Archive for the ‘自然・科学本’







『神は妄想である』 リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳 早川書房 200705.18.09


新型インフルエンザの感染拡大の流れで今週一週間お休みになったので、まろまろ茶話会2009の準備をしはじめている、
まろまろ@一両日中にもこのまろまろメルマガで告知します(*^_^*)

さて、『神は妄想である』リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳(早川書房)2007。

『利己的な遺伝子』『盲目の時計職人』で知られる進化生物学者、リチャード・ドーキンスが神の存在と宗教の価値を否定する本。
原題もずばり“The God Delusion”

この本がすごいのは、科学的手法を使って神の存在を否定するだけでなく、神に救いを求めること自体を否定しているところだ。
たとえば、よく耳にする宗教心が道徳の指針になるという主張や、超自然的な存在に救いを求める人間の心理に対しても、
進化心理学の研究結果や実際の聖典の読解を通じて、道徳の指針としても心の寄り処としても宗教は不適格だと言い切っている。

科学的な証拠を積み重ねながらも、軽快な口調で論理展開していく手法は、まさにリチャード・ドーキンスらしいところ。
さらにこれまでの著書での知見を駆使しているので、この本はリチャード・ドーキンスの集大成とも言える。

それだけに、啓蒙書として書かれていることもあって、押し付けがましく感じる面もある。
たとえば、人間にはもともと隣人愛や道徳心が進化的に獲得されてるのに、あえて宗教に惹かれる原因を、
「飛んで火に入る夏の虫」と同じく進化的に獲得されたプログラムの誤作動だと言い切っているところ。
さらに超自然的なものに救いを求めることは、「くるぶしを挫いた瞬間に、誰か告訴できる相手がいないかと見まわす人間の幼児性と同じである」
と最終章で結論づけているところなどには、”You have so much smart than us, Prof. Dawkins.”と思わず突っ込みそうになった(w

ただ、イギリスの、しかも神学が発祥のオックスフォード大学の教授でありながらここまで言い切るのは勇気がいること。
それは、子供に対する宗教教育は精神虐待であることについて一章をさいているように、
宗教がもたらす流血や紛争の悲劇に対して、科学者の立場から真実を語ろうとしているからだというのは理解できる。
(日本の場合は”神”を”霊”に置き換えると分かりやすいかも)
現にドーキンスがこの本を書いたのは、9.11同時多発テロがきっかけになっている。

「科学は一般に、工学技術とはちがって、常識を侵害するものである」と言っているように、
常識と真実がぶつかった時は真実を取るというその姿勢には素直に感銘を受ける。
(確かに一般常識や社会常識を振りかざす人は、無知蒙昧で可能性の少ない人が多い)

そうした科学者としての迫力も含めて、まろまろヒット率5。

以下はチェックした箇所・・・

○もし< 神>という言葉によって、宇宙を支配する一連の物理法則を意味するのであれば、そのような神は明らかに存在する。
この神は情緒的な満足感を与えてくれるものではない。・・・重力の法則に祈ってもあまり意味がない(カール・セーガン)
<第1章 すこぶる宗教的な不信心者>

○私は要らぬ侮辱をするつもりはないが、宗教を扱うのに、ほかの事柄よりも手控えた扱いをして甘やかすつもりはない
<第1章 すこぶる宗教的な不信心者>

○ありえなさという問題に対する答として自然淘汰が有効であり、偶然と設計がはなから不適格であるのはなぜだろう?
その答は、自然淘汰が累積的な過程であり、これが、ありえなさという問題を小さな断片に分割するから、である
<第4章 ほとんど確実に神が存在しない理由>

○設計者仮説はただちに、その設計者を誰が設計したのかというさらに大きな問題を提起する
<第4章 ほとんど確実に神が存在しない理由>

○信仰者のほうが懐疑論者よりも幸福であるという事実は、酔っぱらいのほうが素面の人間よりも幸せだという以上の意味はない(ジョージ・バーナード・ショー)
<第5章 宗教の起源>

