『百年の孤独』 ガブリエル・ガルシア=マルケス著、鼓直訳 新潮社 200608.01.08

まろまろ@まろまろ記7周年を記念して替え歌「時代おくれのブログになりたい」を公開しています。

さて、『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス著、鼓直訳(新潮社)2006。

南米の山あいにある町、マコンド。
そのマコンドの開拓者一族であるブエンディア家の人々にスポットを当てて、町の建設から発展、衰退、廃墟に至るまでの約100年間を通してえがく長編小説。

原著”Cien Años De Soledad”(1967)の新訳版。
前々から読んでみたいと思っていたけれど、悲劇的なタイトルと分量、そして独特の修飾語の長さから尻ごみしていた。
(7世代にわたるブエンディア家の登場人物たちは同名が多いので家系図を参照しないといけないのもハードルになった)
それが今回、特命係長プレイの合間に読んでみようと手に取った一冊。

読んでみると、確かに基本は悲劇、それも時には悲惨な場面もあるのだけど、陰湿さや悲壮感は感じられなかった。
悲劇的な内容も比較的からっとしていてスイスイと読めてしまう。
一つは展開がすごく早くて退屈させない点や、ところどころに思わず笑ってしまう場面が散りばめられている点などが原因しているのだろう。

また、読み進めるに従って忘れていた登場人物に思わぬスポットが当たったり、衝撃的な展開が折り重なっていて、あっという間に最後まで読んでしまった。
衝撃的なラストは独特の読後感を与えてくれる。

長編の、それも悲劇なのに、読み終わってからもう一度読んでみたいと思わせるのが心憎い(w
ラテン・アメリカ文学の最高傑作という前評判に負けない作品。

ちなみに僕のまわりではGabriel Garcia Marquezのこの本よりも焼酎の「百年の孤独」の方が有名だったりした(w

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2008 8/1
小説、文学
まろまろヒット率5

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『旭山動物園』(動物園)08.20.07

北海道旭川市の旭山にある動物園。

科学教育学会後のエクスカーションとして見学&説明会があったので申し込みをして訪れる。
開演前からスタートするということで、前日から旭川入り、それもタクシーでというハードルはあったけれど、
今や日本有数の動物園のバックヤードを見学でき、スタッフの人の生の声を聞けるということで参加。

当日は学会で僕たちの発表も聞いてくれた飼育係の奥山さんと、副園長の坂東さんが直々に案内してもらうこととなった。
まずは開演前に大混雑することで有名な、ぺんぎん館、あざらし館、ほっきょくぐま館、を見学。
旭山動物園の特徴の一つとされる行動展示=「動物を見るのではなく、動物に見られる」という意味がよく分かった。

その後、開演時間が過ぎるとディズニーランドのような人波にあらためて驚きながらバックヤードを見学。
そこでの迫力は、メディアに取り上げられるものとはまた違った、動物園としての本質を問いかけるものだった。
奥山さんの「臭いも展示のうち」という言葉や、弱みを見せない動物たちの不調を見つけるエピソードが印象深かった。
最後に、図書館で説明&質問会をしておひらき。

旭山動物園は飼育係と教育係・施設係が同じということもあって、単なるツアー見学にとどまらない生の声を聞くことができたのが良かった。
「見せる」ことと「単なる見せものではない」ことのジレンマの中で、創意工夫している姿が伝わってきて感動を覚えた。
(同行者から偽善者と言われたけど(^^;)

ちなみにヒット率は案内を受けてバックヤードを見学させてもらった今回の場合のもの。

2007 8/20
もろもろ鑑賞、動物園
まろまろヒット率5

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「湯の峰温泉 つぼ湯」 (温泉)08.12.07

泉質:重曹硫化水素泉 (含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉)

和歌山県田辺市本宮町にある温泉。
一説には日本最古と言われる温泉で、かつては小栗判官伝説の地として知られていたらしい。
現在は世界遺産「熊野古道」、正式名「紀伊山地の霊場と参詣道」(”Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range”)に登録されていることで有名。
カラカラ浴場は干上がっているので、現在(2007.8.12)実際に入ることができる唯一のお風呂の世界遺産になっている。

