Archive for the ‘政治学’







『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』 塩野七生著 新潮社 上中下巻 201101.21.12

渡邊義弘@去年11月の東北行脚でお手伝いした消息確認が新聞記事に取り上げられました。
(『夕刊三重』 2012年1月12日付 第1面)

さて、『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』塩野七生著(新潮社)上中下巻2011。

テオドシウス帝の死後、東西二つに分かれてゆくローマ帝国と諸民族の躍進、
西ローマ帝国の滅亡とその後のローマ世界の終焉までをえがく、
『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』に続くシリーズ第15段。
そして、この第15段が『ローマ人の物語』の完結編に当たる。

内容は、滅亡に向かうローマ帝国の顛末が詳細にえがかれていて、読んでいて辛くなる時もあった。
著者自身も・・・
「歴史には、進化する時代があれば退歩する時代もある。
そのすべてに交き合う覚悟がなければ、歴史を味わうことにはならいのではないか。
そして、「味わう」ことなしに、ほんとうの意味での「教訓を得る」こともできない」
(下巻 カバーの金貨について)
・・・と述べているように、なぜ滅んだか?ではなく、
どのように滅んだか?に重点が置かれてえがかれている。

中でも上巻の多くを占める西ローマ帝国の将軍、スティリコの姿が印象に残った。
ヴァンダル族の父を持ちながら「最後のローマ人」と呼ばれたスティリコの苦闘と、
その死によってタガが外れた西ゴート族によるローマ劫掠の様子は、衰亡の象徴のように思えた。

前巻の『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』では・・・
「ローマ帝国の滅亡とか、ローマ帝国の崩壊とかは、適切な表現ではないかと思い始めている。
(中略)ローマ帝国は溶解していった」
・・・と指摘されたローマ帝国の末路は、ローマらしさが失われ、消えてゆく過程でもある。
そんな中で、最後までローマ人として生きたスティリコの姿は強く印象に残った。

また、この『ローマ人の物語』文庫版は全43巻の表紙すべてに、その時代のローマのコインが掲載されている。
最終巻の43巻では、「コインで見るローマ帝国の変遷」として、それらを集めたカラーページが付けられている。
あらためて一覧化して見てみると、通貨の質の良し悪しはその国の状態を表す、ということがはっきりと分かるもので、
そのローマの興亡の過程が視覚的に追いかけることができるようになっている。

読書日記を振り返れば、『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』を読み終えた2002年10月2日から、
今回、この『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』を読み終える2012年1月22日まで、
僕もこの『ローマ人の物語』には約9年のお付き合いをしたことになる。
一つの文明の誕生から死までお付き合いしたことは、感無量な気持ちになった読書でもあった。

以下は、全巻へのリンク(☆は特に印象深い巻)・・・

『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』

『ローマ人の物語3,4,5 ハンニバル戦記』

『ローマ人の物語6,7 勝者の混迷』

『ローマ人の物語8,9,10 ユリウス・カエサル~ルビコン以前~』

『ローマ人の物語11,12,13 ユリウス・カエサル~ルビコン以後~』

『ローマ人の物語14,15,16 パクス・ロマーナ』

『ローマ人の物語17,18,19,20 悪名高き皇帝たち』

『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』

『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』

『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』

『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』

ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』

『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』

『ローマ人の物語41,42,43 ローマ世界の終焉』

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2012 1/22
歴史、政治
まろまろヒット率3

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『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』 塩野七生著 新潮社 上中下巻 201010.11.10

『文明が衰亡するとき』を読み直したくなった、まろまろです。

さて、『ローマ人の物語38,39,40 キリストの勝利』塩野七生著(新潮社)上中下巻2010。

大帝と呼ばれたコンスタンティヌス帝の死後の混乱から、コンスタンティウス帝による統治、
背教者と呼ばれたユリアヌス帝によるキリスト教化への抵抗と、テオドシウス帝のキリスト教国教化までをえがいた、
『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』に続くシリーズ第14段。

読んでみると、ローマ帝国のキリスト教化という大きな時代の流れの中で、
多神教である本来のローマに戻そうと抵抗するユリアヌス帝の苦闘と挫折が印象的。

多神教だったローマが一神教であるキリスト教に飲みこまれていく中で、著者は・・・
「ローマには建国の初めから専業の祭司階級が存在しなかったが、
それは、多神教徒であるローマ人の精神に忠実であったまでなのだ。
そしてこれこそが、ローマ人の文明の真髄なのである」
・・・として、ローマ文明の本質部分が変化したのだと断定している。