○生まれつきの二元論と生まれつきの目的論があいまって、適切な条件が与えられれば、私たちはたやすく宗教へ走ってしまう。
ちょうど、先の光コンパス反応がガをうっかりした「自殺」に追いやったように
<第5章 宗教の起源>

○ほかの誰か(子供の場合は両親、大人の場合は神)が、あなたの人生に意味と理由を与える責任があるという仮定には、どこか幼児的なものがある。
くるぶしを挫いた瞬間に、誰か告訴できる相手がいないかと見まわす人間の幼児性とまったく同じである
<第10章 大いに必要とされる断絶?>

☆科学は一般に、工学技術とはちがって、常識を侵害するものである
<第10章 大いに必要とされる断絶?>

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2009 5/18
宗教、科学、進化論、学問一般
まろまろヒット率5

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『ニッチ構築―忘れられていた進化過程』 F.John Odling-Smee著、佐倉統訳 共立出版 200710.18.07


「VOCALOID 初音ミク」はまさに革新的なソフトウェアだと思う、まろまろです。

さて、『ニッチ構築―忘れられていた進化過程』F.John Odling-Smee著、佐倉統訳(共立出版)2007。

生物は受動的に環境に適応するだけでなく、積極的にニッチ(生態的地位)を創る側面がある。
そんなニッチ構築(niche construction、ニッチコンストラクション)について体系的に書かれた本。
これまでのニッチ構築の理論的変遷や実例を紹介するだけでなく、人間科学への応用や進化論の拡張も言及している。

たとえば人間科学(人文・社会科学)の分野で進化理論があまり使われてこなかった理由は・・・
1:進化理論が提供するものが少なすぎる
2:適応主義の説明が単純過ぎる
・・・という2点だが、ニッチ構築はこれらを補うことができるので、自然科学と人間科学との間のかけ橋になる理論であると提唱している。
(第6章:人間のニッチ構築、学習、文化プロセス)

また、ニッチ構築は単なる進化の結果というだけにとどまらず、自然選択に次ぐ第2の主要な進化関与者だとして進化理論の拡張を提言している。
(第10章:進化理論の拡張)

このように単なる解説だけでなく、積極的な提言まで言及しているのでボリューミーな一冊になっている。

ちなみに、この本はたまたま一時上京した際に訳者からプレゼントされたので読んでみたものだけど、
ごく単純に「環境に適応しつつ環境を変えていく」という側面が柔術や合気道っぽくて気に入った(^_^)v
(よく考えたらHPやblogなんてニッチ構築みたいなものかも)

以下はチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○ニッチ構築の結果
・生態系エンジニアリング
・選択的環境を変化させて、重要な進化上の結果をもたらす可能性のあるフィードバックを生じさせる
・変更された選択圧という生態的継承を、子孫の集団に対して創出する
・生物と環境との動的な適応的適合に寄与できる第2のプロセスをもたらす
<第1章 はじめに>

○ニッチ構築
=生物体が現在の空間的、時間的位置において環境の因子を物理的に攪乱することにより、
あるいは別の時空的アドレスに移住し、したがって自らを別の因子にさらすことにより、
環境の1つまたは複数の因子を能動的に変化させ、それによって自らの特徴を環境因子との関係に変更を加える時に生じるもの
→ニッチ関数:N(t)=h(O,E)
<第2章 ニッチ構築の証拠>

○生物がニッチの環境因子や自身に作用する選択圧を変化させる方法
=攪乱(perturbation)と移住(relocation)の2種類
<第2章 ニッチ構築の証拠>

○ニッチ構築=個々の生物に生存と生殖のためのエネルギーと物質資源を十分に環境から獲得する機会を与える個体発生上のプロセス
<第4章 ニッチ構築の全般的な定性的特徴>

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2007 10/18
進化論、自然科学
まろまろヒット率3

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『失敗学のすすめ』 畑村洋太郎著 講談社 200509.06.07


