俺の1995

1995年は戦後50年だ。新聞やテレビでは飽きるほど
「戦後50周年記念」という見出しが誇らしげに打ち出されている。
それほど50年というのは価値のあるものだろうかとふと思う。
「本質的に戦中から日本はあまり変化していない」と良く聞く。
 たしかにそうだと思う、戦後日本は社会を再生させなくてはいけなかった。
そのためにはまず産業を活性化させなくてはいけない。
経済復興のふれこみの下、日本は大量生産型の社会構造を構築した。
情報を効率よく管理するための一極集中、一部エリートによる政策審議・決定組織、
集団性と指示されたことの遂行を強調した学校教育、
安定した人材を確保するための年功序列と終身雇用による会社への帰属の要求や
大量の新規採用の後の社内教育。すべてが大量生産のために構築された。
特に私が印象に残っているのは管理教育だ。
統一された制服、髪型、カリキュラム、ことこまかな規範、
それらを生徒に遂行させるように構築された学校の構造。
日本が戦前から培ってきた個性より集団を重視し与えられた仕事を確実にこなす能力、
自分が所属する組織への忠誠などを過剰に美化するという意識は
戦後の大量生産社会において非常に有効だった。
個々の個人が「政策」を持つ必要はなく、一部のエリート集団が
その他多くの個性への仕事配分を命令した。
それらはまさに明治維新から日本人がたたき込まれてきた特性だ。
そういった意味で戦中も戦後も社会構造的に大した変化はない。
そうした社会構造であったからこそ日本はこれほどまでの急成長を達成できた。
それに対しての反抗もあったが所詮は構造的変革なしの
一時の激情だけでは変革は不可能だと実証したにすぎない。
また、こうした日本の体質は否定されるようなものではない、
日本が誇るものの一つだろう。ただ、状況が変わりつつある。
 そう今、大量生産型の社会構造は限界を見せている。
社会がある程度成熟するに従って対応できなくなる少量多種型生産、
工場のオートマ化、海外移転は大量生産に必要とされてきた与えられた仕事を
確実に遂行できる個性の重要性を低くしている、
運輸・情報伝達技術の発達が推進している国際化、もはやあらゆるレベルで
多様化に対応しきれなくなっている既存の組織。
 具体的に例を挙げてみれば小中学校は未だに大量な生徒を大量に教育する
管理教育のままだ。だが小中学児童数は明らかに減少している。
また情報伝達の発達によって児童は明らかに以前より「大人」になっている。
以前のように簡単に「洗脳」できにくい。
いわば自我に目覚めた児童が多くなっている。そう児童が変化しているのに
個性の多様化に対応することを想定していない学校が変化していなければ
教育者のよく言う「脱落者」が出てくるのは当然だ。
登校拒否児が戦後最高の値に達し、なお増え続けているのはどうしようもない。
個性を軽視した学校に息苦しさを覚える児童は萎縮し、
不満を内へ内へ持っていこうとする、いじめがより陰湿になっていっても
今の学校では対応できないし、現に多くの犠牲者を出している。
小中学の文部省の中央指導、大量生産的性質では現在の学校問題はもはや対応しきれない。
そうした混乱が今日本のあらゆる場面、場面で表面化してきているのではないだろうか、
個人的にも今までのように指示や情報をもらえて当然のものと思っていては
もはや対応できないのではないだろうか。
その変化は私たちの親の世代がやろうとした感情的なアジテーションによって
推進されるものではなく足下から変わるようなもの、
「地殻変動的」な変化であって思想や信条に関係のない
構造的変化なのではないだろうか。

・・・っていうふうに見てみると最近のニュースが
理解できるような気がするんです。
ここからは私もちゃんとまとめられていないことろだが、
今後は上部や中央からの指示だけでは対処しきれない多様化する問題に対応するためには
ある程度個々のアクターの権限を増やしていく必要があるのではないか。
そうなると個々のアクターがいままで一部のエリートだけが握っていた情報を
管理する必要があるだろうし、最近の情報伝達技術の発達はそのことを
可能だと予想できるまでになっている。一部のエリート集団が行ってきた
政策立案・実行は個々のアクターに分化されていくのではないか。
今までは政策立案・実行する集団が小さく少ないのにも関わらず
その対象が大きすぎたのだろう、ある程度は分ける必要があるだろう。
先の学校の例で言えば文部省の指導だけではなく個々の学校独自の対応を迫られてくるだろう。
また、会社におけるプロジェクトチームの強化などの独自の政策決定・実行組織の増大や
規制緩和に伴って小売業者、消費者はうまく売る、買うために
商品や流通に関しての知識を身につけるなどの必要が増大するだろう。
大きな意味での規制緩和、地方分権化だ。
 これからは個人でもある程度は個々に情報を収集し状況判断をおこない、
自らの責任で計画を立て実行する機会が増えてくるのではないだろうか。
いうなれば「政策的」思考(政策mind)を持つ政策personが様々な場面で
必要とされるのではないだろうか。社会状況は私たち「政策」に
関わる者の登場を待ち望んでいるのではないだろうか。
・・・とんだ勘違いかもしれませんが、
こう思えるのはおれが大学生活8カ月での収穫だと思います。
1995年はおれにとっても考え深げな年だったので記念にまとめてみました。
そのままじゃさみしいのでアップさせてください。
「ではどうしていけばいいのか?」とう疑問があるっすね。
それはまだおれにはよくわからないです、
今関わっている「政策」がその答えを見いだす媒体になるような気がしますが
まだ確信できないでいます。
ただ、あと3年と少しくらいでこれからの社会を
うまく乗り越えていけるようなものを何か一つでも得られるようにしたいです。
 それが出来ればたぶんおれの大学生活は成功だっんでしょう。
1995 12/31

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やっぱり恥ずかしいこと書いているけどこれも僕のポリシーだったので消さずに残す。

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