Archive for the ‘インターンシップ’


『就職!!インターンシップ』出版04.01.00

僕の吉本興業インターンシップ日記をもとにした体験記を売りにした学生援護会の本が出版される。
『就職!!インターンシップ』(ISBN:4905582733)
漫画まで載っているが単なるやさぐれ男のような描き方だ。
散々取材しときながら出版しても一報も無いし一冊進呈もないなど
いろいろ不満はあるがこの本が出たことが後々僕にとって
良い方向で重要な意味をもたらしてくれることもあるだろう。

2000 4/1
出来事メモ、インターンシップ
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内モンエピソード集03.25.00

<2796> inbox, 00/ 4/19 19:31 ps360953@askic.kic.ritsumei.ac.jpから 107行
標題: [ml-dokusyo 203] 内モンエピソード
期限: 00/10/16 19:31
宛先: ml-dokusyo@ml.ritsumei.ac.jp

ようやく内モンゴル日記の清書&まとめが終わったので(総数1万4千字)
その中からこの前アップしそこなったエピソードをいくつか
ピックアップするっす(細かいこと知りたけばまたメールください)・・・

「デインジャラスタウン・フフホト」
何だかんだ交渉して内モンゴル最大の都市フフホト(呼和浩特)市から
ツアーと別行動で草原に向かうことになったものの直前に調整したために
これから僕が訪ねていく場所についても便乗させてもらうことになる
人たちについても詳細は直前まで把握できていなかった。
さらに話をつけてくれた人からは「どういう人たちかはあまり
よくわからない、もしかしたらやばいかも」とまで言われていた。
草原に向かう車に乗り込んだ時に初めて一緒に行く人たち(訪ねる家の
娘さん夫婦にあたる内蒙古新聞記者の二人と旅行会社の副社長さん)と
顔を合わせたものの英語がほとんど通じないので独力での意思疎通は
筆談しか方法が無かったが車がとても揺れるのでそれもろくにできなかった。
日本語をある程度話せる旅行会社の副社長さんににお願いして
通訳してもらおうとしたが紹介してくれた人からこの人物は
金の亡者のような人なのであまり信頼のおけないということを
さんざん聞かされていたのでかなり慎重に接することにした。
さぁ、出発しようというのに車の中ではみんなほとんど話さなかったし
車が走り出すとさらにみんな黙りこくってしまってしまった。
そんな中、車は草原に向かうはずなのに急にスピードを上げて
フフホト市内のスラム街のような場所に入って薄暗い路地裏に停まり、
みんな黙って降りていった。そして長い間ほったらかしにされた。
・・・これは話に聞く誘導する役と実行する役が別れた強盗か?
と思い「ここで死ぬのかなぁ」と妙に覚めた気分になってしまった。
どうも僕は普段必要以上に小心な面がある反動からか、
ここ一番になると変に開き直ってしまって自暴自棄のような気分に
陥ることがある。この旅も最初から危険を覚悟して行ったものなので
「念願の内モンゴルに来て死ねるならそれでも良いかな。
どうせなら2、3人は道ずれにしてやろう」と考えているとみんな帰ってきて
いきなり僕が座っている後部座席に大量のビールを置いた。
それから僕にビール缶を渡して「飲め」というジェスチャーをされた。
何じゃそりゃ?と気が抜けたようになりながら飲んでみると
初めて笑顔で話しかけてきた。後で親しくなってからこの時のことを
聞いてみると初対面の人と会ったときには酒で挨拶をするもので
酒を仕入れてから挨拶しようとしただけのことらしい。
(スラム街のような場所に行ったのはそこのビールは安かったためらしい)
・・・危険な街、フフホト市。

「内蒙古大学」
フフホト市にある内蒙古大学を訪問した。
そもそもこの旅は「内モンゴルで教育プログラムをおこなう際に
どのような機関とどのような連係ができるか調査して来い」という名目で
お金が降りていて教授からは「現地で何かする時に日本語が通じる
ポスト役を見つけて来て欲しい」とも言われていたので
内蒙古大学に行くのはいわばお仕事にあたる。
内蒙古大学は中国10大大学という区分に入る総合大学らしく訪問すると
まず日本語学院の張教授という人と事務長さんが出てきてくれた。
一通りこちら側の事情を話してみると「どのようなかたちでも
ぜひ協力したい、私の生徒たちを通訳に使ってくれ」と好感色だった。
やたらと好意的なのも気持ち悪いのでちょっとさぐりを入れてみると
何でも無料だった大学が最近有料化してサーヴィス提供ということを
突きつけられるようになったらしいが内モンゴルに入ってくる日本語は
すべて書き言葉やニュースなどの丁寧語ばかりらしい。
(日本語は丁寧語と日常語との差が激しいので有名な言語)
大学としては日本語を学ぶ学生に対して現地で話されている生の日本語と
接して欲しいと思っているがなかなかnative日本人と接する機会は無く、
特に学生と同じ年代の日本人と接する機会が無いのが悩みの種らしい。
だからどのようなかたちでも同年代の日本の学生と接する機会を
持ちたいと強く願っていたところだというのだ。
また、張教授は初対面なのに正直に中国の大学の現状なども話してくれた。
自然と「この人は信頼できる人だな」と感じることができたので
彼から「授業に参加して欲しい」と言われた時は快諾した。
教室に入ってみると確かに使っている教材はちょっと古い。
実際にこの教育を受けて日本に来るとちょっと
ギャップがあるだろうなということがよくわかった。
学生とも1時間ほど話せたがなかなかに面白い。
これからどういうつながりになるのかは教授会で決まることだが
個人的にも良い体験をさせてもらったと感じられた。

