M・V・クレヴェルト、佐藤佐三郎訳 『補給戦―ナポレオンからパットン将軍まで』 原書房 1980

らぶナベ@98年ももうすぐ終わりっすね、
たぶんこの本が今年の読み納めの本になるんでしょう。

今年の僕は吉本プロジェクトの運営と自身の就職活動と大学院入試準備など、
間違いなく今までの人生の中で一番忙しい年だったので
(こんなに新幹線、飛行機使ったのも始めて)
なかなか一冊の本をちゃんと読むことができなかったんだけど
この本を読み終えて一年に読んだ本を数えてみると、
1998年は35冊の本を読み終えたことになるっす。
95年(1回生時)に読んだ総数17冊は問題外として
(遊びまくっていたから)
何とか96年(2回生時)の総数31冊を辛うじて越えている程度。
97年(3回生時)の総数68冊には遠く及ばない。
・・・まだ低回生のみんな、いまのうちに少々無理してでも
読めるだけ本は読んでおきなさい。
じゃないと責任を担うポジションについてホントに時間が取れなくなった時に
はまったく本が読めなくなってダメダメ人間になっちゃうよ(;_;)

さて、『補給戦―ナポレオンからパットン将軍まで』マーチン・ヴァン・クレヴェルト(クレフェルト)著、佐藤佐三郎訳(原書房)をば。
戦史において戦略、戦術などの目立つ面ではなく補給という
地味だが結果に対して決定的要因を与えるものに注目した本。
将軍や司令官やひとたび命令を下せば思い通りその軍団が動き、
トップの戦略や決断だけが勝敗を分かつ要因だと思いがちになる
この分野に一石を投じている非常に興味深い一冊。

リデル・ハートによるシュリーフェン計画の考察はドイツ軍の旋回運動にしか
注目せずその補給システムを無視しているという批判に始まり
「ナポレオンを『戦争の神様』と呼び、ナポレオンの制度の本質と
見なしていたものを表現するために、『絶対的戦争』という言葉を
発明したのは、クラウゼヴィッツであった。」と、
クラウゼヴィッツがナポレオンを讃えるあまり
その活動に決定的な影響を与えた補給体制を無視したと論述を展開している。
特にこの本の後半部分、第6章「ロンメルは名将だったか」、
第7章「主計兵による戦争」(第二次大戦中の連合国の補給に注目した章)は
普通、物量と一言で単に言い切ってしまう補給というものが
いかに多様な要素をはらむかということを述べている。
この本の結論的部分と言うべき最終章のタイトルが
「知性だけがすべてではない」という名前なのが
この本を一番言い表しているように思える。

以下はこの本のテーマである「補給」についての著者の結論的見解として
考えられるウエーベルの言葉の抜粋・・・
「諸君が軍隊をどこへ、いつ移動させたいと思っているかを知るには、
熱錬も想像力もほとんど必要としない。
だが、諸君がどこに軍隊を位置させることができるか、
また諸君がそこに軍隊を維持させることができるかどうかを知るには、
たくさんの知識と刻苦勉励がとが必要である。
補給と移動の要素について本当に知ることが、
統率者のすべての計画の根底とならなければならない。
そうなって始めて統率者は、これらの要素について危険を冒す方法と時期とを
知ることができるし、戦闘は危険を冒すことによって
始めて勝利が得られる。」

また、以下の箇所は著者の意見が結論的に述べられていると
思われるところの抜粋・・・・
「歴史上の偉大な軍人は、計画立案の時間的長さには限界があることを
悟っていた。これを悟らなかった軍人は、必ずしも成功を収めなかった。
過去に存在したおびただしい数の司令官たちは、
政治的運命の変遷や戦術的条件の変化によって、
理想的だと考えていた数量と種類に近い資源を使って、
戦争をすることができなかったであろう。
このことは、司令官にはある種の個人的資質が必要だということを意味した。
例えば適応性、機略縦横、即製能力、そしてなかんずく決断力である。
これらの資質を欠いていたら、
いかに分析的頭脳を持ち洞察力に富んだ司令官でも、機械より劣るであろう。
だが司令官がそうした資質を発揮するためには、柔軟性のある幕僚と、
過度の組織化によってこちこちになっていない指揮機構が必要だ。」

以下はそれ以外の興味深かった箇所・・・

「一般的に兵站の歴史とは、軍隊が現地挑発への依存から
しだいに脱却することである。」

「オーバーロード作戦の立案者たちは、ヒンデンブルクの金言、
すなわち戦争で単純さのみが勝つということわざに、
明らかに違反していたのである。」
ナポレオンの言葉として「戦争とは残酷なものだ、
そこでは決定的な場所に最大の兵力を集中することを知っている者がかつ。」

・・・この本は抜群に面白い本だが読んでいて改めて思うのは、
補給というのは難しいなということだ。
それはいわば勝敗を決する必要条件ではあるが絶対条件ではないからだ。
歴史上十分な補給システムを維持していた軍隊が
補給がまったく崩壊していた軍隊に負けてしまった例も多い。
(どちらかというと戦史ではこちらの方が注目される)
決戦兵力よりも補給ばかりに力を入れて負けた国もある。
まさにディレンマの連続、やっぱり戦争なんてするもんじゃないな。

この本をamazonで見ちゃう

1998 12/23
戦略論、マネイジメント、歴史
まろまろヒット率4

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です