吉見俊哉・水越伸 『メディア論』 放送大学教育振興会 2001改訂

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さて、『メディア論』吉見俊哉・水越伸著(放送大学教育振興会)2001年改訂。
放送大学の「メディア論」講義テキスト。
この本の著者二人の講義に出ることがプレハブ学校に入る楽しみの一つだったのに
二人とも開講が冬学期だったので(いやん)メディア論の概要をつかむために読んでみた一冊。

この本の中で一番興味深かったのはメディア表現で重要になってくる「遊び」とは、
「メディアと人間の関係のしかたを積極的にひっくり返したり、
組み替えたりする、異化作用をともなった営み」としている点だ。
(第12章「新しいメディア表現者たちの台頭」)
確かに僕自身、WEBサイト運営をしていて面白いなぁっと感じるのは、
読書日記や掲示板で書き手と読み手の関係をひっくり返そうとしたり、
その本のカテゴリを自分なりに組み替えたりすることも含まれている。
「限界芸術(Marginal Art)」とも呼ばれるらしいが、ちょっと共感してしまった。

以下はチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○メディア=人間を拡張すると同時に、社会的に枠付ける役割を果たす媒介
<まえがき>

○メディア=私たちの生きる社会的世界の技術論的な次元と意味論的な次元を媒介しながら、
 個別のメディアの布置や編制を可能にしていく、より全体的な構造連関の社会的な場
 →諸々のメディアは何らかの技術的発明の所産として
  社会の外側から直接与えられるのではなく、
  そもそも社会的なプロセスのなかで構成される
<1 メディア論とは何か>

○メディアについて考えるにはメディアの「誕生」そのものを
 問題にするような歴史的な観点が不可欠
  →同時に諸々のメディアが、今日のように再び揺らぎ始め、
  再編されつつある状況もそうした歴史的なパースペクティヴのなかで
  捉え返されなければならない
<1 メディア論とは何か>

☆印刷は、定着した記憶の継続的な蓄積を、その公開化を通じて達成することを可能にした
<1 メディア論とは何か>

○17、18世紀のイギリスのコーヒーハウス、フランスのサロンの特徴=
 1:社会的地位の平等性を前提とし、さらには社会的地位を
  度外視するような行動様式が要求された
 2:これらの場での討論はそれまで自明とされていた通念や制度を問題化していった
 3:これらの場は討論を通じて情報や文化を商品に転化させ、
  そのことで公衆に開かれたものにしていく契機も内包していた
 (ユルゲン・ハバーマス『公共性の構造転換』)
<2 活字メディアの時代>

☆技術的な複製の可能性の拡大は、歴史上はじめて、
 美の基盤を儀式的な一回性から切り離していく
 →美の準拠枠は「礼拝的価値」から「展示的価値」へと重心を移していった
 (ベンヤミン『複製技術時代の芸術』)
<7 メディア論の系譜1>

○マクルーハンの電子メディアがもたらす変容=
 1:電子メディアにより地理的距離が無化され、
  電子的に媒介された同時的な場が至るところに出現する
 2:電子メディアの浸透が、人々のコミュニケーションを線形的で
  視覚的な形態から包括的で触覚的な形態に移行させる
(マーシャル・マクルーハン『メディア論』)
<8 メディア論の系譜2>

○オングのメディア発展史=口承的(oral)、書記的(chirographic)、
 活字的(typographic)、電子的(electronic)のモードが積み重なってきた過程
 →オングの特徴はメディアの変容を表現手段の変化ということにとどまらず、
  思考や記憶の様式、世界観を根底から変えてしまう構造的な契機として捉えている点
 (ウォルター・オング『声の文化と文字の文化』)
<8 メディア論の系譜2>

○スチュアート・ホールのコミュニケーションのプロセス=
 相互に結びついてはいるが相対的な自律性をもって節合される語りの戦略的な布置
 →コミュニケーション過程の一方にあるのは、
  単一の主体としての「送り手」というよりも、
  テクスト生産に向けて節合された諸契機の複合的な過程としてのコーディング
 →ホールの特徴は送り手の意図が「正しく」受け手に伝えられるのが
  コミュニケーションの「正常な」状態だとは考えない点
  (むしろコミュニケーション過程のなかに価値や
  イデオロギーの衝突やねじれを見出そうとしている)
<8 メディア論の系譜2>

○カルチュラル・スタディーズにとって重要なのは、
 自由なテクスト解釈の主体としてのオーディエンスではなく、
 あくまで階級やジェンダー、エスニシティ、世代、様々な差別の文化政治学が
 葛藤と矛盾を含みながら作動していく抗争的な場としてのオーディエンス
<8 メディア論の系譜2>

☆「メディア・リテラシー」
 =人間がメディアを介して情報を批判的に受容、解釈すると同時に、
 メディアを選び、使いこなして自らの考えていることを表現し、
 コミュニケーションの回路を生みだしていくという、複合的な活動のこと
 →使用活動、受容活動、表現活動から構成される
<11 メディア・リテラシーの回復>

☆メディア表現における「遊び」
 =メディアと人間の関係のしかたを積極的にひっくり返したり、組み替えたりする、
 いわゆる異化作用をともなった営み=「限界芸術(Marginal Art)」
<12 新しいメディア表現者たちの台頭>

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2003 6/12
メディア論、社会学、メディアリテラシー
まろまろヒット率3

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