小野昌延 『知的所有権Q&A100のポイント』 有斐閣 2000(第5版)

週末から東京入りする僕としてはやはり目黒の寄生虫博物館は欠かせないと
思っている、らぶナベ@まだTシャツ売ってるのかな?

さて、『知的所有権Q&A100のポイント』[第5版]小野昌延著
(有斐閣ビジネス) 2000年第5版。
これまでの人生をふと振り返りつつ今後のことをマロマロ妄想してみると
そのうち知的所有権関係のお仕事がやって来る可能性が妙に高いので
今のうちにざっとでも押さえておこうと手軽に読める本を購入してみた。
内容は無理矢理ポイントを100に絞り込んでいるので用語説明が前後したり
前提の話がずっと後に書かれていたりと実に読みにくい!
でも包装箱に「ハイミー」と印刷してパチンコで当てたハイミーを詰め、
販売目的で所持した行為でも商標権侵害と認めた微妙な事件(最決昭46.7.20)
などはその議論のバカバカしさと深刻さを想像するとかなり笑えた。
それに知的所有権についての主要文献も紹介されているのでよしとしよう。
とにもかくにも始めて読んだ知的所有権関係の一冊。

☆著作権=「著作財産権」(著作物利用で収益をあげる)&
「著作者人格権」(内容を勝手に変えないことや氏名表示など)
→著作者人格権は他人に譲渡できない一身専属権(著作権法50条)
=美術品と譲渡と美術著作権の譲渡を混同して問題になることが多い

☆商標の要件である「特別顕著性」の中心は識別力
→判例は「菊正宗」と「菊焼酎」の類似性を認めた(最決昭36.6.27)
・・・判例が認めた類似性・・・
・外観類似=「テイオン」と「ライオン」(最決昭28.9.1)
・呼称類似=「シンガー」と「SINKA」(最決昭35.10.4)
・観念類似=「キング」と「王」(大審昭9.3.23)
→判例はこれに加えて取引の実情を加味する方向にある
(商標権侵害の本質は商標の機能を害すること)

☆「○+C」マーク&「発行年」&「氏名」を適当な場所に書いておくと
万国著作権条約上に著作権の保護が受けられる

☆保護が難しかった「trade secret」(営業秘密やノウハウ)には
不正競争防止法3条によって差止請求もできるようになった
(ただし事実を知った時から3年で時効&行為の開始時から10年で時効)

☆特許の要件=発明・新規制・進歩性
(実用新案要件は特許の発明が考案に代わるだけ)

☆工業上利用できるものの「機能」を保護するのが特許&実用新案、
「美感」を保護するのが意匠(デザイン)
→著作権は「模倣」のみが禁止されるが意匠権は偶然一致した類似物も禁止

☆特許権の許諾=「専用実施権」&「通常実施権」
=権利者(licenser)が利用者(licensee)に独占使用を認めるかどうかの差

☆特許などの実施料(royalty)の例・・・
・一括金だけを払う「lump sum payment」
・一個単科を分割金として算出して払う「running royalty」
・頭金&分割金で払う「initial payment&running royalty」などが主流

○グーテンベルクの印刷技術によって発生した
聖書出版業者からの保護要求が著作権が出現する原動力となった

○1642年の英専売条令が「特許の母」と呼ばれる
(パテントという言葉も特許状”letters patent”から来ている)

○知的所有権重視の流れは技術的国際競争力の低下が顕著になった
レーガン政権下のアメリカで急速に広がった

○データベース作成に使用する原文献の著作物性の問題と
データベース自体の著作物性の問題とは別

○WIPO(世界知的所有権機関)、AIPPI(世界知的所有権保護協会)、
WTO(世界貿易機関)の三つが知的所有権をめぐる主要国際機関

○”PAT.P”=”Patent pending”(特許出願中)

○著作権は50年だが商標権は更新さえすれば半永久

○商標侵害による差止請求は現実に混同していなくても
そのおそれさえあれば請求できる(最決昭49.11.18)

○著作権法が世界的に注目されるのは
知的所有権保護の欠落した部分を補う役割があるため

○著作権侵害の例外・・・
・私的利用する場合は著作物を自由に複製&上映できる(著作権法30条)
・引用部分があくまでその内容の中で「従」である場合(著作権法32条)
・使用許諾を受けた者は差止請求ができない
・著作権者が反対しても文化庁長官の裁定で使用可能など

○特許&実用新案が出願されるより前にすでに実施or準備していた発明は
自由に利用できる=「先特許」&「先実用新案」
→「先商標」では中断せずに善意で使用され続けられている事実が必要

