Archive for the ‘まろまろヒット率★★★★★’


『機動警察パトレイバー2 the Movie』 (映画)03.03.06

押井守監督の「古典研究」を復習するための僕が研究会長として研究上映した作品の一つ。
この映画も最初に観たときから10数年ぶりの鑑賞になる。

2002年のある日、ミサイル発射によって横浜ベイブリッジが爆破された。
映像にうつっていたのは自衛隊機と思わしき機影だったが自衛隊には該当する機体は無かった・・・
クーデターを装った連続テロによって現代の東京で戦争状態を再現しようとするテロリストと、
それに対する特車二課後藤隊長の戦いを中心に物語は進んでいく。
元ネタになった『二課の一番長い日』を超える緊張感とリアリティで全編ピリピリとはりつめた空気を感じる作品。

公開されたのが1993年という、阪神大震災もオウム事件も9.11同時多発テロもまだ起こっていなかった時期だということを考えると、
都市生活に対する心理的打撃を扱ったこの作品があらためてすごい作品だということがわかる。

ちなみに『二課の一番長い日』もすでにパトレイバー本来のラブコメ基調から逸脱していた感じだったけど、
この劇場版第二段にいたっては主要な登場人物たちが後藤隊長、南雲隊長、首謀者の柘植、防衛庁の荒川(声優:竹中直人)と、
もはや完全にオヤジたちの物語になっている。
最後のレイバー戦が余分に思えてしまうほどだ。

ラブコメや学園モノとして企画を通して最後は自分の好きなことをやる・・・
押井守監督自身が「カードのめくり方が大切」と言った意味があらためて感じられた。

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2006 3/3
もろもろ鑑賞、映画
まろまろヒット率5
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『THE 有頂天ホテル』(映画)01.17.06

住吉区の集まりでも話題だったので、大阪にいる間に難波千日前の敷島シネポップで観る。
それほど期待していなかっただけに、想像していたよりもずっとおもしろく感じた。
配役が豪華だと個性がぶつかりすぎて&気を使った演出になってつまらないものになりがちなものだけど、ちゃんとキャラ立ちしていた。
笑ってほろりとさせられるし、何よりもお約束をしらけずにみせてくれるのが嬉しい。
同行者も言っていけど、観終わった後に劇場のように思わず拍手したくなる作品。

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2006 1/17
もろもろ鑑賞、映画
まろまろヒット率5

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『カリスマ―出会いのエロティシズム』 チャールズ・リンドホルム著、森下伸也訳 新曜社 199201.17.06

修二と彰の振り付けを練習中の、らぶナベです。

さて、『カリスマ―出会いのエロティシズム』 チャールズ・リンドホルム著、森下伸也訳 新曜社 1992

カリスマの研究書、めちゃ面白かった一冊!
内容は理論編(第2部)でカリスマ研究の歴史、各分野からのアプローチを押さえながら統合理論としてまとめ、
実例編(第3部)でカリスマとその信奉者たちの典型例を取り上げて、
結論(第4部)でカリスマとその信奉者たちとの相互作用は一体何なんなのか、その今日的な意味も含めて答えを出している。
理論の深さ、実例の迫力、結論の説得力、どれを取ってもカリスマの研究の決定版と言える本。

まず、すごいなと思ったのが膨大な先行研究を押さえていているところだ。
たとえば理論編では情念に焦点を当てた哲学者たちとしてヒュームやミル、ニーチェ(2章)、社会学としてのアプローチ、ウェーバー(ヴェーバー)とデュルケム(3章)、
催眠と群集心理学からのアプローチのメスマー、ル・ボン、タルド(4章)、精神分析学からのアプローチとしてのフロイト(5章)などの
カリスマ研究の背景やそれぞれのアプローチを総括しながら、
カリスマ的リーダーシップの病理性を強調する心理学的見解と、カリスマ的集団に積極的な価値を与える社会学的言説との対比をまとめて(6章)、
カリスマ精神の病いなのか、再社会化なのだろうかと問いの下で統合理論化(7章)をしている。

