Archive for the ‘文化論・美学’


『神話と意味』 クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳 みすず書房 199609.05.07

『神話と意味』 クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳 みすず書房 1996
「メーン」と「ディスる」がまわりで流行っている、まろまろです。

さて、『神話と意味』クロード・レヴィ=ストロース著、大橋保夫訳(みすず書房)1996。
(原題“Myth and Meaning”)

文化人類学者・思想家のレヴィ=ストロースによるCBC(Canadian Broadcasting Corporation;カナダ放送協会)ラジオ講話を元に書かれた一冊。
フランス語を母国語にする著者が「英語で説明するのは面倒なので、うんと単純化した」と述べているように、とても読みやすい。
訳者も「格好のいい聴かせどころを探す人はがっかりするだろう」と書いているほどで、代表作の『悲しき熱帯』とは比べものにならないほどの簡明さがある本。

文学的要素は無いけれど、その分、彼の構造主義アプローチのエッセンスがシンプルに語られているという点で入門書として最適な本だと思う。

以下はチェックした箇所(一部要約含む)・・・

☆構造主義的アプローチ=普遍なものの探求=外見上の相違の中に普遍の要素を求めるもの
<神話と科学の出会い>

○科学には二通りの方法がある=簡単にする還元主義的方法&関係に注目する構造主義的方法
<神話と科学の出会い>

☆「意味する」とは、ある種類の所与が別の言語に置きかえられる可能性
<神話と科学の出会い>

☆人類の知的業績を見わたすと、世界中どこでもその共通点は決まって何らかの秩序を導入すること
<神話と科学の出会い>

○神話的思考(野生の思考)の特徴=可能な限り最短の手段で宇宙の一般的理解に達することを目的
→一般的に加えて全的理解に達することも目的
<”未開”思考と”文明”心性>

○文字をもたない社会における神話の目的=未来が現在と過去に対してできる限り忠実であることの保証
<神話が歴史になるとき>

○神話と音楽の共通点・・・
・言語;音素○ 語○ 文○
・音楽:音素○ 語× 文○
・神話:音素× 語○ 文○
→音楽も神話もに言語から発したが、別々の方向に分かれて生長している
→神話は音楽の総譜と同じく一つの連続シークェンスとして理解することは不可能
<神話と音楽>

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2007 9/5
文化人類学、神話学、宗教、文化論
まろまろヒット率4

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『二次元美少女論―オタクの女神創造史』 吉田正高著 二見書房 200407.31.06

夏期集中講座の講師のお仕事で山梨県に来ている、まろまろ@山梨のごはん日記やぷかぷかお風呂日記を更新予定です(^_^)v
(講義題目:「情報検索のための情報発信論~インターネット情報の特性とその対応~」)

さて、『二次元美少女論―オタクの女神創造史』吉田正高著(二見書房)2004。

アニメ、ゲームなどに登場する二次元美少女の進化をたどることで、コンテンツ文化史を模索する一冊。
二次元美少女の魅力を支えてきた特有のキャラクター属性、「甲胄・パワードスーツ・触手」、「メカ美少女」、「美少女パイロット」、
「格闘美少女」、「ヴァーチャル・アイドル」、「ゲーセンの美少女」を取り上げながらそれぞれの歴史や変遷を考察している。

読んでみると・・・とても濃い(^^;
個々の事例に対する著者の思い入れと自分の思い出が重なって、目頭があつくなることもあったほど(w

特にアイドルものに共通して見られる華やかさの裏にある「暗い過去」や「影の苦労」という要素は、
努力して這い上がっていくスポ根ドラマの主人公と同じスタンスだとしている点には納得できた。
また、受容者が限定的なメカ美少女については、商業主義から一歩離れた同人誌界がその成熟の温床となったという点は、
個人によるWeb上での表現(メディア表現)の役割や可能性と同じものを感じて興味深かった。

ただ、この本の目的である「二次元美少女表現の基盤であるキャラクター属性の正史構築」(まえがき)として読めば、
議論したいときの土台となる材料や根拠の提供が十分になされてない箇所があったり、考察課程が不明確な部分もあるので、
結果的に著者の印象論という側面が強くなってしまっているように思えた。
しかし、この本はあくまで「30項目ある中の6項目」と著者自身も述べているように、これからの続編に期待したい。

ちなみに僕は東京大学コンテンツ創造科学の関係で著者と会う機会も多い。
コンテンツ創造科学に入る前にも、一度遠くから見たことがあったが、いかにもなオーラを感じたのをよくおぼえている。
そんな人柄がつたわってくる一冊。

以下、チェックした箇所・・・

○美少女を学べば、戦後日本文化の特質が理解できる
<まえがき>

○修理再生が可能であるというメカの特質が、死のイメージからの遊離をもたらし、
パロディやギャグへの傾倒という流れをつくりだしたことは重要
<第2章 メカ美少女>

○同人誌を中心としたアングラ文化圏においては、商業主義から一歩距離をとるというスタンスにより、
受容者が限定されることも厭わない環境が成立していたこともあって、デザインとしてのメカ美少女熟成の温床となった
<第2章 メカ美少女>