そして・・・
「ローマ帝国の滅亡とか、ローマ帝国の崩壊とかは、適切な表現ではないかと思い始めている。
(中略)ローマ帝国は溶解していった」
・・・として、この物語の第1段、『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』』のはじまりで投げかけた、
「なぜローマが滅んだのか?」という問いに対して、一応の答えをつけている。

それれだけに、ローマ文明のキリスト教化に最後に抵抗したユリアヌス帝と、知識人のシンマクスのもの哀しさが読後感として残った。
そして、ローマ人の物語も残りあと一つ。

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2010 10/11
歴史、政治、宗教
まろまろヒット率3

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『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』 塩野七生著 新潮社 上中下巻 200910.22.09

これからはmixiまろみあんコミュニティにも情報をあげていこうと思う、
まろまろ@mixiユーザーの人はよかったら入ってくださいな☆

さて、『ローマ人の物語35,36,37 最後の努力』塩野七生著(新潮社)上中下巻2009。

前作の『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』から続いた「三世紀の危機」を終わらせたディオクレティアヌスと、
その後の内戦を勝ち抜いたコンスタンティヌスを中心に、ローマ帝国後期の混乱と再構築をえがくシリーズ第13段。

内容は「コンスタンティヌスによってローマは終わった」とする歴史学者がいるほどローマ世界が大きく変化した、
元首政(Principatus)から専制君主制(Dominatus)への移行と、キリスト教公認の過程を丁寧に追っている。

読んでいて、ニケーアの公会議でアタナシウス派の三位一体説を採用したことについて、
同じく思想家であり刑死したソクラテスとイエスを対比させているところに特に興味を持った。
「ソクラテスの考えを伝えるプラトンの『対話篇』も新約聖書もベストセラーであることでは同じだが、
この二千年の間に売れた部数ならば比較にならないであろう。
その差が、真実への道を説く考えと、救済への希望を与える考えの、一般の善男善女にとっての需要度の差を示しているのである。
それゆえに、アリウスの説よりも「三位一体」説のほうを選択した四世紀当時のキリスト教会の判断は、
事実か事実でないかよりも信じるか信じないかに基盤を置く宗教組織としては、まことに適切であったと考えるしかない」(下巻)。
・・・と述べているところは、思想と宗教との違い、科学と信仰との違いを表現した文章として印象深かった。

その三位一体説を採用したアタナシウス派を、リーダーは人では無く神が決めるという
支配の道具(Instrumentum Regni)として保護したコンスタンティヌスを「最初の中世人」とする著者の考え方も興味深かった。

ローマ世界を守るために、ローマらしさをなくしていくディオクレティアヌスに対して、
「大変ですね、あなたの立場も、などと独り言をつぶやきながら」書いたという著者の心情が伝わる一冊。

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2009 10/22
歴史、政治
まろまろヒット率3

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『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』 塩野七生著 新潮社 上中下巻 200804.28.09

読書日記にも出てくる友人の結婚式で友人代表としてスピーチをした、まろまろです。

さて、『ローマ人の物語32,33,34 迷走する帝国』塩野七生著(新潮社)上中下巻2008。

『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』に続いて、「危機の3世紀」をむかえたローマ帝国の内外の動揺をえがく、シリーズ第12段。
ゲルマン人やササン朝ペルシアなどの周辺勢力の台頭と侵入、ガリア帝国やパルミラ王国などの内部分裂に代表される、
200年近く続いたパクス・ロマーナ(Pax Romana、ローマの平和)が大きく崩れていく様子を中心にして、
元老院と軍隊の分離、ローマ市民権の価値の低下、短命な数々の軍人皇帝など、ローマ社会の変容が生々しくえがかれている。

特に興味を持ったのが、アレクサンデル・セヴェルス帝の失敗にいて著者が述べているところだ。
「歴史は、現象としてはくり返さない。だが、この現象に際して露わになる人間心理ならばくり返す。
それゆえ、人間の心理への深く鋭い洞察と、自分の体験していないことでも理解するのに欠かせない想像力と感受性、
このうち一つでも欠ければ、かつては成功した例も、失敗例になりうる」
・・・というのは、経験至上主義&前例至上主義な人たちに欠けているものを、洞察力と想像力、感受性の三つに絞っていて興味深かった。
(確かに納得)