その次の実例編では典型的なカリスマとその信奉者たちの実例としてアドルフ・ヒトラーとナチ党(8章)、
チャールズ・マンソンとそのファミリー(9章)、ジム・ジョーンズと人民寺院(10章)を取り上げている。
著者は文化人類学出身なので、この実例編は本領発揮という感じでとても迫力があった。
ある人物がカリスマ的パーソナリティを持つことになってゆく過程、奴隷化しているのに自分は解放されていると思う信奉者たち、
そしてカリスマと信奉者の相互作用で生まれた集団のダイナミズムが展開し、崩壊していく様が克明にえがかれていて、
単純に生々しい読み物としても読み入ってしまった。
そしてシャーマニズムとの共通点を指摘しながら(11章)、結論につなげるという流れがとても綺麗。

結論(12章)では、現代のカリスマをよく指摘されるような芸能人やスポーツ選手にとどまるだけでなく、
カリスマ的な特徴を帯びた人間関係として、家族(観)とロマンティックな恋愛を挙げているのが面白い。
確かに実例編で出てきたカリスマとその信奉者たちは極端な事例かもしれないけど、
読みながらホストに入れ込む女性や、キャバクラ嬢に振り回される男性を思い起こしていただけに納得。
(実は自分自身の恋愛体験の中にも重ね合わさる面もあった(^^;)

人間関係がもたらす無我と交感の絶頂感(エクスタシー)は魅力的で、時には没頭してしまう。
コミュニケーションの快楽に耽溺する人の性向は決して特殊なものではなく、
人間の本質の一つなんだ、というこの本の主張は説得力があった。
(そこには集団のダイナミズムが生まれる源泉になる)

ちなみに、この本はインターネット普及以前に書かれたものだったので、
現在のネットコミュニティ内でのカリスマ出現に著者はどう思っているのか知りたかった。
また、理論編の第2部はけっこう面白いんだけど、理論的背景とかアプローチを退屈だと思う人は、
訳者が言っているように実例編の第3部から読んでも十分に面白く読めると思う。

以下はチェックした箇所(要約含む)・・・

○カリスマというものを理解するためには、カリスマ的人物の性格やそのカリスマ的魅力を個々の人間に受け容れやすくさせている諸属性を研究しなければならないばかりでなく、
同時に指導者と信奉者が相互作用をおこなっているカリスマ集団そのもののダイナミズムをも分析しなければならない
<第1章 序説>

○弱く空虚な人間は、服従することによって、ひとつのアイデンティティを、また力と意志という不可欠な幻想を手に入れることができる
→カリスマの信奉者たちは抑圧の中に解放されているという感覚を感じる (Hoffer 1951)
<第4章 催眠と群集心理>

☆自己の解体的幻想による同一化的経験こそが指導者に対する信奉者の愛、自我の境界が消失する超越的な愛の源泉
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

○心理学者たちが指導者に焦点をあて、彼らの障害をもったパーソナリティを強調しがちであるのに対し、
社会学者たちは指導者の性格についてほとんど論じることなく、信奉者や彼らを取り巻く環境に関心をもつ
→心理学が信奉者のうちに病理性を見ようとするのに対して、
社会学者は信奉者が普通の人間よりも深い心理学的な生涯を病んでいるわけではないことを証明することに関心をもっている
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

○カリスマに対しては大きく分けて二つのアプローチがある・・・
・精神分析学に由来するものでカリスマの感情的強烈さや超越的性格を認めはするが、それに対する価値判断を含み、指導者の個人的特長を過度に強調するもの
・社会学に由来するもので集団の重要性、共同体への参加が人々の願望の対象となりうることをよく認識しているが、
 しかし経験から情念を剥離させ、リーダーシップを閑却し、カリスマ的紐帯の根底にある無意識の衝動を軽視するもの
→どちらのアプローチもカリスマ的経験の一部を教えてくれるが全体ではない
<第6章 カリスマは精神の病か、それとも再社会化か>

☆自我がその価値を減ぜられ、アイデンティティの標識や対象とのきずなを剥奪されながら、それでもなお同時にすべての行為の唯一の正当化根拠とされるとき、
カリスマの啓示や帰依者の共同体的集団への没入によってあたえられる激しさや内的確実感は高度に魅力的
→このようにして高められた相互作用の形式は現実の社会構造に欠けている、交感の感情、エクスタシー的自己喪失、超越、信念をあたえる
<第7章 カリスマの統合理論>