まろまろ@ただいま大阪市の大国町近辺にいます。

さて、『失敗学のすすめ』畑村洋太郎著(講談社)2005。

失敗学の創設者による失敗学本。
読んでみると、以前読んだ『失敗学』(ナツメ社)の方がよくまとまとまっていると感じた。
この本は一番最初に出た概要書だけに、失敗に目を向けることの意義について分量を割いている。

ただ、前書にも書かれてあったことでも、「創造力で第一に必要なのは、自分で課題を設定する能力」(プロローグ)と述べている点。
「失敗情報で大切なのは、その人が何をどう考え、感じ、どんなプロセスでミスを起こしてしまったかという当事者側から見た主観的な情報(中略)、
客観的な情報は、経験者と同じ立場の人が見ても、そこから新しい何かを生み出すまではいたらない」(第3章)などの点はあらためて読んでも重要な部分だと思った。

また、失敗者の実名公開について「1:聞く人にリアリティを与える、2:本人に直接聞くことができる、3:失敗は隠すものではないという文化をつくる」(第1章)
という三点のメリットがあるとしているのが印象深い。

以下は、その他にチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○失敗の定義=「人間が関わってひとつの行為を行ったとき、望ましくない、予期せぬ結果が生じること」
<第1章 失敗とは何か>

○小さな失敗を不用意に避けることは、将来起こりうる大きな失敗の準備をしている
<第1章 失敗とは何か>

○失敗情報で大切なのは聞き手が失敗者を決して批判しないこと
→責任追及ではなく失敗の知識化が必要
<第3章 失敗情報の伝わり方・伝え方>

○他者の失敗から学ぶには、目的意識が強く、高い科学技術の基礎能力があなければ不可能(山本善之)
<第4章 全体を理解する>

○真の科学的理解とは、ある現象の因果関係がきちんと理解できる状態をいう
<第4章 全体を理解する>

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2007 9/6
失敗学、工学
まろまろヒット率3

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『失敗学』 畑村洋太郎著 ナツメ社 200606.22.07


最近「どんだけ~」という感嘆詞が流行っているというので使ってみたら通じなくて凹んだ、
まろまろ@まさに失敗学の実例(w

さてさて、そんな『失敗学』畑村洋太郎著(ナツメ社)2006。

様々な失敗から共通項目を抽出して、創造につなげることを目的とした失敗学の本。
単なる精神論や抽象論ではなく、積極的に失敗に目を向ける姿勢に共感を持って手に取った一冊。

失敗原因の分類(第1章)や失敗情報の性質(第2章)がまとめられているのがかなり参考になった。
中でも創造においては「問題発見能力よりも、課題設定能力の方が重要」(第4章)だとしているのは、
ここしばらくのプロジェクトの中で感じていたことだったので印象に残った。
「課題設定のメリットは、同じ課題を持つ他人の行動を参考にできること」(第5章)というのも納得。

また、「失敗による傷み、悔しさが新たな知識を受け入れる素地ができる」(第2章)というのは、
失敗による挫折感の真っ直中にいる今の僕にとって響くものが多かった。

ただ、読んでいてその比率や数値はどっから出てきたんだ?というのもあったし、
それは単に主観だけではないかと思われる部分も目についた。
でも、この本は読みやすさに重点を置いているだけかもしれないので、もう一冊読みたいと思った。

以下はチェックした箇所(一部要約)・・・

☆失敗原因の10分類
未知、無知、不注意、手順の不順守、誤判断、調査・検討の不足、制約条件の変化、企画不良、価値観不良、組織経営不良
<第1章 失敗を知る その基礎知識>