また、危機と動揺の世紀を迎えた人々の間に、一神教のキリスト教が浸透していく姿が不気味にえがかれている。
多様性ある多神教は、危機に弱いということなのだろうか。
毎回、続きの巻が読みたくなる終わり方は心憎い(w

以下は、その他でチェックした箇所・・・

○人間は、自らの本質に基づいた行為をしたとき、成功の確率は最も高くなる

○歴史に接するに際して最も心すべき態度は、安易に拒絶反応を起こさないこと

○変わるといってもたいした喧嘩はないでないか、と思わせること
→このことくらい、善男善女を動かすのに有効な戦術もない

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2009 4/28
歴史、政治
まろまろヒット率3

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『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』 塩野七生著 新潮社 上中下巻 200712.10.07

長い名前の人と出会うたびに僕もミドルネームを持とうかと思う、まろまろです。

さて、『ローマ人の物語29,30,31 終わりの始まり』塩野七生著(新潮社)上中下巻2007。

五賢帝による最盛期が終わり、衰退の時代が始まるローマをえがいたシリーズ第11段。
シリーズ最初の『ローマ人の物語1,2 ローマは一日にして成らず』で問いかけられた、
「高度な社会制度と繁栄をもらたしたにも関わらずなぜローマは滅んだのか?」に対して、
いよいよ答えが出てくる巻に入った。

この本ではローマ衰退の開始を五賢帝最後の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスから始めている。
マルクス・アウレリウス・アントニヌスはストア派の影響を受けた哲人皇帝として『自省録』を書き残していることでも知られている。
思い返せば僕もちょうど産学協同事業の代表を務めていた時に『自省録』を読んだことがあった。
その時には矢面に立つプレッシャーと闘いながら進んでいく姿に同じリーダーとして共感を覚えた。

そんなマルクス・アウレリウス・アントニヌスについて著者は、
その高潔な人格だけでなく、リーダーとしての功績に冷静に判断を下している。
特に一番印象に残ったのが・・・
「マルクスが傾倒していた哲学は、いかに良く正しく生きるか、への問題には答えてくれるかもしれないが、
人間とは(略)下劣な動機によって行動に駆られる生き物でもあるという、人間社会の現実までは教えてくれない。
それを教えてくれるのは、歴史である」
・・・と著者が指摘している点だ。
確かに僕も今年は善意の衣をかぶった悪意と接する機会が多かった。
そうした下劣な動機からいかに行動や不行動、発想が生み出されていくのかをかいま見た年でもあった。
哲人でない人間は何かを生み出すことさえできない、でも哲人でありすぎてはいけないのだろう。
(だから功績のある純粋な哲学者は社会から距離を置いた人間ばかりだ)

その他にも、優先順位が決められない時に重要なのは「実施の速度と、実施する際に迷わないこと、の二事」と述べている点。

「十人の人間を前にして、道理を説くだけで納得にもっていくことは、むずかしいことではない。
だが、これが百人になるとむずかしくなる。千人になると不可能だ」などと述べている点も印象に残った。

また、衰退期に入りつつある時代をえがいているだけに、全体的なトーンが物悲しいものになっている。
この悲しげなトーンが今後ますます色合いを増していくのだろうかと思いながら読み終えた。

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2007 12/10
歴史、政治
まろまろヒット率3

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『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』 塩野七生著 新潮文庫 上下巻 200610.19.06

最近は朝が早いので「早起きは前向き」ということを実感している、まろまろです。

さてさて、『ローマ人の物語27,28 すべての道はローマに通ず』塩野七生著(新潮文庫)上下巻2006。

ローマのインフラストラクチャーを専門に取り扱っているシリーズ第10段。
通史をたどるこれまでのシリーズとは打って変わった特別編という感じで、構成も・・・
第1部ハードなインフラ→1:街道、2:橋、3:それを使った人々、4:水道
第2部ソフトなインフラ→1:医療、2:教育
・・・という風に別冊のような感じになっている。
(図解や写真も多い)

著者がなぜ通史のシリーズの中にこの特別巻を挟んだかというと・・・
「社会資本と訳そうが下部構造と訳そうが、インフラストラクチャーくらい、
それを成した民族の資質を表わすものはないと信じていたから」らしい。

確かに大プリニウスは「ピラミッドは、無用で馬鹿気た権力の顕示にすぎない」と言い、
フロンティヌスは「ギリシアの美術品の素晴らしさは有名だが、人々の日常生活への有効性ならば皆無」と言ったように、
ローマ人のインフラはどれも生活に密着した実用的なものばかりで、他の古代史と比べて特徴的だ。
こうしたローマのインフラを総覧しながらローマ人の特質をえがきだそうとしている。

