Archive for the ‘自然・科学本’


『シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物』 北海道大学CoSTEPサイエンスライターズ著、宮本拓海イラスト、遊磨正秀・丑丸敦史監修 技術評論社 200706.03.07

ニコニコ動画は動画自体よりコメントが面白いと思う、まろまろです。

さて、『シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物』北海道大学CoSTEPサイエンスライターズ著、宮本拓海イラスト、遊磨正秀・丑丸敦史監修(技術評論社)2007。

不思議な生物たちを進化論の視点で解説する一冊。
僕たち人間から見れば、へんてこりんで魅力的な生物たちが紹介されている。

たとえば若返りをおこなって永遠に生きることができる「ベニクラゲ」(Turritopsis nutricula)や、
しっぺ返し戦略の互恵的利他行動で助け合いをする「ナミチスイコウモリ」(Demodus rotundus)などの
こうした本ではレギュラー的(?)なお馴染みの生物から、
植物なのに歩くことができる「ウォーキングパーム」(Socratea exrrhiza)や、
擬態をおこなってシロアリを欺すカビの「ターマイトボール」(Athelia)などの興味深い生物が取り上げられている。

中でも馴染み深い「タラバガニ」(Paralithodes camtschaticus)は、実はカニではなくてヤドカリの一種だということは知らなかったので面白かった。
カニに似ているのは進化における「収斂」の結果で、そもそもカニとは足の本数からして違うらしい。

読んでいると『へんないきもの』に影響を受けたと思わしきシニカルな文体の箇所もあったけれど、『へんないきもの。』よりも科学的正確性が高い一冊。
(その分、断定を避ける記述も多い)

ちなみにこの本の執筆者の一人は研究室の後輩が入っていたりする(^_^)v

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2007 6/3
進化生物学
まろまろヒット率3
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『デジタル・ナルシス―情報科学パイオニアたちの欲望』 西垣通著 岩波書店 199702.20.07

文京区友の会会長として携わった街歩き本プロジェクト「てくてく文京」第1回分が文京区の図書館で閲覧できるようになった、
まろまろ@関わったものがかたちになるってやっぱり良いですな(^_^)v

さてさて、『デジタル・ナルシス―情報科学パイオニアたちの欲望』西垣通著(岩波書店)1997。

世界史の視点で現代を振り返れば、情報化社会(の始まり?)と評価される時代に位置することはほぼ間違いない。
その情報化社会の基礎をつくった情報科学の研究者たち、
バベッジ、ノイマン、チューリング、シャノン、ウィーナー、ベイトソンの業績を、
単なる研究成果だけでなく心理的・人間的な側面から評価する情報科学評論書。

読んでみて一番興味を持ったのは、原初版は携帯電話やインターネットが普及する以前の1991年なのに・・・
「情報機械は、人間の欲望と深くかかわりながら、思考=神経系の動きを代行するエロティックなマシン」、
「デジタル・ナルシスたちは情報機械なしには生きていけない」と看過しているのはまさに達観だと感じた。
確かにいまのSNSやblogはデジタル・ナルシスたちのエロティックな感覚があふれる空間という見方もできるだろう。

また、各研究者の評論では、ノーバート・ウィーナー(ウィナー)とフォン・ノイマンとの対比がおもしろかった。
何しろ僕は前々からウィナーを好きな人とノイマンが好きな人は、見事に正反対のキャラクターを持っていると感じていたので・・・
「ウィーナーのまなざしは数学的体系そのものでなく、その背後にひろがるカオスをみすえていた」、
「ところがノイマンの興味は物理的対象ではなかった(略)位置や運動量を記述する、演算子の形式的体系を構築すること自体が目的だった」
・・・としているのは「なるほどー」と思わず笑ってしまった(^_^)

以下はその他でチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○人間と機械とを分けるのは”質”ではなく、せいぜい”程度”の違いだという呪文が、チューリングの全生涯を通じて唱え続けらている
<2 機械との恋に死す>

