Archive for the ‘政策・情報学生交流会’







第11回政策・情報学生交流会09.07.99


分科会に呼ばれて6日に講師として「学問における革新性」というテーマで講義をおこなった。
初日の晩に彼女と一応の仲直りをして二日目は誘ってもちゃんと話ができなかったのでちなっちゃんと話す、就寝の直前に話ができたので関係悪化にはつながらなかったが少し不快だった。

三日目に講師として講義をおこなった・・・
科学というもの(特に理系)は「いつ、なにが」というより「どのように」
「理系での延々とされる話題、事実とは何か?」
           ↓
実験や理論になったときに「わけてはいけないことをわけてしまう→モデルと現実とは違う」

「各分野出身でそもそも政策を研究してきた教授はいない」→「彼らに答えを求めるのは酷」

「教科書や答えがすでに用意されていてそれが与えて欲しいという考えは新しい学問には向いていない(アダム・スミス、ケインズ)」

「枠組みを与えられたり答えがすでに用意されていると思ったら大間違い」
               ↓
「それをしたいなら私立大学に来た段階で負け」
               ↓
「自分で答えや枠組みを創らなければ人が創った枠組みや答えに服従しなくてはいけない」→ロングバケーションで「いい年して結婚したからといって幸せにしてもらおうと思うのそろそろやめたら?」と同じ事。

「自分が準拠するものへの疑問を自信を持って言うことができなければならない」→「学問も人を愛することも宗教もおそらく根底に流れるものは同じ(龍は汝の中にあり)」

「こんな人間でもチャンスがある、これほどすばらしい学部は無い」
「それは答えが用意されていないという混沌の嵐の中で輝く人間であれ」

・・・結果、ある程度のインパクトを与えられたようで少し安心した。
後々この分科会で講義をしたことが良い方向で意味を持ってくるような予感を感じた。
また、分科会で講義をした結果が・・・
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
・リアルな自己を見つめて、こわすことの覚悟でしょうか。
・紹介してくださった本を読んでみようと思います。
・革新についての話が面白かったです。アウトローの人間が革新をおこす。
よりましな社会を!! not worse society
・渡邊さんとなら21世紀は楽しいものになりそうです。
・大変わかりやすく、情熱が感じられました。
・熱い想い、感じました。
・「欲」と「火事場の馬鹿力」どちらが強いのか考えてみたことはありますか?
質問ですみません。
・ロンバケのセリフを常に心にとめて生きたい!
-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
-*-
・・・というものだったので少しうれしかった(^^)

1999 9/4~7
出来事メモ、交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →

交流会OB会08.28.98


一次会はひさびさに会った人間たちの進路報告や現役STAFFの自己紹介などだったが今回交流会首脳部へ若手STAFFから花束贈呈があったのは印象的だった。
今年の立命の一回生にはなかなかおもしろい人間が多くて「安心して卒業できるな」と思えた。
2次会に行く前に庄司と話して「(いろいろあったけど)また分科会やろうぜ」と確認し合う。
2次会には博報堂インターンシップに行っている吉屋が合流し、カラオケで安藤や藤堂らと上半身裸になって踊り狂う。
青池まで裸になったのには驚いたがこれも彼のポテンシャルの高さ故だろう。
カラオケが終わってから鴨川の河原で朝まで話すがコキネタを中心だったのが痛かった。
阪急電車で吉屋と帰るときにインターンシップについて話ができて楽しかった。
始めて交流会のメンバーと会ったときのようなすがすがしさがあったのが考え深い、ちょうどいま僕が転機に来ているからだろうか。

1998 8/29
出来事メモ、交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →

第9回政策・情報系学生交流会参加08.27.98


本科会(事実上のビギナーズ)のチューターを高野に頼まれて参加する。忙しいので責任持った運営ができないと断ろうと思っていたが懇願されたのでお助けチューターとして参加することになる。

8/24
初日はちょうど98年度吉本興業インターンシップ第1期初日目にあたったのでそこで写真撮影&引継作業のために昼間は交流会に参加せずに夜から宿舎となっている本能寺会館に行く。
風呂に入った後で本科会全体の顔見せがあり、学部紹介の紙をくばって明日各大学ごとにプレゼンしてもらう故が庄司から伝えられた。
その後各大学で誰が発表するかどれを発表するかの話し合いを部屋に分かれて少しすることとなった。
もともと高野がすべきことだったが彼は代表で忙しいようなのでたまたまいた日隈に来てもらって自己紹介→各自用紙に記入をしてもらう。見てみると「基礎演習」、「政策科学入門」、「現代の国際社会」の三つしか上がっていなかった。日隈の助言もあって基礎演習について話が盛り上がる。
小1時間かかって基礎演習についてのキーワードや状態を言い尽くしてから藤堂がメモした用紙を見てみるととんでも無い量になっていた。「これをだらだら個人で読んでもおもしろくないし、みんな聴かないだろう」という声が自然に上がってきた。
そこでスキットを通してこの基礎演習というものをみんなでプレゼンしようという流れになった。
たまたま入ってきた高野に確認したところ「問題ないっしょ」と言ってきた上にSが部屋に顔を出したときに聴くとオッケーをもらったのでこれで進める。
途中でみずかちゃんに呼ばれてAとSのところに行くと「個々の個人に発表してもらうのであって大学ごとではない」と批判をされた。まず第一にそういうこというのならその故を明確に彼ら一回生に伝えるべきところだし、何よりそんなシステムは結果として「大学の特徴を出す」というこの趣旨からすれば小さな矮小なことだ。
そのうえ現実問題としてでは今自主的にスキットを考えている彼らを止めるのかと反論すると「こちらがわで用意していたことと違う」とか「流れが変わる」などと言ってきた。
明らかに事前事項に硬直し交流会の本質を見失っている方針に思えたのでここは強く反論する。
特にSが「自分の言葉で語ってもらう」ということに固執していたが、立命館にとって「このままでは良く表現できない、だから何とかしよう」という意見が出てくるのはごく自然なことだと主張する。
よくよく聴くと彼にとって「自分の言葉」とか「下手くそでつまりながら語っていることでそれを最後にまとめるのがチューターの仕事」と言ってきた。
完全に自分の頭だけで自己完了し現実を省みていない意見でかつAもいっしょに仕事をした愛着からSの肩を持ったので僕もひさびさに感情的になったが(これは反省)みずかちゃん、特に高野が「こういう流れが立命じゃないっすか」といったんうち切ってくれたので妥協案である他の二つの科目も報告するということを伝えにスキットを考えている部屋に帰ってみると僕が言い出す前に「他の大学はこういう発表をしていないらしい・・・こういうことをすることこそ立命館の大学紹介だ」ということが上田からあがったのでうれしく思った。
2時頃スキットの練習が一通り終わってから「終わりました」ともう一度AやSのところに報告に行く、またぐちぐちと無益なことを言ってきたので最後にスキットをまとめる藤堂がたまたま横にいたので話を聴かせる。
すると僕が感じた違和感を同じように訴えた。するとA、Sの矛先もおさまってきた。「理屈をこねまわす人間には現場もしくは現場の声をつきつける」という鉄則が効いたようだ。部屋に帰って落ち着いてから藤堂の部屋をのぞいてみると「同じことをぐるぐる聴いてきますよね。適当にハイと了解して弾けます。」と言っていた。
「これはこいつに一本取られたな」と思って「思いっきり弾けてくれ!」と言って寝に入る。