「草原の風」
草原ではこの大地にいることが嬉しくて一人で遠出の散歩をした。
小高い丘の上に立って周りを見渡してみると180度すべて地平線と
雲一つない青空だけの空間に立っていることに気づいた(当たり前だが)。
ふと大声でいろんなことを叫んでみる。
怒り、憤り、悲しみ・・・日本では大声で話す機会の無いことを
思いっきり叫ぶと草原にふいている風がそういうものすべてを
持っていってくれるように思えた。
小高い丘の上は特に風が強かったので思い出の写真などを
草原の風に飛ばして家に帰る。
帰って聞いてみると僕が思いっきり叫んでいた声などは
まったく家の方には聞こえていなかったらしい・・・
と、いうことはあの時僕に何かあって助けを呼んだとしても
誰も助けには来てくれなかったということか、ちょっとどきどきっ(^^;
2000 3/19~25
出来事メモ、海外体験記、インターンシップ
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内モンゴル体験記への質問に答えて騎馬民族&中国観を述べる03.25.00

<2769> inbox, 00/ 4/ 5 06:53 ps360953@askic.kic.ritsumei.ac.jp から 118行
標題: [ml-dokusyo 202] 漢の風、楚の雨、蒙の草
期限: 00/10/ 2 06:53
宛先: ml-dokusyo@ml.ritsumei.ac.jp

モンゴル族のある旗(部族のようなもの)では自分の子供にできるだけ
「イヤな名前」をつけるという習慣があるらしくて縁起が悪かったり
マイナスの意味がある戸籍名を持つ人もいてるらしい。
例えば僕がお世話になった内蒙古新聞の記者の同僚にすごい美人さんが
いるらしいがその人の本名は「ブス」さんというらしい(@@)
他にも「馬糞」くんという名前まであるらしい!
・・・何でもイヤな名前をつければその子に来る不幸はすべて名前の方に
吸収されて本人は逆に幸せになれるという言い伝えがあって、
子供の不幸を避けるためにあえてイヤな名前をつける習慣があるらしいが
「馬糞」という名前がついていること自体、本人にとっては
生まれながらにしてかなりの不幸じゃないのか?と思わず突っ込んだ、
らぶナベ@まだまだ僕は異文化理解が甘いなっす(^^;

>誰も感想寄せないのもさみしいし(登録者は多いのにね)ということと、
相変わらず気づかいの人だね、ありがとっ。
日本に帰ってきたことを実感できてホッとするっす(^^)
ま、でも何も無しでも良いんじゃない?
そもそも読書を含めて知的活動なんてものは個々人差のあるものだし
変に気をまわしてやるものでもないんだから。
(勝手に気が向いたときにやれば良いし気が向かなければずっとなしで良い)
以前は僕も「せっかくMLなんだからみんなも」と思った事もあったけど、
よく考えたらMLがある無しに関わらず僕がやる事は変わらないし
何よりも単にアップするだけでも自分にとってすごく大きなメリットを
もたらしてくれるってわかったからのんびりしているっす(^_^)
中国風に書けば普段の僕の活動は動(=陽)でMLを含めた読み書きは
静(=陰)に当たるものだから静に関しては捉える尺度を
長くした方が良いと思っているっす。

ところで・・・
>なんかNHKの番組のような旅をしてきたようで、うらやましい限り。
いやぁ、確かにマレーシアの熱帯雨林に行った時もそうだったけど
普通の観光では行けないような場所に行けて会えないような人と会えた
体験ができたのが良かったっすよ。日本に帰ってきてから知り合いの
彫師の人に「若い間に旅をしろ。老いてからする話が無くなるから」
という言葉があることを教えてもらったけど
何十年か後でも話せるネタができたっす(^^)
(追加でかかった費用を大学に落とさせることにも何とか成功)