○根底にある「格闘」の部分がしっかりしていなければ、「格闘美少女」というカテゴリー自体が衰退するわけだが、
「格闘」にこだわり過ぎると、せっかくの「美少女」性やその背景にあるはずのエロスが失われ、
単なる勝負事の世界=スポーツに戻ってしまい、これまで育ててきた美少女文化としての創造性が失われてしまう
<第4章 格闘美少女>

○「競争し、這い上がり、その地位を死守するために尽力する」アイドルという存在自体が、ひと昔前のスポ根ドラマの主人公そのもの
→アイドルの存在基盤に横たわる「影の努力」という呪縛は、
後々までアイドルを主体とした作品のドラマツルギーが、暗い闇の部分を抱え続ける要因ともなっていく
<第5章 ヴァーチャル・アイドル>

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2006 7/31
文化論
まろまろヒット率3

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『ダーウィン文化論―科学としてのミーム』 ロバート・アンジェ編、佐倉統・巌谷薫・鈴木崇史・坪井りん訳 産業図書 200407.07.05

「京たこ」が京都には無いようにNewYorkには決して無い「NewYorker`s Cafe」で作業することが多い、
らぶナベ@よく利用されるかたはご一報ください、合間にまろまろとお茶しましょう(^_-)

さて、『ダーウィン文化論―科学としてのミーム』
ロバート・アンジェ編、佐倉統・巌谷薫・鈴木崇史・坪井りん訳(産業図書)2004。

ミーム論(ミーム学、memetics)の研究論文集。
編者が「ミームについて現在の論争点をはっきりさせる」ことを目的とすると言っているように(序章)、
ミームに関連する各分野の研究者たちがミームの有効性について論じている。
ミームに懐疑的な研究者の論文も掲載されているが、その傾向は後半にいくにしたがって強まる。

読んだ感想は、いろいろな議論はあるけど結局「操作的な定義以上のミームを同定することと、
その複製メカニズムをはっきりさせることの両方がなければミーム論は離陸できない」(11章)
というのと同じ感覚を持った。

ちなみにこの本は日本語訳版だけ各章の研究者紹介の項目がある。
この項目のおかげでその主張を唱えている人の背景がわかってとても有益だった。
(立体的に議論の様相がとらえられる)
これを書いた訳者は僕の指導教官だったりするが、彼はこういう研究者紹介をさせると上手い。

また、奇しくもこの本の中でも一番ミームに肯定的なブラックモア博士(第2章担当)とは、
読んでいる最中に実際に会う機会があった。
断片的に知っていた彼女の情報が実際に会うことによってパズルのようにつながったが、
ミームという言葉にはこういう情報のデジタルな側面を表わす響きがあるんだろう。

以下はチェックした箇所(要約含む)・・・

○ミーム=記憶のアイテムで、生物個体の神経系に保存されている情報の一部。
観察者が聴衆かすることで同定される。
観察者の裏付けは、以前にほかの生物個体の神経系に保存されていた
同じ記憶アイテムを裏付けた先行経験に依存している(Lynch, 1998)
<第1章 序論(ロバート・アンジェ)>

○ミーム研究をめぐる三つの論争・・・
・文化を主に構成しているものは、独立して伝達される情報単位とみなしていいのか
・いわゆるミームなるものは、自己複製子として機能しうるだけの要件を備えているのか
・ミーム論のようなダーウィン的、選択理論的なアプローチが文化の科学として最適であり望ましいのか
<第1章 序論(ロバート・アンジェ)>

○ミーム駆動=ミームは、現在成功しているミームを選択する脳を遺伝子に作らせたとする仮説
→人間の脳は選択的模倣装置
<第2章 ミームの視点(スーザン・ブラックモア)>

○私たちの周りにあるすべての文化的存在は、
熾烈なコピー競争の、現在の勝者であるがゆえに存在している
<第2章 ミームの視点(スーザン・ブラックモア)>

○人間の本性は、ミームと遺伝子が複雑な環境下で複製の競争を行った産物であり、
神秘的な導きの原理や自由意志とともにある内なる自己の余地など存在しない
<第2章 ミームの視点(スーザン・ブラックモア)>

○ミームは新しい研究プログラムであるから試行とテストによって評価されるべきである
<第3章 ミーム論をまじめに取り扱う―ミーム論は我らが作る(デイヴィッド・ハル)>

○文化の自然科学に対する主要な2つのアプローチ=
1:文化の進化に焦点をあてたアプローチ(心理的機構の進化に関心)
2:文化的進化に焦点をあてたアプローチ(遺伝子-文化の共進化に関心)
・・・この2つは統合されるべき
<第4章 文化と心理的機構(ヘンリー・プロトキン)>