8/25
僕の寝た部屋のメンバーは昨日僕が入ったときにはすでに寝ていたのでこの日目覚めてから始めて挨拶する。
なかなか感じの良い面々だった。
朝食を取りバスで大学に向かったがひさびさに羽場榛名と話ができておもしろかった。
大学に着くと法学部ラウンジですでに立命のメンバーは今日のプレゼンの準備をしていた、そのにじみ出る熱さが立命だなとほくそ笑む。
10時から関学KSC企画のツアー企画立案ゲームをやったがそれほど手応えある面白さではなかった。
そして2時からいよいよ本科会がスタートした。
まず慶應SFC、中大、武蔵工業大学、小休止、関学KSCの大学紹介の後、立命のプレゼンが始まった。
停滞した空気に飲み込まれないように関学KSCのプレゼンの間に「君たちは君たちだから思いっきりやれ!」と書いた紙を順番に回した。
案の定これまで長い説明を聴いていた参加者はその多くが眠たそうにしていたが、立命のプレゼン中寝ている人間はいなかった。空気が変わるのが分かった。
藤堂が基礎演のプレゼンの最後に「これですよ!これが立命らしさですよ!!」とはじけてくれたので後が引き継ぎやすかった。
それから現代の国際社会と政策科学入門の説明が終わり、僕が全体の流れを説明した。
そこでまず一回生のプレゼンぷりを「まさに殻をやぶった(Sの口癖、これは大人げないと反省)プレゼンであとが説明しやすい」と述べた後で「自分たちで考え運営し選択するのが基礎演習、この過程こそが政策」、「一回生は基礎演、二回生は研究入門フォーラムでそれぞれ実地体験。その後に三回生からゼミで理論研究。これが立命でいうところの問題発見、解決型の意味。」
(実践が先でそのための道具としての理論)と言いながら「中大や慶應SFCの人と話していて僕が逆ギレする時に『抽象論こねてんと現実見ろ!』と言ってしまうのはこの学部の教育のせい」、「今年の大学パンフレットには交流会創設者の一人内山さんが載って来年は僕、みんなも写ることもあるので期待してね」など笑いを取りながら次の時間のグループディスカッションのネタ振りにとあえて「慶應SFCは問題発見、解決型と言っていたが僕らからすれば単純に理論研究(文献研究の域を出ていない)じゃないのか?と思います。」と言って絞める(これは皮肉すぎ反省)。
空気も一変しその後のグループディスカッションも盛り上がったので、どちらが一体適切だったのかということを身をもって証明できたのがうれしかった。
その後グループディスカッションをしたが僕の班のメンバーは春名を除きみんなまじめだったのでごくまっとうな話をして終わった。それから篠田の班と合流してご飯を食べて本能寺会館に帰る。
一息ついてから春名や藤堂や清水たちと祇園に繰り出す、一回りしてから帰りに一銭洋食食べて(実に3年ぶり!)帰る。帰りに春名から「一年前始めた会ったときは髪が短くて髭はやしていたのでとっても恐い人だと思った」と言われて意外だった。
帰ってから本科会会議が始まっていたので参加すると重たい雰囲気だった。どうやら明日やるワークショップが三つしかあがっておらず、その三つもどれもちゃんと準備されたものではなかった。

SやAがまたまた自分たちが今までやってきたことについてや愚痴的な反省が多かったのでいらいらする。高野は眠たそうにしていたので西村や新野さんや僕が意見を積極的に言うようにしてようやく話が前向きに進んできた。
特に「カスタマーが外にいているのに俺達だけでこんなことやっていていいのか」という新野さんの意見には強く同意し、「自分たちの頭で決めたことを実現させるのが目的じゃない、いまいろんな部屋に散って話をしている一回生たちを満足させるのが俺たちの目的だ」と主張する。
SやAには不本意だったようだが現実的な各チューターがそれぞれワークショップをうち立ててそれに人を募集するという決定がようやく2時頃になされて解散する。
高野が一人でディベートもしくはお堅いテーマでやるということだったので明日途中で少し抜けなくてはいけない僕はみずかちゃんと自分探し系をしようと決める。
その後、中大の高山(ケニーorジョンイルくん)のいる部屋に行って話をする。本科会には参加してないけどやたらと歴史のことが好きだったり『銀英伝』が好きだったりする人がいたので思わず趣味的な話で盛り上がる。
杏林大学で計量政治学をやっている人と話をしたりもしてその日はそこで眠る。

