内田貴 『民法1―総則・物権総論』 東京大学出版会 1999(第2版)

 5月26日(金)は僕の誕生日。
思えば去年の誕生日は夜遅く帰宅すると家族が既にバースディケーキを
ほとんど食べていて丁度僕が帰ってきた時にはその残骸をホームズ(雑種猫)が
食べているところだった、らぶナベ@あれは哀しいものを目撃した(^^;

さて、『民法1[第2版]~総則・物権総論~』内田貴著(東京大学出版会)。
いま出版されている民法の本の中では最高峰のものとして有名で
法学を始めた当初からいずれは読むことになるだろうと思っていた一冊。
読んでみると噂に聞いていた通り民法の基本から歴史的経緯、
そして社会と民法との関係がいま現在がどのようになっているかを
やわらかい表現を通して書いている。がちがちの法律書ではなく、
社会情勢の変化なども取り込んで広い視野で民法というものを紹介している。
論争に対する結論への論理的構成にも思わず納得してしまう説得力がある。
議論というものは突きつめてゆけば抽象論になっていってしまうものだが
そうした議論に対してそもそもの問題は何かに立ち戻って現実的な判断を下す
論理への姿勢には人間的な深みにも通じてとても感銘を受けた。
・・・こう書くとベタ誉めしているみたいだが一冊の分量がとにかく厚い!
さらにまだシリーズとして続編が続く!!(@@)
僕が読んだことのある分量が多いことで有名な『経営行動』(組織論)、
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(社会学)、
『競争の戦略』(戦略論)、『薔薇の名前』(哲学)などの各分野の名著よりも
ずっと厚い。学術書としては最長の読書本になるんじゃないだろうか?

とりあえずは以下、チェック&興味をもったところ・・・
<序章 民法への道案内>
○法解釈とは・・・
法律の解釈はちょうど何人もの人々が順番に小説を連作していくようなもの。
これまでに形成された法規範の体系と整合的でありつつ、しかも、
政治的・社会的な価値の点で優れた創造的解釈を目指さなくてはならない
→それは決して解釈者の自由な価値判断ではなく
価値によって拘束された創造だといえる

○すぐれた法解釈とは・・・
・第一に法の解釈には一貫性が要求される
 (一貫性とはすでに蓄積されている確立した法原理との整合性)
 →法の解釈は斬新的な改革の道具ではありえても革命の手段とはなりえない
・第二にある事例で提示された解釈論は同様な事例で
 先例として機能することが予定されている
 →解釈論はその射程に含まれる類似の事例においても
 妥当性を主張しうるものでなければならない
・第三に優れた解釈論はその背後に説得的な思想を持ち、
 正義・衡平の観点から支持を得られるものでなければならない
 →常識に合致した結論でなければならない

<第1章 民法総則>
○英米には大陸法的な民法という観念はない→比較法的には「コモンロー」

☆民法の大原則=「私的自治の原則」
=人は自らの約束に基づいてのみ拘束される
=市民社会においては人が事務を負うのは自らの意志でそれを望んだ時だけだ

☆民法とは市民社会における社会現象をことごとく権利・義務という
法的概念に還元して捉えようとする壮大な試みなのである
→そのため法的関係をモデルとして単純化したもの

○日本の民法はドイツ流の民法典だと考えられていたが
少なくとも半分はフランス法の影響を受けている

○現在通用している民法は明治民法の財産法の部分と
戦後改正された家族法の部分である

<第2章 契約の成立>
○契約の構成・・・
・「申込」=それをそのまま受け入れるという相手の意思表示(承諾)があれば
 契約を成立させるという意思表示のこと
・「承諾」=申込の内容をそのまま受け入れること
 →条件を付けたり変更を加えたりすると新たな申込となる

○電話を含む対話者間の契約以外の場合を「隔地者間の契約」
→民法は隔地者に対する意思表示については到達主義をとった
(申込そのものは何らの法律関係の変動も生じないからあえて発信主義をとって
申込者をわざわざ苦しめる実益が何もない=誰も得しないため)。
ただし承諾については526条1項で発信主義をとっているが
これは国際的な流れからも疑問視されている

○到達主義をとると意思表示をした当事者は到達の事実を証明しなくては
ならない不利があるので立証は意思表示の書面が受領権限のある者の
「勢力範囲内におかれること」で足りるとした

○契約をめぐる学説・・・
・意思主義=契約がなされるには表示に対応する意思がなければならない
・表示主義=たとえ意思がなくても表示と認められるものがあれば
 意思表示となる
→民法は両者の折衷的な立場をとっている