☆失敗情報の性質
減衰、単純化、歪曲化、ローカル化、組織内を上下左右に移動しない、神話化、伝承されにくい
<第2章 失敗情報が伝達されるとき>

○当事者から見た主観的な情報もとても重要
<第2章 失敗情報が伝達されるとき>

☆失敗情報の伝達項目
事象、経過、原因、対処、総括、知識化
<第2章 失敗情報が伝達されるとき>

☆失敗による傷み、悔しさが新たな知識を受け入れる素地ができる
<第2章 失敗情報が伝達されるとき>

☆失敗情報の伝達方法
記述、記録、仮想演習、体得、教育、雰囲気
<第2章 失敗情報が伝達されるとき>

○想定外の事態にぶつかるのはフロントランナーの証
<第3章 失敗に学ぶということ>

○アイデアを得る方法
水平法、思考演算法、対話法、ブレインストーミング法
<第4章 失敗が創造を生む>

☆(創造では)問題発見能力よりも、課題設定能力の方が重要
<第4章 失敗が創造を生む>

○課題設定のメリットは、同じ課題を持つ他人の行動を参考にできること
<第5章 失敗と向き合う~組織のなかの個人~>

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2007 6/22
失敗学、工学
まろまろヒット率4

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『シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物』 北海道大学CoSTEPサイエンスライターズ著、宮本拓海イラスト、遊磨正秀・丑丸敦史監修 技術評論社 200706.03.07


ニコニコ動画は動画自体よりコメントが面白いと思う、まろまろです。

さて、『シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物』北海道大学CoSTEPサイエンスライターズ著、宮本拓海イラスト、遊磨正秀・丑丸敦史監修(技術評論社)2007。

不思議な生物たちを進化論の視点で解説する一冊。
僕たち人間から見れば、へんてこりんで魅力的な生物たちが紹介されている。

たとえば若返りをおこなって永遠に生きることができる「ベニクラゲ」(Turritopsis nutricula)や、
しっぺ返し戦略の互恵的利他行動で助け合いをする「ナミチスイコウモリ」(Demodus rotundus)などの
こうした本ではレギュラー的(?)なお馴染みの生物から、
植物なのに歩くことができる「ウォーキングパーム」(Socratea exrrhiza)や、
擬態をおこなってシロアリを欺すカビの「ターマイトボール」(Athelia)などの興味深い生物が取り上げられている。

中でも馴染み深い「タラバガニ」(Paralithodes camtschaticus)は、実はカニではなくてヤドカリの一種だということは知らなかったので面白かった。
カニに似ているのは進化における「収斂」の結果で、そもそもカニとは足の本数からして違うらしい。

読んでいると『へんないきもの』に影響を受けたと思わしきシニカルな文体の箇所もあったけれど、『へんないきもの。』よりも科学的正確性が高い一冊。
(その分、断定を避ける記述も多い)

ちなみにこの本の執筆者の一人は研究室の後輩が入っていたりする(^_^)v

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2007 6/3
進化生物学
まろまろヒット率3

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『デジタル・ナルシス―情報科学パイオニアたちの欲望』 西垣通著 岩波書店 199702.20.07


文京区友の会会長として携わった街歩き本プロジェクト「てくてく文京」第1回分が文京区の図書館で閲覧できるようになった、
まろまろ@関わったものがかたちになるってやっぱり良いですな(^_^)v

さてさて、『デジタル・ナルシス―情報科学パイオニアたちの欲望』西垣通著(岩波書店)1997。

世界史の視点で現代を振り返れば、情報化社会(の始まり?)と評価される時代に位置することはほぼ間違いない。
その情報化社会の基礎をつくった情報科学の研究者たち、
バベッジ、ノイマン、チューリング、シャノン、ウィーナー、ベイトソンの業績を、
単なる研究成果だけでなく心理的・人間的な側面から評価する情報科学評論書。

読んでみて一番興味を持ったのは、原初版は携帯電話やインターネットが普及する以前の1991年なのに・・・
「情報機械は、人間の欲望と深くかかわりながら、思考=神経系の動きを代行するエロティックなマシン」、
「デジタル・ナルシスたちは情報機械なしには生きていけない」と看過しているのはまさに達観だと感じた。
確かにいまのSNSやblogはデジタル・ナルシスたちのエロティックな感覚があふれる空間という見方もできるだろう。