そんなお風呂は1組30分の貸切風呂になっていて、当日予約しないと入れないことが多い。
2時間待って川沿いの掘っ立て小屋に入ってみると、小さな洞窟のようなつぼ湯がある。
乳白色のかなり熱めの温泉に入ると、どうやら足下から温泉がわき出ているらしいくて水で薄めてもどんどん熱くなってくる。
(1日に7回湯の色が変わると言われている)

シャンプー、石けんは禁止、洗い場も無い。
係の人も愛想が良いわけでもないし、便利な場所にあるわけでもない。
でも、本当の温泉を味わえる貴重なお風呂。

2007 8/12
ぷかぷかお風呂日記
まろまろヒット率5

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「古湯坊 源泉館」 (温泉)12.29.06

泉質:アルカリ性単純泉

山梨県の下部温泉にある温泉旅館。
宿坊プレイの途中に身延線で外湯のみ利用で訪れる。

この温泉は何と言っても循環も加熱も加水もしていない上に、塩素も加えていないところがすごい。
本当の意味で源泉かけ流し温泉につかることができる、とても貴重な温泉になっている。

浴槽は温泉が自噴している岩窟の下に板を通したもので、だいたい29~31℃の源泉につかることができる。
水風呂とは言わないまでも冷ためなので、上にある加熱温泉と交互につかって湯治するのが基本らしい。
かなり長い間つかることができるので湯治客が多いのも納得。
泉飲もできるのが嬉しい。

また、この温泉は男女混浴になっていて、しかも水着着用禁止というのも特徴的。
ただ、女性専用時間もあるし、タオルで隠すことが義務になっているのでこの点はそれほど大きなネックにはならないかもしれない。

ちなみに山梨県には「武田信玄公の隠し湯」という言い伝えの温泉がいくつもあるけれど、この温泉は信頼性が高いらしい。

2006 12/29
ぷかぷかお風呂日記
まろまろヒット率5

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「石和名湯館 糸柳」 (温泉)08.04.06

泉質:アルカリ性単純温泉性水

山梨県笛吹市石和(いさわ)温泉郷の温泉旅館。
JR中央本線石和温泉駅の近くにあって、敷地内からの自噴温泉を売りにしている。

日帰り温泉(1000円)として入ってみると・・・サイコー!
お湯は源泉かけ流しで、シャワーや水風呂にも温泉が使われている。
特に水風呂は源泉100%かけ流しということで、自噴温泉の良さを存分に味わえる。
露天風呂は落ち着けるし、泉飲ができるのも良い。
アルカリ性のぬるぬる温泉はつかっている時は気持ちが良いし、お風呂あがりにはお肌がつるつるになる。

また、アメニティが一通りそろっている上に、電動マッサージチェアが無料で使えたのが嬉しかった。
クーラーボックスの麦茶もあったので、休憩を取りながら4回も入浴してしまった。
(湯上がりにワインのサーヴィスも受ける)

とても良い温泉として自信をもってオススメできるお風呂!
ただし日帰り入浴は日によって実施の有無や時間が変更になるので要確認とのこと。

ぷかぷかお風呂日記
2006 8/4
まろまろヒット率5

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『蒼天航路』 王欣太作、李学仁原案 講談社 全36巻 200605.08.06

約10年間読み続けていた本が完結してちょっと感無量な、らぶナベです(T_T)

さて、その『蒼天航路』王欣太作(KING☆GONTA)、李學仁(イ・ハギン)原案(講談社)全36巻2006。

『週間モーニング』で1994年から2005年の11年間連載された全409話の三国志。
これまでの三国志物語では悪役を担うことが多かった曹操を主役にして、
独自の視点と演出で再構築したまさに「ネオ三国志」という表現がぴったりな新釈三国志。

たとえば一般的な羅貫中『三国志演義』、それをもとにした吉川英治『三国志』や横山光輝『三国志』では、
主役の劉備は儒教的な理想を反映した聖人君主的にえがかれることが多いけど、
この『蒼天航路』では、中身が無くて雰囲気だけで勝負する人物になっている。