○実用新案と著作権をめぐる裁判では特許に認められる「過失の推定」はない
(無審査で申請が許可されるため)

○著作権は文化庁に登録することができるが登録なしでも差止&損害賠償請求が可能
(ただし刑事事件の場合は親告罪・告訴期間は侵害を知ってから6ヶ月)

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2001 2/19
法学一般、知的財産
まろまろヒット率3

加藤晋介 『弁護士 加藤晋介のゴト師の事件簿』 KKベストセラーズ 1999

2月の頭くらいに東京に行こうかと思っている、
らぶナベ@遠慮の塊なので懐かしの関東周辺の人は連絡下さい(^^)

さて、『弁護士 加藤晋介のゴト師の事件簿』
加藤晋介著(KKベストセラーズ)1999年初版。
前に読んだ同じ著者の『ゼニの事件簿』が妙に面白かったので
続編的なこの本も買って読んでみた。
ただし60以上のケースを紹介した”裏稼業図鑑”とでも言うべき前作と違い、
著者が直接関わった12の印象深い事件を記述しているこの本はいわば”物語”。

コロンビアから来た窃盗団の国選弁護人を引き受け意思疎通に苦労した話や
暴力団に監禁された話、ひき逃げ犯の執行猶予をめぐって法廷で涙した話など
前回同様なかなかスリリングな話が展開されている。
中には「受けた依頼は最後まできっちりやったれよ」と思うところもあったが
もめ事処理の仕事って精神的に疲れるんだろう。(だからこそやりがいがある)
好きじゃないとやってられない仕事は趣味にするのが一番の解決策だね。

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2001 1/26
法学一般
まろまろヒット率3

西村健一郎・西井正弘・初宿正典 『判例法学』 有斐閣 1998(第3版追補)

この前の“プロジェクトX”で生きた心臓の一部を切り落とす手術
(バチスタ手術)を成功させたプロジェクトチームが取り上げられていて
その中で天才外科医と紹介されていた主治医の姿を見て妙に感動した、
らぶナベ@なぜなら僕も天才弁護士として紹介されたいから(^_^)

さて、『判例法学』[第三版]西村健一郎・西井正弘・初宿正典著
有斐閣(1998年第3版追補)。
日本は判例法を採用していないので判例を専門に扱った本自体が少なく、
学術的にもあまり重視されていないけどその重要性は感じているので
一度は判例というものについてちゃんと書かれた専門書を
読んでみようと本屋で発見したこの本を読んでみた。
判例法学という題名からして体系的な判例の読み方や考え方について
書かれているのかなと期待したけれど単に判例で事例を紹介しているだなので
ちょっと残念。もっと”判例”自体に突っ込んで欲しかった。
(わざわざ”学”とつける意味は無いね)
ただ、内容の方は一冊の中で憲法、民法、刑法、社会法、国際法と
幅広く網羅されていて聞いたこともないような事件や
その判決について知ることができたのでけっこう楽しめた(^^)
特に国際法は単なる事例の紹介だけでも十分に面白さを感じられた。

この本を読んで一番気になったことは、普段は判例に逆らわないように
色々な判断を下していくものだけど判例自体変わることも多いので
“判例変更”の挑戦をすることも決して不可能ではないということだ。
それをするかどうかの判断はかなりの決意が必要となるけど
(民事事件で最高裁まで行くのって何かギスギスしすぎてる感じがする)
その分やりがいがありそうだなっと思った。
そう思ってしまう自分はやっぱり”プロジェクトX”に出れそうだ(^_^)

以下、チャック項目・・・
・判決の先例になる部分「レシオ・デシデンダイ(ratio decidendi)」、
傍論の部分「オビタ・ディクタ(obiter dictum)」

・最高裁判決の結論を補充するのが「補足意見」、
結論は同じだが異なる理由を述べるのが「意見」
「原審」と呼ばれているのは高裁判決

・明確な「家族」の定義を持たないままに個別の夫婦や親子に関する法律関係
だけを定めた結果が家族観について国民に十分な認識が伴わない状況を
生みだし、また個人の意思にもとづく人間の結合関係を容認しながら
それに対応する法制度の整備が十分に対応できていないのが家族法の現状

☆試験管ベイビーや精子&卵子の冷凍保存代理母などの人工生殖について
対処できるだけの準備が日本の現行法はできていないので
今後これらが家族法を含めた大きな問題になる可能性が高い

・権利濫用の法理は害意を持ってする権利行使を禁止する
「シカーネの法理」から利益の調整を許容する法理に移行してきている
→権利の行使が濫用になるかどうかは主観的評価基準だけでなく
客観的評価基準によっても判断すべき(宇奈月温泉事件:大判昭10.10.5)