また、キリスト教支配後にはソフトなインフラが変化した点について・・・・
「ある一つの考え方で社会は統一されるべきと考える人々が権力を手中にするや考え実行するのは、
教育と福祉を自分たちの考えに沿って組織し直すことである」と述べているのは、
今後のシリーズ展開の行く先を暗示しているものだと感じた。

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2006 10/19
歴史、政治
まろまろヒット率3
歴史

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『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』 塩野七生著 新潮文庫 上中下巻 200609.21.06

ここしばらくのお仕事だった大阪出張を無事終えて帰ってきた、まろまろです。

さて、『ローマ人の物語24,25,26 賢帝の世紀』塩野七生著(新潮文庫)上中下巻2006。

古代ローマの最盛期に当たる「賢帝の世紀」、高校の世界史では「五賢帝時代」として習う時期を取り上げるシリーズ第9段。
一般に五賢帝とは、ネルヴァ、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの5人だけど、
ローマ帝国の最大版図を実現して、「至高の皇帝」(Optimus Princeps)と呼ばれたハドリアヌス、
帝国の再構築をおこない、「ローマの平和と帝国の永遠」(Pax romana et Aeternitas imperii)と呼ばれたトライアヌス、
寛容とバランス感覚で帝国の維持をおこない、「秩序の支配する平穏」(Tranquilitas ordinis)と呼ばれたアントニヌス・ピウス、
の三人の皇帝を取り上げている。

古代ローマ最盛期の物語を楽しみに読んでみると・・・これまでのシリーズの中でも一番印象が薄かった(>_< )
著者がこれまでたたき台にしてきたタキトゥスの文献が無いことや、資料がとぼしい点などの理由もあるけれど、
大きな戦争もゴシップもなく、「ニュースになりにくい」(著者談)という時代だったのも確かに大きな理由かもしれない。
後世の人だけでなく、同時代のローマ人からも「Saeculum Aureum(黄金の世紀)」と呼ばれた時代だけに、
もっと具体的にイメージできるものであってほしかったと思った。

そんな中でもこの本の本題である「なぜ彼らは賢帝と呼ばれたのか?」という疑問については、
著者が好きなマキアヴェッリが定義したリーダーの条件を引用して、
「力量・幸運・時代への適合性の三つがそろっていた」としているのには妙に納得した。

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2006 9/21
歴史、政治
まろまろヒット率3

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『戦略の本質―戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』 野中郁次郎、戸部良一、鎌田伸一、寺本義也、杉之尾宜生、村井友秀著 日本経済新聞社 200502.18.06

今ある資源を最大限活用するのは戦略の基本だと思って、ごはん日記コンテンツを再編して文京ごはんを新たに展開した、
らぶナベ@ぷち情報戦略論です(^_-)→http://maromaro.com/archive/gohan/bunkyo/

さて、『戦略の本質―戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』野中郁次郎、戸部良一、鎌田伸一ほか著(日本経済新聞社)2005。

名著『失敗の本質』と同じスタッフによる戦略本。
太平洋戦争での旧日本軍の失敗を研究した『失敗の本質』では、旧日本軍の失敗の本質は進化論的な過剰適応にあるという結論だった。
では、逆に「成功した戦略の本質は何だろうか?」というテーマで出されたのがこの『戦略の本質』。

内容は、まず解釈的アプローチ(クラウゼビッツなど)と分析的アプローチ(ジョミニなど)の対比を通しながら、これまでの戦略論の系譜をひもといている(第1章)。
次に、戦略の本質が明確化するのは逆転の場面だとして、毛沢東の反「包囲討伐」戦(第2章)、バトル・オブ・ブリテン(第3章)、
スターリングラードの戦い(第4章)、朝鮮戦争(第5章)、第四次中東戦争(第6章)、ベトナム戦争(第7章)を事例研究して、
逆転を可能にした戦略の共通点をあらいだし(第8章)、10の命題を結論づけている(終章)。