○「心理留保」(93条)は真意のない意思表示の相手方を保護する規定
ただし自然債務に関しては履行義務無し→「カフェー丸玉女給事件」
(大判昭和10年4月25日)

○「虚偽表示」(94条)での「第三者」とは当事者、一般承継人以外で
虚偽表示の結果権利者らしい外観を呈している者と利害関係を持つに至った者

☆94条2項の趣旨・・・
真の権利者が自分以外の者が権利者であるかのような外観を作り出した時は
それを信頼した第三者は保護されるべきであり自らその外観を作った権利者は
権利を失ってもしかたない=「権利外観法理」(表見法理)
権利外観法理そのものを一般的に定めた条文は存在しないので
94条2項を類推適用することによって原則の適応がなされている

○94条2項が適応される第三者には判例は善意のみを要件としている
→学説では善意かつ無過失を要件とするものが有力

○第三者の範囲について対立している相対的構成vs絶対的構成は
94条2項の趣旨との整合性から絶対的構成が妥当
(善意の第三者が現れれば所有権は絶対的に移転する)

○「対抗問題」=対抗要件で優先劣後を決める問題(二重譲渡など)

☆94条2項の類推適用はあくまで権利者本人に虚偽の外観を作出したに
等しい落ち度が必要で偽りの登記を単に消極的に放置していたなどでは
不十分で積極的に承認した程度の関与を必要とする

○動産には即時取得があるので94条2項は適応されない

☆動産の取引では占有に公信力があるのに不動産の取引では
登記に公信力がないのは動的安全重視か静的安全重視かの違いのため

○心理留保と虚偽表示は実際上区別が微妙な事案が多いが第三者との関係で
同じ結論を導けるならばそのどちらかを追求する必要は余りない

○「錯誤」(95条)・・・
心理留保や虚偽表示は表意者がその違いを知りながらも意思表示をしている
のに対して錯誤は表意者がその食い違いに気づいていないので
その分表意者保護をする必要性が大きい

○錯誤で意思表示が無効となる要件・・・
1:法律行為の要素に錯誤があること
2:表意者に重大な過失のないこと
→錯誤には意思の決缺という議論をめぐって学説が対立してたが
個々の事例で判断してゆくべき
(情報不足や不注意などから不本意な意思表示をすることが錯誤)

○95条の目的が表意者の保護にあるため原則として表意者のみが
無効を主張できる=「取消的無効」
ただし・・・
1:債権保全の必要性
2:表意者が意思表示の瑕疵を認めているという要件
・・・があれば第三者からの無効主張も認められる

○当事者双方とも錯誤に陥っている「共通錯誤」には95条但書の適応はない

○「詐欺」(96条)の注意点・・・
1:欺罔行為が取引上要求される信義に反するものであることが必要
2:詐欺となる欺罔行為は積極的な作為に限らず沈黙も詐欺となる

○第三者の詐欺(欺罔行為による保証契約など)は相手方が
詐欺の事実を知っていることを要件に取消を認められている(96条2項)
→ただし善意の第三者には対抗できない(96条3項)

☆詐欺による第三者は取消前は96条3項で保護され、
取消後は94条2項の類推適応で保護される

○先例として拘束力が認められる判断=「レイシオ・デシデンダイ」

○「強迫」(96条)の要件は畏怖させる目的や手段が正当でないこと

<第3章 契約の主体>
○「権利能力」=司法上の権利義務の主体となる資格

☆改正された「成年後見人制度」に対しての意見・・・
民法がかかわるのはあくまで自己の財産を有する者の取引行為であるから
介護を要する無産の高齢者や障害者に対しては何らかかわりない
・・・これは改正案の限界ではなく民法の限界であり高齢者や知的障害者の
福祉政策に関して民法に過大な幻想を持つべきでない

○行為無能力による取消には第三者保護の規定がないが権利外観法理から
取消後の第三者との関係は94条2項の類推適用による保護が可能

☆人について民法が置いている規定は権利能力・行為能力のみ

☆民法の想定している「人」=「平等な権利能力を持ち、自らの意志に
基づいて、自由かつ合理的に行動できる、財産のある人」
→近代の法思想における典型的な人間像だったが様々な特別法で
想定されているのは「独自の人格を持った、弱く、必ずしも合理的ではない、
生身の人」であり伝統的な民法の人間像は再検討を迫られている

<第4章 代理>
○代理の種類・・・
「法定代理」=私的自治の補充を目的とする代理
「任意代理」=私的自治の範囲の拡張としての代理

○代理権の範囲が定められていない代理人がなしうる行為
=「管理行為」(103条)