この劉備の評価は正史に近いけど、だからといって別に劉備が貶められているわけでなく、
逆に『三国志演義』での聖人君主ぶった劉備が安っぽく見えるほど、
侠とハッタリで生きる『蒼天航路』の劉備はとても魅力的に表現されている。
(他の登場人物たちも演義より正史にもとづいて演出されることが多い)

そんな魅力的な登場人物たちも、引きこもり気味だった曹操が30歳の時に黄巾の乱をきっかけに初陣する第39話あたりから、続出してきて物語は盛り上がっていく。
曹操自体の見せ場も、第157話で「おまえたちには心の闇がない」と言い放つシーン、第184話で炎の向こうから手招くシーン、
第276話で「くどい」と片づけるシーンなどなど、まさに心がふるえるようなシーンが目白押し。

もちろん、漫画的なデフォルメをしすぎているとか、曹操を完璧にえがきすぎるなどいろいろな批判はあるけど、
これほど魅力的な人物たちを活き活きと踊らせる物語もめずらしい。
(それだけに生々しくてキャラが濃いので万人向けじゃないかもしれない(^^;)

ちなみに僕はこの本を1996年ごろから読始めたが、自分の20代は連載中だったこの物語にかなりの影響を受けてきた。
転機がある度に読み返したし、何かと引用することも多かった。
この10年は機会があるごとに『週間モーニング』の連載を確認したり、新巻が出るのを楽しみにしていた。
そんな『蒼天航路』の最終巻が出て物語が完結したと知り、一つの区切りを感じて御茶ノ水の漫画喫茶に入って未読分を読み切った。
読み終えた今も、この本はこれからも読み返す心のベスト本の一つになるだろうと感じた。

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2006 5/8
マンガ本、歴史
まろまろヒット率5
三国志

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『機動警察パトレイバー2 the Movie』 (映画)03.03.06

押井守監督の「古典研究」を復習するための僕が研究会長として研究上映した作品の一つ。
この映画も最初に観たときから10数年ぶりの鑑賞になる。

2002年のある日、ミサイル発射によって横浜ベイブリッジが爆破された。
映像にうつっていたのは自衛隊機と思わしき機影だったが自衛隊には該当する機体は無かった・・・
クーデターを装った連続テロによって現代の東京で戦争状態を再現しようとするテロリストと、
それに対する特車二課後藤隊長の戦いを中心に物語は進んでいく。
元ネタになった『二課の一番長い日』を超える緊張感とリアリティで全編ピリピリとはりつめた空気を感じる作品。

公開されたのが1993年という、阪神大震災もオウム事件も9.11同時多発テロもまだ起こっていなかった時期だということを考えると、
都市生活に対する心理的打撃を扱ったこの作品があらためてすごい作品だということがわかる。

ちなみに『二課の一番長い日』もすでにパトレイバー本来のラブコメ基調から逸脱していた感じだったけど、
この劇場版第二段にいたっては主要な登場人物たちが後藤隊長、南雲隊長、首謀者の柘植、防衛庁の荒川(声優:竹中直人)と、
もはや完全にオヤジたちの物語になっている。
最後のレイバー戦が余分に思えてしまうほどだ。

ラブコメや学園モノとして企画を通して最後は自分の好きなことをやる・・・
押井守監督自身が「カードのめくり方が大切」と言った意味があらためて感じられた。

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2006 3/3
もろもろ鑑賞、映画
まろまろヒット率5

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『THE 有頂天ホテル』(映画)01.17.06

住吉区の集まりでも話題だったので、大阪にいる間に難波千日前の敷島シネポップで観る。
それほど期待していなかっただけに、想像していたよりもずっとおもしろく感じた。
配役が豪華だと個性がぶつかりすぎて&気を使った演出になってつまらないものになりがちなものだけど、ちゃんとキャラ立ちしていた。
笑ってほろりとさせられるし、何よりもお約束をしらけずにみせてくれるのが嬉しい。
同行者も言っていけど、観終わった後に劇場のように思わず拍手したくなる作品。