・利息制限法が定める15%or20%の上限とサラ金規制法の定める40.004%
との間(裁判によって請求できないが処罰もされない利息の幅)が
「グレーゾーン」として問題になる

・条文は作為だけ規定しているように見えるが不作為でも処罰される場合
=「不真正不作為犯」(刑法199条は不作為でも成立するなど)

・緊急避難(カルネアデスの板)が実際に問題となったのが
イギリスのミニョネット号難破事件(1884年)

・「誤想防衛」は犯罪事実の認識が欠けているので故意犯は認められず、
過失があれば過失犯が成立するだけで「過剰防衛」は故意犯が成立するが
刑の減軽又は免除が可能→両者が合わさったものを「誤想過剰防衛」
(ヘルプミー事件:最決昭62.3.26)

・過失について結果回避措置を取る前提となる結果の予見可能性については
漠然とした危惧感があれば結果回避措置を取らなければならない
(それを取らない場合は過失が成立する)とするのが「危惧感説」
新過失論から進展した考え(千日デパートビル事件:最決平2.11.29)

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2001 1/18
法学一般
まろまろヒット率3

加藤晋介 『弁護士 加藤晋介のゼニの事件簿』 KKベストセラーズ 1998

21世紀になったので一番好きなカクテルがマリブミルクというのは
(ココモミルクでも可)そろそろ卒業しようかと思っている、
らぶナベ@小ましなバーでも頼むのはさすがに恥ずかしくなってきたっす(^^;

さてさて、『弁護士 加藤晋介のゼニの事件簿』加藤晋介著(KKベストセラーズ)1998年初版。
街金、整理屋、総会屋、霊感商法などメジャーどころ(?)から
紹介屋、サルベージ屋、倒産整理屋などのマイナーどころまで
彼が弁護士として実際に対処した裏稼業を60ケース以上紹介している。
一連の流れの中のどの点で儲けているのか、
そのからくりまでも詳しく書かれている。
ご丁寧に索引まであって意外に読み応えがあるが、
日常の中に潜むスリリングさを感じられて読書がどんどん進んだ。
「世の中っていろんなお仕事があるんだね」と大人の社会見学をした気分(^^)

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2001 1/8
法学一般
まろまろヒット率4

デカルト、谷川多佳子訳 『方法序説』 岩波書店 1997(原本1637)

これが21世紀に最初に読んだ本になる、
らぶナベ@この本を読み終えてから感じたことだけど
21世紀の始めに読んだ本が17世紀の本っていうのもちょっと不思議(^^)

さて、『方法序説』デカルト著・谷川多佳子訳(岩波書店)
1997年初版(原本1637年初版)。
「我思う、故に我あり」の人が書いた本。
(我ながらおおざっぱな説明だなぁ(^^;)
現在の哲学や思想学は彼に対する批判から発展していったらしく、
なにかとよく眼にする人なので一度は読んでみようと思って買った一冊。
読んでみるとちょっと嫌味なやつだなって思うような記述がちらほら。
謙遜しながらも自分ほど勉強したやつはいないとそこら中で公言したり、
論文を公表しない言い訳に多くの記述を使っているのにはちょっとうんざり。
(「公開」を否定的に捉える点は21世紀には向いていない考えだね(^^))

肝心の内容の方はというと結局のところデカルトの言う「方法論」とは、
三つの規則から成る「方法」とそれを達成するための四つの格率から成る
「道徳」が合わさってできたものだということにつきる。
まず「方法」・・・
・第一は、私が明証的に真であると認めるのでなければ、
どんなことも真として受け入れないこと(明証性の規則)。
・第二は、私が検討する難問の一つ一つを、できるだけ多くの、
しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること
(分析の規則)。
・第3は、私の思考を順序にしたがって導くこと(総合の規則)。
・最後は、すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、
なにも見落とさなかったと確信すること(枚挙の規則)。
・・・(この方法のおかげで)どれから始めるべきかを探すのに、
私は大して苦労はしなかった。
もっとも単純で、もっとも認識しやすいものから始めるべきだと、
すでに知っていたからだ。