8/26
午前中は吉本プロジェクトの会議があり、かなり本質的な話まで及んだので抜け出せなかった。
しかしワークショップが始まるのは午後からなので何とか間に合った。
恒心館の本科会部屋に行ってみずかちゃんと「自分探しの雑貨屋さん」というテーマでワークショップをうち立てると思った以上に女性が来ずに立命館と関学KSCという偏りのあるメンバー構成でもあった(男4,女2)。
ちょっと引いてしまったが他の状況を見ていると西村がうち立てたワークショップは来た人が0でつぶれ、結局3人来た高野のお堅い政策系ワークショップに入っていたので場合によっては後で合流しようと心の中で模索する。
修学館440に行ってメンバーで話してみると思っていた以上にディープな話、自分の内面性を見つめるような哲学的な話になった。その流れをほぐしてくれると期待したみずかちゃんもかなり直球勝負な発言をしてくれたのでお気楽ワークショップというよりもまさに自分の内面と見つめ合う分科会になった。
そろそろいったん家に帰らなくてはいけない時間に来たので自分なりの「内面を見つめるときには活字として変換してみるとけっこう発見がある」という意見を述べ「内面を見つめるきっかけとなる材料を提供してくれるのが交流会」とまとめた後に高野&西村班に合流させて帰る。
いったん帰って明日行く予定の合気道用の胴着と着替えを入れ替えて親が創ったカレーライスを食べると思わず小一時間ほど眠ってしまった。
けっきょく四条河原町に着いたのが8時台だったがちょうど高野&僕&西村の班はSの班と合流してシェーキーズで飲みに入っていたので合流しやすかった。道には迷ったが高野に迎えに来てもらう。
二人で会場に向かう間に「この本科会の運営は一体どういうことや!」という話をする。
会場に到着するとずいぶんリラックスした雰囲気で僕や高野や春名も思わず下ネタで盛り上がる。春名がばんばんに乗ってくるので思わず盛り上がった、下ネタと言っても服部の話だったからというのもあるのだが。
家に帰ったときについでに持ってきた中大総合政策の一回生のタレントの載った雑誌を持ってくるとみんな興味を示した。
一番盛り上がったのは「だれが童貞か?」という話だった。
帰りにミニストップに寄ってから本能寺会館に帰り風呂に入って上がってくるとまえぷー&香織ちゃんが僕のモノマネを編み出したと目の前でやってくれたが「似ていない」と思った(でもみんな似ていると言う(^^;)
それからAのワークショップのメンバーを中心にノンアルコールの飲み会をすることになっていた。
それに知り合いを連れて参加すると中大名物の「純粋な」女性陣の質問責めにあう。マレーシアプロジェクトについて「みんなが自給自足の生活をすれば環境問題は解決する」という意見やプミプトラ政策への不知識はさすがに無視できないのでそれとなく指摘するとどうやら感情的になってきたようで(中大の女性に多い→ケニーや高野の感想でもあった)「ブルーワーカーと生活を共にしなくては本当の現場は見えてこない!」と批判してくる。「お利口さんな意見で来るな」と思い、反論してやろうかとも思ったが相手は一回生でかつ僕はチューターであるので「そうかもしれないね」と軽く議論を終わらせる。それから興味あることがケニーなどから持ちかけられたときにその女性は「いつの時代にもずるい人間はいてそういう人間のせいでしわよせを受けている人たちをどう救うかというのに興味がある」と言ってくる。
「君の話の流れじゃアイリン地区で生活した方が良いね」と思わず言ってしまったがこれは自分ではまっとうな正論とはいまでも思うが大人げなかったか?(笑)
それと「よくわからない悪者(この場合は「ずるいやつ」)」が出てきてそれとの二元論に集約されるのは中大の国際文化をやっている人たちの傾向でもあるなぁっとも実感する。
そうこうしているうちに西村や新野さんなどが部屋に入ってきて部屋の人間全員でバナナダンスを練習する。
一通り練習してから廊下で話しているグループをいきなりみんな(20人程度)で囲んで踊ったり部屋に乱入して踊るなどまるで踊り念仏のような集団行動をする。これは燃えたが案の定フロントから怒られたようでそそくさと部屋に戻る。
それから僕は抜けてSTAFFルームに行き、途中で抜けてできなかった心理テストを受ける、けっこう楽しかった。
最終日ということで交流会のいつもどおり明け方までプレゼンの準備をしたり語り合っている分科会が多く、ケニーの部屋にまた行き濃い話をする。
4時頃に自分の部屋に帰るとよくわからないが何か雰囲気ある人がいて清水とダイナブックをいじっていた。
「少しお話良いですか?」と言ってきたので僕も座って話をしてみる。するとまぁ話す話す(^^;
(彼は途中で参加したので学部紹介や僕がした話などは聴いていないそうだ)
怒濤のように慶應SFCの生い立ちや理念を話をしていく。なかなかおもしろいなぁっと思っていたら9月入学で入ってきた帰国子女でもうすぐ2回生にあがるそうだ(松永建)。土屋など共通の知人の話などでも話をしてみてなかなか僕も楽しかったので5時半まで話し込む。