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2006 1/17
もろもろ鑑賞、映画
まろまろヒット率5

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『カリスマ―出会いのエロティシズム』 チャールズ・リンドホルム著、森下伸也訳 新曜社 199201.17.06

修二と彰の振り付けを練習中の、らぶナベです。

さて、『カリスマ―出会いのエロティシズム』 チャールズ・リンドホルム著、森下伸也訳 新曜社 1992

カリスマの研究書、めちゃ面白かった一冊!
内容は理論編(第2部)でカリスマ研究の歴史、各分野からのアプローチを押さえながら統合理論としてまとめ、
実例編(第3部)でカリスマとその信奉者たちの典型例を取り上げて、
結論(第4部)でカリスマとその信奉者たちとの相互作用は一体何なんなのか、その今日的な意味も含めて答えを出している。
理論の深さ、実例の迫力、結論の説得力、どれを取ってもカリスマの研究の決定版と言える本。

まず、すごいなと思ったのが膨大な先行研究を押さえていているところだ。
たとえば理論編では情念に焦点を当てた哲学者たちとしてヒュームやミル、ニーチェ(2章)、社会学としてのアプローチ、ウェーバー(ヴェーバー)とデュルケム(3章)、
催眠と群集心理学からのアプローチのメスマー、ル・ボン、タルド(4章)、精神分析学からのアプローチとしてのフロイト(5章)などの
カリスマ研究の背景やそれぞれのアプローチを総括しながら、
カリスマ的リーダーシップの病理性を強調する心理学的見解と、カリスマ的集団に積極的な価値を与える社会学的言説との対比をまとめて(6章)、
カリスマ精神の病いなのか、再社会化なのだろうかと問いの下で統合理論化(7章)をしている。

その次の実例編では典型的なカリスマとその信奉者たちの実例としてアドルフ・ヒトラーとナチ党(8章)、
チャールズ・マンソンとそのファミリー(9章)、ジム・ジョーンズと人民寺院(10章)を取り上げている。
著者は文化人類学出身なので、この実例編は本領発揮という感じでとても迫力があった。
ある人物がカリスマ的パーソナリティを持つことになってゆく過程、奴隷化しているのに自分は解放されていると思う信奉者たち、
そしてカリスマと信奉者の相互作用で生まれた集団のダイナミズムが展開し、崩壊していく様が克明にえがかれていて、
単純に生々しい読み物としても読み入ってしまった。
そしてシャーマニズムとの共通点を指摘しながら(11章)、結論につなげるという流れがとても綺麗。

結論(12章)では、現代のカリスマをよく指摘されるような芸能人やスポーツ選手にとどまるだけでなく、
カリスマ的な特徴を帯びた人間関係として、家族(観)とロマンティックな恋愛を挙げているのが面白い。
確かに実例編で出てきたカリスマとその信奉者たちは極端な事例かもしれないけど、
読みながらホストに入れ込む女性や、キャバクラ嬢に振り回される男性を思い起こしていただけに納得。
(実は自分自身の恋愛体験の中にも重ね合わさる面もあった(^^;)

人間関係がもたらす無我と交感の絶頂感(エクスタシー)は魅力的で、時には没頭してしまう。
コミュニケーションの快楽に耽溺する人の性向は決して特殊なものではなく、
人間の本質の一つなんだ、というこの本の主張は説得力があった。
(そこには集団のダイナミズムが生まれる源泉になる)

ちなみに、この本はインターネット普及以前に書かれたものだったので、
現在のネットコミュニティ内でのカリスマ出現に著者はどう思っているのか知りたかった。
また、理論編の第2部はけっこう面白いんだけど、理論的背景とかアプローチを退屈だと思う人は、
訳者が言っているように実例編の第3部から読んでも十分に面白く読めると思う。

以下はチェックした箇所(要約含む)・・・

○カリスマというものを理解するためには、カリスマ的人物の性格やそのカリスマ的魅力を個々の人間に受け容れやすくさせている諸属性を研究しなければならないばかりでなく、
同時に指導者と信奉者が相互作用をおこなっているカリスマ集団そのもののダイナミズムをも分析しなければならない
<第1章 序説>