・・・それを支える「道徳」・・・
理性が私に判断の非決定を命じている間も、
行為においては非決定のままで止まることのないよう、
そしてその時からもやはりできるかぎり幸福に生きられるように、
当座に備えて、一つの道徳を定める。
(中略)それは三つ四つの格率から成る・・・
・第一の格率は、私の国の法律と習慣に従うこと。
(その中で一番穏健なものを選ぶ)
・第二の格率は、自分の行動において、できるかぎり確固として果断であり、
どんなに疑わしい意見でも、一度それに決めた以上は、
きわめて確実な意見であるときに劣らず、一環して従うこと。
(一度決めたあとはその意見を、実践に関わるかぎり、
もはや疑わしいものとしてでなく、
きわめて真実度の高い確かなものとみなさなければならない)
・第三の格率は、運命よりもむしろ自分に打ち克つように、
世界の秩序よりも自分の欲望を変えるようにつねに務めること。
・最後にこの道徳の結論として、この世の人々が携わっている
さまざまな仕事を一通り見直して、最善のものを選び出すこと。

・・・以上がこの本の根幹&デカルト哲学の基本。
ううん、確かに突っ込まれやすい方法論だけど
そこに明確な真実性は感じることができる。
数世紀を超えて読み継がれる価値のある一冊であることは確かだろう。

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2001 1/2
哲学
まろまろヒット率5

春日武彦 『不幸になりたがる人たち―自虐指向と破滅願望』 文藝春秋 2000

これが今年38冊目に読み終えた本&20世紀最後に読んだ本になる、
らぶナベ@さぁ来い俺の世紀!(^_^)

さてさて、『不幸になりたがる人たち~自虐指向と破滅願望~』
春日武彦著(文芸春秋)2000年初版。
産婦人科医から精神科医に転向した著者によって書かれた
ちょっと奇妙に思える人々や不可解な事件についてのコレクション的な本。
思わず扇風機に指を入れてしまうとか運には限りがあると思いこんで
落ちている小銭を拾わなかったり幸運があっても不安に感じる人たちから
悲惨さの中に呆気なさや滑稽さを感じてしまう事件などについて
紹介しながら精神科医としての意見や感想を書いている。
人間が抱ちがきな不合理な思考や奇異なこだわりについて
正面から書かれているでの読んでいて楽しい。

確かに不幸だと思うことや絶望を感じることには独特の甘さがあり、
その快楽が忘れられずに中毒のようになってしまうことや
単なる不満や妬みなだけなのに自己正当化のために
責任を転化させることの快感は、ちゃんと「楽しみ」として認識しにくい。
この本はその認識しにくい快楽について書かれている点が興味深い。
さらに一歩踏み込んで自らのトラウマや人格形成状況さえも
自己正当化の言い訳に使う人々を紹介しているのも面白い。
ただし事例の紹介が伝聞推定に基づくものがほとんどなのは気になった。
(これは精神科医としての守秘義務から仕方ないかもしれないけど)
さらに妙に攻撃的というか冷ややかさを気取るところが鼻につく。
個人的にはあまりお友達にはなりたくない(^^;
また、人格障害と精神病とはまったく違うと主張しているがどうなのだろう?
その人そのものである人格障害と本来その人ではない精神病とは違うという
意見だったけれどちょっと納得できなかった。
(人格障害と精神病は重複することがあるので誤解を生むとも書いているけど)

以下、ちょっと面白いと思ったところ・・・
☆精神のアキレス腱は「こだわり・プライド・被害者意識」の三つだけ
→その中でも被害者意識は単なる不平や妬みをぶつける「敵」と
自分は優遇されるべきだという「特権」を求める点でたちが悪い
→被害者意識はアル中にとってのアルコールのように依存性がある・・・
つつましい幸せを得るよりもあえて被害者意識を堪能することを選ぶ人間は
世の中にはいくらでもいることを我々はしっておくべき

☆自分の気持ちを表現するぴったりくる言葉はないので近似値として言葉を
選んで我慢する→いつも我慢するのは耐えられないので既成の言葉に
感じ方や思考の方を微妙に迎合させていく←これが様々な不合理の原因

☆人間の価値観や物事の優先順位は「面倒」というキーワードによって
簡単に入れ替わっていく→面倒だからという理由で現状の不幸
に甘んじることはいくらでもある=億劫という心性こそが人間の行為を
不可解にしたり人生を不幸にする大きな要素のひとつ

☆(特異な事件と幼児体験や特殊な環境などとの因果関係について)
表面的な因果関係に拘ってしまい実際とはまったく別の物語が
周囲の人間によって勝手に作り上げられてしまうことが精神科領域の周辺では
しばしば起こる・・あたかも原因として映る出来事は実は契機でしかなく
潜在していた病状がそれによって顕在化したに過ぎないことが多い

☆催眠術は患者と医療者が共同作品としての物語を語ることが少なくない
→多重人格や記憶喪失、憑依といったものは確かに劇的だがこうした症状には
周囲へのアピールやブラフといった性格が強く付与されている
←本態は未熟な人格構造だからこそ示せる大胆な自己主張といった趣であり
心の深淵を覗き込むような根拠的な感触はない
(結局のところドラマティックなものがもたらす分かりやすさが
往々にして当事者同士の馴れ合いでしかないことが多い)

