南北朝の動乱期を生きた『ばさら』佐々木道誉の破天荒さを
まさに「ぶったぎった」とでも言うべき一冊。
けっこうな分量だったけどアッと言う間に読み終えた、
久々に夢中にさせてくれる本だった。
歴史小説につきものの年代の既述や歴史的事件の説明、時代考証は一切せずに
(そういう意味では司馬遼太郎などとはまったく違うやり方で)
大胆かつ狡猾な生き方を貫く佐々木道誉という男の生き方を中心に
戦いにはめっぽう強いが純粋すぎる夢を追って孤立する護良親王、
不器用な生き方を最後までしてしまう楠木正成、
気分のムラがありすぎて強い敵には異常に怯えるが
自分に恐怖を与えるだけの敵を求めてしまう足利尊氏などの
男たちの哀しさと芸に生きる者たちの逞しさを印象深く描いている。
痛快にかつもの悲しく書く手法のうまさは
ハードボイルド作家の本領発揮と言うべきか?
この小説に描かれる佐々木道誉のポリシーを実にうまく言い表していると
思われる一文がこの小説の最初の方にあった・・・
「この湖の水をわがものにすれば、近江を御することができる。
以前は、よくそう思っていたものだった。
いまでは、琵琶湖はただの大きな湖だった。
流れのない琵琶湖にこだわれば、時代の流れは見失う。」
・・・この文章こそこの時代に生きた彼の生き様を
著者がどのように捉えているのか言い切っていると思う。
またこの小説は印象深い箇所が多く、
「毀すことがばさら」と言う道誉に対して尊氏が出した
「なにを毀したい?」という問いには・・・
「自が生を。これまで生きてきた歳月を。」
・・・と道誉に語らせている。
彼が生涯強く保護し続けこの物語でも重要な芸能に関しては・・・
「人を救えるほどの者が、芸などはやりますまい。
また、それでは芸になりませぬ。」や・・・
「芸は、なにかを写す。多分、観る者の心の底にあるものを、写す。
優れた芸とはそういうものだ。」
・・・などを能楽芸者や足利尊氏に語らせている。
元々僕は価値観が大きく左右に揺れ動いて「悪党」や「ばさら」のような
うさんくさい連中がいきいきとした力を持って動き回った
南北朝という時代に何となく惹かれるものを感じていたんだけど、
ハードボイルド作家の彼がこの時代を舞台にした物語りを
取り付かれたように書いている理由がこの小説を読んで
確信的にわかったような気がする。
「小説は真面目なことを考えさせるためのものではなくて、
酒みたいなものだ・・・」と断言する彼には魅力あふれる時代なのだろう。
「つべこべ言わずに男の生き方に酔え」とこの小説は言っているようだ。
1999 4/7
小説、歴史
まろまろヒット率4