佐倉統 『進化論の挑戦』 角川書店 2003

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さて、『進化論の挑戦』佐倉統著(角川ソフィア文庫)2003年初版。
もともとは角川選書(1997年)から出た本の文庫版。
研究室にたくさんあったので物欲しそうに見ていたら著者からもえらえた(^_-)

内容は進化論が生まれた経緯と他分野への広がりの歴史を紹介しながら、
進化論が異分野をつなげる接着剤になる可能性を述べている。
前に読んだ『進化論という考えかた』よりもこちらの方がおもしろい。
各章末にある人物紹介は面白いし、表現も言い切りが多いのでリズムよく読める。
文庫版あとがきで著者も述べていたが、これくらい著者のスタンスを明確に示してもらった方が
(ちょっと問題があっても)こういう本としては勢いがあって読みやすい。

以下はチェックした箇所(一部要約を含む)・・・

○進化=生物の歴史、進化学=歴史をあつかう自然科学
<汝自身を知るためにーまえがき>

☆進化の定義=遺伝する形質の変化→進化過程では変化が累積していくことが重要
→進歩と違って進化は無方向な変化(“進化”よりも”変化”の方が意味が近い)
<第1章 進化と進化論の歴史>

☆古来多くの賢人が取り組んで未だに論じ尽くされていない問題は、
問の立て方か解決へのアプローチの仕方が間違っていると考えられる
・「なぜ人は道徳的でなければならないのか?」という普遍的な問題は、
 →「なぜ人は道徳的ではなければならないと<思う>のか?」と問えば
  倫理学の問題から心理学の領域へ変換できる
 →「なぜ人は道徳的でなければならないと思うように<できている>のか?」と問えば
  さらに自然科学で扱える問題となる
<第4章 人はなぜ道徳的に振舞うのか、また、なぜそうでなければならないのか?>

○脳の守備範囲は遺伝的には誤差範囲(略)遺伝的に大事なところは遺伝子が担当
→脳は遺伝子ではきめ細かな対応ができない時空間尺度、個体の見渡せる範囲や
 生涯で実感できる時間に感受性が高くなるように進化してきた
<第4章 人はなぜ道徳的に振舞うのか、また、なぜそうでなければならないのか?>

○まわりの事態が変えられない場合には
自分の意思決定は正しかったのだと思った方がストレスが少ない
→人の心理傾向は自己正当化するように進化してきた
(ロバート・トリヴァース)
<第5章 ダーウィンとフェミニズム>

○人類社会、特に近代産業革命以降の工業化時代における変化は、
共同体の解体とその役割の個人への委譲とまとめることができる
<第5章 ダーウィンとフェミニズム>

○自分の情報を複製することのできる自己複製子の系統が続けば、
そこにダーウィン的な進化が起こる
(大事なのはどんなものが複製されるかではなく、情報が複製されること)
→この情報一元論的生命観がドーキンス理論の根本
<第6章 ケーニヒスベルクの300年ー進化論と認識論>

☆自律的に適応する能力を持ったシステムならば、
生命や人間の知識だけでなく、あらゆるシステムが選択過程に頼っているはず
→選択過程=無方向の変異生成とあとに続く選択
(ゲイリー・シーコウ)
<第6章 ケーニヒスベルクの300年ー進化論と認識論>

☆ダーウィンが自然選択を着想したときにマルサスの経済学がヒントになり
(略)現代は進化経済学が注目されている
→進化論と経済学はもともと相性がいい
→生命も経済もどちらも自律的に適応する複雑系だから
<第6章 ケーニヒスベルクの300年ー進化論と認識論>

○生命の進化はひとつの認識システムの進化であり、
知識を含む人間の認識システムもまた、ひとつの「生命」と考えることができる
(略)生命は40億年の旅路の果てに、人間の知識・文化という、
もうひとつの「生命系」を誕生させたということなのだろうか?
<第6章 ケーニヒスベルクの300年ー進化論と認識論>

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2003 9/4
進化論、自然科学
まろまろヒット率4

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