☆たとえ悲惨であったり不幸であろうとそれが具体的であればかえって
安心感につながる場合がある→曖昧であったり不確定であることは何よりも
人の心を不安に駆り立てるので何らかの具体的な事象に直面するほうが
心の負担が少ないと考える人は少なくない
→新興宗教などへの不可解な服従はこれが原因になることが多い

○神経症の人たちと話には運命に対して妙に理屈っぽいところと
呆れるばかりに詰めの甘いところが入り混じっていて
そのバランスの悪さこそが不幸を招いている原因のように感じられる
→心のバランスを失った人たちはある種の現実感を喪失しているので
奇矯なロジックがあたかも神託のように当人の行動を律する。
えてして精神の止んだ人々の言動は支離滅裂ではなく異様に論理的なだけ

○同じ偶然は繰り返さないという考えはいったん起きたことは
すぐには起きない→不幸を先取りして起こしてしまえば
もはや危険はなくなるといった奇想につながる

○(精神科にかかってくる自殺予告電話の対応について
ベテランとビギナーの差)=ベテランは特別な対応法など無いことを
最初から分かっているがビギナーはひょっとしたら何か特別なコツがあって
それを自分の不勉強や経験不足のために知らないのではないかと不安になる
→マスターしているべきところに空白が残っていると懸念している限りは
実力など発揮できない、勉強とは実際に使用する知識だけでなく
自信や覚悟やその根拠とおぼしきものを獲得するために行うのである

○過酷な人生を乗り切るために無意識のうちにいくつかの方策がある
=一つは運命などのように人間にとって不可解で不可抗力なものを受け入れて
納得するロジック、もう一つはひたすら現状維持を図り不幸を
慣れ親しんだものにして悩みや苦しみの輪郭を曖昧にすること、
さらにもう一つはこれ以上危険や不安と対立しないですむように
手っ取り早く小さな不幸を具体化させて
大きな不幸をやり過ごしてしまおうといった心の働き
→だから人間は気持ち悪いと思うか、それとも面白いと思うか
その捉え方の違いによって世の中のつらさは大きく違ってくるだろう

○説明が困難でしかも関心をそそってやまない事象に対する
アプローチの一つはコレクションの対象にすることである
←説明はできないけれどとにかく真実は手元にあるとして相対化を図る

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2000 12/29
心理学、教育学
まろまろヒット率4

山本祐司 『最高裁物語』 講談社 上下巻 1997

これがネットを使い始めた大学入学以来1万5千通目の送信メールになる、
らぶナベ@やっぱり読み書きが主流の仕事に向いているんだと自己分析(^^)

さて、『最高裁物語』山本祐司著(講談社+α文庫)1997年初版上下巻。
軽そうなタイトルからは想像できないほどの大著、でもかなり面白い(^^)
法廷の内外を問わず最高裁を中心に繰り広げられた人間模様、事件、
そうしたものの結果としての判決を最高裁誕生期の終戦前後から
現在までにわたって書かれている本格的なドキュメンタリー。
暗躍めいた裁判官たちの対立、歴代長官や重要人物のキャラクター、
官僚機構としての裁判所の裏事情などについて
とにかく「よく調べたなぁ」と関心するほど詳細に書かれている。
(戦前の事件でもかなり詳しく書かれているし付録の年表もやたらと充実)

分厚いし上下巻もあるので読み始めるまで少し躊躇があったが
実際に読み始めると面白くてとまらなかった。
戦後の有名な事件や社会問題の”顛末書”として最高裁判決を見ていくと
日本の社会情勢の変転が垣間見れてかなり楽しい。
ちょっと風変わりな現代史という表現が一番良いだろうか。

ただ難点を言えばこの本はすべての事柄について保守対リベラルという視点で
追っているのだがこれでは本質がぼやけてしまうこともあるだろうと感じた。
確かに終戦直後から安保くらいまではこの視点抜きにしては語れないけど
あまり二元論にこだわると原理原則論にがんじがらめになってしまうだろう。
現に70年代後半以降の記述は論理の統一性や説得力の迫力が
いまいちパワーダウンしている。
著者が長年ジャーナリストだったことを考えると
この年代の人が持つ匂いなのかなとも思うが
すごく良い本なだけに恣意性があまりに目立つ箇所にはちょっと残念。
でも総じて良い本だと言える一冊だろう。

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2000 12/20
法学一般、歴史、ドキュメンタリー
まろまろヒット率4