☆カリスマ的な関わりへ導いていく諸条件について統合的図式・・・
・疎外された現代社会とナルシシズムの文化が結合して人々にカリスマへの没入を受容させやすくしている
・人格的アイデンティティを遮断することによって人々に自己喪失を用意させる思想改造
→いずれも人格的アイデンティティを脅かし、集団による個人の吸収を促進し、集団形成の指導者に対するエクスタシー的心酔を偏愛するように作用する、
 ある種の技法や社会状況がもつ人格解体的作用に対してまことに弱い存在として人間を描く
<第7章 カリスマの統合理論>

○ヒトラーという恐るべき事実に直面した歴史家や政治学者は、当然のことながら彼や彼の運動からその神秘的な要素を取りのぞこうとするから、
その結果として諸々の偶然の変数が結びつくことで彼に政権の掌握と維持が可能になったという事実を強調することになる
<第8章 「取り憑かれた従者」>

☆カリスマ集団の隠された目的は「成功」することではなく、経験することそれ自体
→だから外的脅威の圧力で集合体経験は強化される
<第8章 「取り憑かれた従者」>

○(ナチスのSS訓練は)極度の疲労と苦痛、そして屈辱は、男たちの過去とのきずなを切断し、いかなる自律感覚も腐食させる効果を発揮した
<第8章 「取り憑かれた従者」>

○社会変動が旧来のきずなを切断してしまったところはどこでも、補償としてのカリスマ運動を好む
<第9章 「愛こそわが裁き」>

○主観のうちに生じるエクスタシー的なトランスという変成状態の所有がシャーマニズムの中心
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆シャーマンの役割につくことは、現代においてカリスマとなることと同じく、アイデンティティ解体という初期局面から苦痛に満ちた自己再構成を経て、
他のもっと弱い魂たちを圧しつぶす潜在的な精霊をコントロールして顕在化させる能力をもった変身せる専門家としての再生へ向かう運動
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆カリスマ的啓示は、周縁に追いやられた集団を無視し抑圧してきた社会構造における弱き者の示威運動、反構造の契機、警告のコミュニタスとなる (Turner 1982)
→カリスマの形態は、いかなる社会にあっても、社会構造の中にそれがあらわれることで克服されなければなならい抑圧のタイプと程度を示す
<第11章 「聖なるものの技術者」>

○逸脱せる集団とその指導者に精神的な変調をきたした者というレッテルを貼ることと、彼らが実際に狂気に落ち込んでいくこととの間には明確な相関関係がある
<第11章 「聖なるものの技術者」>

☆今日におけるカリスマの過剰なあらわれは、交感を求める人間の根源的な欲求を社会システムが満たしえないでいることの反映
→カリスマとその集団は、その暗さによってわれわれ自身が置かれているディレンマの輪郭をくっきりと縁どる影
<第11章 「聖なるものの技術者」>

○非日常な無我の状態に到達することのできる一つの方法が、移ろいやすい気質をもったカリスマ的指導者という霊感喚起的な人物によって結合された集団に所属すること
<第12章 今日のカリスマ>

☆恋愛においては、カリスマにおいてと同じように、相手のうちへ自己を喪失することが縮小としてでなく、高揚、エクスタシー、自我の拡大として経験される (Chasseguet-Smigrel 1976)
→恋に落ちることは巨大な革命のエクスタシー感情と変革パターンを小規模で複製する集合運動の最も単純な形態 (Alberoni 1983)
→カリスマも恋愛も強烈な情動喚起的関係における自他の完全な同一化を要求するので同時並行することはできない
<第12章 今日のカリスマ>

☆カリスマとは、世俗的な世界の疎外と孤立の外部にあってそれと対立する根源的な超越の瞬間をもたらす直接的なエクスタシー経験
→無我と交感というモーメントは、われわれ人間の不可欠な条件の一部
→問題はそうしたモーメントがどのような形態をとるかということ
<第12章 今日のカリスマ>

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2006 1/17
カリスマ研究、社会学、心理学、社会心理学、文化人類学、宗教学、思想史、リーダーシップ論、政治学、組織論、コミュニティ論
まろまろヒット率5