○認知過程=心的表象を伴う過程
 →表象に対してエージェントが行う行為によって完成する
社会的認知過程=社会的信念、目標を伴う過程
 →エージェントの社会的信念、目標に対して行為を推敲することにより実現する
<第5章 心を(社会的に)通したミーム(ロザリン・コンテ)>

○ミーム論の利点
1:アプローチが基礎的
2:発見的であり新しい解釈や再構築を促す(進化的アプローチの特徴)
3:学際的
4:多岐に渡る問題を取り扱える
<第5章 心を(社会的に)通したミーム(ロザリン・コンテ)>

○科学としてのミーム論の未来は、ミームが脳内で確認されるかどうかではなく、
むしろどの程度までミームが心の中に宿るか、
その根拠や過程が明らかにされるかどうかにかかっている
<第5章 心を(社会的に)通したミーム(ロザリン・コンテ)>

○協力に必要な2つの条件
1:協力しあっているエージェントが1つの共通目標を持っている
2:彼らがその成就に対して相互に依存している
(Conte and Castelfranchi, 1995)
→交換においてはエージェントは相互依存さえしていればいい
<第5章 心を(社会的に)通したミーム(ロザリン・コンテ)>

○人間のニッチ構築は部分的には社会伝達ミームに依存しているものの、
人間の遺伝子の選択的環境にとどまらず、ミームの選択的環境をも形作る
<第6章 ミームの進化(ケヴィン・レイランド&ジョン・オンドリン=スミー)>

○もっとも成功しているミームは、ニッチ構築という形で実現しており、
自分たちの好みに応じて、選択的環境に効果的なバイアスをかけている
<第6章 ミームの進化(ケヴィン・レイランド&ジョン・オンドリン=スミー)>

○ミームを好きかどうかは、単純に「細分派」か「統合派」か、
分析を拠り所にするか解釈を拠り所にするかということに帰すかもしれない
<第11章 結論(ロバート・アンジェ)>

○操作的な定義以上のミームを同定することと、
その複製メカニズムをはっきりさせることの両方がなければミーム論は離陸できない
<第11章 結論(ロバート・アンジェ)>

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2005 7/7
ミーム、進化論、文化研究
まろまろヒット率★★★
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『神仏習合』 義江彰夫著 岩波文庫 199603.09.05

週末に大阪に帰ったら親がまろまろHPの存在を嗅ぎつけそうになっていて焦った、
らぶナベ@「親バレ」を避けるために隠蔽工作に必死です(>_< )

さて、『神仏習合』義江彰夫著(岩波文庫)1996初版。
律令時代から始まった神仏習合の過程と、
その原動力となった社会構造の変化を紹介する一冊。

読んでみると、政治的、社会的な構造変化のもとで
仏教と神祗信仰が複雑に絡まっていく過程は、
ダイナミックな歴史読物として楽しめた。
さらにこの本はタイトル通り宗教を取り扱った歴史書だけど、
著者が「信仰は文化の特質が集約的に表現されている」と語っているように
日本文化形成論としても読むことができる。
加えて、普遍宗教(仏教)と基層信仰(神祗信仰)の重なり合わせは、
グローバリゼーションとローカリゼーションとの重なりという視点でも読むことができた。
読んでいて面白い上に、いろんな読み方ができるかなりの良書だと思う。

ちなみに僕は前々から空海に対して近親憎悪のようなものを感じていたけれど
(『空海の風景』を読んでからそれは決定的になった)、
この本の中でも神仏習合過程で立ち回った
空海の姿を発見してちょっと複雑な気分になってしまった。

以下は、チェックした箇所(一部要約)・・・

○神仏習合=神祗信仰と仏教が複雑なかたちで結合し、独自な信仰の複合体を築いたもの
 →普遍宗教と基層信仰の結合の一形態
<序 巫女の託宣>

☆宗教には文化全般の特質が集約的に表現されているはずであり、
 社会構造との有機的関係をもっともダイナミックに把握できる通路
<序 巫女の託宣>

○律令国家は、祭祀のなかに支配の論理をすべりこませることを
 国家的規模で実現することで、はじめて存立しえた
<第2章 雑密から大乗密教へ>

○十世紀末に完成する日本型浄土信仰=論理化された神祗信仰の核をなす
 ケガレ忌避観念と浄土三部経との実質的な結合と複合体
<第4章 ケガレ忌避観念と浄土信仰>

☆キリスト教と仏教との決定的な違い
 =最初から呪術と奇跡を認め、人間しか共済されないとする点
<結 普遍宗教と基層信仰の関係をめぐって>

○仏教はキリスト教の三位一体論にあたるものを作り出すことなしに、
 可能なところから呪術と奇跡の背後にある普遍宗教の教理を打ち出し、
 その理解をすみやかに獲得していった
<結 普遍宗教と基層信仰の関係をめぐって>

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2005 3/9
歴史、宗教、文化論
まろまろヒット率4
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