○債務の履行に付いては自己契約と双方代理が許される108条の目的は
形式的な禁止ではなく実質的な「利益相反行為」を禁じている

○「代理権の濫用」=代理権の範囲内でしかも108条にも接触せずに
代理人が代理行為を行ったが実は自己あるいは第三者の私腹をこやすための
行為で本人がそれによって被害を被る場合→直接の規定はないが解釈的適用

☆妥当と思われる解決を提案するだけなら誰でもできるが民法の規範体系と
整合的な法律構成を与えることができてはじめて、当初の直観的判断は
法的判断としての正当性を主張できる。
そしてそこに法解釈者の専門能力が発揮される

☆「無権代理人の責任追及」(117条)の要件は無権代理人の側で
立証することによって責任を免れることができるという要件(消極的要件)
→相手方としては無権代理であったことだけを主張すればそれでよい

○無権代理人が本人を相続した場合さらに共同相続人がいる場合は
判例は資格併存説→信義則説→追認不可分説に立った(最判平成5年1月21日)

○本人が無権代理人を相続した場合は117条による無権代理人の債務も
相続されることを認めた判例がある(最判昭和48年7月3日)
→ただしこの事案は本来の債務が金銭の支払いであったことに注意
(履行請求と損害賠償請求は実質的に同じ)
不動産の場合は無権代理人の債務拒否は認められるとされている
(相続という偶然の事情によって本人が不当に不利に
扱われるべきではないから)

○表見代理の主張は無権代理人と取引をした相手方のとりうる最強の手段で
権利外観法理を根拠とする

☆109条は代理権など全くないのにあるかのような外観があった場合の規定
110条は一応代理権はあるがそれを超えたことをした場合の規定
どちらも目指すところは同じ権利外観法理だが本人が責任を負う根拠が違う
109条は自ら外観を作りだした者はその責任を負うべし(エストッペル)
110条はそんな信用できない者を代理人に選んだ本人がリスクを負担せよ

○権利外観法理を適応するには第三者の信頼のほかに
真の権利者側の帰責の要素が必要

<第5章 法人>
○財団を設立する行為を「寄附行為」

○公益法人の登記は民法上は対抗要件(45条)、
商法上は「成立要件」(商法57条)

○法人か否かの差は団体名義で不動産の登記ができるかどうかが
事実上唯一の違い

○法人制度の重要な意義は法人の財産を構成員の財産と区別して
構成員の債権者が追求できない独立の財産を作ることにある
(法人と取引する相手への取引安全のため)

○日本の民法の規定の多くはフランス法とドイツ法に由来しているが
起草者の関係からいくつかの重要な規定が飛び飛びに
イギリス法に由来している→43条と416条が有名
・43条の基になったイギリス法の制度は判例法によって生み出された原則で
越権行為(ultra vires)の理論と呼ばれているが解釈上も矛盾する
この条文の位置は問題があるといわれている

☆44条1項(法人の不法行為責任)と715条(使用者責任)の根拠は同じ
「報償責任」=使用者を通じて利益を得ているのだから
その過程で生じた不法行為については責任を負うべき

○44条と110条の民訴上での大きな違いは「過失相殺」があるかどうか
→裁判所が110条を認定するのに慎重な理由の一つだろうとされている

<第6章 契約の有効性>
○契約の有効性に関しては・・・
・一般的要件が何か
・要件が充たされなかった場合の効果は何か
・・・という二つの視点から見る必要がある
→一般的有効要件は確実性、実現可能性、適法性、社会的妥当性からなる

○代理権のない行為の効果が本人に帰属しないことは単なる無効とは違うので
有効要件と区別して「効果帰属要件」と呼ぶことがある

○不能の違い・・・
「原始的不能」=契約成立の時点で給付が不可能
「後発的不能」=契約成立後に給付が不可能→契約は無効とはならない

○「片面的強行規定」=一方当事者に不利な特約を禁ずる強行規定
→借地借家法9条など

○取締規定の分類・・・
・事実行為を取り締まるもの(道路交通法など)
・法律行為を取り締まるもの(道路運送法、食品衛生法など)

○私法上の契約の効力を無効にする取締規定を「効力規定」

○「脱法行為」=強行規定に直接には接触せずに他の手段を使って
その禁じている内容を実質的に達成しようとすること

☆「信義則」(1条2項)、「権利濫用」(1条3項)、「公序良俗」(90条)のように
解釈の余地の大きい漠然とした要件を持った規定のことを「一般条項」
→個別的な法規制がなされるまでの橋渡し的な役割を担うことが多い
(現在、民法に規定されていない新たな規範が
信義則を通して次々に生み出されている)