8/27
朝は遅めに起きて帰る準備をして下に降りる。部屋の鍵を返すときに高野やでっきー(関学KSC)に昨日の中大の女の子のことを話すと「うちみたい(でっきー)」と評価したのには笑った。
途中松永と話をしながらえっちらと大学に向かって午前中の部の本科会を始めると「昨日したことの報告」ということだったのでメンバーで集まってまとめる。これは時間も5分ということだった上にみずかちゃんはもう帰ったので僕がかなり主導して必然的に平が発表することになる。僕らの班の発表はそれほど特徴があったわけではなかったが自分の内面を見つめるという結果としての方向が印象深かったようで良かった。他の発表には特に渋&篠の「はったり」ワークショップの発表がおもしろかった。Aの厳しい質問にこれまた厳しく返していく立命の二人の女の子が頼もしかった。
それからご飯を食べて交流会全体のプレゼンが始まった。吉本プロジェクトの会議があったので抜けて修学館440で会議に出る。修学旅行の分科会のプレゼンは見たかったので藤堂にお願いしてお知らせしてもらうようにする。
お知らせが入ったので途中で抜けて修学旅行のプレゼンを見るとけっこう寒かった。
終わってから香織ちゃん&まえぷーが外で「急に順番変えられて準備できなかったしあれだけ練習した踊りも舞台上に機材などが氾濫していて踊れなかった!!もう最悪!!」とマジギレしていた。
各プレゼンの間にやっている名刺交換ビンゴゲームはとても簡潔でかつ効果的だったのでいとーや奈央ちゃんやりゅーちゃんを呼ぶ。
それから研究室に帰ってまとめてから4時半頃にまたプレゼン会場に行くともう終わりだった。
(南さんが来ていたので藤堂などを紹介する)
合気道に行く予定だったがかなり寝不足でつらかったので大人しく懇親会に出るようにする。
なんだかんだで藤堂、春名、春名友達(中大)そして僕でタクシー乗って向かうことにする。
春名友達が八つ橋買いたいと言い出したので本家まで向かってもらってから三条木屋町に向かう。
運転手さんがなかなか面白い人で京都の歴史にも詳しい人だったので途中いろいろ話をする、特に歴史だけじゃなく恋愛の話などなかなか説得力ある人だったので興味深く思う。
飲み屋に到着して荷物を置くとまだ時間があったので同じくらいに到着した松永&慶應SFCの女の子と僕らのメンバーでお土産探しを手伝う。飲み屋に帰るともう始まっていた。飲み会では特に立命一回生の女の子たちと話ができたのが印象深い。女の子の中には僕が学部紹介の直前に回した「君たちは君たちだから思いっきりやれ!」と書いた紙を手帳に切り張りしていたのを見てちょっとうれしかった。僕にはめずらしく飲み会で積極的に前に出たりしてひさびさに酔って帰る。
ひさびさに印象深い、出会いの多い交流会だった。

1998 8/24~27
出来事メモ、交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →

第6回政策・情報系大学交流会(チューターデビュー)とその前後の分科会活動03.14.97


初日:服部の車で芳子ちゃん、あっちゃん、雄大と共に東京を目指す。
途中、雄大の家に寄ってから名古屋で味噌カツを夕食に食べた。
いろいろみちに迷ったので7時前後に南邸に着く予定が
早朝2時半に着いてしまった。
南さんと香織ちゃんと正直くんがいて、酒宴を開いてくれた。

二日目:昼頃起きて,中大に昼食を食べに行く。末武(T.K)さんが
慶応SFCの院に受かってなおかつ卒業できるということなので、
そこらへんにいた人と共にヒルトップ4階でお祝いする。
南邸に帰ってきてから正直くんが持ってきたエヴァを8話まで見る。
あっちゃん、末武さんとその彼女(エリカ)と琴子ちゃん、香織ちゃん、
南さんなどと「エヴァ大会」(1~8話まで)をする。
みんなはまりまくっていた(笑)
交流会用のパンフレットの製本もかなり手伝うことになったが、
それから「桃鉄」を朝までやった。

三日目:早朝にうっちーと森さんが南邸にやってきた。
1時くらいに起きて、横浜まで舞えぷーを迎えに行く。
せっかくなので横浜のラーメン博物館に行き、
昼御飯を食べてじゃんけんイベントに参加する。意外と面白かった。
南邸でタメ、向井地、うっちー、森さん、西村などによる
パネルディスカッションの話し合いがおこなわれたが、
気にせずプレ分科会のエヴァ上映と「ときメモ」をする。
エヴァを見ていると南さんが話し合いとは別に集中してしまうので(笑)、
ときメモを舞えぷーに体験させた。
彼女は早乙女優美狙いで、見事政策を達成した。
そうした中であっちゃんやしゅにに頼まれて、
交流会のパンフレットを完成まで製本する。

四日目:慶応SFC井関教授の基調講演(なぜ慶応SFCは設立したか?
その時代的背景)がおこなわれた。話し口調がとてもうさんくさかったが、
とても飲み込みやすい内容だった。つまり目新しいものは無かったが、
いままでの解釈の役に立つモノでは合った。
特に政策の方のプレ分科会としてはちょうど良いなものだが、
正直くんがそとで寝るなどその効用は疑わしい。
レセプションの時に各分科会チューターの挨拶があったが、
僕の分科会の説明が一番注目を受け、笑いを取れた。
夕食後に政策立案ゲームのレクリエーションがあり、香織ちゃんや
三上や昌也と同じ班で「おじいちゃんの心の支えである古い
エーデルワイスのオルゴールをいかにゆずってもらうか?」
という政策を考える。オルゴール以上の心の支えをおじいちゃんに
提供すれば必然的にオルゴールを手放すだろうからときメモを応用して
「ときめき・まさよ・メモリアル」というゲームをおじいちゃんに渡す
政策を考える。とても受けを取り、唯一と言ってもいいほどの政策を
全面に立てた班だったが二位だった。
最後の審査員の評価もいまいち納得できないモノだった。
深夜にエヴァ大会をおこなうが、参加者が多くてちょっとびっくりした。
レセプションといい、エヴァ大会といい、分科会は予想外に好評だった上に
政策立案ゲームでも盛り上がれたので思ったよりも面白い日になった。