○応用数学がロマンティシズムと交錯するのは、それが「新しい精神によって因習・旧弊を打破する爆薬」とみなされる瞬間
→現実はダイナミックに変転するカオスだが、数理モデルは静止したコスモス(略)
 前者を後者のうちに写像して、はじきだした答をもっともらしく提示するのが応用数学のレトリック
<3 階差に神はやどる>

○情報科学とは不思議な学問である(略)
それは本質的に「自分は自分を見きわめがたい」という奇妙なパラドックスをかかえこんでいるから
<7 デジタル・ナルシス>

☆どうやら人間は「ものごとを記号化・形式化する烈しい希求」を持っているらしい
→抽象化とは、一回性のある個々の出来事の豊かな具体性を切り捨てることによって成立する(略)
 それは常に”力”にたいする欲望を隠している
<7 デジタル・ナルシス>

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2007 2/19
情報科学
まろまろヒット率3

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『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』 ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳 草思社 上下巻 200506.23.06

いま発売中の『日経マネー』8月号に載っている、まろまろ@推奨人として出た先月号とは違って、
今月はスクリーニング・チャレンジャーとして出たので突っ込まれ役ですが興味ある人はどんぞ。

さて、『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳(草思社)上下巻2005。

人類の歴史上、繁栄を誇った文明社会が短期間で崩壊して滅亡した例はいくつかある。
なぜその文明社会は崩壊したのか?
似たような環境下でも崩壊しなかった文明社会との差はなんなのか?
その疑問に、1:環境被害、2:気候変動、3:近隣の敵対集団、4:友好的な取引相手、5:環境問題への社会の対応、
の5つの視点で『銃・病原菌・鉄』の著者が切り込む一冊。
原題は“Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed”
ちなみに厳密なタイトルは「環境に関する要素を含み、時に気象変動や近隣の敵対集団や友好的な交易相手を付随的な要因とする、
また常に社会の対応という論点をはらむ崩壊」だと著者は述べているが、確かにこれだと長すぎる(^^;

内容はまず過去の事例として太平洋のイースター島、同じ太平洋のピトケアン諸島(ピトケアン島、マンガレヴァ島、ヘンダーソン島)、
北米のアナサジ、中米のマヤ、そしてノルウェー領グリーンランドを取り上げている。
特に興味深かったのは閉じた社会であるイースター島の文明社会の崩壊と、逆にネットワーク化されていたピトケアン諸島の崩壊の対比だ。
また、イヌイットは生き残れたのにヴァイキングは生き残れなかったノルウェー領グリーンランドにも興味を感じた。
ヴァイキング(ノルマン人)のグリーンランド社会が、自分たちのバックボーン文化に固執するあまり、
現地の環境変化に適応できずに崩壊した様子が生々しくえがかれていて迫力があった。

・・・という風に過去の事例研究が中心の上巻はとても面白かったけど、
成功事例や現代の事例・問題点を扱っている下巻はいまいち説得性に欠けるものだった。
成功事例として紹介された江戸時代の日本の記述に突っ込みをいれたくなるのは我慢しても、
前半の緻密さや迫力と比べて、後半は強引さやダレダレ感を感じてしまった。
(前後を二つに分けて別々の本にすればよかったと思うほど)

ただ、通して読めばやはり前半部分の迫力はピカいちで、『銃・鉄・病原菌』と同じく著者の視点には納得できるものがあった。
たとえば過去の文明社会の崩壊を扱う時に出てくる先住民への差別主義と賛美主義との対立については、
「どちらも過去の先住民を(劣っているにしろ優れているにしろ)現代先進国の住民と根本的に異なる人間と見る過ちを犯している」
としてどちらも退けているのは共感を持てた。

また、読み終えて思い返したのは、前から感じていた「汗水たらして働く」という言葉への違和感だった。
社会構造の変化もあって、最近「汗水たらして働かない人間はダメだ」みたいなことを耳にすることがある。
振り返ってみれば僕の母方は祖父母の代までは農家だった。
彼らや先史時代の人々からすれば、自分が実際に口にする食べものを生産しない人間は結局は社会の寄生虫でしかない。
五十歩百歩な立場同士の反目や僻みにイースター島やアナサジ崩壊の姿を重ねてしまった。

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2006 6/23
歴史、自然科学、環境学
まろまろヒット率3

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