Archive for the ‘進化論’





『オデッセウスの鎖―適応プログラムとしての感情』 R.H.フランク著、山岸俊男監訳 サイエンス社 199504.17.03

最近は屋号(?)で「まろまろさん」と呼ばれたりもする、らぶナベです。

さて、『オデッセウスの鎖ー適応プログラムとしての感情ー』
(原題”Passions within Reason-The Strategic Role of the Emotions-”)
R.H.フランク著、山岸俊男監訳(サイエンス社)1995年初版。
前に読んだ『マインドー認知科学入門』の中で「合理的思考プロセスでも感情は重要だ」
と述べられているところが一番面白かったと言うと佐倉助教授が貸してくれた一冊。

この本では自己利益追求(感情は合理的判断の邪魔)という経済学の前提条件を
感情の重要さに注目しながら修正しようとしている。
合理的自然人という考え方や利潤追求モデルは前々から批判を受けているけれど、
経済学者が経済学的アプローチから感情の重要性を考察している点が面白い。
(著者は経済学者だけど訳者は社会心理学者という点もユニーク)
だから自己利益追求モデルを否定しているわけではなく、
利益追求の意味と過程をもう一段階広くとらえようとしている。
読んでいるとちょっと無理っぽい展開だと感じる箇所もいくつかあるけれど
「その理論に反するデータを示されただけでは重要な理論は変わらない」から、
「事実により良く合致する代替理論が提出される必要がある」として
この本を書いている著者の姿勢はすごく好感が持てた。

以下はチェックした箇所の抜粋(一部要約)・・・

☆私は(略)感情が自己利益追求にうまく役立つと考えている。
 ただしその理由は、感情に駆られた行為が隠された利益を生み出すからではなく、
 合理的行動によっては解決できない重要な問題が存在しているからである。
 そういった問題の特徴は、自分に不利益な状況になっても行動を変えられないように、
 自分の行動をあらかじめ自分で縛りつけておかなくては解決できない点にある。
 →オデッセウスの故事に
<1章 自己利益を越えて>

☆「自己利益追求モデル」=人が常に効率良く自己利益を追求しようとする視点
 「コミットメント・モデル」=一見非合理な行動がコミットメント問題の解決に役立つ
               感情傾向だとする視点
<1章 自己利益を越えて>

○コミットメント問題は、後で自分の行動を変えられなくするよう、
 自分の行動をあらかじめ一定の方向に縛りつけておくと得になる場合に生じる。
 →誤魔化し、抑止、結婚など
<3章 道徳感情の理論>

☆道徳感情は報酬のメカニズムを微調整し、特定の状況で将来の報酬やペナルティに
 もっと敏感にさせるための荒削りな試みとして考えることができる。
<4章 評判>

○さまざまな不快感情を避けたいという欲求が、道徳行動を引き起こす主要な要因。
 (ケーガン)
<8章 道徳を身につける>

○愛について思慮深い人は、愛することができない。(ダグラス・イェーツ)
<10章 愛>

○判別フィルターがなければ、環境からもたらされる刺激はわれわれを圧倒してしまうだろう。
 脳は実際に意識されているよりもずっと多くの情報にアクセスしている、
 それらの情報の多くは意識されていないけれども、だからといって、
 感情や行動に何の影響も与えないわけではない。
<10章 愛>

○感情にもとづく行動はコストをともなっているように見えるが、
 そういった行動が必ずしも物質的に不利になるとは限らない。
<11章 人間の品位>

○全盛をきわめている理論は、その理論に反するデータを示されただけでは変わらない。
 事実により良く合致する代替理論が提出されてはじめて、
 既存の理論は本当の挑戦を受けることになる。(トーマス・クーン)
<12章 まとめ>

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2003 4/17
進化心理学、経済学、社会心理学
まろまろヒット率3
心理学 キャリア

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『利己的な遺伝子』 リチャード・ドーキンス著、日高敏隆ほか訳 紀伊国屋書店 1991(2版)04.03.03

転居ははじめてだけど文京区はまろまろしていて何気に気に入っている、らぶナベです。

さて、『利己的な遺伝子』リチャード・ドーキンス著、日高敏隆ほか訳(紀伊国屋書店)1991年第2版。
生物の行動を種族でも集団でも個体でもなく遺伝子を中心に見直そうとした進化論の定番本。
当時としてはインパクトが強い内容と専門家でなくても読める点から物議を醸し出した一冊。
ただ、初版(1976年)のまえがきで著者自身が「私は生物学はミステリー小説と同じくらい
刺激的なものであるべきだと前々から思っている」と述べているように、
あえて過激な表現や事例を使っている点も考慮して問題作になったことは著者の狙い通りか?(^^)