五日目:いよいよ分科会初日。この日のために去年の11月からMLを中心に
シンポジウムなどを通じてこころをくだいてきた。
MLの総数は交流会以前ですでに210通を突破していた。
次に多いタメ&しのプレゼンツでさえ、140通に満たないことを考えれば
我ながらよくやったと思いながら分科会当日を迎えた。
朝食後、後楽園の理工学部キャンパスに向かうが中大の正直くん
琴子ちゃんとも道をよく知らず、着いたのが10時半。
関学KSCグリーン教授のリーダーシップ法を元に各自の動機、
獲得目標などをはじめに明確にしてもらった。その後各自の中のオタクの
イメージ、定義などを黒板を使って語ってもらった。
面白いのはこの分科会に来ている人間でさえ、いざ自分の中のオタクの
イメージ、定義について語るときにつまるということだ。
つまり自分でわかっているつもりでいるが、結局ちゃんと振り返って
考えたことのないトピックスだということが明らかになったのが良かった。
そろそろ昼御飯かなというときにアキラくんがようやく登場した。
彼の参加目的、オタク像などを語ってもらううちにお腹が空いたので
理工学部の地下にある学食に昼食をとりに行く。
その豪華さと安さに感動、ステーキ定食が600円だった。
午後からのフィールドワークの意見を求めて、渋谷の「まんだらけ」に行く。
いきなり2階の受け付けにショコラのコスプレをした姉ちゃんがいたのに
笑かしてもらった。いろいろ店内を歩いてフィールドワークしたが、
特に3階のエヴァトレーディングカードのところには人だかりが出来ていた。
琴子ちゃんとアキラくんが夢中にお気に入りのカードを探していた。
全体的な感想といては店内の客層もごくごく一般的な人が多く、
可愛いおしゃれな女の子も多かった。
その後、コスプレグッツ販売専門店に行き、その足であこがれの(笑)
アンナミラーズに行く。
数分上の階段で順番をウェイトレスさんを見ながら待った後、アキラくん、
琴子ちゃんと同じ席に座り、チェリーパイにアイスクリームが
かかったのを食べた。
オリセンに帰り、風呂に入った後にディベート大会を見に行くが
中止になっていたのでバレーを観賞した。
そこでカイに誘われてもう一度風呂に入る。風呂では服部もいたので
下ネタ芸で盛り上がった(^^)
AM2時55分にみんなを起こして深夜にエヴァの再放送を見る。
前日よりも人が増え、二つある談話室の両方を使って見ていた。
ちゃぷれんなどによれば、そこらじゅうでエヴァが面白いという話
を耳にするとのことだ。
分科会メンバーのミニマムライン突破を目的としたエヴァ大会だったが、
予想をはるかに越えた反応があってうれしかった。
エヴァが終わる頃に、3分間の報告会をプレゼンにして欲しいとの
立命STAFFの決定が耳に届いた。
まったく分科会の現状を無視した勝手な決定なので不服であったが、
つっちーや服部になだめられて受諾する。
その政策変更のために次の日に予定していたフィールドワークを中止し、
一日話し合いに使うことを決定して2時間だけ眠った。

六日目:朝食から香織ちゃんがT&Tから抜け出して参加してくれた。
午前中で舞えぷーが帰ってしまうので「オタクと政策」分科会会議室
&たまり場と化してしまっている(^^)男部屋で話し合いを進める。
香織ちゃんに動機、獲得目標を言ってもらった。途中、泉が乱入してきて
言いたいことを言ってから自分の分科会に帰っていった。
そこからようやく僕がこの分科会で言いたかったこと、オタクというものが
台頭する社会的背景、性質そのものが政策学と類似している点、
二つは同じような条件下で顕在化してきたものだということを言った。
メンバーにとってはかなり衝撃的だったらしく、
何かしらの感動を覚えてくれたようだ。
この段階で「ちゃんと参考文献を読んでいれば・・」という参加者から
(アキラくんなど)のセリフがようやく聞けた。
ことあるごとにアップし、どれか一回は見るように読むようにと奨めていた
資料を見なければ議論が幼稚なレベルになるのは当然だということを
理解してくれたようでちょっと嬉しかった。
12時くらいに舞えぷーが帰かえってから、メンバーの集中力が
散漫になってきたので2時間だけお昼寝タイムをもうける。
3時半まで寝てしまった。唯一香織ちゃんだけが起きていた。
みんなが起きてからオタクというテーマについてある程度まとめる。
そこから次の日の3分間プレゼンにそなえてレジュメ制作にかかる。
アキラくんを記述者としてみんなでアイデアを出し合う。結果的に
このレジュメ作成をすることで分科会の議論をまとめる作業となった。
夕食を食べてからレジュメ作成の続きをみんなで意見を出し合ってする。
書記をアキラくんにまかせてどんどん書いていく。
レジュメは11時のチューター会議に間に合わすように提出ということだ
ったのでチューター会議にもアキラくんに来てもらって作成を口答で続ける。
会議でレジュメ提出は1時半まで延長になったので部屋に帰ってみんなに
最終確認してもらう。それからSTAFF詰め所にフロッピーを持っていった。
プリントアウトの時に服部にはかなり気を使ってもらった。
Windows用に変換したにも関わらず、何とプリントアウト用の
Windows機では認識できずに苦労した。
いろいろ試したが最終的に部屋でカイのWindows機と僕のMacを並べて
三條くん、アキラくんの二人に手書きで移し変えてもらった。
作業中にカイと抜け出して二人にコーラを持っていってあげる。
この時はカイにおごってもらった(^^)。
何とかレジュメをプリントアウトして提出した後、
コンビニに夜食を買いに行く。
帰ってきてしばらく他の人が寝ていたが、エヴァの再放送時間になったので
起こすとすたすた見に行った。二つ談話室があったが二つともエヴァを
観賞する人で埋め尽くされていた。話は「運命の選択を」や
「男の戦い」などだったため、初めて見る人にはかなり衝撃的だったようだ。
二つの談話室にいた知り合い、あっちゃんと南さんに終わってからの
後かたづけを頼んで一人部屋で仕事をする。
部屋の前には「分科会以外の人にもサービス、サービスぅ!」という
張り紙を張っていたのでつっちーが入ってきていろいろ話をする。
その後、アキラくんに書記を頼んでプレゼンのアイデアを出し合いながら
みんな眠りにつく。しかし寝付けなかった。