○弱く空虚な人間は、服従することによって、ひとつのアイデンティティを、また力と意志という不可欠な幻想を手に入れることができる
→カリスマの信奉者たちは抑圧の中に解放されているという感覚を感じる (Hoffer 1951)
<第4章 催眠と群集心理>

☆自己の解体的幻想による同一化的経験こそが指導者に対する信奉者の愛、自我の境界が消失する超越的な愛の源泉
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

○心理学者たちが指導者に焦点をあて、彼らの障害をもったパーソナリティを強調しがちであるのに対し、
社会学者たちは指導者の性格についてほとんど論じることなく、信奉者や彼らを取り巻く環境に関心をもつ
→心理学が信奉者のうちに病理性を見ようとするのに対して、
社会学者は信奉者が普通の人間よりも深い心理学的な生涯を病んでいるわけではないことを証明することに関心をもっている
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

○カリスマに対しては大きく分けて二つのアプローチがある・・・
・精神分析学に由来するものでカリスマの感情的強烈さや超越的性格を認めはするが、それに対する価値判断を含み、指導者の個人的特長を過度に強調するもの
・社会学に由来するもので集団の重要性、共同体への参加が人々の願望の対象となりうることをよく認識しているが、
 しかし経験から情念を剥離させ、リーダーシップを閑却し、カリスマ的紐帯の根底にある無意識の衝動を軽視するもの
→どちらのアプローチもカリスマ的経験の一部を教えてくれるが全体ではない
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

☆自我がその価値を減ぜられ、アイデンティティの標識や対象とのきずなを剥奪されながら、それでもなお同時にすべての行為の唯一の正当化根拠とされるとき、
カリスマの啓示や帰依者の共同体的集団への没入によってあたえられる激しさや内的確実感は高度に魅力的
→このようにして高められた相互作用の形式は現実の社会構造に欠けている、交感の感情、エクスタシー的自己喪失、超越、信念をあたえる
<第7章 カリスマの統合理論>

☆カリスマ的な関わりへ導いていく諸条件について統合的図式・・・
・疎外された現代社会とナルシシズムの文化が結合して人々にカリスマへの没入を受容させやすくしている
・人格的アイデンティティを遮断することによって人々に自己喪失を用意させる思想改造
→いずれも人格的アイデンティティを脅かし、集団による個人の吸収を促進し、集団形成の指導者に対するエクスタシー的心酔を偏愛するように作用する、
 ある種の技法や社会状況がもつ人格解体的作用に対してまことに弱い存在として人間を描く
<第7章 カリスマの統合理論>

○ヒトラーという恐るべき事実に直面した歴史家や政治学者は、当然のことながら彼や彼の運動からその神秘的な要素を取りのぞこうとするから、
その結果として諸々の偶然の変数が結びつくことで彼に政権の掌握と維持が可能になったという事実を強調することになる
<第8章 「取り憑かれた従者」>

☆カリスマ集団の隠された目的は「成功」することではなく、経験することそれ自体
→だから外的脅威の圧力で集合体経験は強化される
<第8章 「取り憑かれた従者」>

○(ナチスのSS訓練は)極度の疲労と苦痛、そして屈辱は、男たちの過去とのきずなを切断し、いかなる自律感覚も腐食させる効果を発揮した
<第8章 「取り憑かれた従者」>

○社会変動が旧来のきずなを切断してしまったところはどこでも、補償としてのカリスマ運動を好む
<第9章 「愛こそわが裁き」>

○主観のうちに生じるエクスタシー的なトランスという変成状態の所有がシャーマニズムの中心
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆シャーマンの役割につくことは、現代においてカリスマとなることと同じく、アイデンティティ解体という初期局面から苦痛に満ちた自己再構成を経て、
他のもっと弱い魂たちを圧しつぶす潜在的な精霊をコントロールして顕在化させる能力をもった変身せる専門家としての再生へ向かう運動
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆カリスマ的啓示は、周縁に追いやられた集団を無視し抑圧してきた社会構造における弱き者の示威運動、反構造の契機、警告のコミュニタスとなる (Turner 1982)
→カリスマの形態は、いかなる社会にあっても、社会構造の中にそれがあらわれることで克服されなければなならい抑圧のタイプと程度を示す
<第11章 「聖なるものの技術者」>