この本の中で一番興味深かったのは、考え方や文化、理念などのも一種の遺伝子のように、
それ自体が人から人へと媒介していくという考え方=「ミーム論」だ。
自分に振り返ってみると本を人に貸したり無くしたりしても大丈夫なように読書メモを残す点
(ハードウェアに依存しない)や、重要なのは本に書かれてあることそれ自体ではなく
読む人それぞれがその本から感じ取ったことだ考えている点から、この考え方はすんなり受け入れられた。
このミーム論でいくと本の遺伝子と僕の遺伝子が交配された新しいミームが読書日記で、
それを公開しているホームページはミーム配信源というところだろうか(^_^)
ただ、一般的には文化の普及や発展の不作為性が強調される点が
このミーム理論を使うことのいちばんのメリットのような気がする。

また、「われわれが死後に残せるものが二つある。遺伝子とミームだ」(11章)と著者が述べているところは、
かつてある企業とある企業の橋渡し役をつとめたときのこと(出来事メモ)を思い出させられた。
あの時は「自分の名前が残らなくても自分の考えや色のかけらは、社会に残せるかもしれない」
と感じたことが衝動のような行動意欲につながったのを覚えている。
何かを創りたいとか、残したいという気持ちはやはり性欲と同じように本能なのかもしれない。
よく考えたらリアルな遺伝子だって自分から子供に伝わるのはその半分、
子孫になるとほんのかけらだけだということを考えると、
何かを残したいというこの欲望は利己的な遺伝子的には性欲よりも効率が良いといえるだろう(^^)
この本は専門家でなくても読めるようにしているという点を差し引いても、
あまりに比喩に比喩を重ねる手法や事例の持ち出し方があからさまだったりするのが
「どうかな?」と思うところもあるが、
こうしたことを考えさせてくれたのでまろまろヒット率は最大に値すると思う。

ちなみに、思わず笑ってしまったのが、遺伝子の定義をしている第3章で、
厳密な定義からすればこの本のタイトルを・・・
『いくぶん利己的な染色体の大きな小片とさらに利己的な染色体の小さな小片』
・・・っとすべきだったと書いてあったことだ。
厳密さでは問題あっても確かにこっちの『利己的な遺伝子(The Selfish Gene)』の方が
ずっと良いミームだろう(笑)

以下はチェックした箇所の抜粋(一部要約)・・・

○この本の主張するところは、われわれおよびその他のあらゆる動物が
 遺伝子によって創りだされた機械にほかならないというものである。
 →自己利益の基本単位は、種でも、集団でも、厳密には個体でもない(略)
  それは遺伝の単位、遺伝子である。
<1 人はなぜいるのか>

○成功した遺伝子に期待される特質のうちでもっとも重要なのは無常な利己主義である(略)
 しかし(略)遺伝子が固体レベルにおけるある限られた形の利他主義を助長することによって、
 もっともよく自分自身の利己的な目標を達成できるような特別な状況も存在する。
 注:利他主義と利己主義の上述の定義が行動上のものであって、
   主観的なものではないことを理解することが重要(略)
   利他的にみえる行為はじつは姿を変えた利己主義であることが多い。
<1 人はなぜいるのか>

○(正確な複製と突然変異との両立の問題について)
 進化とは、自己複製子(今日では遺伝子)が
 その防止にあらゆる努力をかたむけているにもかかわらず、
 いやおうなしにおこってしまうというたぐいのものである。
<2 自己複製子>

○一個の遺伝子は、何世代もの個体の体を通って生きつづける単位。
<3 不滅のコイル>

☆遺伝子と進化の定義☆
・「遺伝子」
 =自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部
 =複製忠実度(コピーの形での寿命)のすぐれた自己複製子
 =十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位として
  働きうるほど十分に長い染色体の一片

・「進化」
 =遺伝子プール内である遺伝子が数を増やし、ある遺伝子が数を減らす過程
 =たえまない上昇ではなくて、むしろ安定した水準から安定した水準への不連続な前進のくり返し
<3 不滅のコイル>+<5 攻撃ー安定性と利己的機械>

