ヴィレム・フルッサー、村上淳一訳 『サブジェクトからプロジェクトへ』 東京大学出版会 1996

『ケロロ軍曹』に心をつかまれた、らぶナベであります。

さて、『サブジェクトからプロジェクトへ』ヴィレム・フルッサー著、村上淳一訳
(東京大学出版会)1996年初版。

副指導の武邑光裕助教授が「ちょっと感動的だよ」と言って貸してくれた一冊。
原題は“Vom Subjekt zum Projekt. Menschwerdung.”
従属者(SUBJEKT)から投企者(PROJEKT)への転換をメインテーマにして、
抗いがたい価値や理論、運命に従属するのではなく、
投企(デザインとも訳されている)してゆく可能性を模索している思考書。

読んでみると、ところどころ突っ込みどころはあるけれど、
とりまく状況に対して悲観的であっても決して絶望せずに、
「デザインすることは変えるのではなく、意味を付けること」としている姿には
確かに共感できるし、いろんな分野に影響を与えたのもうなずける。

ちなみに前に読んだ同じ著者の『テクノコードの誕生』と同じく、
カテゴライズに頭を悩ませる本でもある。
でも、この本の面白さはこういうところにあるんだろう。
カテゴリに従属する(SUBJEKT)のではなく投企(PROJEKT)を模索する本だから(^^)

以下はチェックした箇所(一部要約含む)・・・

☆「自我」とは、情報が流れ込み、処理され、一時的に貯えられ、
さらにほかに伝達されるための貯水池にすぎない
→「自我」とは「無意識の」集合的心理のネットワークの上にある
 間主観的なネットワークの、絶えず移動する結び目でしかない
<序 投企について>

○「文化」と「文明」の概念を定式化すれば(略)間主観的な場の二つの回路形式
→人間相互の関係のファイバーを通じて、情報を生み出し、
 記憶し、伝達するための、二つの戦略のこと
<2 都市をデザインする>

○理論とは、人間相互の関係の情報を生み出す回路
→人間相互のネットワークが一般的な分散傾向に逆らって
 情報を生み出す傾向をもつとすれば、すべてが理論空間の守備範囲
<1 都市をデザインする>

○オルガスムは自己を(略)人間相互の銘記へと高める方法
<6 性をデザインする>

○技術とは(略)価値を客体化し客体を価値化することによって、
主体と客体の分離を克服し、実存を服属から解放しようとする試み
<8 技術をデザインする>

☆表現の意図は、世界を変えること、人間を変えることではなく、
意味を付与することにある
<8 技術をデザインする>

○運命の投企こそが、自由に他ならない
<9 労働をデザインする>

この本をamazonで見ちゃう

2004 4/8
思想、デザイン論、越境系
まろまろヒット率3

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です