また、各研究者の評論では、ノーバート・ウィーナー(ウィナー)とフォン・ノイマンとの対比がおもしろかった。
何しろ僕は前々からウィナーを好きな人とノイマンが好きな人は、見事に正反対のキャラクターを持っていると感じていたので・・・
「ウィーナーのまなざしは数学的体系そのものでなく、その背後にひろがるカオスをみすえていた」、
「ところがノイマンの興味は物理的対象ではなかった(略)位置や運動量を記述する、演算子の形式的体系を構築すること自体が目的だった」
・・・としているのは「なるほどー」と思わず笑ってしまった(^_^)

以下はその他でチェックした箇所(一部要約含む)・・・

○人間と機械とを分けるのは”質”ではなく、せいぜい”程度”の違いだという呪文が、チューリングの全生涯を通じて唱え続けらている
<2 機械との恋に死す>

○応用数学がロマンティシズムと交錯するのは、それが「新しい精神によって因習・旧弊を打破する爆薬」とみなされる瞬間
→現実はダイナミックに変転するカオスだが、数理モデルは静止したコスモス(略)
 前者を後者のうちに写像して、はじきだした答をもっともらしく提示するのが応用数学のレトリック
<3 階差に神はやどる>

○情報科学とは不思議な学問である(略)
それは本質的に「自分は自分を見きわめがたい」という奇妙なパラドックスをかかえこんでいるから
<7 デジタル・ナルシス>

☆どうやら人間は「ものごとを記号化・形式化する烈しい希求」を持っているらしい
→抽象化とは、一回性のある個々の出来事の豊かな具体性を切り捨てることによって成立する(略)
 それは常に”力”にたいする欲望を隠している
<7 デジタル・ナルシス>

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2007 2/19
情報科学
まろまろヒット率3

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『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』 ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳 草思社 上下巻 200506.23.06


いま発売中の『日経マネー』8月号に載っている、まろまろ@推奨人として出た先月号とは違って、
今月はスクリーニング・チャレンジャーとして出たので突っ込まれ役ですが興味ある人はどんぞ。

さて、『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』ジャレド・ダイアモンド著、楡井浩一訳(草思社)上下巻2005。

人類の歴史上、繁栄を誇った文明社会が短期間で崩壊して滅亡した例はいくつかある。
なぜその文明社会は崩壊したのか?
似たような環境下でも崩壊しなかった文明社会との差はなんなのか?
その疑問に、1:環境被害、2:気候変動、3:近隣の敵対集団、4:友好的な取引相手、5:環境問題への社会の対応、
の5つの視点で『銃・病原菌・鉄』の著者が切り込む一冊。
原題は“Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed”
ちなみに厳密なタイトルは「環境に関する要素を含み、時に気象変動や近隣の敵対集団や友好的な交易相手を付随的な要因とする、
また常に社会の対応という論点をはらむ崩壊」だと著者は述べているが、確かにこれだと長すぎる(^^;

内容はまず過去の事例として太平洋のイースター島、同じ太平洋のピトケアン諸島(ピトケアン島、マンガレヴァ島、ヘンダーソン島)、
北米のアナサジ、中米のマヤ、そしてノルウェー領グリーンランドを取り上げている。
特に興味深かったのは閉じた社会であるイースター島の文明社会の崩壊と、逆にネットワーク化されていたピトケアン諸島の崩壊の対比だ。
また、イヌイットは生き残れたのにヴァイキングは生き残れなかったノルウェー領グリーンランドにも興味を感じた。
ヴァイキング(ノルマン人)のグリーンランド社会が、自分たちのバックボーン文化に固執するあまり、
現地の環境変化に適応できずに崩壊した様子が生々しくえがかれていて迫力があった。

・・・という風に過去の事例研究が中心の上巻はとても面白かったけど、
成功事例や現代の事例・問題点を扱っている下巻はいまいち説得性に欠けるものだった。
成功事例として紹介された江戸時代の日本の記述に突っ込みをいれたくなるのは我慢しても、
前半の緻密さや迫力と比べて、後半は強引さやダレダレ感を感じてしまった。
(前後を二つに分けて別々の本にすればよかったと思うほど)