☆個体は安定したものではない(略)染色体もまた、配られてまもないトランプの手のように、
 まもなくまぜられて忘れ去られる。
 しかし、カード自体はまぜられても生きのこる。このカードが遺伝子である。
<3 不滅のコイル>

○意識とは、実行上の決定権をもつ生存機械が、究極的な主人である遺伝子から
 解放されるという進化傾向の局地だと考えることができる。
<4 遺伝子機械>

○遺伝子は方針決定者であり、脳は実施者と考えられる。
<4 遺伝子機械>

☆進化的に安定な戦略(Evolutionarily Sable Strategy=”ESS”)
 =個体群の大部分のメンバーがそれを採用すると、
  べつの代替戦略によってとってかわられることのない戦略
 →個体にとって最善の戦略は、個体群の大部分がおこなっていることによってきまる
<5 攻撃ー安定性と利己的機械>

○(ESSのコンピュータシミュレーション実験からから)
 重要な一般的結論は、ESSが進化する傾向があること、
 ESSが集団の申し合わせによって達成されうる最適条件と同じではないこと、
 そして常識は誤解を招くことがあるということである。

○まったくでたらめをいうよりポーカー・フェイスのほうがいいのはなぜだろうか?
 やはり、うそをつくことが安定ではないからだ。
<5 攻撃ー安定性と利己的機械>

○賭博師にとって最良の方策は、ときには猛烈攻撃作戦ではなく、
 幸運待望作戦かもしれないのである。
<7 家族計画>

○(親動物の家族計画は集団のためではない点について)
 個体に過剰な数の子をもたせるように仕向ける遺伝子は、
 遺伝子プールの中にはとどまれない。その種の遺伝子を体内にもった子供らは、
 成体になるまで生き残るのがむずかしいからである。
<7 家族計画>

○親子の争いの場合、敵対者は互いにある程度の遺伝的利益を共有しており(略)
 一定の限度、あるいは一定の感受期間の間においてのみ、敵対関係を形成するのである。
<8 世代間の争い>

○精子と卵子の大きさおよび数にみられる根本的な相違が原因で、
 雄には一般に、乱婚と子の保護の欠如の傾向がみられる。
 →これに対抗する雌の戦略がたくましい雄を選ぶor家庭第一の雄を選ぶこと
<9 雄と雌の争い>

○不妊の働きバチが一匹死ぬことは(略)木の遺伝子にとって、
 秋に葉を一枚落とすことが、些細なことであるのとまったく同じことである。
<10 ぼくの背中を掻いておくれ、お返しに背中をふみつけてやろう>

☆ヒトの肥大した大脳や、数学的にものごとを考えることのできる素質は、
 より込み入った詐欺行為を行ない、同時に他人の詐欺行為を
 より徹底的に見破るためのメカニズムとして進化したのだという可能性すら考えられる。
 このような見方からすれば、金銭は、遅滞性の互恵的利他主義の形式的象徴である。
<10 ぼくの背中を掻いておくれ、お返しに背中をふみつけてやろう>

○人間をめぐる特異性は、「文化」という一つの言葉にほぼ要約できる(略)
 基本的には保守的でありながら、ある種の進化を生じうる点で、
 文化的伝達は遺伝的伝達と類似している。
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

○生物の基本原理=すべての生物は、自己複製を行なう実体の生存率の差に基づいて進化する
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

☆文化伝達の単位(模倣の単位)=mimeme(ギリシア語で模倣)+gene(遺伝子)→”meme”(ミーム)
 →ミームがミームプール内で繁殖する際には、
 広い意味で模倣と呼びうる過程を媒介して脳から脳へと渡り歩く
 (楽曲、思想、標語、ファッション、建築など文化のすべてがミームの例))
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

○概念のミーム=脳と脳の間で伝達可能な実体
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

○(かつて宗教勢力が多様した「地獄の恐怖」についてミームの視点から)
 それ自体は意識をもたないミームが、成功する遺伝子が示すのと同じ
 類似的残忍性という特性をもったおかげで、
 自らの生存を確保できたのだというほうがあたっているような気がする。
 地獄の却火という観念は、まったく単純に、それ自体がもつ強烈な心理的衝撃力のおかげで、
 自己を永続化しえているのである。
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

○われわれが死後に残せるものが二つある。遺伝子とミームだ。
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

