谷崎潤一郎 『文章読本』 中央公論新社 1996(原著1934)

麻婆豆腐はどうしても二人分つくってしまう、らぶナベ@まだ一人暮らしには慣れてません(^^;

さて、『文章読本』谷崎潤一郎著(中央公論新社)1996年改版(原著1934年初版)。
知り合いが読んでいたので気になって手に取った一冊。
小説以外で谷崎潤一郎が書いた本といえば『陰影礼賛』が有名だけど、
この本でも言葉という伝達手段の限界を踏まえて、
総てを表現しようとしたり言い尽くそうとすることを戒めている。
かなり文化論的考証が入っている点(それが目的?)も考えると、
さしずめ『陰影礼賛』の作文指南版っといった感じだろうか。
また、文章の要素の中で一番その人の本質が出るのが文章の「調子」だと言っている点や、
西洋語のような厳密な文法は日本語にはないので「文法に囚われるな」と言っている点には肯いてしまった。

読んでいる最中はちょうど新生活がスタートして気持ちが落ち着かない時期だったので、
こういう著者の文章を読むと一息つけるような気分になってよかった(^^)

以下は、チェックした箇所(一部要約)・・・

○されば言語は思想を伝達する期間であると同時に(略)
 思想を一定の型に入れてしまうと云う缺点があります。
<一 文章とは何か>

☆口で話す方は、その場で感動させることを主眼としますが、
 文章の方はなるたけその感銘が長く記憶されるように書きます。
→即ち真に「分からせるように」書くためには
 「記憶させるように」書くことが必要なのであります。
<一 文章とは何か>

○口語体の大いなる缺点は、表現法の自由に釣られて長たらしくなり、放漫に陥り易いこと(略)
 言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に止まることが第一。
<一 文章とは何か>

○即ち真に「分からせるように」書くためには
 「記憶させるように」書くことが必要なのであります。
<一 文章とは何か>

☆文法的に正確なのが、必ずしも名文ではない、だから文法に囚われるな(略)
 全体、日本語には、西洋語にあるようなむずかしい文法というものはありません。
<二 文章の上達法>

○即ち感覚と云うものは、一定の鍛錬を経た後には、
 各人が同一の対象に対して同様に感じるように作られている。
<二 文章の上達法>

☆されば文章における調子は、その人の精神の流動であり、血管のリズムである。
<三 文章の要素>

○或る文章の書き方を、言葉の流れと見て、その流露感の方から論ずれば調子と云いますが、
 流れを一つの状態と見れば、それがそのまま文体となります。
<三 文章の要素>

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2003 4/9
作文指南、文化論
まろまろヒット率3

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