読んでみて、確かに20世紀の戦史上の逆転劇を振り返ってみれば、
そこには不利な状況をくつがえした戦略のきらめきが垣間見られる。
そうした逆転の戦略はどれも、自分の不利な点を逆に利用し、いわば「出汁」に使って有利な状況を導き出している。
そのためには大きな視野での逆転の発想が必要だし、何よりも大きな決断が必要になる。
そこで戦略の本質である逆転の場面には決断を下したリーダーたちのリーダーシップが際立つ。
だから戦略の本質をリーダーシップ、いわば政治的判断&決断に置いたこの本の視点には納得できた。

ただ、前作の『失敗の本質』と比べると、事例研究の深さ、結論の明確さ、全体の説得力などに不満を覚えてしまった。
『失敗の本質』があまりに良すぎたからそう感じるのか、もしかしたら「失敗には理由があるが、成功には理由がない」ということなのか・・・
とにもかくにもとても興味深いテーマなので同じスタッフによる続編に期待したい。

以下はチェックした箇所(一部要約)・・・

○戦いの原則は、戦略の本質そのものではなくて、その本質から派生し特定の状況に適応された、戦略の具体的応用
<第1章 戦略論の系譜>

○戦略とは(略)二つの対立する意志の弁証法のアート(術)である(アンドレ・ボーフル)
<第1章 戦略論の系譜>

○戦略の本質は対立したものを合一し、時には転倒させる逆説的論理(エドワード・ルトワク)
<第1章 戦略論の系譜>

○戦略の本質を考えるにあたって重要なのは、各位相関に埋め合わせ(compensation)が成り立つこと(コリン・グレー)
<第1章 戦略論の系譜>

☆戦略は、何らかの政治目的を達成するための力の行使であるので、対立する意志を持つ敵との相互作用がダイナミックに展開される
→それゆえ戦略の各レベルでは逆説的論理が水平的かつ垂直的に作用する
→さらに戦略はいくつかの位相から成る複雑系の性質を有し、その位相間の相互関係の変化に応じて具体的な表れ方が異なってくる
<第1章 戦略論の系譜>

○毛沢東は戦争という現象を「対立統一」という弁証法の原理でとらえ、戦争の基本的な矛盾は敵と我との矛盾であるとした
→この矛盾は戦争の過程の始めから終わりまで存在するので、双方の主観指導の正しさまたは誤りによって、強から弱へ、弱から強へと変化する
→このような強弱の相互転化は戦争の一般原理なのであり、したがってこのような矛盾関係を創造的に解消しなければならないとした
<第2章 毛沢東の反「包囲討伐」戦―矛盾のマネイジメント>

○毛沢東の考える根拠地は空間的限界を突き破ってダイナミックに動く存在であって、それゆえに潜在的な増幅力をもつ
<第2章 毛沢東の反「包囲討伐」戦―矛盾のマネイジメント>

○メタファーは直感的・象徴的言語であるから、人々に生き生きとしたイメージを喚起し、理解を促進させ、
そして動機づけると同時に現実との対比からの類似性のみならず、ずれやギャップを克服するための思考も活性化させる
→メタファーの活用は、組織における価値の共有と創造性開発のリーダーシップ要件とも考えられる
<第2章 毛沢東の反「包囲討伐」戦―矛盾のマネイジメント>

○毛沢東にとっては直接的な実践は創造の源泉であって、実践-認識-再実践の無限の環境のなかで知識が獲得されていくのである
<第2章 毛沢東の反「包囲討伐」戦―矛盾のマネイジメント>

○戦いの原則・・・
目標の原則 (The Objective)
主導の原則 (The Offensive)
集中の原則 (Mass/Concentration)
経済の減速 (Economy of Force)
統一の原則 (Unity of Command)
機動の原則 (Maneuver/Flexibility)
奇襲の原則 (Surprise)
簡明の原則 (Simplicity)
保全の原則 (Security)
<第8章 逆転を可能にした戦略>

○直接アプローチは量的な大きさが質的な差を吸収しうるということを前提にしているが、
間接アプローチは死す的な差が量的な大きさを超越することができるということを前提にしている
→直接アプローチは規模の経済の論理が決定的な意味を持ち、
間接アプローチは的確な情報見積もりや状況判断、創造的な作戦計画、練度の高い軍事組織と作戦行動が重要
<第8章 逆転を可能にした戦略>

☆戦略は、各々独立した意図を持つ主体間の相互作用である
→作用-反作用の因果連鎖が逆説的であり、非線形的であるがゆえに主体間の相互作用はダイナミックなものとなる
<第8章 逆転を可能にした戦略>

☆戦略論の分析的アプローチと解釈的アプローチは相互補完の関係にあって、主観と客観の往環運動を通じて複眼的に真実に迫ることが基本なのである
<終章 戦略の本質とは何か―10の命題>