○人間には、意識的な先見能力という一つの独自な特性がある(略)
 この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである。
<11 ミームー新登場の自己複製子ー>

○ダーウィン主義者にとって、成功する戦略はさまざまな戦略の集団の中で多数になったもののことである。
<12 気のいい奴が一番になる>

○ほとのどの遺伝子は、たとえば緑色の眼と巻毛といった、二つ以上の表現型効果をもっている。
 自然淘汰は。遺伝子そのものの性質のゆえではなく、
 その表現効果のゆえに、ある遺伝子を他の遺伝子よりも優遇する。
<13 遺伝子の長い腕>

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2003 4/3
進化論、自然科学、情報関連
まろまろヒット率5
マスコミ キャリア

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『進化論という考えかた』 佐倉統著 講談社現代新書 200209.25.02

ありあわせで作ったオイルサーディンとキャベツのパスタは何気に美味しかった、
らぶナベ@健康にもめちゃイイ!・・・はず(^^;

さて、『進化論という考えかた』佐倉統著(講談社現代新書)2002年初版。
進化論の視点から「人間」と「情報」を捉えようとした一冊。
前から僕は『数学の秘かな愉しみ』(K・C・コール)などの
異分野の視点から光を当てる(自然科学→人文科学など)本に興味を持っていた。
愛読書の『坂の上の雲』(司馬遼太郎)も秋山真之が村上水軍の戦法にヒントを得て
日本海海戦の基本戦術を組み上げるところに見所のひとつを感じているくらいだ。
そんな僕だからこの本もワクワクして読みはじめると、
実際には進化論を中心とした研究者たちがいかに「人間」と「情報」を
捉えようとしたかについての科学史の再編的な色合いが強かった。
そういう点では以前読んだ『化学入門』(原光雄)に近い印象を受けた。

この本の中で一番興味深かったのは専門家と非専門家
(異分野の人々)の間をつなぐものは「物語」だとしている点だ。
僕も前々から一口に日本語といってもマクドでの中学生の会話、法廷での会話、
メーカーの研究部門での会話、IT企業でのシステム開発の会話
・・・同じ言語を使っていても通じないことが多いということを感じていた。
そういう場面に出会うたびに「もったいない」という気持ちを強く感じていたので
ときどき自分が異分野をつなげるメディアになっていることに喜びを感じたり
(出来事メモなど)、
「読書」という切り口と「まろまろ」というエッセンスをメディアにして
様々な分野の本を同じ土俵で扱おうとするこのHPの基本理念にも
つながっているので「物語性」を重視するこの視点にはとても共感した。
さらにこの本では物語の重要性を唱えながらも、
進化論が曲解して使われた経験から、物語性の暴走を防ぐために
「第三の文化」(多くの分野へのリンク)と
「センス・オブ・ワンダー」(謙虚さ)の重要性を述べている。
ただ、これは第二次大戦で政治への介入を控えるあまりに
ヒトラーの暴走を許したとされるドイツ参謀本部への評価と同じく、
結局は研究や理論の問題ではなく政治や教育などの
社会システム全体で語られるべきことなのだろう。
(説得力ある理論ほど無茶な使われ方するけどそれは理論のせいじゃない)

加えて、この本で著者は「ハンバーグのつなぎ」のように
異分野をつなげてひとつの料理にする素材として
進化論の可能性を述べているが(第4章)、
思えば『ブレードランナー』『2001年宇宙の旅』『ガルフォース』
『超時空要塞マクロス~愛おぼえていますか~』
『甲殻機動隊』とそれに影響を受けまくった『マトリックス』などなど
これまでも進化論の要素を取り入れた映画やアニメの名作は数多い。
ハンバーグのつなぎとしての機能は科学・研究分野だけでなく
コンテンツ分野ではすでにその機能を十分に発揮しているのだろう。
(それだけ強い物語性があるということかな?)