○公序良俗に関しては契約内容ではなく「動機の違法」が問題となる

☆無効には期間制限がない←取消的無効と取消との決定的な違い

<第7章 契約の効力発生時期>
○「停止条件付」の契約は条件成就の時から効力を生じる(127条1項)
「解除条件付」の契約は条件成就の時から効力を失う(127条2項)

○日週月を単位とする時は「初日不算入の原則」(140条)

<第10章 物権法序説>
○物権は当事者が合意しても創設することはできない=「物権法定主義」

<第13章 所有権の効力>
○「物権的請求権」
=返還請求権(rei vindicatio)、妨害排除請求権、妨害予防請求権

○物権的請求権には「行為請求権」的な要素と「忍容請求権」的な要素がある

○所有権に基づく返還請求と債権に基づく返還請求が同時に存在する時に
この二つがどういう関係にあるかは請求権競合説vs法条競合説が長く論争。
しかし法律上の地位として二つあるだけでどの権利かではなくそもそも
返還請求できる地位があるかどうかを問題にすべきという第三の立場が有力

○占有権の効力・・・
自分に「本権」があると誤信した(善意)占有者はその果実を
得ることができる(189条1項)が善意の占有者でも本権の訴えに敗訴した時は
起訴の時点から悪意とされる(189条2項)
また、たとえ善意であっても強暴か隠秘による占有は悪意とされる

○所有の意思のない占有を「他主占有」、意思のあるものを「自主占有」

<第14章 所有権の取得>
○取得時効の要件を立証するのは難しいが無過失以外の要件は
全て推定されていてその推定を覆そうとする相手方に立証責任がある
(186条1項)→占有取得の権原と他主占有事情が覆すべき事実

○日本の附合法の最大の特徴は建物が土地に附合しない点
→ヨーロッパではローマ法から地上物は土地に従うのが原則

<第15章 共同所有関係>
○物権法上の共有の最大の特徴「分割請求の自由」(256条)と
「持分権の自由譲渡」(明文上の規定なし)

<第16章 占有権>
○占有訴権と物権的請求権の関係は民事訴訟法にまたがる難問だが
最初の侵奪から1年以内の自力救済を認める判例:小丸船事件がある
(大判大正13年5月22日)

<第17章 物権変動>
○所有権はいつ移動するかについては所有権という概念を一つの物として
実体化するのではなく様々な機能の束を所有権と呼んでいるにすぎないと
考えて所有権の移転時期も個々の権能ごとに考える説がある
→所有権という魔術的な概念に振り回されない視点を獲得することが重要

○登記には公信力が無いという原則を貫くには不都合が多いので
実体的権利関係に合致した場合や実体的権利関係との齟齬が小さい時には
対抗力を認めることが多い

○仮登記は対抗要件にはならないが「順位保全の効力」がある

○相続による不動産の持分の取得は177条の適用される物権変動ではない
とする判例がある(最判昭和38年2月22日)

○両立しえない物権相互間で優劣を争う関係(食うか食われるか)=
「第三者」の範囲については制限説が通説で特に登記無しで対抗できる相手
(第三者でない者)に関しては「背信的悪意者排除の法理」が重要
(最判昭和43年8月2日)
→ただし背信的悪意者からの譲渡人は再び第三者となり対抗関係に立つ

☆動産の物権変動の対抗要件は原則として「引渡」だが(178条)
占有物が盗品・遺失物の場合は即時取得の成立が盗難・遺失の時から
2年間猶予される(193条)→ただし占有者が善意で購入した場合は
占有者が支払った代金を弁償しなければ取り返せない特則がある(194条)

☆不動産には登記に公信力がない点を94条2項の類推適用によって
取引安全を補うが、真の権利者に帰責事由が無い場合は第三者保護に関する
特別な規定がない限り外観除去が不可能な本人の犠牲で
第三者を保護することはできない
→公信力を正面から認めることと94条2項の類推適用との決定的な差
(真の権利者の帰責の程度の差)

<第18章 物権・債権・私権総括>
○物権・債権の区別は分類に囚われずに法律関係に適合した
処理を考えてゆくべき→「賃借権の物権化」など

○物権と債権の違い・・・
物権=誰にも主張できる「絶対性」、一物一権主義の「排他性」
債権=人によって主張できるかどうかが決まる「相対性」
→同じ物の上に立つときは物権がが優先する=「物権の優先的効力」

○権利濫用が適用された有名な判例宇奈月温泉事件(大判昭和10年10月5日)

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