七日目:朝起きて部屋を大掃除し、本部に報告して分科会で朝食を取り、
閉会式会場に向かう。午前中と午後に分科会プレゼンがあり、
その後に分科会報告会として我が分科会の発表がある。
実はこのときまでほとんどプレゼン準備をしていなかったので
(出来るわけない)他の班のプレゼンを聞かずに違う館のヴィデオを見れる
談話室に行ってプレゼンを考える。プレゼンの最初にエヴァのOPを使うか
映画の予告を使うかなどということから、セリフ台本までを話し続けたが、
強烈な眠気が襲ったので思わず椅子で寝てしまった。
起きたのは昼でその間に香織ちゃん、アキラくんが中心になって
プレゼンの概略、台本を完成させてくれていた。
とりあえず会場のプレゼンもいったん昼休みに入ったようなので
昼御飯を食べに行く。食欲が無くほとんど何も食べなかったが、
分科会の人に頼んでSTAFFに3分間プレゼンに必要な機材などの
交渉しにいってもらったり南さんに出演依頼したりした。
やはり3分プレゼンで監督件主演のアキラくんがBGMを使いたいということで
正直くんに新宿までエヴァのCDを借りてきてもらう。
その間にプレゼン会場のはしっこで台本をプリントアウトしてもらう、
セリフ合わせをおこなったが最終的には外に出て廊下で読み合わせを続けた。
だいぶ混乱もあり、役回りも直前で変更したが時間もないので
プレゼン準備を切り上げスタンバイする。
分科会プレゼンは思った以上に受け、笑いを取れた上に「オタクと政策」
というものの理解も深まったようだ。
安藤をはじめ多くの人が終わってから握手を求めてきて絶賛してくれた。
このプレゼンで一気にその場の空気、「オタクと政策」分科会のイメージを
良い方向に転換できたと思う。
それから閉会式も無事終了して、みんなで新宿の打ち上げ会場に向かう。
打ち上げは例のごとく内輪で盛り上がっていたので一次会であっちゃん、
近藤と共に抜けてオリセンに荷物を取りに行き、南邸に帰った。
帰りに近藤とはぐれて、眠って特急を乗り過ごし遠回りをしたが
無事八王子に到着し、南邸に到着し近くのコンビニで近藤とも再開して
帰った。電話で南さん達はこの日はオリセンに泊まるということで、
ひさびさにのんびり洗濯、熟睡が出来た。
それから3/14まで秋葉原に二度も行ったり『エヴァ』のラストまで
上映したり中大のヒルトップ食べ歩きをしたり『銀英伝』大会をしたり
『ときメモ』を多くの人にはめさせたり、うっちーさんや安藤と
だいぶ話しこんだり、中大の情報関係のもめごとに自分なりの評価を下したり
二進法を南さんから教えてもらったりと多くのことを体験して大阪に帰る。

総合評価:チューターとしてのデビューだけでなく初めて組織を運営した上に
この分科会のためにシンポジウムに出席したりプレ分科会として
交流会当日だけでなく関東に滞在出来ることとなった。
多くの不測の事態、不利な状況に陥ったが多くの人に評価され
何とかやり通せたと思う。
またMLを含めた分科会運営では、今まで知識として仕入れた多くの組織論、
リーダーシップ法などを実験できた。
非常に、非常に多くのモノを得れた体験だった。

1997 2/25~3/14
出来事メモ、政策・情報学生交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →

関西圏政策系大学交流会(3回目の参加)05.19.96


5/18
前日の深夜にクマから電話がかかってきて相談に乗ったので寝ていなかった。
直接関学KSCに行く。
キャンパスにつくとちょうど昼食時であっちゃん(嶋田:関学KSC2回)、ミユキ(福田)、遠藤くんがいる10班がテラスでご飯を食べていた。
ユカ(岩室)、クマ(日隈)、西村(関学KSC2回)、服部(関学KSC2回)、カイ(清水:関学KSC1回)、内藤の1班なども外で食べていた。
その後各大学紹介が行われた。終わってからユカ、クマ、サエが「大学紹介聞いたけど立命でよかった」(笑)と言っていた。
ミユキと代わってもらって10班に入る。教室に乗り込み各大学のカリキュラムなどの特徴を確かめ合う。今回は新入生が主体とのことで(あっちゃん、俺以外は新入生)様々な驚き、意外性に新鮮に感じる政策系の学生を珍しく(^^)見れた。
そこでボス(山崎由昌くん高等部出身で関学KSCのやっさんがS.Aしている長峰ゼミ一回生)、政策一回の吉本(昌代)と知り合った。
「フィールドワーク」という建て前の下(^^)ワシントン村に行こうとのことであっちゃんがミユキ班(6班)を呼びに行くことになったので俺が代わりに先導することになった。関学KSCの学生でも行くことはめったにないらしいが4月30日に探検したので立命の俺の方が良く知っていた。
池の前であっちゃんを待っている間にマックを立ちあげてマックの特徴を見せる。
6班(サエがいる班)と合流した後はうだうだとワシントン村を探索した後、先刈セミナーハウス行きのバスを待つ。
そこで関学KSC2回の倉辺、中大の南さんと初めて話す。(戦略について)セミナーに着いて夕食を9班、10班合同テーブルで食べる。相変わらず関学KSCの飲みはパクリ(慶応SFCのすこやかさん)だった。
ユカがハイになってしまったが「大好き、尊敬してます」と言ってくれたのでうれしかった。とくとくと倉辺と入浴しに行った帰りによっしー(吉崎:関学KSC2回)と泉(関学KSC2回)が必死にセーラームーンを見ていたのでマックを立ちあげてエヴァ話で盛り上がる。
大本営(運営本部名称)に行ったり和室で話したりユカの様子を見に行ったりした後にレクリエーション会場に行く、レク用の班があったが表に自分の名前がなかったのでクマの班に勝手に入り銀行ゲームをした。後の講評でうちの班は発展途上国の設定らしい。
それが終われば第3位くらいになったのでシンガポールくらいには発展しただろう。
レクの後その場で次の日のワークショップの抽選会をすることになった。そこでくぼっち(久保田洋子、関学KSC1回)と会う。あっちゃんも含めて話しをすると、とても興味を持ったらしく「続き、続き」と言ってきた。彼女は自治会設立について森さんとはなしがあるらしく途中で抜けざるおえなかった。
それであっちゃんと飲み会が予定されている和室に行って柔道と合気道の技の違いを披露し合った。小柴(関学KSC2回)さんも合気道を始めたらしく興味を持って入ってきた。そうして飲み会していくうちにボス、くぼっちが来たので立命と関学KSCの違い、社会変動の現状、政策が求められるわけなどなどかなり多くのことを話した。途中くぼっちが眠たそうにしていたので「寝たら?」と言っても「話が聞きたい」と起きていた。
その後、政策に懐疑的な平松くん(関学KSC1回生)が入ってきて大いに盛り上がる。
かなりつっこんだ話しが出来た。それから寝る体制にみんなで入ったので抜け出して2階でカイややっさん(大坂:関学KSC2回)やあっちゃんと話しをして下に降りて寝る。