また、この本を読んで発見したことが
前に読んだ『狂骨の夢』(京極夏彦)の中で
「コペルニクスが人が宇宙の中心であることを奪い、
ダーウィンが人が神の子であることを奪い、
フロイトが人が自分自身を支配できるということさえ奪った」
という印象深い記述があったが
これはB・マズリッシュという人の言葉だとわかったのが少し嬉しかった。
(ただし『狂骨の夢』ではこれはフロイト自らの発言だと紹介されていたような)

ちなみに著者は来春から東大院・学際情報学府での僕の指導教官(予定)。
著者とは院試説明会でほんの数分しか話をしたことがなかったが、
知的守備範囲の広さや新しいことに積極的に取り組む姿勢に即座に感銘を受けた。
何よりも僕の問題意識やスタンスに関心を示してくれたのが嬉しかったが、
よく考えたらその寛容さは多様性を重要視する進化論の影響かもしれない。
彼のバックボーンを知って人となりに近づければと思って読んだ本でもある。

以下はチェックした箇所・・・

☆生物は、環境資源が許容するよりもたくさん産まれる。
したがって、同じ種の個体の間に生存と繁殖をめぐる競争関係が生じる。
その結果、より環境に適応したものが、
そうでないものより多くの子孫を残すことになる。
この差異の原因となる形質がいくばくか遺伝するものであれば、
この形質を所有している個体は、
世代を経るにしたがって個体数を増やしていくことになる
ーこれが自然選択理論の骨子である。
<自然選択理論>

☆造物主の作業の「誤差」と考えられていた個体差を、
それぞれが生物進化の原動力であると喝破したこと。
つまり、生物観を百八十度転倒させたこと。
これこそが、ダーウィンの進化思想の真髄のひとつ。
<ダーウィン亡き後の進化論>

○進化心理学のアイデンティティは、対象ではなくその視点と枠組みにある。
(略)進化心理学というのは、固有の分野というよりもアプローチの仕方、
あるいは研究プログラムとみなした方がいい。
<心と行動の進化学>

☆ディーコンは(略)人間が進化したことで言語を獲得したというよりは、
言語の方も人間の脳にあわせるように進化してきた、というのだ。(略)
文法構造は、言語が「人間の脳」という媒体に適応するために
進化してきた構造なのだという。(略)
脳と言語は相互に影響しあいながら共進化してきたのだ、と。
<脳と言語は共進化した?>

○人間が文化的な動物であるというのは
大昔から繰り返しいわれてきたことだけれども、
それが環境適応へのオプションのひとつであるということは、
人間を進化学的に見直してはじめて理解できることなのである。
人間の進化論的な研究は、文化の意味をも再定位する。
<「今の人間」を知るために>

☆コンピュータ自体は子孫をもうけませんー
しばらく使われたあとは、スクラップにされます。
でも、コンピュータを作るためのアイディアは、遺伝子のように繁殖できるのです。
(ドーキンスとバスとのインタビューより)
<ドーキンスの示したこと>

○生物の進化は、このでこぼこ地面のような適応度地形
(生物が利用できる環境のこと)の中を、
ころころと球が転がるのに似たプロセスとみなせる。
球は生物の比喩で、地形が急峻だとわずかな突然変異で急激な変化が生じるし、
なだらかな地形だとゆっくりとしか転がらないので、
突然変異の効果はわずかなものになる。
つまり、徳永とウェイドは、適応度地形も生物進化の段階によって
変わっていくということを主張したことになる。
<旅する円錐>

☆結局は、あれこれやってみるという変異と選択の二段階プロセスが、
環境に適応するためにはいちばん安全で確実な方法なのだ。
シーコは、人間の経済システムや社会システムなどにとっても、
事態は同じであると主張する。
それが普遍的選択理論である。
<「進化する能力」の進化>

☆ダーウィン・アルゴリズムの本質は、
変異の生成(突然変異)、
変異と複製率の間の相関(適応度)、
そして変異の遺伝(自己複製)の三点セットだ。
<ミームで何が説明できるか>

○進化とは、人間の、そして生命の壮大な歴史にほかならない。
だからこそ進化論は「取扱い注意」なのであり、
事実、過去に何度も破滅への道しるべとなったのだった。
<生物学哲学の正念場>

○(ダーウィン最後の著書『ミミズと土』は)
「目に見えない微細な変化が累積して、とてつもなく大きな結果を生み出す」
というダーウィンの自然観の集大成でもあった。
<『セルボーンの博物誌』とダーウィンのミミズ>

☆問題は、相手と価値観が共有できていないところにある。文化が異なるのだ。
価値観が異なるから、コミュニケーションがとれない。
一見、同じ問題について議論しているようでも、
実はそこで情報のほとんどは、ただ流されているだけである。
(略:それを解決するには)ぼくは、その鍵は科学の物語ではないかと思っている。
<非専門家に伝えるために>

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2002 9/25
自然科学、進化論
まろまろヒット率4
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