キース・エヴァンス、高野隆訳 『弁護のゴールデンルール』 現代人文社 2000

親が中島みゆきの「地上の星」を買ってきていたのを発見した、
らぶナベ@彼女も秘かにプロジェクトXにはまっていたんだね(^^;
ちなみに歌詞にある「地上の星」の英訳は”UNSUNG HEROES”でした、納得。

さて、『弁護のゴールデンルール』キース=エヴァンス著・高野隆訳(現代人文社)2000年初版。
英法廷弁護士&米カリフォルニア州弁護士として弁護技術の指導を行っている
著者による弁護術指南書(日本語訳者も日本の弁護士)。
僕は時々無性にB級なものに惹かれることがあるんだけれど、
本屋の端っこの方に追いやられていた痛い存在感に惹かれて
思わず購入して読んでみた一冊。でも読んでみると意外とまともだった。
弁護というよりも広い意味での交渉技術書と言った方が良いかもしれない、
人の生死がかかった交渉の場面での技術論なので広く応用も可能だろう。

“INTRODUCTIONS”
☆良い弁護術とはほとんど常識に関する問題
(多くの場合この常識を法廷に行く時に捨ててしまう)

“THE DIMENSIONS”
○伝えることを意図していない視覚的情報は決して伝えるな
(驚いているように、悩んでいるように、必死であるように、
人を操っているように見られてはいけない)
→相手が貴方のことを知らない利点を捨ててはいけない

○あくまで真実にこだわれ
(いかなる場合でも完全に誠実に弁護をする方法はある)

○繰り返すな(両手にしっかりと勇気を握り締めて)

“THE MANDATORY RULES”
○弁護士が法廷で自分の意見を述べることは許されない
(弁護士は一方の当事者を援助するために存在するのである)

○最終弁論では証拠に基づく事柄しか述べることができない
(指摘したいものは証拠調べの中で触れておかなくてはいけない)

“ADVOCACY AS THEATRE”
☆法廷を目指すことはプロの舞台を目指すことと同じ
→弁護士の仕事は法廷をアマチュアの学芸会ではなく
プロの演劇作品にすることである
→舞台俳優に憧れる気持ちがないならば法廷弁護士は辞めるべき
(勇気と想像力が要求され泣き出したくなる?????%その時に立ち上がり
前進する力が求められる、それによって自分の心が打ち砕かれないように)

☆全力をつくせ、手抜きするな
(全身全霊を捧げられないならば転職せよ)

☆事前準備こそが最良の投資
(これこそが法廷弁護にとって最も重要なこと)

○事実認定者を楽しませよ
(彼らに物語を伝えよ、始まりと中間そして結末を考えよ、流れを持続せよ)

☆削れるところはすべて削れ

○事実認定者をこれからの展開に備えさせよ
(正しく地ならしをしておけば法廷で何でもすることができる)

☆自分の声の音量を知れ、話すスピードと音質を変化させよ、
タイミングと中断の力を知れ、音量を上げる時は細心の注意をせよ
(自分自身を検査することに臆病になってはいけない、
他の人々は法廷で貴方を一日中検査するのだから)

“THE PSYCHOLOGY OF ADVOCACY”
☆法廷援護の素材は壊れやすい

○好人物であれ

☆共感を与えよ、事実認定者と同化せよ
(自分が判事席に座っていることを想像すれば共感できる)

☆要求する代わりに招待せよ、教える代わりに提案せよ

○事件の弱点を最初に語る人物は自分自身でなくてはならない

☆まず自己の最終弁論を書け
(そこで気づいた足りない部分を埋めることが準備)
→相手方の最終弁論を書き自分の最終弁論を仕上げよ

“THE EXAMINATION OF WITNESSES”
○予め自分のほしい答えを考えてその答えだけを得られる質問を組立よ
(多くの弁護士が証人尋問を恐れるのはこの青写真が無いため)

○事実そのものを扱っているのではなく証人が事実であると
信じているものを扱っていることを忘れてはいけない
(決して証人に助けを求めるな)

○”Yes or No”で答えを要求する際には注意せよ
(取調べの雰囲気を取り除くため慎重に)

“EXAMINATION IN CHIEF”
☆How?→What?との間を行き来する習慣を身につければ
尋問はその往復のリズムに乗ってきてより明確でわかりやすいものになる

○基礎づくりをしてからか事実を引き出せ

“CROSS-EXAMINATION”
☆欲しいものが手に入ったら止めよ
(反対尋問に成功することは快感だが決して夢中になるな)

○衝撃をやり過ごせ(狼狽を隠せ)