☆戦略の10の命題
1:戦略は「弁証法」である
2:戦略は真の「目的」の明確化である
3:戦略は時間・空間・パワーの「場」の創造である
4:戦略は「人」である
5:戦略は「信頼」である
6:戦略は「言葉」(レトリック)である
7:戦略は「本質洞察」である
8:戦略は「社会的に」創造される
9:戦略は「義」(ジャスティス)である
10:戦略は「賢慮」である
<終章 戦略の本質とは何か―10の命題>

☆あらゆる戦略は真空で生起するのではなく、一定の歴史的時間と地理的空間の制約のなかでパワーを
有効かつ効率的に発揮するというダイナミックな関係性として具現化される
→時間、空間、パワーの関係性をコンテクストと言う
<終章 戦略の本質とは何か―10の命題>

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2006 2/18
戦略論、戦史研究、リーダーシップ論、政治学、組織論、経営学
まろまろヒット率4

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『カリスマ―出会いのエロティシズム』 チャールズ・リンドホルム著、森下伸也訳 新曜社 199201.17.06

修二と彰の振り付けを練習中の、らぶナベです。

さて、『カリスマ―出会いのエロティシズム』 チャールズ・リンドホルム著、森下伸也訳 新曜社 1992

カリスマの研究書、めちゃ面白かった一冊!
内容は理論編(第2部)でカリスマ研究の歴史、各分野からのアプローチを押さえながら統合理論としてまとめ、
実例編(第3部)でカリスマとその信奉者たちの典型例を取り上げて、
結論(第4部)でカリスマとその信奉者たちとの相互作用は一体何なんなのか、その今日的な意味も含めて答えを出している。
理論の深さ、実例の迫力、結論の説得力、どれを取ってもカリスマの研究の決定版と言える本。

まず、すごいなと思ったのが膨大な先行研究を押さえていているところだ。
たとえば理論編では情念に焦点を当てた哲学者たちとしてヒュームやミル、ニーチェ(2章)、社会学としてのアプローチ、ウェーバー(ヴェーバー)とデュルケム(3章)、
催眠と群集心理学からのアプローチのメスマー、ル・ボン、タルド(4章)、精神分析学からのアプローチとしてのフロイト(5章)などの
カリスマ研究の背景やそれぞれのアプローチを総括しながら、
カリスマ的リーダーシップの病理性を強調する心理学的見解と、カリスマ的集団に積極的な価値を与える社会学的言説との対比をまとめて(6章)、
カリスマ精神の病いなのか、再社会化なのだろうかと問いの下で統合理論化(7章)をしている。

その次の実例編では典型的なカリスマとその信奉者たちの実例としてアドルフ・ヒトラーとナチ党(8章)、
チャールズ・マンソンとそのファミリー(9章)、ジム・ジョーンズと人民寺院(10章)を取り上げている。
著者は文化人類学出身なので、この実例編は本領発揮という感じでとても迫力があった。
ある人物がカリスマ的パーソナリティを持つことになってゆく過程、奴隷化しているのに自分は解放されていると思う信奉者たち、
そしてカリスマと信奉者の相互作用で生まれた集団のダイナミズムが展開し、崩壊していく様が克明にえがかれていて、
単純に生々しい読み物としても読み入ってしまった。
そしてシャーマニズムとの共通点を指摘しながら(11章)、結論につなげるという流れがとても綺麗。

結論(12章)では、現代のカリスマをよく指摘されるような芸能人やスポーツ選手にとどまるだけでなく、
カリスマ的な特徴を帯びた人間関係として、家族(観)とロマンティックな恋愛を挙げているのが面白い。
確かに実例編で出てきたカリスマとその信奉者たちは極端な事例かもしれないけど、
読みながらホストに入れ込む女性や、キャバクラ嬢に振り回される男性を思い起こしていただけに納得。
(実は自分自身の恋愛体験の中にも重ね合わさる面もあった(^^;)

人間関係がもたらす無我と交感の絶頂感(エクスタシー)は魅力的で、時には没頭してしまう。
コミュニケーションの快楽に耽溺する人の性向は決して特殊なものではなく、
人間の本質の一つなんだ、というこの本の主張は説得力があった。
(そこには集団のダイナミズムが生まれる源泉になる)