5/19
19日のワークショップには服部の「ヴェンチャービジネスとエコビジネス」と
R.Tグリーン(MITの人工知能の専門家)の「リーダーシップの方法:ミーティングの運営法」に参加。
まず服部の「ヴェンチャービジネスとエコビジネス」では服部と僕の二人だけが2回生で後は一回生という、抽選の割には偏った(^^)メンバーだった。
最初服部が抜けてコピーしにいったので僕が進行を代理してメモをとった、それは以下のようなもの・・・

早乙女くん(立命):やりたいようにやれるから、鶏口となるも牛後となるなかれ。
有名になりたい。官僚タイプにはれなれい。
前川さん(関大):会社造りたいから。女の子は社会に出ても活躍できないだろうだし、
人の下で働きたくない。
福井くん(立命):既存の組織にやりたいことができるのがないかもしれないし、
それに入れるかどうかわからない
近藤くん(立命):金かせぎたい。会社つくるのが一番早い。最終的には学校つくりたい。
学生でヴェンチャー団体(情報交換の場)をつくりかけている。責任の所在が不確かなところがいや。
久保田さん(関学KSC):企業つとめにピンと来ない。草の根的な団体に興味ある。
3日くらいからヴェンチャーを最近知り。じぶんの思ってきたものが「ヴェンチャービジネス」のようだと思った。
根木(関学KSC):今のサラリーマンをみていると
自分がそうだと悲しくなるだろうなあと感じていた。いずれ一般企業に勤めてもヴェンチャーの知識はいかせるのではないだろうか?
「定年」がイヤ。
清水(関学KSC):普通の企業に就職したくないと思っている。
二つのコップを並べたときにすきまができるがそれをうめるのがヴェンチャーではないだろうか。
大きな組織を作り必要はない、自分の能力だけで勝負できるだろうから。
西川(関学KSC):エコビジネスに興味あり。
ビジネスをとおして環境とかかわっていけるものがあると新聞で読んだので。
自分の思うようになりたいと思っているから。
らぶらぶナベ(立命2回):政策の応用ができやすそう。現代企業論に興味を持ち。
服部(関学KSC2回):独立がキーワードとしてある。
自分のしていることを社会に還元できるのではないだろうか。

自己責任と他者依存の相反する言葉がキーワード
自己管理能力
ストック型ができないのは18歳人口が減ったから。
論理的能力を高めるための能力だと思っている。
・・・などがキーワードだった。
前夜に続きまた独走してしまった、反省(笑)
終わってからR.Tグリーンの「リーダーシップの方法:ミーティングの運営法」に参加しようと移動すると、一回目に参加した遠藤くんが「グリーン先生最高ですよ!もう、交流会参加した費用のもととった!」と言っていたので期待していく。
講義にはヤナ(一柳)とよっしーがいた。
R.Tグリーンがわかりやすい英語と片言日本語で講義して奥さんが日本語に訳するというかたちで進められた。
もう、すばらしく感動した!!「眼から鱗」とはこのことか!!
終わってから関学KSCのやっさんや西村にも言ったがぜひこのMeeting運営法を関学KSCの売りにして欲しい。
昼食の時に大東流合気柔術初段のRitsの若さんクラスの一回生さよ(岡田)と知り合いになる。住吉大社の道場で稽古しているらしい。
その後、ヴェンチャービジネスの講演会が開かれた。
途中まで聞いていたが眠たくなったので2階に移った大本営に遊びに行く。
そこで関学KSCの主要メンバーと南さんがいた。
泉、よっしーはもちろん他の関学KSCの面々ともアニメ、声優、アイドルネタで盛り上がる。
それでせっかくなので僕が総司令(主催)でメーリングリスト「psおたっきーず」を結成した。
講演会が終わってからカニくん(関学KSC1回)に声をかけられたりしながら帰宅準備をした。
バスに乗って窓際でみんなとなごりを惜しんで三田駅に向かう。バスの中で内藤君や他の人とと話しているうちに手帳をセミナーハウスに置いたままだということに気づき三田駅に着いた後あわててセミナーハウスに電話を入れる。
そこで帰る予定だったが急遽交流会スタッフ打ち上げに参加することにして迎えを待つ。
そうしているとバスの第二段が到着してそこに乗っていた泉と一緒に待つ。
いつまで待っても来ないのでガスト三田店に向かい、そこで車組と合流しビックボーイに行く。
店内で性懲りもなくマックに関学KSCの面々が歌やセリフを入れて楽しむ。
二次会にも誘われたが泉と一緒に帰ることにした。
帰る途中にまたまた濃い話し(^^)をしながら帰った。
    ↑
前々回(慶応SFC)と前回(Rits)と比べて(Ritsの後、中大でもあったがオリターの仕事のため不参加)交流会そのものの内容的にはそれほど良かったとは言えないが関学KSCの新入生、濃い(^^)やつらと知り合いに慣れたのがとてもプラスになった。
無理してでも参加したかいは十分にあったと言える。

