり
(出来事メモなど)、
「読書」という切り口と「まろまろ」というエッセンスをメディアにして
様々な分野の本を同じ土俵で扱おうとするこのHPの基本理念にも
つながっているので「物語性」を重視するこの視点にはとても共感した。
さらにこの本では物語の重要性を唱えながらも、
進化論が曲解して使われた経験から、物語性の暴走を防ぐために
「第三の文化」(多くの分野へのリンク)と
「センス・オブ・ワンダー」(謙虚さ)の重要性を述べている。
ただ、これは第二次大戦で政治への介入を控えるあまりに
ヒトラーの暴走を許したとされるドイツ参謀本部への評価と同じく、
結局は研究や理論の問題ではなく政治や教育などの
社会システム全体で語られるべきことなのだろう。
(説得力ある理論ほど無茶な使われ方するけどそれは理論のせいじゃない)

加えて、この本で著者は「ハンバーグのつなぎ」のように
異分野をつなげてひとつの料理にする素材として
進化論の可能性を述べているが(第4章)、
思えば『ブレードランナー』『2001年宇宙の旅』『ガルフォース』
『超時空要塞マクロス~愛おぼえていますか~』
『甲殻機動隊』とそれに影響を受けまくった『マトリックス』などなど
これまでも進化論の要素を取り入れた映画やアニメの名作は数多い。
ハンバーグのつなぎとしての機能は科学・研究分野だけでなく
コンテンツ分野ではすでにその機能を十分に発揮しているのだろう。
(それだけ強い物語性があるということかな?)

また、この本を読んで発見したことが
前に読んだ『狂骨の夢』(京極夏彦)の中で
「コペルニクスが人が宇宙の中心であることを奪い、
ダーウィンが人が神の子であることを奪い、
フロイトが人が自分自身を支配できるということさえ奪った」
という印象深い記述があったが
これはB・マズリッシュという人の言葉だとわかったのが少し嬉しかった。
(ただし『狂骨の夢』ではこれはフロイト自らの発言だと紹介されていたような)

ちなみに著者は来春から東大院・学際情報学府での僕の指導教官(予定)。
著者とは院試説明会でほんの数分しか話をしたことがなかったが、
知的守備範囲の広さや新しいことに積極的に取り組む姿勢に即座に感銘を受けた。
何よりも僕の問題意識やスタンスに関心を示してくれたのが嬉しかったが、
よく考えたらその寛容さは多様性を重要視する進化論の影響かもしれない。
彼のバックボーンを知って人となりに近づければと思って読んだ本でもある。

以下はチェックした箇所・・・

☆生物は、環境資源が許容するよりもたくさん産まれる。
したがって、同じ種の個体の間に生存と繁殖をめぐる競争関係が生じる。
その結果、より環境に適応したものが、
そうでないものより多くの子孫を残すことになる。
この差異の原因となる形質がいくばくか遺伝するものであれば、
この形質を所有している個体は、
世代を経るにしたがって個体数を増やしていくことになる
ーこれが自然選択理論の骨子である。
<自然選択理論>

☆造物主の作業の「誤差」と考えられていた個体差を、
それぞれが生物進化の原動力であると喝破したこと。
つまり、生物観を百八十度転倒させたこと。
これこそが、ダーウィンの進化思想の真髄のひとつ。
<ダーウィン亡き後の進化論>

○進化心理学のアイデンティティは、対象ではなくその視点と枠組みにある。
(略)進化心理学というのは、固有の分野というよりもアプローチの仕方、
あるいは研究プログラムとみなした方がいい。
<心と行動の進化学>

☆ディーコンは(略)人間が進化したことで言語を獲得したというよりは、
言語の方も人間の脳にあわせるように進化してきた、というのだ。(略)
文法構造は、言語が「人間の脳」という媒体に適応するために
進化してきた構造なのだという。(略)
脳と言語は相互に影響しあいながら共進化してきたのだ、と。
<脳と言語は共進化した?>

○人間が文化的な動物であるというのは
大昔から繰り返しいわれてきたことだけれども、
それが環境適応へのオプションのひとつであるということは、
人間を進化学的に見直してはじめて理解できることなのである。
人間の進化論的な研究は、文化の意味をも再定位する。
<「今の人間」を知るために>

☆コンピュータ自体は子孫をもうけませんー
しばらく使われたあとは、スクラップにされます。
でも、コンピュータを作るためのアイディアは、遺伝子のように繁殖できるのです。
(ドーキンスとバスとのインタビューより)
<ドーキンスの示したこと>

○生物の進化は、このでこぼこ地面のような適応度地形
(生物が利用できる環境のこと)の中を、
ころころと球が転がるのに似たプロセスとみなせる。
球は生物の比喩で、地形が急峻だとわずかな突然変異で急激な変化が生じるし、
なだらかな地形だとゆっくりとしか転がらないので、
突然変異の効果はわずかなものになる。
つまり、徳永とウェイドは、適応度地形も生物進化の段階によって
変わっていくということを主張したことになる。
<旅する円錐>

☆結局は、あれこれやってみるという変異と選択の二段階プロセスが、
環境に適応するためにはいちばん安全で確実な方法なのだ。
シーコは、人間の経済システムや社会システムなどにとっても、
事態は同じであると主張する。
それが普遍的選択理論である。
<「進化する能力」の進化>

☆ダーウィン・アルゴリズムの本質は、
変異の生成(突然変異)、
変異と複製率の間の相関(適応度)、
そして変異の遺伝(自己複製)の三点セットだ。
<ミームで何が説明できるか>

○進化とは、人間の、そして生命の壮大な歴史にほかならない。
だからこそ進化論は「取扱い注意」なのであり、
事実、過去に何度も破滅への道しるべとなったのだった。
<生物学哲学の正念場>

○(ダーウィン最後の著書『ミミズと土』は)
「目に見えない微細な変化が累積して、とてつもなく大きな結果を生み出す」
というダーウィンの自然観の集大成でもあった。
<『セルボーンの博物誌』とダーウィンのミミズ>

☆問題は、相手と価値観が共有できていないところにある。文化が異なるのだ。
価値観が異なるから、コミュニケーションがとれない。
一見、同じ問題について議論しているようでも、
実はそこで情報のほとんどは、ただ流されているだけである。
(略:それを解決するには)ぼくは、その鍵は科学の物語ではないかと思っている。
<非専門家に伝えるために>

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2002 9/25
自然科学、進化論
まろまろヒット率4
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