ちなみに、この本はインターネット普及以前に書かれたものだったので、
現在のネットコミュニティ内でのカリスマ出現に著者はどう思っているのか知りたかった。
また、理論編の第2部はけっこう面白いんだけど、理論的背景とかアプローチを退屈だと思う人は、
訳者が言っているように実例編の第3部から読んでも十分に面白く読めると思う。

以下はチェックした箇所(要約含む)・・・

○カリスマというものを理解するためには、カリスマ的人物の性格やそのカリスマ的魅力を個々の人間に受け容れやすくさせている諸属性を研究しなければならないばかりでなく、
同時に指導者と信奉者が相互作用をおこなっているカリスマ集団そのもののダイナミズムをも分析しなければならない
<第1章 序説>

○弱く空虚な人間は、服従することによって、ひとつのアイデンティティを、また力と意志という不可欠な幻想を手に入れることができる
→カリスマの信奉者たちは抑圧の中に解放されているという感覚を感じる (Hoffer 1951)
<第4章 催眠と群集心理>

☆自己の解体的幻想による同一化的経験こそが指導者に対する信奉者の愛、自我の境界が消失する超越的な愛の源泉
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

○心理学者たちが指導者に焦点をあて、彼らの障害をもったパーソナリティを強調しがちであるのに対し、
社会学者たちは指導者の性格についてほとんど論じることなく、信奉者や彼らを取り巻く環境に関心をもつ
→心理学が信奉者のうちに病理性を見ようとするのに対して、
社会学者は信奉者が普通の人間よりも深い心理学的な生涯を病んでいるわけではないことを証明することに関心をもっている
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

○カリスマに対しては大きく分けて二つのアプローチがある・・・
・精神分析学に由来するものでカリスマの感情的強烈さや超越的性格を認めはするが、それに対する価値判断を含み、指導者の個人的特長を過度に強調するもの
・社会学に由来するもので集団の重要性、共同体への参加が人々の願望の対象となりうることをよく認識しているが、
 しかし経験から情念を剥離させ、リーダーシップを閑却し、カリスマ的紐帯の根底にある無意識の衝動を軽視するもの
→どちらのアプローチもカリスマ的経験の一部を教えてくれるが全体ではない
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

☆自我がその価値を減ぜられ、アイデンティティの標識や対象とのきずなを剥奪されながら、それでもなお同時にすべての行為の唯一の正当化根拠とされるとき、
カリスマの啓示や帰依者の共同体的集団への没入によってあたえられる激しさや内的確実感は高度に魅力的
→このようにして高められた相互作用の形式は現実の社会構造に欠けている、交感の感情、エクスタシー的自己喪失、超越、信念をあたえる
<第7章 カリスマの統合理論>

☆カリスマ的な関わりへ導いていく諸条件について統合的図式・・・
・疎外された現代社会とナルシシズムの文化が結合して人々にカリスマへの没入を受容させやすくしている
・人格的アイデンティティを遮断することによって人々に自己喪失を用意させる思想改造
→いずれも人格的アイデンティティを脅かし、集団による個人の吸収を促進し、集団形成の指導者に対するエクスタシー的心酔を偏愛するように作用する、
 ある種の技法や社会状況がもつ人格解体的作用に対してまことに弱い存在として人間を描く
<第7章 カリスマの統合理論>

○ヒトラーという恐るべき事実に直面した歴史家や政治学者は、当然のことながら彼や彼の運動からその神秘的な要素を取りのぞこうとするから、
その結果として諸々の偶然の変数が結びつくことで彼に政権の掌握と維持が可能になったという事実を強調することになる
<第8章 「取り憑かれた従者」>

☆カリスマ集団の隠された目的は「成功」することではなく、経験することそれ自体
→だから外的脅威の圧力で集合体経験は強化される
<第8章 「取り憑かれた従者」>

○(ナチスのSS訓練は)極度の疲労と苦痛、そして屈辱は、男たちの過去とのきずなを切断し、いかなる自律感覚も腐食させる効果を発揮した
<第8章 「取り憑かれた従者」>