>で、これを読んでいて疑問に思ったわけですが、
>酒に弱い人間は淘汰されてきたのなら、モンゴル人は総じて
>アルコール耐性は高い(分解酵素を保有しているだったっけ??)と
>思われるわけですが、
「淘汰」って言ってたのは遺伝子的な意味ではないと思うよ。
(モンゴロイドは総じて人種的にアルコール耐性は弱いとされているし)
「自分の限界を超えた時にコントロールできないやつは生きていけない」
・・・という風な後天的な意味合いだったと思うっす。
騎馬民族は基本的に移動しながら生活するし、農耕と違って放牧は
近くに寄り添ってはおこなわない。(すぐ草が無くなっちゃうから)
だからもし自分に何かあったときには自分自身で対処できないと
そこで人生が終わってしまう、特に自分の限界を超えるような
「非常の時」でもちゃんと自分をコントロールできるやつじゃないと
隣人と時に何十キロも離れてしまうこともある生活はできないって事っす。
吐かなければ死ぬ時に吐かないような人間は死ぬのが当然・・・
そういうしれっとした厳しさを感じたっす。
これは農耕民族ほどは寄り添っては生きない騎馬民族独特のものだろうけど。
だから結婚の時にモンゴリアンナイフの使い方を見るのもそうなんだろうね、
家族単位でサバイバルするような場合もあるのにろくにナイフも使えない
男には自分の娘はまかせられないと思う事はけっこう自然なことかも。

>モンゴル人全体では、アルコールによって引き起こされる
>トラブルは少ないんでしょうか??
とんでもない!とんでもない!
モンゴルの人は酒癖悪いのでかなり知られているっす。
気に入らなければすぐにケンカするし簡単に人を殴ろうとすることもある。
自分の身は守るし気に入った人間は歓迎するけど気に入らなかったり
自分の敵だと思ってしまった時は躊躇無く実力行使をしてくる。
・・・これも騎馬民族としての特色かな?
もちろん個人差はあるし状況にもよるんだけど総じてこんな感じっす。
これがモンゴルとしての「使い慣れたフライパンについた油のようなもの」
=「文化的特色」みたいっすよ。

>また、北京の自己責任は本当にうまくいっているのか知りたいところです。
単に言葉としての自己責任って感じじゃなくて当たり前の習慣として
御上はあくまで御上で自分は自分って感じを受けたっす。
ただ自分というものの範囲は日本人よりも広いのかなって感じはしたっす。
自分より三代くらい前と三代くらい後まではまさに「自分自身そのもの」で
だから子孫を残せない事が今でも一番の不幸に当たるらしい。
そして今中国社会で中心的になっている世代の三代前といえば何と清朝時代!
清朝から長い動乱の中で辛亥革命→中華民国→軍閥闘争→都市部は日本占領
→国共内線→中華人民共和国と実に御上がころころと変わっているっす。
(ここらへんの経緯はユン・チアンの『WILD SWAN』に詳しい)
さぁ、ようやく社会主義国家になったと言ってみても社会的な意味で
本当に社会主義政策を貫いたのはわずか20年たらずしかない、
さらにそのうち10年間は文化大革命で社会は大混乱に陥っていた。
この20年は徐々に社会主義から自由主義に移行しているって感じっす。
つまり中国では一般的に「最近」に入る三代前から今まで国の枠組み自体が
長期間に渡って一定のものに固まった試しがないんす。
だから僕らが言う国家とか御上というものとはまたかなり違ったニュアンスが
漢民族が捉える国家というものは持っているんだろうなっていうのが
中国に行ってみて感じた違和感の帰ってきてからの僕なりの理由づけっす。
日本に帰ってきてから僕もやっぱり気になってしまって中学の時に読んだ
司馬遼太郎の『項羽と劉邦』上中下巻を一気に読み直してみると・・・
(読み始めると面白いので途中でやめれない(^^;)
「この大陸では古来、村ごと民が餓死するようなことがしばしばあり、
時に村や地域ごとに流民化する。流民化した民は英雄に集まる。
英雄とは飢える時代に民を飢えささない程度に食わせる人間を言う。
・・・本来的な意味での英雄にあたる人間は日本史には存在しない」
というようなことを書いてあったけどまさに僕の中国で感じた
市民と国家との関係はこのようなものだったっす。
だからこそアクの強いリーダーが出てくる土壌があるんだろうね。
中国国民が社会主義を選んだというよりも単に毛沢東という
自分たちを食わせてくれるリーダーを選んだというだけであって
そのリーダーがたまたま社会主義思想を持っていたというのが
正確なところじゃないのかな?
毛沢東は後に権力闘争を激しくおこなって文革で中国全体を恐慌状態に
陥れたけどいわゆる独裁者につきものの強力な秘密警察っていうのは
結局最後まで持たなかった。毛語録などのシンボルを通して
農民自体を直接に率いたって側面が強いのはこのためだと思う。
・・・中国って深いね(^^)
強い違和感を感じながらも何か魅力を感じてしまう。
おかげで以前読んだ時とはまた違った『項羽と劉邦』の読み方ができたっす。
ちなみにこの本の連載当時の題名は『漢の風、楚の雨』らしいくて
そこに中国の多様さ、深さを表そうとしてつけたらしいんだけど
今の僕なら『漢の風、楚の雨、蒙の草』ってするところっす(^o^)

“Try if you complain or Don`t complain if you`re not willing to try”
Yoshihiro Watanabe on School of Policy Science in Ritsumeikan
2000 3/19~25
出来事メモ、海外体験記、インターンシップ
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