ただ、通して読めばやはり前半部分の迫力はピカいちで、『銃・鉄・病原菌』と同じく著者の視点には納得できるものがあった。
たとえば過去の文明社会の崩壊を扱う時に出てくる先住民への差別主義と賛美主義との対立については、
「どちらも過去の先住民を(劣っているにしろ優れているにしろ)現代先進国の住民と根本的に異なる人間と見る過ちを犯している」
としてどちらも退けているのは共感を持てた。

また、読み終えて思い返したのは、前から感じていた「汗水たらして働く」という言葉への違和感だった。
社会構造の変化もあって、最近「汗水たらして働かない人間はダメだ」みたいなことを耳にすることがある。
振り返ってみれば僕の母方は祖父母の代までは農家だった。
彼らや先史時代の人々からすれば、自分が実際に口にする食べものを生産しない人間は結局は社会の寄生虫でしかない。
五十歩百歩な立場同士の反目や僻みにイースター島やアナサジ崩壊の姿を重ねてしまった。

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2006 6/23
歴史、自然科学、環境学
まろまろヒット率3
世界 遺産

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『へんなせっくすのいきもの』 BUBKA編集部・編 コアマガジン 200505.21.06


らぶナベ@いま発売中の『日経マネー』7月号「メキメキ出世株」特集(30ページ目)でサイト紹介と共に僕のコメントが載っています。

さて、『へんなせっくすのいきもの』BUBKA編集部・編(コアマガジン)2005。

さまざまな生物の交尾を紹介する本。
『へんないきもの』とまったく同じレイアウトのいわゆるパクり本で、編著がアイドルお宝写真で有名なBUBUKAというのがさらにキテる。

便乗本だけど、コピー元の元祖『へんないきもの』を超えるほど引用されているのを眼にすることがあるので試しに読んでみた一冊。

中には・・・って具体例は生々し過ぎるので本書を読んでください(笑)

思えば「性」が生まれて有性生殖をするようになってから、生命の進化は劇的に変化した。
有性生殖をする生物にとって遺伝子の交配(せっくす)は決定的に重要な行為で、オスとメスそれぞれの性戦略の攻防戦が進化のスピードを速めてきた。
だからこの本に紹介されている交尾の多様性は、生命の多様性の表現とも言える。

そんな興味深いコンセプトの本だけど、紹介文が少し古めかしい例えが多かった点と、イメージを与えてくれるはずのイラストがいまいちで単なるキワモノ本になっているのが残念。

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2006 5/21
自然・科学本
まろまろヒット率2
自然 ツアー

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『またまたへんないきもの』 早川いくを著、寺西晃絵 バジリコ 200505.07.06


そんなに深い意味はないけど”Cambrian Explosion”(カンブリア大爆発)という響きが好きな、らぶナベです。

さて、『またまたへんないきもの』早川いくを著、寺西晃絵(バジリコ)2005。

『へんないきもの』の第二弾。
両生類ではめずらしい一夫一妻制を採用して相手の浮気には報復するセアカサラマンダーや、
鯛などの魚の口の中に夫婦で寄生するタイノエなど、今回もめずらしい生き物たちが紹介されている。

たとえばタイノエについての「(魚の口の中なので)狭いながらも楽しい我が家、海の中だけど水入らず」
という紹介文には思わず笑ってしまった。

ただ、総じて現代社会と政治を皮肉るという話の流れが完全にワンパターンになってしまっているように感じた。
コラムもちょっと説教臭くて長いのが鼻についた。

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2006 5/7
自然・科学
まろまろヒット率2
自然 ツアー

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『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎』 ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳 草思社 上下巻 200004.13.06


らぶナベ@喜寿(77歳)を迎えようかという人の活躍ぶりを見て僕も奮起しています(^_-)

さて、『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(草思社)上下巻2000。

16世紀、アメリカ大陸を侵略したヨーロッパ人たちはごく少数だったのに、先住民たちに大打撃を与えて支配した。
その直接的な原因は銃、病原菌、鉄に代表される政治・文字システム、感染症の抵抗力、技術の差だった。
では、なぜ同じ人類にそこまでの決定的な違いが生まれたのか?
その究極的な原因は何なんだろうか?

