振り返るきっかけとしてのコンテンツの価値を感じた古典研究

コンテンツ創造科学「古典研究」補講で、押井守特任教授が『機動警察パトレイバー』について講義したのを受講する。
一つの企画が生まれ、実現され、展開していく流れの全体像を明確に語ったものとして、
これまでのコンテンツ創造科学の講義の中でも1,2を争う有意義なものだった。

たとえば「(公私混同では無く)公私が一致しないと進まない」→「それをするのがプロデューサー」ということ、
「企画は思惑をこえて動くもの」だけど「その方向性を決めていくのは熱」ということや、
「物作りの人間は自分しか根拠が無いと覚悟しないといけない」ということは、生々しい実例と一緒に語られるだけに迫力があった。
中でも集団を活性化させるためにはサッカーと同じく「抜擢と切捨が絶対に必要」と力強く言い切っていたのは心に響いた。

また、講義の題材となった『パトレイバー』はOVA第1期シリーズが好きでリアルタイムで観ていたので、
このコンテンツがどのような動きで生まれて展開していったのかを知ることは、記憶が立体的に肉付けされる感覚をおぼえた。
(いつも小さい声で聞き取りにくいことも多いのに、今回は狭い会議室の近い距離でよく聞こえたというのもあるかも)

特に企画の節目になっているOVAシリーズラスト2話『二課の一番長い日』と劇場版『パトレイバー2』は、
僕の10代の頃の思い出のコンテンツでもあったので、
この2作品の位置づけについて監督に直接質問できたのはあの頃の自分を振り返ることにもなった。

コンテンツはそれに触れた時期の自分を思い出させてくれる。
それがコンテンツの大きな価値の一つだということをあらためて強く感じることになった。
そして10代前半に「後藤隊長みたいなおやじになりたい」と思っていた自分を思い出せたのが少し嬉しかった(^_-)

2006 2/25
出来事メモ

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