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『電車男』(映画)06.12.05

六本木ヒルズのVirginCINEMAに観に行く。場所柄もあってか観客の99%がコジャレ系のカップルでだった。
上映前に男性が連れの女性に2ちゃんねるや電車男の解説をしている姿がそこら中で見受けられた。これまでの恋愛映画で、男性の方が積極的な映画がかつてあっただろうか?僕は歴史の目的者になったかもしれないと思いながら観る・・・
内容は前半のデキがすごく良かった。内容は前半のデキがすごく良かった。電車男の最大の売りである「書き込みのライブ感」がちゃんと映像で表現できていたので安心した。笑いどころも満載。
ただ、中盤から後半にかけては映画独自のシナリオ&演出がベタすぎて、そういう良さが少なくなっていたのはちょっと残念だった。
そうは言っても最後はやはり感動できるものになっていた。特に予告編でも流れていた「エルメスさんち行きのチケットはJTBじゃ売ってくれねぇんだよ!」のセリフは名言だと感じた。ORANGE RANGEの「ラヴ・パレード」も合っていたし、観終わってみれば結局ここ数年で一番良かった映画となった。原作と共にかなりオススメ。

ちなみに僕は小さい頃から夜景やビルの灯りを見るのが好きだった。その灯り一つ一つにいろんな人生ドラマ(悲劇や喜劇)があると思うと、表現しようのない無い気持ちになるからだ。
WEBサイトをやっているのも、毎日寄せられるアクセスの一つ一つにそれぞれの人生ドラマがあって、何らかのかたちでその見知らぬ人たちの人生と自分の人生が重なる瞬間を感じられるからだ。
この電車男はそのことをあらてめて感じさせてくれる。そういう意味で僕にとっても意味のある作品となった。

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2005 6/12
もろもろ鑑賞、映画
まろまろヒット率5
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『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』 アルバート=ラズロ・バラバシ著、青木薫訳 NHK出版 200209.29.04

発売中の『月刊アサヒ芸能エンタメ!』11月号に僕のインタビューが掲載されている、
らぶナベ@書店のHコーナーに置いてる本に載ったのはさすがに初めてです(^^;

さて、『新ネットワーク思考~世界のしくみを読み解く~』
アルバート=ラズロ・バラバシ著、青木薫訳(NHK出版)2002年初版。

人脈、宗教の布教、細胞の構造、性感染症の広がり、テロリストの成功、WEB、
所得格差、新製品の普及など、あらゆる”つながっているもの”に共通する
ネットワークの基本的性質と働きを解説した本。

以前から耳にしていた本なので何気なく手に取ってみたものの、
読始めててすぐ「これは精読しないと!」と思い立ち、
計算したり考えたりしながら三ヶ月ほどかけて読むことになった。
本旨のランダム・ネットワーク理論からスケールフリー・ネットワーク理論への
展開はすごく興味深いものだったし感覚的にも納得できるものだった。
(ノードとリンクの関係、ベキ法則、ハブの重要性と弱点などもすごく納得)
さらにネットワークの性質と働きを象徴的に表わしている個々のエピソードだけでも面白い。

もちろんまだまだ研究がはじまった分野なので突っ込みどころはあるるけれど、
“つながっていること”の意味をこれほどまで考えさせられる本は他に無いと思う。
つながるということ、ネットワークというものに少しでも興味を感じる人には必読書だと思う。
(ただ、邦題より原題の”LINKED:The New Science of Networks”のままの方がよかった気が)

思えばこの本が出た時(2002年)と比べても現在はblogとSNSの隆盛やユビキタスなど、
つながる意味を考える機会や必要性はさらに加速している。
改訂や次作を首を心待ちにしたい。
また、この著者もハンガリーの人、やっぱりハンガリーっすごい。

ちなみにこの本のまとめ部分にあたる最終章は「クモのいないクモの巣」というお題になっている。
前に読んだ進化本『盲目の時計職人』(リチャード・ドーキンス)と通じるものがあって面白かった。
これを読んでいる貴方と僕も常に進化し続けるクモの巣としてつながっているんだ(^_^)