○公判は情報を発見する場ではなく
反対尋問は獲得できそうなものを探し回る時ではない、
事実認定者に予め計画した証拠を提供する時である

☆ゲームのこの段階において我々は事実を探求しているのではない、
我々は事実認定者に対するプレゼンテーションを行っているのだ

○決して証人と論争してはならない

“FINAL SPEECH”
☆感情は事実に続く、その逆ではない
(問題なのは事実認定者の感情であって貴方の感情ではない)
→最後の最後にのみ感情を発露する機会を与えることができる

○人生において自分が最もエネルギッシュだった時のことを振り返り、
その時の自分を目盛りの最上端におき、自分が最も怠惰で
打ちひしがれた時を思い起こしてこれを目盛り最下端におけ
→考えるまでもなく現在の自分がどの状況にあるかを正確に知ることができる

○かつて無かったほどの相互に結び合ったいまの世界くらい
聡明で巧みな法廷弁護士が弁論し説明し説得する
必要性と機会が求められる時代は無かった

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2000 11/24
法学一般
まろまろヒット率3

小此木啓吾 『秘密の心理』 講談社 1986

懸賞で当てた図書券を『バガボンド』(講談社モーニングKC)購入に使った、
らぶナベ@先入観を捨てて読んでみると意外に面白いっすよ(^_^)

さて、『秘密の心理』小此木啓吾著(講談社現代新書)1986年初版。
精神科医が書いた秘密がもたらす作用をテーマにした本。
これは文句なしに面白い!(^o^)
精神医学のアプローチから秘密が与える人間関係への影響や
さらには社会構造までを視野に含めて書かれている。
症例による具体例だけでなく有名な映画や物語の中に潜む秘密の効果を
心理的作用の視点から分析しているので読んでいて楽しかったりする。
例えばこの著者によると『忠臣蔵』の面白さはどうやって秘密を全うしたかの
苦労話にあるし『勧進帳』は秘密を見逃すところが感動を与えてくれる。
松本清張の『天城越え』は思春期に誰もが体験する親や憧れの人に対する
原光景体験(幻滅や失望)と自律がテーマだとしている。
何となく納得(^^)
さらにこれ系の本によくあるような単なる分析に終わらずに、
現代を原光景(親や尊敬するものに対する幻滅)社会と定義して、
その病理性を騒ぎ立てるのではなく積極的な歴史的過程と捉えなおして、
不可知に耐える自我能力の必要性を提起している点は
単なる医学者の書いた心理本を越えている。
主張の善し悪しを別にしてもその挑戦的な姿勢はすばらしい。
薄い本だけど単純に面白さだけでいえば今年読んだ本の中で
1,2をあらそうくらいの本じゃないかな?

以下は重要だと思ったところから書き出したチェックポイント・・・
☆アンネ・フランクはキティさんという架空の人物を造りあげ、
この対象と対話するという形式で『アンネの日記』を書いた
→子供は親以外に秘密や親密さを共有する対象と出会い、
心の中でそれらとの関わりを通して親から自立した心の構造を形成する
→一歩誤ると親からも離れ、しかも新しい対象も発見できず、
人との関わりのよりどころを失って心の真空状態に落ち込むおそれがある
→親以外の親密な対象を持つことができるかどうかが発達心理上重要

☆恥の心理はその人物が心の中でどんな自己像を持とうとしているか
によって決まる面がある→本質的には自分に向けられた怒り

☆相手に誉めてもらうなどの形で自己愛を満たしたいという
受け身的な自己愛の満たし方が日本的な甘えの心理
→相手にどう思われるか、自分の自己像を受け入れてもらえるかどうかが
日本的な人間関係では最も重要なテーマとなる

☆人みしりは日本的な甘えや依存の心理と深く関わっている
→日本人が世間に対して自分のことを恥ずかしいと思うときの、
その世間とは全くの他人を意味しているわけではなく
むしろそれは顔みしりの集まった自分と一体の世間のことである
→こちらが優しい相手を期待するからこそ人みしりも起こる

☆公式な課題集団の情報伝達構造に十分な信頼をおかず、
非公式な憶測集団に自分を置いて情報を得ようとするのが日本的組織の特徴
→職場からすぐに帰らなかったり仕事の後にみんなで
飲んだりしなければならなくなるのはこのため
→米国の精神科医による日本人は同性愛的な気持ちが強いとの指摘