○社会変動が旧来のきずなを切断してしまったところはどこでも、補償としてのカリスマ運動を好む
<第9章 「愛こそわが裁き」>

○主観のうちに生じるエクスタシー的なトランスという変成状態の所有がシャーマニズムの中心
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆シャーマンの役割につくことは、現代においてカリスマとなることと同じく、アイデンティティ解体という初期局面から苦痛に満ちた自己再構成を経て、
他のもっと弱い魂たちを圧しつぶす潜在的な精霊をコントロールして顕在化させる能力をもった変身せる専門家としての再生へ向かう運動
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆カリスマ的啓示は、周縁に追いやられた集団を無視し抑圧してきた社会構造における弱き者の示威運動、反構造の契機、警告のコミュニタスとなる (Turner 1982)
→カリスマの形態は、いかなる社会にあっても、社会構造の中にそれがあらわれることで克服されなければなならい抑圧のタイプと程度を示す
<第11章 「聖なるものの技術者」>

○逸脱せる集団とその指導者に精神的な変調をきたした者というレッテルを貼ることと、彼らが実際に狂気に落ち込んでいくこととの間には明確な相関関係がある
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆今日におけるカリスマの過剰なあらわれは、交感を求める人間の根源的な欲求を社会システムが満たしえないでいることの反映
→カリスマとその集団は、その暗さによってわれわれ自身が置かれているディレンマの輪郭をくっきりと縁どる影
<第11章 「聖なるものの技術者」>

○非日常な無我の状態に到達することのできる一つの方法が、移ろいやすい気質をもったカリスマ的指導者という霊感喚起的な人物によって結合された集団に所属すること
<第12章 今日のカリスマ>

☆恋愛においては、カリスマにおいてと同じように、相手のうちへ自己を喪失することが縮小としてでなく、高揚、エクスタシー、自我の拡大として経験される (Chasseguet-Smigrel 1976)
→恋に落ちることは巨大な革命のエクスタシー感情と変革パターンを小規模で複製する集合運動の最も単純な形態 (Alberoni 1983)
→カリスマも恋愛も強烈な情動喚起的関係における自他の完全な同一化を要求するので同時並行することはできない
<第12章 今日のカリスマ>

☆カリスマとは、世俗的な世界の疎外と孤立の外部にあってそれと対立する根源的な超越の瞬間をもたらす直接的なエクスタシー経験
→無我と交感というモーメントは、われわれ人間の不可欠な条件の一部
→問題はそうしたモーメントがどのような形態をとるかということ
<第12章 今日のカリスマ>

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2006 1/17
カリスマ研究、社会学、心理学、社会心理学、文化人類学、宗教学、思想史、リーダーシップ論、政治学、組織論、コミュニティ論
まろまろヒット率5

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『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』 塩野七生著 新潮文庫 上中下巻 200511.12.05

マンション開発による立ち退き交渉が基本合意に達したので17日に引越することになった、
らぶナベ@さらば初代まろまろハウスです(T_T)

さて、『ローマ人の物語21,22,23 危機と克服』塩野七生著(新潮文庫)上中下巻2005。

ネロ帝の暗殺によって断絶したユリウス・クラウディウス朝後の混乱期と、
ヴェスパシアヌス帝によって始まりドミティアヌス帝の暗殺とネルヴァ帝の即位で終わった
「フラヴィウス朝」時代をえがいたシリーズ第8段。

この時代に生きた歴史家タキトゥスが『同時代史 (Historiae) 』の中で、
口を極めて混乱と無秩序、ローマの危機を唱えているように混乱期だった。
ただ著者は、この次に登場する五賢帝が偉かったからローマは最盛期を迎えたのであって、
それ以前は皇帝も含めてダメだったとするとするタキトゥスの史観に疑問を投げかけている。
これまでのローマ史の中でも危機と克服の繰り返しがいくつもあり、
この時代も危機を克服して新しい時代の道を開いていったとする視点で書かれている。

読んでいて特に印象深かったのはローマ生まれでもなく元老院階級でもないのに、
混乱期をおさめて皇帝になったヴェスパシアヌスの数奇な運命だ。
傑出した才能もなかったとされるのに、様々な運命の巡り合わせやムキアヌスに代表される協力者に恵まれて、
ローマ皇帝になった経緯をかいま見ると、人間どこでどうなるかわからないというのをあらためて感じてしまった。

また、巻末の「付記」ではこの時代を代表する文人として
『エピグランマ (Epigramma) 』で有名なマルティアリスの一生を紹介している。
皮肉で思わずぷっと笑わせる数々のエピグラムを生み出したその生涯がわかっておもしろかった。
同時代に『エロクェンティア (eloquentia, 弁論術大全)』をまとめたクィンティリアヌスと共に、
この二人は今でも引用句でよく出てくる二人なので、その背景がわかって興味深かった。

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2005 11/12
歴史、政治
まろまろヒット率3

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