以下はチェックした箇所(要約含む)・・・

○マフィアボーイ(ハッカー)とパウロ(宗教家)が成功できたのは
共にその行動の効率的媒体である”複雑なネットワーク”が存在したから
→そのネットワークの構造とトポロジーのため
<第一章 序>

☆ノードあたりの平均リンク数が1という閾値を超えると
巨大クラスターに含まれないノードの個数は指数関数的に減少する
→クラスターの出現は数学では「巨大コンポーネント」、物理学では「パーコレーション」、
社会学では「コミュニティ」と分野ごとに言葉は違っても
ノードをランダムに選んでリンクしていくとある時点で特別なことが起こることでは共通
<第二章 ランダムな宇宙>

○ネットワーク内の距離が短くなる理由はその数式に現れる対数のため
→対数は巨大なネットワークを収縮させ、”小さな世界”にしている
<第三章 六次の隔たり>

☆ネットワークに関する限り、サイズは必ずしも重要ではない
→真に中心的な位置につけているのは多数の大きなクラスターに参加しているノード
<第五章 ハブとコネクター>

○現実のネットワークのほとんどはわずかなリンクしかもたない大多数のノードと、
膨大なリンクをもつ一握りのハブが共存しているという特徴を持つ
→これを数式で表わしたのが「ベキ法則」
<第六章 80対20の法則>

☆自然はベキ法則を嫌うが系が相転移をしなければならない事態に追い込まれると、
状況は一変してベキ法則が現れる
→ベキ法則はカオスが去って秩序が到来することを告げる明らかな徴候
<第六章 80対20の法則>

○ネットワークの進化は、優先的選択というデリケートだが情け容赦ない法則に支配されている
<第七章 金持ちはもっと金持ちに>

☆スケールフリー・ネットワークにハブとベキ法則が現れるのは”成長”と”優先的選択”のため
<第七章 金持ちはもっと金持ちに>

○スケールフリー・ネットワークはネットワークを時間と共に変化するダイナミックな系とみなす
<第七章 金持ちはもっと金持ちに>

☆ネットワークはランダムな状態から秩序ある状態に変化しつつあるわけではないし、
カオスの縁にあるわけでもない
→ベキ法則すなわちスケールフリー・トポロジーが意味しているのは、
ネットワーク形成の各段階で何らかの組織原理が働いているということ
<第七章 金持ちはもっと金持ちに>

○スケールフリー・ネットワークの重要要素ハブは統計的にはまれな存在だが、
多数のリンクを持ち社会的ネットワークをひとつにまとめる役割を果たしている
<第十章 ウイルスと流行>

○どんな拡散理論にも”臨界値”が必要
→拡散速度<臨界値=普及せず、拡散速度>臨界値=普及
<第十章 ウイルスと流行>

○ネットワークには1点集中型、多中心型、分散型の三つのタイプがあり、
1点集中型と多中心型はいずれも攻撃に弱い(ポール・バラン)
<第十一章 目覚めつつあるインターネット>

○インターネットの背後にあるネットワークは、分散性が高く、集中度が低く、
各部分が局所的に保護されているため、要になるマップを作るという
ごく自然な作業さえ事実上不可能になっている
→インターネットをモデル化しようとすると、成長、優先的選択、距離依存性、
フラクタル構造まで考えに入れなくてはいけない
(インターネットの研究者は設計者から探検家へと変貌しつつある)
<第十一章 目覚めつつあるインターネット>

○コミュニティの定義が難しいのはその境界がはっきりしないことが原因のひとつ
<第十二章 断片化するウェブ>

☆ウェブのアーキテクチャー=「コード」&「人間の集団的行為」の階層から成る
・コードは規制が可能だが、人間の集団的行為は中心となるデザインがないから
個別ユーザーや組織では規制不可能→ウェブは自己組織化する世界
<第十二章 断片化するウェブ>

☆Hotmailの成功要因
1:各人の閾値をゼロにした(拡散速度の増加)
2:登録手続きの簡略化(時間投資の低下)
3:ユーザーが電子メールを送るたびにHotmailの宣伝がなされる(自己拡大)
<第十四章 ネットワーク経済>

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2004 9/29
ネットワーク理論、数学、物理学、科学本、情報、組織論
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