☆原光景体験を通して親に幻滅した子供はその幻滅と失意の克服を通して
やがては親との間に同等な人間同士としての対話的構造を作り上げていく、
現在の原光景社会はそのような社会的自我の発達と真の対話的構造を持った
情報交流可能なより成熟した社会への過渡的な一段階とみなすことができる、
このような積極的な歴史的意義を見失って現代の様々な原光景反応を
ただいたずらに病的な徴候とみなすことは集団幻想時代へ逆コースを
引き起こすおそれがある、それはタブーと抑圧の支配する隠蔽社会への逆戻り
→いま我々が身につけなければならないのは不可知に耐える自我能力である

・”secret”はラテン語”scereta”(分泌物)から来ている
→自分の分泌物を触れさせない距離感が他人との境界

・一杯飲みたくなる気持ちの中には秘密(分泌物)を共有する
一体感への渇望がある

・それまでタブー視していた家族についての不満や批判を
家族以外の人間に打ち明ける経験が自我の目覚めを体験するきっかけとなる
→精神分析やカウンセリングが発展したのは核家族化が進んで
個々の家族メンバーに対する家族の支配権が弱まったため

・子供の心の健全な発展には親は親、子供は子供という
世代境界の確立された秩序感覚が大切
→この世代境界はあらゆる組織にも存在する

・乳幼児期から子供は親に対して大便処理に関する嘘をつく
→フロイトによると自分の大便に対する執着が自己感覚の形成と
自律的な意思の成立につながっていくとされる

・サディズムとは相手の見せかけの強さ、尊厳、美しさなどの社会的、
人格的価値の背後にひそむ、弱さ、汚れ、醜さを暴く心理のこと
(その心理は強迫告白の心理と深層で深く関わっている)
→いじめ、家庭内暴力を引き起こす衝動がこれ

・原光景反応(幻滅など)が進むと自分自身が直接触れることのできる
狭い世界に退行したり現実を超えた神秘的な世界を頼りにするようになる

・人みしりは人に笑いものにされることを恐れる心理であり、
ユーモアは自分から笑いものになって結果として
他の人から笑いものにされることを防ぐ心理的技術

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2000 11/18
心理学、教育学、社会学
まろまろヒット率5

折橋徹彦・杉田正樹 『うその自己分析―虚感の時代を生きる』 日本評論書 1999

NHK総合でいま一番あつい番組、『プロジェクトX』は
マニアのマニアによるマニアのための番組だと思えてならない、
らぶナベ@あの痛さが最高っす!

さて、『うその自己分析~虚感の時代を生きる~』
折橋徹彦・杉田正樹著(日本評論書)1999年初版。
社会心理学者(第1部)と哲学者(第2部)による嘘に関する共著。
嘘が良いとか悪いとかいう倫理観ではなくどうして嘘をついたのか、
その背景には何があるのかという科学的アプローチを持って
嘘と接する必要がある仕事をする予定なので読んでみた。
これは以前読んだ『人はなぜウソをつくのか』渋谷昌三著(河出書房新社)
1996初版を読んだ時と同じ動機からだが精神医学的な視点で書かれた
『人はなぜウソをつくのか』と違って、この本はエッセイ風になっている。
(自然科学と社会・人文科学との本質的な差でもあるのだろうけど)

特に哲学者が書いた第2部は純粋な読み物としてもとても面白く感じた。
例えば「世界一の美女はいたのか、それともいなかったのか」
というエピソードはドイツの捕虜収容所でフランス兵が
「この独房に世界一の美女がいることにしよう」というルールを決めて
活き活きと生活しているのに対して
捕虜収容所の所長がその世界一の美女を連行しようとし、
またフランス兵たちがそれに抵抗するというものだ。
世界一の美女なんていなかったに決まっているが、かといって
彼らを動かしていたのが世界一の美女であるのことも事実だ。
そしてこれこそが宗教や神や真理、社会原理だと言っている。
「意味は、意味であるが故に無意味である、と言える。なぜか。
ゲームがルールによって支えられているように、
意味が成り立つのは、それを支える広い意味での文法があるからだ・・・
意味は、最終的な文法がない以上、宙づりになっている、ということだ」
という風に結論づけているが妙に印象に残っている。
身近なエピソードだけでなく各哲学者の嘘に対する接し方を紹介するなど
哲学入門としてもすごく良い本ではないだろうかとも思った。
社会心理学の視点で書かれた第1部も面白かったがどうせ非科学的ならば
割り切って人文科学的なアプローチに徹したこの第2部の方が説得的だった。

基本的に僕は社会・人文科学的な心理学のアプローチには
どうも説得力が欠けると感じる傾向があるけれど
この本は読み物としても面白かったし、倫理的ではなく事実的として
嘘を考えるきっかけとして良い本だった。
けっこうお薦めかもしれない。

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2000 10/31
心理学、教育学、社会学、哲学
まろまろヒット率4