○逸脱せる集団とその指導者に精神的な変調をきたした者というレッテルを貼ることと、彼らが実際に狂気に落ち込んでいくこととの間には明確な相関関係がある
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆今日におけるカリスマの過剰なあらわれは、交感を求める人間の根源的な欲求を社会システムが満たしえないでいることの反映
→カリスマとその集団は、その暗さによってわれわれ自身が置かれているディレンマの輪郭をくっきりと縁どる影
<第11章 「聖なるものの技術者」>

○非日常な無我の状態に到達することのできる一つの方法が、移ろいやすい気質をもったカリスマ的指導者という霊感喚起的な人物によって結合された集団に所属すること
<第12章 今日のカリスマ>

☆恋愛においては、カリスマにおいてと同じように、相手のうちへ自己を喪失することが縮小としてでなく、高揚、エクスタシー、自我の拡大として経験される (Chasseguet-Smigrel 1976)
→恋に落ちることは巨大な革命のエクスタシー感情と変革パターンを小規模で複製する集合運動の最も単純な形態 (Alberoni 1983)
→カリスマも恋愛も強烈な情動喚起的関係における自他の完全な同一化を要求するので同時並行することはできない
<第12章 今日のカリスマ>

☆カリスマとは、世俗的な世界の疎外と孤立の外部にあってそれと対立する根源的な超越の瞬間をもたらす直接的なエクスタシー経験
→無我と交感というモーメントは、われわれ人間の不可欠な条件の一部
→問題はそうしたモーメントがどのような形態をとるかということ
<第12章 今日のカリスマ>

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2006 1/17
カリスマ研究、社会学、心理学、社会心理学、文化人類学、宗教学、思想史、リーダーシップ論、政治学、組織論、コミュニティ論
まろまろヒット率5
心理学 キャリア

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『電車男』(映画)06.12.05

六本木ヒルズのVirginCINEMAに観に行く。場所柄もあってか観客の99%がコジャレ系のカップルでだった。
上映前に男性が連れの女性に2ちゃんねるや電車男の解説をしている姿がそこら中で見受けられた。これまでの恋愛映画で、男性の方が積極的な映画がかつてあっただろうか?僕は歴史の目的者になったかもしれないと思いながら観る・・・
内容は前半のデキがすごく良かった。内容は前半のデキがすごく良かった。電車男の最大の売りである「書き込みのライブ感」がちゃんと映像で表現できていたので安心した。笑いどころも満載。
ただ、中盤から後半にかけては映画独自のシナリオ&演出がベタすぎて、そういう良さが少なくなっていたのはちょっと残念だった。
そうは言っても最後はやはり感動できるものになっていた。特に予告編でも流れていた「エルメスさんち行きのチケットはJTBじゃ売ってくれねぇんだよ!」のセリフは名言だと感じた。ORANGE RANGEの「ラヴ・パレード」も合っていたし、観終わってみれば結局ここ数年で一番良かった映画となった。原作と共にかなりオススメ。

ちなみに僕は小さい頃から夜景やビルの灯りを見るのが好きだった。その灯り一つ一つにいろんな人生ドラマ(悲劇や喜劇)があると思うと、表現しようのない無い気持ちになるからだ。
WEBサイトをやっているのも、毎日寄せられるアクセスの一つ一つにそれぞれの人生ドラマがあって、何らかのかたちでその見知らぬ人たちの人生と自分の人生が重なる瞬間を感じられるからだ。
この電車男はそのことをあらてめて感じさせてくれる。そういう意味で僕にとっても意味のある作品となった。

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2005 6/12
もろもろ鑑賞、映画
まろまろヒット率5

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