1996 5/18~19
出来事メモ、交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →

第2回5大学交流会 in Rits12.10.95


(前回のSFCの時と参加大学同じ)
初日:グループリーダーとしてB班「政策学概論~政策発、日常へ~」に参加。
メンバーはタメ(為田)・トミー(富永)以上慶応SFC、
森さん(チューター)・若さん(若林)・はっちー(八馬)・内藤以上立命、
木村・やっさん(大坂)・生島・小橋以上関学KSC、 ともみちゃん(吉岡)中大。
グループワークの進行ははじめ森さんが運営していたが 本部のほうの仕事があるため抜けた。
また若さん、はっちーもバイトで抜けたが三人とも後で帰ってくる。
教室で少し堅い政策についての話をした。
俺は「今、なぜ政策か」と 「学際的コラボレーションにおける
サッカーのミッドフィルダーのたとえ」を発言した。
それから休憩として仁和寺と金閣寺、西園寺記念館 (当時国際関係学部キャンパス)
にメンバーのみんなを連れていく。
金閣寺近くのホテル「ラサール」をみんなに紹介して 非常にインパクトを与える。
その日はプレゼンで劇をすることに決めた。
「政策マインドを持たない男が二股をかけるとどうなるか」という主旨で話を進めた。
その後解散して宴会した後、衣セミ(衣笠セミナーハウス)で
「政策立案ゲーム」をしてみんなで燃えに燃えた。 このゲームのグループはその時に再編成、
グループワークのメンバーではやっさんとだけ同じになった。
コンビネーションの良さが特に評価されたが、トミーの熱演に負け2位!
二日目:劇の進行を考えて話を進めた。 トミーの才能を活かしててスキットの主役になってもらうことに。
小橋さんが9日に帰ってしまったのでふたまたかけられる
二人の女性の一方はヤナ(一柳)にやってもらう。
俺は監督役で最初にちょっとだけ出演することになり、プレゼンをおこなう部屋でリハをした。
時間がなかったのでローソンで昼御飯を買って 他の班のプレゼンを聞きながら食べた。
ラッキーなことにB班のプレゼンは一番最後だった。
プレゼンの様子は西村(関学KSC)が撮っていたが1996年6月に関学KSCに遊びに行ったときに
あっちゃん(嶋田)からダビングさせてもらい、手元にある。
やっていて本当に楽しく、最高だった!!「これがコラボレーションか!」と感動した!?
グループワークはもう最高だった!!このB班のグループリーダーになれたのは本当に幸運だった。
「違うスタンスの人が集まっても 共同作業が出来る」と証明され、自信もついたたぐいまれな機会となった。
やっさんとは3カ月ぶりに会ったが、メールでやりとりしていたので
ひさしぶりという感じはなかった。 非常に得るものが多かったと思う。
慶応SFCでの前回以上に今後政策をやる上でのヒントが多かったと思う。
とにかく楽しかった!!?? またB班はこの後もKKK
(関西(くわんさい)慶応館大学総合政策科学部 多摩キャンパス)として
かなり長い間もメーリングリストとして発展する。
以後ともみちゃんが大阪に来たりタメが来たりとさかんに交流がある。

1995 12/9~10
出来事メモ、政策・情報学生交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →

第1回政策・情報系大学交流会09.10.95


第一回政策・情報学生交流会
(立命館大学政策科学部、慶応大学総合政策学部・環境情報学部、
中央大学総合政策学部、関西学院大学総合政策学部、関西大学総合情報学部参加)

初日:5時おきで京都駅でみんなと待ち合わせをして青春18切符で長い時間電車にゆられ
激しい飲み会して2時半まで慶応高校の話や総合政策の壁(数学の必要性)などを慶応大学
SFCの人から聞いた。
慶応大学総合政策学部の人の「何でも食べてみる」との言葉。すっごく勉強になった。
二日目:前の日3時間睡眠(^^;でSFCを見学に行く。
生協にあった就職ガイドを買い(橋本に売った)マック部屋、UNIX部屋、メディアセンターなどを
見学した。
なんと24時間パソコンを使える!昼御飯(550円のバイキング)の後、グループワークをする。
2班合同で議論したが脈絡無いことを言ってしまった、反省。
この2班に為田、安藤(慶応SFC)、大坂、西村(関学KSC)など
後々僕との関係で重要になってくる人がいた。
ユースホテルまでの帰りのバスでは立命のみんなが下ネタでむちゃくちゃ盛り上がった。
晩御飯とお風呂の後、スーパー懇親会。慶応SFCの「すこやかさん」という
サークルが盛り上がり様々な宴会芸を披露。
立命も「グレーター立命」、「校歌」、「バナナズ」で対抗。
関学KSCも校歌を歌っていたが中大と関大は引いていた。
関学KSCはつぶれた人が多かった。
(こんな雰囲気で飲んだことがなかったためらしい)
立命では一人の女性だけがつぶれて
男便で喚きながら吐いていた(笑)
また、ふとしたことからSFC裏情報を聞く。
その後、部屋に帰り大坂、西村と僕の考える政策のイメージ=
「政策」とはサッカー=コラボレーションにおけるミッドフィルダーでは?
=を語った。結局4時半に寝る。
三日目:SFCに行ってパネルディスカッションを見た後
(これはつまらないものだった)、途中休憩で学食で昼食をとった。
合宿解散後マック部屋が使えなかったので少しSFCで遊んだ後に
一緒に来た立命のみんなで達と東京に遊びに行く。
原宿ラフォーレとコンドマニアに行き、その近くのメキシコ料理を食べた。
その後、西千葉にある友達の家に泊めてもらいに行く。
そこで合宿の話をして、合宿を通してみて立命の個性が分かった。
朝の5時くらいまでさわぐ。
四日目:11時くらいにしげの家を出て行きと同じように
青春18切符で帰る。
夜11時くらいに芦原橋に到着、長い旅だった。

とても楽しかったし、実り多い合宿だった。
この合宿で違う大学の政策系の人たちと知り合いになれ、
立命の政策科学部がどういうものかわかった。
一番良かったのは違う大学の人たちと率直に語り合い
(平均睡眠時間3時間)
同じような将来への不安、希望、政策にたいする考えなどが
共通しているとわかりあえたこと。
そしてメールアドレスを交換しあい、
合宿が終わってからもメールでやりとりできたことだ。
11月か12月に今度は立命であるようだ、ぜひ今度も参加したい。
(これをデジタル化している1996年7月7日現在から見ると
この交流会は僕の大学生活上非常に重要になってくることになる。)

1995 9/7~10
出来事メモ、交流会

Posted in 出来事メモ, 政策・情報学生交流会with No Comments →








このサイトについて  サイトポリシー  連絡先  サイト来歴  メディア掲載  お願い



 
Web maromaro.com
まろまろと探しちゃう
Amazon.co.jp のロゴ


  • カテゴリー

  • アーカイブ



  • カテゴリー



このサイトについて   サイトポリシー   連絡先   サイト来歴   メディア掲載   お願い