・・・かつてその違いは人種間の生物学的な差だと思われていた。
でも、いまは人種間に生物学的な優劣は無いことが判明している。
では、銃・病原菌・鉄に代表される文明の違いはどうして生まれたのか・・・

この本は生理学と進化生物学を専門にする著者が、人類が同じスタートラインに立っていた1万3千年前から、
生物学や地学、言語学などの研究成果を取り入れながら、それぞれの地域で起こった歴史をたどっている。
原題は“Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies” (副題が違う)。
原副題にあるようにそれぞれの運命を変えることとなった、違いを生み出した究極的な要因にアプローチしている。

読んでみると、読み物として単純に面白い(^_^)v
そしてユーラシア大陸が東西に長いのではなく、南北に長かったらどうなっていたのか?と考えさせられる一冊でもある。
もちろん最新の研究結果を使っている分、新しいデータや知見が出てくればすぐに古めかしいものになるのは必然の本だけど、
それでも現時点で挑戦しようとする姿勢に共感をおぼえた。

ちなみにエピローグでは文系に分類されている歴史学と、理系の進化学地学、天文学、進化学との共通点を述べている。
再現実験ができない点、構成要素が複雑な点、個体がユニーク(唯一無二)な点などの共通点をあげながら、
直接要因と究極要因を結ぶアプローチの方法論についても言及している。
この点が佐倉研究室必読文献に指定された原因でもある。

以下はチェックした箇所(重要と思われる順&一部要約)・・・

☆アメリカ大陸とアフリカ大陸が南北に長いのに対して、ユーラシア大陸が東西に長いので食料生産の伝播が早かった
→人類の歴史の運命はこの違いを軸に展開していった
<第10章 大地の広がる方向と住民の運命>

☆歴史学、天文学、気象学、進化生物学などは程度の差こそあれ、
実験的に操作して再現実験をおこなうことができない分野、構成要素が非常に多岐にわたる分野、
個々がユニーク(唯一無二)であるため普遍的な法則を導くことができない分野、
どのような創発的属性が登場するかや将来何が起こるかを予測するのが難しい分野、という共通点がある
<エピローグ>

○歴史科学は直接要因と究極要因の間にある因果関係を研究対象とする
<エピローグ>

○世界史では、いくつかのポイントで、免疫のある人たちが免疫のない人たちに病気をうつしたことが
その後の歴史の流れを決定的に変えてしまっている
<第3章 スペイン人とインカ帝国の激突>

○実際の発明の多くは人間の好奇心の産物であって何か特定のものを作りだそうとしたわけではない
→「必要は発明の母」ではなく「発明は必要の母」
<第13章 発明は必要の母である>

○有名は発明家とは、必要な技術を社会がちょうど受け容れられるようになった時に
既存の技術を改良して提供できた人であり、有能な先駆者と後継者に恵まれた人
<第13章 発明は必要の母である>

○人類の科学技術史は大陸ごとの面積、人口、伝播の容易さ、食料生産開始のタイミングの違いが、
技術自体の自己触媒作用によって時間の経過とともに増幅された結果
→ユーラシア大陸がリードできたのは知的に恵まれたわけではなく地理的に恵まれていたから
<第13章 発明は必要の母である>

○中国がヨーロッパに逆転された理由は、中国の長期統一とヨーロッパの長期不統一にある
→技術は地理的な結びつきが強すぎず(中国)弱すぎず(インド)、中程度のところでもっとも進化スピードが速かった
<エピローグ>

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2006 4/13
歴史科学、自然科学、学問一般
まろまろヒット率4

世界 遺産

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